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ハイライト

社会環境の変化がますます激しくなり,社会と企業のサステナビリティの「同期化」が必須と言われている。この「同期化」とは,企業の事業活動が自らの成長と同時に,社会の持続可能性にも貢献できているという「ありたい将来像」に社会や企業を移行(トランジション)させていくことと捉えることができる。日立はこれまで協創手法NEXPERIENCEを数百案件に適用し成果を出してきたが,これからはさまざまなパートナーと「ありたい将来像」を実現する協創が不可欠となる。そこで,企業の経済価値を生む活動が持続可能な社会を生み出す活動ステップを描く「事業成長シナリオ」の設計手法を開発し,ロジスティクス分野の顧客と共に実践した。

本稿では,顧客と共にサステナビリティと調和の取れた事業成長の実現に協創を通じて貢献する日立の取り組みについて述べる。

目次

執筆者紹介

伊藤 英太郎Ito Eitaro

伊藤 英太郎

  • 日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 所属
  • 現在,協創方法論NEXPERIENCEの研究開発と社内外への展開に従事

長岡 晴子Nagaoka Haruko

長岡 晴子

  • 日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 所属
  • 現在,モデリングおよびシミュレーション技術による事業構造評価の研究に従事
  • サービス学会会員
  • 日本システム・ダイナミクス学会会員

蔡 貞花Cai Zhenhua

蔡 貞花

  • 日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 Lumada CoE DX協創推進部 所属
  • 現在,Lumada事業推進および協創活動に従事

鬼澤 幸広Kizawa Yukihiro

鬼澤 幸広

  • 株式会社日立ハイテク バリューチェーンソリューション事業統括本部 中部支店 ビジネスインテグレーション部 所属
  • 現在,半導体製造工程受託ビジネス領域における法人営業に従事

1. はじめに

社会環境の急激な変化に伴い,社会全体がサステナビリティ(気候変動や人権尊重といった社会の持続可能性や,企業の長期的な価値提供や持続的な稼ぐ力の向上)を重視する方向へ大きく転換しようとしている。2022年8月に経済産業省が発行した「伊藤レポート3.0」では,サステナビリティに関わる課題に対応しない企業は,投資家,消費者,労働市場から評価を得ることが難しく,結果として事業活動の継続に影響が生じるケースが多くなってきていると記されている。一方で,この変化においては,企業は従来の活動の延長線上にはない非連続な変革を果敢に進めることを求められるため,X(トランスフォーメーション)を一層加速させるチャンスとなると述べられている。さらに,SX(サステナビリティトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)を効果的かつ迅速に推進していくためには,DX(デジタルトランスフォーメーション)も一体的に取り組んでいくことが望まれるとも書かれている1)

つまり,企業はサステナビリティに対して,長期的な視点で「ありたい将来像」を構想し,それに向かって,DXを通じた事業の成長に段階的に取り組んでいくことを求められている2),3)。具体的には,これからの企業は事業におけるオペレーションの効率化と需要創生を組み合わせながらサステナビリティを実現していくことが必須であり,それを踏まえた事業の長期ビジョン,成長ロードマップの構想と実現が一層重要になる。

日立は顧客との協創により,現場の課題を発見しソリューション開発までを行う協創型SI(System Integration)サービスを提供し,活動を通じて得られた知見をLumadaに蓄積してきた4)。そこで,今後求められるサステナビリティ実現に向けた取り組みに対して,経済価値だけでなく社会価値実現までをロードマップとしてシナリオ化する,「事業成長シナリオ」の設計手法を構想し,実践した。

本稿では,サステナビリティと調和の取れた事業成長の実現を両立する事業成長シナリオを用いたロジスティクス分野での協創の取り組みを紹介する。

2. 社会価値実現に向けたDXの最新動向

前述のとおり,企業は経済価値と社会価値の両立を求められている。しかし,業績拡大を求める活動が環境負荷を増大させるなど,経済価値と社会価値は時に相反する場合もある。これらを両立させるためには,事業成長シナリオを日々の業務活動へ具体的に落とし込むと同時に,それが経営目標を達成するのかどうかを把握するための活動実態の見える化や,生産性向上のためのDXが不可避となってくる。しかし,多くの企業は必要性を理解しつつも,どこから手を付けるべきかを模索しているのが実態である5)。このような状況から,数年前よりDXを支えるサービスが現れ始めた。

Siemens AGは,企業のDX成熟度を考慮したロードマップ策定サービスを提供している。このサービスは,コンサルタントが顧客企業のステークホルダーとのワークショップを通じて現場でのDX成熟度を把握・評価し,全体の方向性を定め,顧客の状況に合ったロードマップを策定しDXの推進をサポートしていくものである。

