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1. カーボンニュートラル社会の実現へ向けたイノベーション

日立製作所研究開発グループでは,プラネタリーバウンダリーの諸問題の解決に取り組んでいる。気候変動については,非化石電源の導入促進,DX(デジタルトランスフォーメーション)による省エネルギーの推進,モビリティの電動化といった,現状の社会システムからのフォアキャストによる研究活動を行っている。加えて,2050年のありたき社会像からバックキャストして対象領域を絞り込み,カーボンニュートラルの実現に欠かせない水素バリューチェーンの構築や,カーボンネガティブに向けたイノベーション創生も推進している。

例えば,再生可能エネルギーや水素などのクリーンエネルギーの時間的・空間的ミスマッチの解消や,安定かつリーズナブルな価格での供給を実現するマルチグリッドマネジメント技術の開発を進めている。また,森林破壊による生物多様性の損失に対しては,大学,国の研究機関,スタートアップなどとエコシステムを構築し,CO2から衣食住の原料になる物質を創出する技術の開発にもチャレンジしている。

[01]カーボンニュートラル社会を実現するイノベーション[01]カーボンニュートラル社会を実現するイノベーション

2. Energy storage & supply高電圧水電解システム

[02]高電圧水電解システム[02]高電圧水電解システム

脱炭素社会の実現に向けて,化石燃料に代わり,太陽光,風力,水力などの再生可能エネルギー由来の電力から製造できる水素が注目されている。日立は,少ない資源や電力で水素を大量製造できる世界初※)の高電圧水電解技術の開発を進めている。これまでに培った絶縁技術,電気化学デバイス制御技術,大容量電力変換技術を基に開発した高電圧対応型の水電解槽アレイ構造や,高電圧の管理・制御技術を用いて大規模水電解システムの小型化,省資源化をめざしている。

今後は,開発技術を適用した実証システムによる効果の検証を進めると同時に,太陽光,風力,水力などのそれぞれの発電適地における運用方法,水素製造に不可欠な浄水技術開発にも取り組み,水素製造の上流過程を含めたトータルソリューションの提供により,国内外における化石燃料から水素への円滑な移行に貢献する。

※)
日立製作所調べ

3. インペリアル・カレッジ・ロンドンと脱炭素・自然気候ソリューションのための共同研究センターを設立

[03]共同研究センターの三つの研究プロジェクト[03]共同研究センターの三つの研究プロジェクト

インペリアル・カレッジ・ロンドンと日立は,現代社会が直面する持続可能性という大きな課題に取り組むための共同研究センターを新たに設立した。

気候変動による影響を抑えるには速やかな脱炭素化が不可欠であり,そのためには産業やライフスタイルの変革が必要となる。同時に,食料や水を生み,大気中のCO2を除去するなどの不可欠な役割を果たしてくれる自然環境を保護する必要もある。

こうした課題に対して,当センターでは脱炭素化と気候変動修復の二つに焦点を当てた。四つの初期研究プロジェクトが既に開始されており,日立ヨーロッパ社と日立製作所が協力して取り組む。これらのプロジェクトでは,DAC(Direct Air Capture)や自然の最適化などによるCO2排出量削減に向けた道筋を評価し,必要な社会トランジションを特定する。

当センターを活用して産学官連携による新たなパートナーシップを構築し,持続可能性に関する最先端の研究開発を通じて社会に貢献する考えである。

4. 日立産総研ラボ:循環経済社会の実現に向けた連携研究ラボを設立

日立製作所と産業技術総合研究所(以下,「産総研」と記す。)は,2022年10月に循環経済社会の実現をめざす共同研究拠点「日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ」を産総研臨海副都心センターに設立した。日立と産総研から約40人の専門家を集め,業種を横断したバリューチェーン全体で資源を高効率に利用し合う循環経済社会のあるべき社会像や必要なルール,課題解決策などの共同研究を推進する。

共同研究は3年間で,循環経済社会のグランドデザインの策定として,めざす循環経済の社会像と現状からあるべき姿に移行するための道のり,移行のための方法論とルールのあり方を提示する。また,CO2排出量などの環境データなどを活用することで,企業の環境レポート作成や低環境負荷な生産スケジュールを作成するデジタルソリューションを開発する。さらに,データ収集や活用方法などについて,施策提言,日本発のルール形成,標準化を進める予定である。

