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COVER STORY:CONCEPT

多角的な連携で築く持続可能な未来

資源循環と脱炭素に挑むデジタルソリューション

ハイライト

地球環境が劇的に変化する中,人類は気候変動やエネルギー問題,資源の枯渇といった多くの課題に直面している。こうした地球規模の課題の解決に向けては,地球上に暮らすすべての人々が当事者意識を持ち,各国がグローバルに連携して取り組むことが必要不可欠である。

こうした中,日立は,環境に配慮した技術やソリューションを開発し,パートナー企業やステークホルダーとの協創を通じた持続可能な社会の実現をめざしている。ここでは,環境省中央環境審議会 循環型社会部会の委員を務める京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻の高岡昌輝教授を迎え,日立グループのキーパーソンと共にグローバルな環境保全の取り組みの動向と持続可能な未来社会の姿について展望する。

目次

世界の課題と地域の課題を切り分け,共に考える

高岡 昌輝 高岡 昌輝
京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻 教授
1993年京都大学工学部助教授就任後,准教授などを経て,現在,都市環境工学専攻教授。
環境省中央環境審議会循環型社会部会委員,2022年6月より廃棄物資源循環学会副会長。

圓佛持続可能な社会の実現に向けて,脱炭素,資源循環といったキーワードが大いに注目されています。日立は,現在の環境問題が公害と呼称されていた1960年代前後から今日の気候変動に至るまで,さまざまな課題に取り組んできました。環境課題は人類共通の課題であるがゆえに,立場や視点によって見え方が変わることが特徴ですが,高岡先生は都市環境分野の観点から昨今の環境課題を取り巻く状況をどうご覧になっていますか。

高岡今からちょうど50年前の1972年,ローマクラブ※1)の第1回報告書『成長の限界』が発表されました。これは「人口増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば,100年以内に地球上の成長は限界に達する」としたものであり,当時から金属や化石燃料などの資源の枯渇が懸念されていました。限られた資源をどうやって有効活用していくのか,私たちは科学的な知見に基づき,地球という惑星の限界について考えていかなければなりません。

先程圓佛さんがおっしゃったとおり,環境課題は視点によって見え方が変わるため,地球全体の課題と地域の課題は分けて捉える必要がありますが,それらはお互いに無関係ではありません。一例を挙げると,プラスチックのような人工物をどのように処理するかということは従来であればローカルな課題とされてきましたが,近年はプラスチック汚染に関する国際条約の交渉が進むなど,グローバルな広がりを見せつつあります。一方で,環境課題への向き合い方や社会インフラのあり方は地域によって異なりますので,それぞれの環境に最適化した資源循環の形を考えなければなりません。

例えば日本の場合,気候変動などの大きな課題は世界と共通していても,そこには人口減少という問題が同時に存在しています。世界が人口増加に伴い,食糧をはじめとしたさまざまな資源を一層消費する社会に向かっていく中で,日本では消費者そのものが縮小しているのですから,両者の課題を同じアプローチで解決することは難しいと言えるでしょう。

圓佛環境関連の条約などがグローバルに整備されつつあるということですが,こうした中で日本のメーカーが影響力を発揮できるのはどんな分野だとお考えでしょうか。

高岡環境汚染物質の処理においては,日本はトップランナーだと感じています。一方でプラスチックの処理に関しては,諸外国の技術の進歩には目覚ましいものがあります。日本も従来のリサイクル技術やシステムをそのまま使い続けるのではなく,現状に合わせてアップグレードしていく必要があるでしょう。

EU(European Union)はサーキュラーエコノミー※2)を提唱し,2000年代には考えも及ばなかったようなデジタルテクノロジーの活用も含めて,環境汚染に対する解決策を経済システムに組み込もうとしています。日本もまたこうした社会の変化に向き合いながら,世界的な潮流にキャッチアップしていくだけでなく,日本独自の強みも取り入れながら,新しい課題解決の形を模索していかなくてはなりません。

※1)
スイスのヴィンタートゥールに本部を置く民間のシンクタンク。
※2)
原材料や製品を循環させ,廃棄物や汚染を低減しながら経済的な成長を実現する経済システム。

環境とビジネスを両立する日立の取り組み

大西 真人 大西 真人
日立製作所 水・環境ビジネスユニット CTO
1986年大阪大学工学部環境工学科卒業。同年,日立プラント建設株式会社(当時)入社。水処理システム,特に膜分離技術を用いたシステムの研究開発に従事し,2019年より現職。