また,Accenture PLCは,2007年よりグローバル各拠点が持つ40以上の業種のナレッジを集約し,それをテンプレート化しておくことで,顧客に迅速かつ的確なソリューションを提供してきた。同社は,2022年に入り顧客自身が保有するデータの価値を引き出すデータ駆動型の事業運営を支援するサービス「AI Powered Knowledge Sharing」を提供している。これは,現場が抱える課題に対してそのコンテクストをAI(Artificial Intelligence)が解析し,社内外に保有するデータから適切な解決策をリアルタイムに提示するというものである。

行政も産業界のDXは主要施策と位置づけている。経済産業省は企業や経営者のDXに対する意識改革を目的に,DX指標およびガイダンスを策定し,企業のDXレベルに合わせて企業認定や優良企業選定などの施策を講ずることで加速を図ろうとしている6)

これらの動向から,DXにより企業力を高めるサービスはさらに需要が増すと考えられる。

3. 長期ビジョンを見据えた顧客との事業成長シナリオの策定

前章では,DX支援による企業価値向上サービスについて述べた。一方で,近年の企業は,コロナ禍,原油高騰,為替大幅変動,地球温暖化,労働人口減少など,これまでに体験したことのない事業環境下に置かれており,先行きが不透明になっている。こうした中,企業にとっては経済価値だけでなく持続可能な社会価値の両者を生み出すための長期ビジョンを掲げ,その実現までの事業ロードマップをいかにして創生するかが課題になってくると考える。

3.1 顧客視点での事業成長シナリオ設計手法

図1|事業成長シナリオのイメージと主な構成要素図1|事業成長シナリオのイメージと主な構成要素企業がDXにより実現をめざす「ありたい姿」に向けて,現在の状況を踏まえたうえでどのような段階を経て改善・改革を進めていくのかを設計するための手法を示す。

事業環境の変化による事業インパクトは業界や企業によって異なる。例えば,コロナ禍により打撃を受けた業界もあれば,恩恵を受けた業界もある。そこで日立は,顧客の視点に立って事業環境の変化を受け止め,顧客の経営層が発信している将来ありたい企業像に向けてDXによりどのように事業を対応・変化させていくのかを描く事業成長シナリオ設計手法を策定した(図1参照)。

事業成長シナリオは主に,(1)事業への影響が大きいと思われるイベントやメガトレンドなどの変化ドライバー,(2)変化ドライバーによる事業インパクトを加味し,将来ありたい企業像に向けて段階的に事業・業務を改革・変革する事業展開シナリオ,(3)シナリオの実現時期やシナリオ実現のために各フェーズで連携すべきステークホルダーなどの連携スコープ,そして(4)各フェーズでのシナリオがもたらす事業者にとっての実現価値の四つの要素で構成される。ここでいう変化ドライバーとは,法規制の改定などのように施行が確定している未来の事項や,事業者の顧客の変化などの不確定な事項を指す。後者は,例えば需要に影響する人口動態の変化や消費性向,設備やIT投資傾向,さらにはSDGs(Sustainable Development Goals)への関心の高まりに伴うエシカル消費といった行動変容などである。

事業成長シナリオ策定の目的は,DXに向けた取り組みを局所的な業務の効率化に終わらせるのではなく,顧客が求めるサステナビリティ実現に向けた準備ステップ(ロードマップ)を,共感を通じて創生していくことである。日立はこのシナリオに沿って,次のフェーズに移るために必要なソリューションの組み合わせを継続的に設計・提供し,当初の見込みから事業環境が変化した場合には,シナリオを随時柔軟に変更していく。

3.2 ロジスティクス分野での実践

ロジスティクス分野は,今後多くの「変化ドライバー」が待ち構える業界の一つである。まず2024年にはいわゆる2024年問題と呼ばれる労働法改定の影響によるドライバーの労働時間短縮の要請が見込まれ,また2030年には道路貨物運送業の運転従事者が2000年と比べて約53.3%まで減少すると言われている7)。さらに,カーボンニュートラル達成に向けた対策も必須となっている。

