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GLOBAL INNOVATION REPORT

上下水道の国際標準化への取り組み

専門委員会ISO/TC 224への貢献

目次

執筆者紹介

舘 隆広

舘 隆広

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 水事業部 所属
  • ISO/TC 224第7作業部会委員
  • 現在,国内外の水環境事業および研究開発統括業務に従事
  • 公益財団法人水道技術研究センター理事
  • 一般社団法人スマート水道推進協会理事
  • 規格開発エキスパート(SE00346)
  • 環境システム計測制御学会会員
  • 触媒学会会員

1. はじめに

水環境分野では近年活発に国際標準化活動が進められている。国際標準化団体の一つである国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)では,水質,上下水道,水の再利用や汚泥処理などの専門委員会が,それぞれの分野の国際規格づくりを精力的に行っている。

上下水道の分野では,フランスの提案による専門委員会ISO/TC(Technical Committee)224が2001年に発足し,20年余りが経過した。日本は発足当初から官民で連携して参加しており,日立製作所も国内あるいは国際委員として活動に寄与してきた。

本稿ではこの専門委員会の活動を,2012年から専門家として10年間参加してきた筆者の立場から振り返るとともに,日本の貢献事例や最新の動向を報告する。

2. 国際標準化の必要性

ISOでは「規格」について,「与えられた状況において最適な秩序を達成することを目的に,共通的に繰り返して使用するために,活動又はその結果に関する規則,指針又は特性を規定する文書であって,合意によって確立し,一般に認められている団体によって承認されているもの」[ISO/IEC(International Electrotechnical Commission)ガイド2]と定義されている。製品や技術が国境を越えた交易の対象となったため,目的に合った使い方ができるよう,国際規格が必要となった。例えば乾電池やねじなどは,規格適用の代表例と言える。しかし最近では材料や製品のみならず,業務プロセスやサービスの評価や管理にも広がっている。

国際規格を適用することで,一定の品質の製品を安価に作ったり,管理やサービスを容易に行ったりできる利点がある。しかし国際貿易機関(WTO:World Trade Organization)の貿易の技術的障害に関する協定[WTO/TBT(Technical Barriers to Trade)協定]では,加盟国の国内規格を,国際規格を基礎として作成することを規定している。そのため各国の国内事業においても,国際標準化(国際規格づくり)の動きに目を向けることが必要と考える。

国際規格づくりを行う主な組織としては,ISO,国際電気標準会議(IEC),国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)などが知られている。それらのうちISOは,電気・電子分野以外の国際標準化を担っており,百数十か国が加盟している。日本からは日本産業標準調査会(JISC:Japanese Industrial Standards Committee)が会員として加盟している。

なお,国際連合の持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)への貢献は,国際標準化活動も例外ではない。例えばISOではSDGsの17の目標それぞれに,直接適用可能なISO規格数1)を公表している(図1参照)。

図1│SDGsの17の目標それぞれに直接適用可能なISO規格数(2022年8月31日現在)図1│SDGsの17の目標それぞれに直接適用可能なISO規格数(2022年8月31日現在)近年ではISO規格のSDGsへの貢献が,17の目標それぞれに適用可能な規格数として公表されている。

強靭な水インフラ構築に関わる「目標9:強靱(レジリエント)なインフラ構築,包摂的かつ持続可能な産業化の促進およびイノベーションの推進を図る」が1万3,346件と最も多い。次に,水系感染症や水質汚染による疾病への対処を含む,「目標3:あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し,福祉を促進する」が3,150件となっている。また,水と直接関係する「目標6:すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」が618件,「目標14:持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し,持続可能な形で利用する」が320件である(2022年8月31日現在)。

3. 水環境分野の国際標準化動向

表1│水環境に関わる主なISO専門委員会(2022年8月31日現在)3)表1│水環境に関わる主なISO専門委員会(2022年8月31日現在)3)水環境分野の国際標準化活動は,ISOの多くの委員会に関係している。

国際標準化活動においては,製品の形状・材質や,測定方法などを定める「製品標準」づくりのみならず,近年では利用者の視点に立った「サービス標準」づくりや,社会システムの標準化も進められるようになった。このような環境変化を踏まえ,日本においても標準化の対象にデータやサービスなどが加えられ,2019年7月に「日本工業規格(JIS:Japanese Industrial Standards)」が「日本産業規格(JIS)」に改められた2)