花見 英樹 花見 英樹
日立製作所 インダストリアルデジタルビジネスユニット CTO
1994年日立製作所入社。大みか事業所にて重要インフラのデジタル制御システムやセキュリティに従事し,2022年4月より現職。経済産業省「産業サイバーセキュリティ研究会WG3」活動のほか,WEF Global Lighthouse Networkメンバーの一員として製造業のデジタル化を推進。

圓佛環境保全に対する問題意識と貢献のあり方は,国や地域の違いだけでなく,アカデミアと民間といった立場によっても異なりますが,事業部門の観点から大西さんや花見さんはどのようにお考えでしょうか。また,各部門での取り組みについて教えてください。

大西日立グループは2024中期経営計画の中で,2030年度までに事業所(ファクトリー・オフィス)におけるカーボンニュートラルを達成し,バリューチェーン全体では2050年度までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げています。また,2024年度においてお客様のカーボンフットプリント削減に貢献すべく,CO2削減貢献量の具体的な数値目標を設定しました。私たち「水・環境BU」(Business Unit)は,国内の公共事業を中心とした水インフラ関係,産業系のお客様に対するユーティリティソリューション事業など,エンジニアリング提案などを主体としたビジネスを行っています。

こうした取り組みを続ける中で感じるのは,社内はもちろんお客様も含めて,資源循環に関する社会の意識が大きく変化しているということです。例えば,「汚水をどう処理するか」ではなく「汚水を資源として捉え,どう処理・循環・利用するか」というように,これまで廃棄・処理すべきとされてきたものをいかに資源化できるかを多くの人が考え始めています。

従来,われわれのビジネスは公共分野であれば日立と自治体,産業分野であれば日立と民間企業という二者の関係が主体でしたが,本格的な資源循環に向けては,材料メーカーや部品メーカーなどの取引先,製品を実際に利用するエンドユーザーなど,幅広いステークホルダーを見据えたシステムづくりが必要と考え,取り組みを進めているところです。

花見デジタルツインをはじめとした技術の導入により,産業の現場は大きな進化が起こっていますが,社会課題解決のためには次の段階に進むべき時が来ていると感じています。

素材の生産から部品の製造,組み立て,輸送,エンドユーザーに至るまで,産業分野のサプライチェーンには多くのステークホルダーが介在していますが,環境課題への対応は立場によって異なります。各企業はそれぞれ独自のKPI(Key Performance Indicator)を持ってビジネスを行っているため,サプライチェーン全体で見たときにそれがトータルで最適かというと,必ずしもそうではない場合もあります。個々の企業における最適化は今後も進むと思いますが,その次にはサプライチェーンの全体最適を考慮する必要があると考えています。

そこで重要になってくるのが,サイバー空間でデータを共有し,サプライチェーン全体で賢く解析する共通プラットフォームです。例えばCO2の排出量に関しても,目の前の部品や製品がここに至るまでにどれほどのCO2を排出してきたのかを,使用者が単独で把握するのは困難ですから,それらを可視化・共有できるような仕組みですね。またこうしたプラットフォームに的確な需要予測を組み合わせることができれば,仕入れから流通,配達まで一連のサプライチェーンが効率化できると考えます。

こうした仕組みを見据えて,われわれインダストリアルデジタルBUは,産業と経済活動の現場で生まれるさまざまなデータをつないで価値を創出することをめざしています。データを集めて連携し,シミュレーションを重ねながら,企業内の現場から経営層までの「縦のつながり」に加えて,企業間の「横のつながり」の「最適化を促し」強靭でレジリエントなサプライチェーンを実現します。そのために,フィジカル領域である製造ラインの管理に加えて,経営層向けの管理基盤(ERP:Enterprise Resource Planning)開発,サプライチェーンの計画最適化などを推進しています。

圓佛一社でできる限界を超えて,サプライチェーン全体をデジタル技術で最適化し,運用していこうという考え方ですね。これに関連して,国際標準化の動きはどうなっているのでしょうか。

花見欧州では数年前から,ある製品が製造過程でどれだけCO2を排出しているのかを明示するようなルールの制定について議論しています。既にGAIA-X※3)のデータ共有ルールに準拠する形で各社がプラットフォームの提供を開始しており,参加企業も増えつつあるようです。日本でもこうした活動は始まっていて,経済産業省や環境省がオブザーバーを務める「Green×Digital コンソーシアム※4)」などで国際的なルールとの整合を視野に入れながら,製造過程で排出されるCO2に関するデータの共有,算定方法などをルール化しようとしています。