[04]循環経済社会のグランドデザインの策定[04]循環経済社会のグランドデザインの策定

5. デザイン細胞

細胞遺伝子治療は,遺伝子改変した細胞を体内に投与する治療法であり,治療が困難もしくは不可能と考えられていた疾患を克服する手段として期待されている。その中でも,一部のがんの治療法として既に承認されているキメラ抗原受容体(CAR:Chimeric Antigen Receptor)T細胞療法は,目覚ましい治療効果を示すとともに遺伝子改変を工夫することで幅広い疾患に適用できる潜在力を有している。2017年の米国における初承認以降,CAR-T細胞療法の研究開発は活発化する一方だが,研究開発手法が未成熟であることから,依然としてその潜在力が十分に生かされているとは言い難い状況である。また,研究開発には長い時間と多額の費用が必要となる。

そこで日立は,CAR-T細胞をはじめとする細胞遺伝子治療薬の研究開発をサポートするため,超並列遺伝子設計・細胞機能解析システムを特徴とするデザイン細胞開発プラットフォームの開発に着手した。その開発にあたって,次世代CAR-T細胞療法を分析し,その成果は,2022年8月に国際誌『Frontiers in Immunology』に掲載された。

[05]デザイン細胞開発プラットフォーム[05]デザイン細胞開発プラットフォーム

6. 粒子線治療用新型加速器とアクチニウム225の製造技術

[06]粒子線治療用の新型加速器の模式図(上)とMBqオーダー製造実証試験体系(下)[06]粒子線治療用の新型加速器の模式図(上)とMBqオーダー製造実証試験体系(下)

粒子線治療の患者負担軽減に貢献する新型加速器,アルファ線内用療法の普及に貢献するアクチニウム225の製造技術を開発している。

がんの放射線治療の一種である粒子線治療では,陽子や炭素イオンなどの荷電粒子ビームを患部の深さに応じた適切なエネルギーまで加速してから照射する。開発中の新型加速器は,出口側に向けて偏心させたビーム軌道と高周波電圧による拡散を組み合わせることで,患部の深さによらない大電流照射を実現する。これまでに製作性を考慮した電磁場分布を用いてのビーム取り出しを確認しており,現在は実用化に向けた詳細な解析を進めている。

アルファ線内用療法は,がん細胞を破壊するアルファ線を放出する核種と,がん細胞に選択的に集積する薬剤を組み合わせた治療薬を患者に投与し,体内からがん細胞を攻撃する新しい治療法である。この治療法用核種として有望なアクチニウム225を,高効率・高品質で製造可能な電子線形加速器を利用した製造手法の開発を進めており,東北大学および京都大学と共同で,本手法によるMBqオーダーの量の製造を世界で初めて実証した※)

今後は,大量製造化に向けたシステム詳細検討と薬剤への適用性評価を進めていく。

※)
日立製作所調べ

7. Web3に向けたデジタルアイデンティティ基盤:DPBI

Webの進化はインターネットを日常生活に不可欠なものとする一方で,プラットフォームの肥大化,寡占化が問題視されるようになっている。近年,Web3と呼ばれる非中央集権型のサービス,例えばNFT(Non-fungible Token)や暗号資産取引などが注目を集めているが,中央にオーソリティが存在しないがゆえのセキュリティ上の課題(詐欺やハッキング)も指摘されている。

日立は,Web3の本格展開を見据え,NFTや暗号資産の取り引きにおいて,詐欺やハッキングを防止しつつプライバシーと利便性を向上したり,NFT作成の真正性を保証したりするデジタルアイデンティティ基盤の開発を進めている。その中核技術が,生体情報から暗号鍵を生成し分散型の認証・ID(Identifier)管理を実現するDPBI(Decentralized Public Biometric Infrastructure)である。DPBIに基づき,サイバー空間上の個人や組織をリアル空間の実体とリンクすることによって,安心して利用できるWeb3サービスを実現する。