今回日立と協創した顧客は,全国に拠点を持ち法人向けサービスを提供する中堅企業で,前述の課題への対策はもちろん,経営層は企業全体としてサービス品質の向上や付加価値サービスを必須の取り組みとして掲げている。一方で,各営業拠点で現場が抱える課題を一つ一つ調査したところ,種々の生々しい声が挙がってきていた。多くの取引先を抱える現場では,さまざまな形態の取引伝票を扱っているうえ,アナログでの処理も多く残っている。このため,配車計画に必要な情報を収集・整理するのに時間を要しており,突発的な変更が起きると計画の見直しに手間取り,ミスも生じやすくなる状況となっていた。また,検品効率化のためハンディターミナルが導入されていたが,作業者の高齢化が進んでいる中で,業務時に携帯する荷物が増えることによる身体への負担が大きいという意見も見られた。現場責任者は,これらの調査結果に目を通して経営層が描く将来像とのギャップを感じ,何かしらの対策が必要と考えたが,どこから着手すべきか施策の設計に苦慮していた。

3.3 事業成長シナリオの策定による第一歩

図2|課題整理ツリーの構成図2|課題整理ツリーの構成企業の経営目標を実現する際に直面する業務課題とその施策案までの関係をツリー状に構造化し,全体を俯瞰できるようにするものである。

日立はまず,顧客の課題を構造的に捉え,優先的に取り組む課題領域を特定するため,「課題整理ツリー」を用いて構造化した。これは事業成長シナリオ着手前に必ず作成するものであり,横にバリューチェーンを取り,縦は上部に経営層の将来ありたい企業像や課題認識を配置し,下部に経営層の課題認識を実現するための現場層にとっての取り組み課題や阻害要因の関係をツリー状に構造化するものである(図2参照)。現場課題は,バリューチェーンを構成する業務プロセス単位でブレイクダウンしていくが,異なる業務プロセス間で意外な共通点が見られることもある。そのようなことも踏まえ,現場責任者や現場担当者など複数の関係者の視点からスコアリングを実施し,取り組み優先度の高い領域を特定した。

特定した領域のDX状況(デジタル化やデジタライズ化の度合い)を踏まえて,まず着手するべき施策と,前述のような変化ドライバーに対していつ頃までに何を実現するべきか,数フェーズから成るシナリオを描いた。初期フェーズでは,ボトルネックとなっている配車計画に伴う一連の作業に関わるデータの早期デジタル化,次のフェーズでは配車計画の効率化とそれによる稼働トラック台数の適正化に伴うCO2排出量の低減,そしてさらに次のフェーズでは業務効率化で生まれる時間的な余裕を別作業に充てることでの付加価値サービスの創出,といった流れである。加えて,各フェーズで対象とする拠点やステークホルダーも段階的に拡大していく。顧客の話によると,データのデジタル化は,これまでも何度か検討されてきたが,費用対効果を示すことができず先送りにしてきたとのことであった。しかし今回は,顧客が初期フェーズで取り組むべき範囲を見定め予算に合うソリューションを提示できたことや,この取り組みが局所的な業務効率化ではなく先を見据えたサステナビリティ実現に向けた活動の一端となることを示せたこともあり,経営層の承認も得て改善に乗り出すこととなった。現在,初期フェーズのソリューション導入を進めている。

事業成長シナリオは,日立が顧客の経営層の思いと現場層の活動を理解し,顧客の事業環境がどう変化してどのような影響を受けるのか広く先読みをしないと策定できない。今後,こうしたスキルのさらなる強化は必須と考えている。

4. おわりに

このように,ロジスティクス分野において数段階の成長フェーズから成る事業成長シナリオを用いたことで,サステナビリティ実現に向けた長期ビジョンとビジョン実現に至る事業ロードマップ創生を達成することができた。

今後,サステナビリティへの貢献を考慮せず,自社の効率のみを追い求める企業は,投資家,消費者,労働市場から評価を得ることが難しくなると予想され,各企業の中で一層,サステナビリティに関する取り組みが加速すると見込まれる。

日立は,事業成長シナリオを用いた協創を通じて,サステナビリティ実現に向けた社会や企業の移行(トランジション)に貢献していく。

関連情報

参考文献など

1)
経済産業省:伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)報告書(2022.8)(PDF形式、1.26Mバイト)
2)
日立製作所:11. 持続可能な未来へのトランジション,日立評論,104,1,p. 112(2022.1)
3)
株式会社Takram,日立製作所:Transitions to sustainable futures サステナブルな未来へのトランジション
4)
内田吉宣,外:新ソリューション・新事業を生み出す協創方法論NEXPERIENCE,日立評論,103,2,208〜212(2021.3)
5)
日本電気株式会社:国内企業におけるDXの現状と成果獲得に向けた課題とは〜『IT投資動向調査2022』より〜(2022.3)
6)
経済産業省,産業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)
7)
経済産業省,外,我が国の物流を取り巻く現状と取組状況(2022.9)(PDF形式、4.72Mバイト)
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