※3)
デジタル主権の確立を最大の目標に,欧州独自のデータインフラを構築するプロジェクト。欧州域内外の企業のさまざまなクラウドサービスを単一のシステム上で統合し,業界をまたがるデータ交換を容易に行える標準的な認証の仕組みを通じて,インターオペラビリティ(相互運用性)を実現することを目的としている。
※4)
環境関連分野のデジタル化や新たなビジネスモデルの創出などの取り組みを通じて,日本の産業・社会の全体最適を図り,2050年カーボンニュートラルの実現に寄与することを目的とするコンソーシアム。

限りある地球の中で成長するための資源循環

鈴木 朋子 鈴木 朋子
日立製作所 研究開発グループ 技師長
サステナビリティ研究統括本部 プラネタリーバウンダリープロジェクトリーダ
入社以来,廃棄物発電システム,水素製造システムなど一貫して環境関連のシステム開発に従事。現在,現職にて環境問題解決に向けた研究開発戦略の策定と事業化を推進。

圓佛 伊智朗 [モデレータ]
圓佛 伊智朗
日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 主管研究員
現在,水環境システムの研究開発に従事。
国際水協会(IWA)PIA Judging Panel委員,環境システム計測制御学会(EICA)副会長などを務める。
博士(工学)

圓佛環境課題の中には,現行のシステムやソリューションではすぐに解決することが難しい問題もあります。脱炭素や資源循環を実現するためには,現行の事業で提供している環境ソリューションよりもさらに高いレベルの技術が不可欠です。この点について,研究開発グループではどのような取り組みを行っているのでしょうか。

鈴木研究開発グループは,データの利活用と協創を通じてお客様や社会の課題を解決し,プラネタリーバウンダリー,そしてウェルビーイングの諸課題の解決に貢献することを基本方針として掲げています。今年度からは,プラネタリーバウンダリープロジェクト,ウェルビーイングプロジェクトという組織も発足しました。プラネタリーバウンダリー※5)は「地球の限界」とも訳されますが,私たちはこれを「地球の限界を知り,その中でいかに成長していくか」を考えるための前向きな概念と捉えています。気候変動については,非化石燃料の利活用推進,モビリティの電動化,省エネルギーの推進といった現状の社会システムからのフォアキャストによる研究活動のほか,2050年の社会のありたい姿からバックキャストして取り組むべき領域を絞り込み,カーボンニュートラルに向けた水素エネルギーの利活用などにも取り組んでいます。

またウェルビーイングの観点で言うと,人間が自己肯定感を得るうえで大切なことの一つに,「自分で何かを選択できる」ということがあります。未来についていくつかの選択肢があって,そこからどの未来を選び取るか,人々が自分で選択できるということが重要なのです。そこで,政策提言AI(Artificial Intelligence)によって地域に合わせた将来シナリオをいくつか提示し,地域の合意形成,行政の意思決定を支援する活動も行っています。

圓佛未来を見据えて今何をするべきか,どんな道に進むべきかといった判断を支援するということですね。科学的な知見に基づいて行政などの意思決定に寄り添って支援できるのは,非常によいと思います。

高岡先生は,都市環境工学の視点からは環境保全の未来像をどうご覧になりますか。

高岡近年,サーキュラーエコノミーという言葉がしきりに叫ばれていますが,本当にサーキュラーになるのであれば,そこには「動脈」も「静脈」もないはずなのです。しかし現状は,依然として動脈の業態(新しい資源を利用する)と静脈の業態(今ある資源をリサイクルして使用できるようにする)が存在しています。真の資源循環を実現するためには,動脈側の企業も積極的に「今ある資源」を活用していかなければなりません。先程バックキャストの手法についてお話がありましたが,その考え方で言えば,将来は「どこが動脈で,どこか静脈か分からない」ような世の中であるべきだと考えています。

圓佛「廃棄物処理」という言葉がなくなって,「資源回収」,「有価物取引」といった言葉で置き換えられ,下水や汚泥が廃棄物ではなく,宝の山になるような社会が理想ということですね。

鈴木しかし,再資源化された資源の流通・活用には課題もあります。例えば,Aという産業で排出された使用済みの資源をBの産業で利活用するためには,再資源化された資源を使用するBの産業側で,原材料に関する規格などさまざまな要件をクリアしなければなりません。この課題に対応するため,2022年10月に国立研究開発法人産業技術総合研究所と共同で,日立・産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボを設立しました。業種をまたいでバリューチェーン全体で資源を高効率に利用し合う循環経済社会の実現に向けて,あるべき社会像の立案や必要とされるルールなどの研究・開発を推進していきます。