[07]Web3に向けたデジタルアイデンティティ基盤構想[07]Web3に向けたデジタルアイデンティティ基盤構想

8. シリコン量子コンピューティング

量子コンピュータは,従来のコンピュータでは解けない問題を解くことができる新概念コンピューティング技術として期待されている。一方,実用的な問題を解くためには基本構成要素である量子ビット数がまだ足りず,将来的には数百万量子ビットを集積することが課題となる。

そこで,シリコンの集積性を生かしたシリコン量子コンピュータの開発を進めている。量子演算を行うためには,大規模に集積した量子ビットアレイに電子を送り込んで量子ドット(電子1個を閉じ込める箱)を形成して初期化する必要がある。今回,量子ビットアレイに100 MHzの速度で電子一つを量子ドットに輸送する高速・高精度単電子ポンピング技術を東京工業大学と共同で開発した。開発した技術は,大規模アレイにスケール可能な重要技術である。

今後,量子ビットアレイ全体を初期化する手法の構築,および量子演算の実証をめざしていく。なお,大規模集積化に向けた一連の取り組みは,SSDM※) Paper Awardを受賞し,2022年度の本会議にて表彰された。

JST(Japan Science and Technology Agency:国立研究開発法人科学技術振興機構)ムーンショット型研究開発事業をはじめとするオープンイノベーションや,日立ケンブリッジラボとの連携で,量子コンピューティングシステムに加え,量子アルゴリズムや誤り訂正システムの開発を進め,量子コンピュータの早期社会実装をめざす。

本研究は,JST「ムーンショット型研究開発事業」グラント番号「JPMJMS2065」の支援を受けたものである。

※)
International Conferences on Solid State Devices and Materials

[08]量子ビットアレイを用いた高速・高精度単電子ポンピング技術[08]量子ビットアレイを用いた高速・高精度単電子ポンピング技術

9. テレプレゼンス遠隔作業支援

現場作業の生産性向上と熟練者不足の解決のための現場省人化に向けて,遠隔地の熟練者が現場空間をリアルタイムかつ自由な視点で観察できるとともに,音声指示だけでは伝達困難な現場作業内容を手指動作の伝達によって教示できる遠隔作業支援技術を開発した。

本技術では,三次元センシングと仮想現実(VR:Virtual Reality)や拡張現実(AR:Augmented Reality)に関する技術を組み合わせて,作業現場空間をリアルタイムに仮想空間に再現することで,遠隔地からでもVRゴーグルを介して現場を自由視点で観察できる。また,遠隔地の熟練者の手指動作を計測し,アバターの動作として現場作業員にARグラスを介して伝達することで,遠隔からでも現場作業を仮想的に「やってみせる」ことができる。

今後は,普及が見込まれるメタバースを活用したソリューションにも本技術を展開し,さらなる現場作業の生産性向上や熟練者不足への対応に貢献していく。

[09]遠隔作業支援システムプロトタイプの概要[09]遠隔作業支援システムプロトタイプの概要

10. 日立神戸ラボ:再生医療

[10]培養上清中の細胞外小胞由来ラマン信号の主成分プロット[10]培養上清中の細胞外小胞由来ラマン信号の主成分プロット

再生医療普及の課題である治療用細胞の品質安定化と製造コスト削減のため,日立は2019年に商用製造用細胞自動培養装置iACE2を上市した。本製品は住友ファーマ株式会社の細胞医薬プラントに導入され,京都大学が推進するiPS(Induced Pluripotent Stem)細胞を用いたパーキンソン病の細胞移植治療の医師主導治験において初の臨床適用を果たした。

さらなる細胞製造の安定化に向け,細胞形態や培養上清成分に基づいて培養中の細胞を非侵襲にモニタリングする技術の開発を推進している。特に細胞が培養上清中に分泌する細胞外小胞に着目し,内包物である核酸やタンパク質の発現が細胞品質を反映することを明らかにした※)。この細胞外小胞を培養中にリアルタイムに評価するため,ラマン分光の適用を検討し,iPS細胞とiPS細胞から分化させた神経前駆細胞がラマン信号パターンによって識別できることを見いだした。これにより,培養中の細胞の分化状態を細胞に対し非侵襲にモニタリングできる可能性を得た。