水環境分野の国際標準化においても,製品標準からサービスや社会課題の解決を志向した標準へと,規格づくりの範囲が広がっている。水環境に関わる主なISO専門委員会(TC:Technical Committee)を表1にまとめて示した3)

サービス標準に関しては2001年に設置された専門委員会ISO/TC 224で,上下水道サービスの利用者を考慮した標準化活動が精力的に進められており,詳細は後述する。

また社会課題の解決に関しては専門委員会ISO/TC 282で,環境保全に貢献する,水の再利用の国際標準化が進められている。下水や産業排水などの再利用に関し,日本は水処理技術の性能評価規格(ISO 20468)の作成に貢献してきた。国土交通省では,国際規格発行による日本の水処理技術の国際展開に期待を寄せている4)

また50年の歴史を持つISO/TC 147では,現在も水質に関わる国際標準化を続けており,例えば2021年8月にはドイツから提案された,下水中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の検出方法に関する新規格提案が承認された5)

これらはいずれも製品製造者やサービス提供者のみならず,サービス利用者や社会課題の解決を志向した標準化活動と考えられる。

4. 上下水道の国際標準化活動(専門委員会ISO/TC 224)

4.1 活動の経緯

表2│専門委員会ISO/TC 224の作業部会と作成規格(2022年8月31日現在)表2│専門委員会ISO/TC 224の作業部会と作成規格(2022年8月31日現在)国際規格22件が発行され,なお多数の規格が開発中である。

専門委員会ISO/TC 224「飲料水および下水サービスに関する活動−サービス品質基準および業務指標」は,2001年にフランスの提案により設置された。2007年には上下水道事業者と利用者のためのサービス評価指針(ISO 24510,24511,24512)が取りまとめられた。これらは上下水道事業を定量的に評価するための,業務指標(PI:Performance Indicator)の基本的な考え方をまとめたものであり,各国が国内規格として業務指標を定めるための指針となっている。日本国内の水道および下水道の評価指針も参考文献に引用されている。

具体的には,計算式で定義されたPIにさまざまな事業データを入力することで,過去の実績や他の事業体とのサービスレベルや施設の状況などの定量的な比較が可能となる。しかしその際に,水事業固有の自然や社会,文化的条件などの「背景となる情報(context)」を十分に考慮する必要があることも,これらの指針に述べられている。

現在これら三つの指針は定期的な改訂作業に入っており,日本も作業に参加している。

2008年以降のISO/TC 224では,アセットマネジメント(資産管理)や危機管理,スマート水管理,気候変動への適応などの個々の課題に対する規格づくりが進められている。ISO/TC 224の各作業部会と,作成済・作成中の規格番号を表2に示した(2022年8月31日現在)。

なお,専門委員会の活動範囲(Scope)は不変ではなく,時代とともに変化している。ISO/TC 224の活動範囲は2017年に,「飲料水供給,下水および雨水システムに関するサービス活動」に変更され,雨水への対応が明記された。さらに2021年には「水道,下水道,および雨水のシステムとサービス」に拡大され,サービスのみならず,それに関わる製品やシステムの設計,仕様,建設も含められた。

日本は公益社団法人日本下水道協会と公益社団法人日本水道協会がそれぞれ国内委員会を組織して,ISO/TC 224のすべての作業部会に日本委員を派遣している。国内の上下水道事業体や関係機関だけでなく,民間企業委員も一般社団法人日本水道工業団体連合会から派遣されており,日立製作所はその一員として2012年からWG(Working Group)7(危機管理)の委員を担っている。

4.2 現在の活動事例

ここでは専門委員会ISO/TC 224の最近の活動事例を紹介する。

(1)危機管理に関わる活動

図2│危機の各段階における活動の順序,重複および強度図2│危機の各段階における活動の順序,重複および強度危機発生時の組織的な対応の基本概念を示す。

上下水道サービスは,自然災害や施設の不具合,人為的な誤操作や事故など,さまざまな危機に見舞われる可能性がある。イスラエルの提案で設置されたWG 7では,上下水道事業体が突発的な危機に対処するための,さまざまな国際規格づくりを10年以上にわたって続けている。その間,日本は2011年3月に発生した東日本大震災による上下水道の被害状況を報告したり,2013年10月に仙台市でWG 7の会議を開き,浄水場や下水処理場の被害状況を各国の委員に直接見てもらったりした。