※5)
人類が地球上で持続的に生存していくために,超えてはならない限界を項目ごとに示した概念。

思い描いた未来に向けて「今」を変える

圓佛最後に,今後の展望についてお聞かせください。まず,日立の取り組みはいかがでしょうか。

大西水環境BUとしては,将来的なCO2排出量の管理・削減に向け,循環する資源の由来を明らかにし,CO2排出量を含めた生産過程のさまざまなデータをトレース可能にするというところから取り組んでいきます。日立社内はもちろん,パートナー企業やその他のステークホルダーとの協創も通じて,お客様にとっての価値を創出していきたいですね。また,技術の面では現在,低炭素エネルギーとして水素の活用に向けた取り組みを自治体と共同で推進しています。地方の太陽光発電を利用して水素を生成し,水素吸蔵合金カセットに貯蓄して,生活協同組合などの既存のネットワークを通じて需要者のところへ配送,自家発電に活用してもらうというエネルギーの地産地消が目的です。また日立の強みであるバイオ技術を生かし,食糧と競合しない生物資源であるバイオマスから,バイオテクノロジーを使って多様な化学品などを生産するバイオプロダクション分野にも取り組んでいきたいと思っています。

花見環境の課題を一気に解決することは難しいので,まずはそれぞれの企業の課題解決に向けた取り組みを支援すること,次にバリューチェーンの全体最適へとステップを踏んで実現していきたいと考えています。また,サイバーとフィジカルを組み合わせてデジタルの力でシステムを進化させていくうえでは,データの信頼性が非常に重要です。ステークホルダー間でせっかくデータを共有しても,それが不確かなデータでは役に立ちませんからね。一例ですが,インダストリアルデジタルBUでは現在,再生医療分野向けのバリューチェーン統合プラットフォームを提供しているのですが,医療分野のデータは個人情報にも関わり,万一にも取り違えなどがあってはならないため取り扱いに非常に注意が必要です。秘匿化技術やトレーサビリティなど絶えず変化する現場の状況にキャッチアップしながら,バリューチェーンを構成する個々の要素をつないでいます。このようにトラストという概念をしっかり埋め込んで,ルールに沿った作法できちんと測ったデータを,きちんと共有していく。そうすることで,バリューチェーン全体の業務効率化により環境保全に貢献するとともに,利用者の安心・安全といった広義のウェルビーイングにも貢献していきたいと思います。

鈴木地球の人口増は,2080年代にピークを迎えると予想されています※6)。人口が増えれば,当然ながら食糧や資源の需要が増加し,農地を捻出するために森林破壊が深刻化することが予想されます。いかにして資源を確保し,有効活用するかといったことがこれまで以上に重要な局面がやってくるわけです。研究開発グループでは,CO2を資源として捉え,食糧や資材の元になるようなものを創り出すことが必要であると考えてチャレンジを続けています。バイオ技術とデジタル技術を駆使して,CO2から衣食住の原料になるような物質を合成することができたら素晴らしいですよね。こうしたアイデアも含めて,現在,英国のケンブリッジ大学やさまざまな民間企業,スタートアップの方々と協力しながら,CO2の資源化に向けた研究を進めています。

圓佛アカデミアの視座からはいかがでしょうか。環境問題に関する将来目標や,社会実装していくうえでの課題などがあれば,お聞かせください。

高岡社会インフラというものは,そう簡単に変えられるわけではありません。既存の社会インフラにさまざまなデジタルトランスフォーメーション(DX)技術を投入し,イノベーションを図っているのが現状だとすると,脱炭素・カーボンニュートラルというのは,それよりもう一歩先の取り組みになります。大学も民間企業も,今は2050年の未来に向けてしっかりと研究開発を進めなければなりません。水や廃棄物の循環,カーボンニュートラルに向けたカーボンリサイクル,バイオ技術など,課題解決に向けてさまざまなアプローチがありますが,どのアプローチが真に適しているかは,社会の規模や特性によっても変わるものです。リスクを恐れず最適解を模索しながら,これからもさまざまなことにトライしたいと考えています。

また,大学の役目としてはもう一つ,人財育成があります。社会課題や環境問題は日本だけで解決できるものではありませんし,研究活動はもちろん国際交流なども通じて,社会や環境に関するグローバルな視点を持った人財を育て,企業や行政へ送り込んでいかなければなりません。今後も引き続き,技術と人財の両輪で産官学の連携を密にしていきたいですね。

圓佛環境課題解決に向けたマインドを持った人がお客様側にいてくださるか,そうでないかで話の進みがまったく違いますので,大学の人財育成には期待したいところですね。私たちも,アカデミアが持つ科学的な知見や人財を活用し,顧客課題の深い理解に基づく協創を進めていきたいと思います。本日はありがとうございました。

※6)
United Nations:As the world’s population hits 8 billion people, UN calls for solidarity in advancing sustainable development for all(2022.11)