本稿で紹介した内容の一部は,日本医療研究開発機構の課題番号JP21be0404010において実施した。

※)
Saito H et al., J. Biosci. Bioeng. 132,381-389,2021,第30回生物工学会論文賞受賞

11. 日立東大ラボ:政策提言とオープンフォーラムの開催

Society 5.0の実現をめざす日立東大ラボは,政策提言活動として提言書を作成するとともに,オープンフォーラムを開催した。

ハビタットイノベーションプロジェクトでは,人中心のスマートシティが持続するための方法論を内閣府に提言した。併せて,日立東大ラボ第3回ハビタットイノベーションフォーラム「人中心のスマートシティの構築へ〜持続可能なスマートシティに向けた5つのキーファクター〜」を開催し,関連する産学官のステークホルダーと議論して提言主旨の共有を進めた。

エネルギープロジェクトにおいては,日立東大ラボ・産学協創フォーラム「第4回Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて〜全員参加で考える持続可能なカーボンニュートラル社会の実現」を開催し,バックキャスティングに基づいた社会と制度・政策の検証について掘り下げるとともに,エネルギー提言書第4版を公開した。

今後,2022年度が最終となるフェーズ2活動のまとめを進めるとともに,2023年度より新たなフェーズ3の取り組みを開始する予定である。

[11]ハビタットイノベーションフォーラム(オンライン)の様子(左)とエネルギー提言書(第4版)表紙(右)[11]ハビタットイノベーションフォーラム(オンライン)の様子(左)とエネルギー提言書(第4版)表紙(右)

12. 日立京大ラボ:サイバーと人間社会の協同システム

CPS(Cyber-Physical System)による,人間の価値起点に基づく超スマート社会Society 5.0のあり方が議論され,さらに先にあるスマート化だけでは実現されないWellbeing社会(日経BP「Beyond Smart Life」)に向けた技術開発が進んでいる。

日立京大ラボでは,多様な個人の自由と連帯を両立させる「混生社会」をめざして,CPSに人間社会の仕組みを取り入れて個人の向社会的行動と集団の合意形成を支援するCHSS (Cyber-Human Social System)という新しいコンセプトを提案し,それを具現化するアーキテクチャとしてSocial Co-OS(Cyber-Human Social Co-Operating System)を開発している。Social Co-OSでは,サイバーと人間社会が個人の行動診断と介入から成るファストループ(運用・行政)と,集団の多元価値予想と合意形成から成るスローループ(合議・政治)を介して協同する。

将来的には,相互扶助コミュニティやプラットフォーム協同組合の形成と円滑な運営に貢献することが期待され,2022年度から京都大学と共に二つの国家プロジェクト(JSPS/先導的人文学・社会科学研究,JST/ELSI包括的実践プログラム)を推進している。

なお,本研究は2022年9月に国際学術誌「IET Cyber-Physical Systems: Theory & Applications」に掲載された。

[12]CHSSのコンセプトとSocial Co-OSのアーキテクチャ[12]CHSSのコンセプトとSocial Co-OSのアーキテクチャ

13. 日立北大ラボ:地産地消エネルギーを活用した低炭素農業支援モデル

日立北大ラボでは,地域における地産地消低炭素な電力供給と災害時も供給可能な電力網の構築をめざして,自立型地域エネルギーシステムの開発を推進している。本システムは小規模な自立型ナノグリッドを複数敷設し,各ナノグリッド間を電気自動車(EV:Electric Vehicle)などで電力融通することで電力の過不足を解消するとともに,余剰電力を人・物の運搬に活用することで,単独のグリッドでは実現できない電力サービスを提供する。本システム実現に向けて,天候・電力需要や運搬需要などの不確実性に対応しながら,地域のニーズや状況に合わせて電力・運搬運用の複数の目的に対して最適解を提供する自立型地域エネルギーシミュレータを開発した。岩見沢市の農作業に本シミュレータを適用した結果,系統電力網に対してCO2排出量を60%以上低減できることを確認した。

今後,産学官地域連携を通じて地産地消エネルギーを活用した環境負荷の少ない地域産業モデルの構築と,地域に安心・安全な生活基盤の提供をめざす。

[13]自立型地域エネルギーシミュレータの構造と解析例[13]自立型地域エネルギーシミュレータの構造と解析例

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