WG 7では2015年に「危機管理」指針(ISO 24518),2017年には事例集(ISO 24520)を発行した。具体的には,事前の準備や危機発生時の組織的な対応,その後の復旧から通常業務への復帰までの,各段階での管理のあり方がまとめられた内容となっている。その基本概念を図2に示す。

また関連部会のWG 9では,さまざまな測定値や報告を基に,上下水道の異常を早期に検知して対処するための「事象検知プロセス」指針[ISO/TS(Technical Specification) 24522]を2019年に発行した。日本は日立製作所からの提案を基に,河川上流での水質事故を検知し,下流での水道原水の取水停止を支援するシステムや,豪雨を早期に検知して下水道の浸水回避を支援するシステムなどの事例をWG 9に提案し,優良事例として掲載した。

WG 7ではさらに,危機時の代替給水(ISO 24527)や,水道配水ネットワークの水質連続監視(ISO/TS 24541)などの新たな規格を発行した。その中で日本は,座長国のイスラエルからの依頼でISO 24527に国内事例を提供したり,モロッコの委員と共同でISO 24541の本文の一部を執筆したりした。

その間,ドイツやカナダの水道専門家と意見交換をしたり,英語表現に関して米国や英国の委員から助言をもらったりして,各国委員と良好な関係を保ちつつ,日本や日立が寄与した事例を国際規格に反映させることができた。

(2)環境保全に関わる活動

ISO/TC 224では環境保全に関わる国際標準化活動も行われてきた。2015年にはシンガポールの提案により水の効率的な利用に関わる国際規格づくりが開始された。具体的には水を利用する事業所(組織)が節水を計画,実施するための水の効率的管理システムの要求事項と指針であり,2019年にISO 46001として発行されている。

また気候変動の影響もあり,世界各国で豪雨災害が多発している。日本は国土交通省や下水道事業体,関係団体が協力して,雨水管理の規格を作成するWG 11を2015年に立ち上げた。その活動の結果,2019年には計画・設計段階を主体とした,洪水対策などの指針(ISO 24536)を発行し,2021年には優良事例集[ISO/TR(Technical Report)24539]も発行している。

その後,この活動を拡大する形で気候変動への適応に関わるWG 16が2020年に発足した。気候変動の影響に対する水サービスの適応指針であるISO 24566の策定が開始されており,まず評価の原則づくりの議論が進められている。

5. おわりに

図3│ISO/TC 224総会にオンラインで参加した日本委員図3│ISO/TC 224総会にオンラインで参加した日本委員2022年のISO/TC 224総会にオンラインで参加した日本委員 を示す(2022年6月24日,日本水道会館にて)。

本稿では,専門委員会ISO/TC 224を中心に,水環境分野での国際標準化活動の経緯と現在の活動事例を報告した。

国際標準化活動は,ともすれば国家間の争いやビジネス上の駆け引きが注目されがちである。しかしISO/TC 224の日本委員は,有識者として先進技術や優良事例の紹介を期待されてきた。自国や自社のメリットを追求するだけではなく,世界の水環境や上下水道の向上に貢献する規格を,各国の委員で協力して作り上げていく意識も必要と感じる。

ISO/TC 224は設置から20年余りを経過したが,現在も活発に活動が続けられており,発行済の国際規格は20件を超えた。ISO規格には執筆した委員名や国名は記載されない。しかし多くの国から参加した委員が協力し,数年の時間と労力を掛けて作成されていることは,記憶にとどめておきたい。オンラインで開催された2022年のISO/TC 224総会に参加した日本委員(一部)の写真を図3に示す。画面を介して六大州すべてから多数の委員が参加した。

日立製作所は日本の関係機関と連携し,各国の委員とも協調して上下水道の国際標準化活動に引き続き参加し,世界の水問題,環境問題の解決に貢献していく所存である。

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