ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

ハイライト

2050年のカーボンニュートラル実現に向け,製造業をはじめとする企業ではその道筋を早期に定めることが求められている。こうした中では昨今の原材料やエネルギー不足,価格高騰という外部環境の変化の中でも利益を確保し,投資を行いつつ,CO2排出量も削減していくことが重要となる。本稿では,株式会社日立ソリューションズが提供する「グローバルSCMシミュレーションサービス」を通じた,数理解析技術に基づく利益およびCO2排出量削減の最適化の実現や,企業のサプライチェーン戦略立案の支援について紹介する。

目次

執筆者紹介

小沢 康弘Ozawa Yasuhiro

小沢 康弘

  • 株式会社日立ソリューションズ 産業イノベーション事業部 エンジニアリングチェーン本部 第3部 所属
  • 現在,製造業向けSX・デジタルサプライチェーン事業の企画,開発に従事

1. はじめに

図1|カーボンニュートラルに向けて企業が取り組む二つの柱図1|カーボンニュートラルに向けて企業が取り組む二つの柱企業がカーボンニュートラルを実現するためにはCO2排出量の可視化と削減の両輪での取り組みが必要となる。

2015年の第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定を契機に,グローバルでの脱炭素に向けた動きが本格化した。パリ協定は,それまでの先進国を中心とした取り組みから,気候変動枠組条約に加盟する196か国すべての取り組みへと変化し,翌年以降,欧州を端緒として150か国以上が年限付きのカーボンニュートラルを表明した。2021年のCOP26終了時点での表明国・地域が占めるCO2排出量の割合は,世界全体の88.2%に上る。日本においても,2020年10月に2050年カーボンニュートラルを宣言し,脱炭素に向けた動きが加速している。

カーボンニュートラル実現に向け,企業が取り組むべき柱は,大きく分けて,CO2排出量の可視化とCO2排出量の削減という二つである。前者でデジタル技術が活用されている事例は多くあるが,後者の事例は少ない。排出量の可視化による現状把握は重要な取り組みではあるが,より重要なのは排出量削減の取り組みである。デジタル技術を活用したCO2排出量の削減は,今後,社会全体の重要なテーマとなると考えられる(図1参照)。

CO2排出量削減のためには,投資などコストの発生を伴う施策が必要となる。例えば,CO2排出量を抑えると推奨されている設備の電化に向けた新たな投資が挙げられる。また,産官学での取り組みが進められているGX(グリーントランスフォーメーション)リーグでは,2023年度からGX-ETS(Emissions Trading System:排出量取引)の試行開始をめざしており,企業が自主的に定めた削減目標を達成できなかった場合には,カーボンクレジット市場からのクレジット購入が必要となる。

今回紹介する「グローバルSCM(Supply Chain Management)シミュレーションサービス」は,デジタルツイン技術を用いて仮想空間上にサプライチェーンを再現し,生産・販売のシミュレーションを行うことで,将来発生するCO2排出量の予測や排出量削減に向けた施策の効果を評価することができる。また,シミュレーション結果にはCO2排出量のみではなく,企業の売上や利益といった経営上のKPI(Key Performance Indicator)も含まれるため,企業経営とCO2排出量削減を踏まえた戦略の立案を支援することが可能である。

2. グローバルSCMシミュレーションサービス

グローバルSCMシミュレーションサービスは,サプライチェーンのレジリエンス強化を目的として開発されたクラウドサービスである。2022年4月にカーボンニュートラルへの取り組み強化の一環としてCO2排出量シミュレーション機能が追加され,サプライチェーンにおいて発生するCO2排出量を予測することができるようになった。

2.1 グローバルSCMシミュレーションサービスの利益最大化シミュレーション

新型コロナウイルス感染症の拡大以降,社会の不確実性が高まっている。2022年は原材料不足や価格高騰,燃料費の高騰,都市のロックダウンによる海運の滞留に始まり,地政学的リスクや為替の大きな変動など,さまざまな問題が発生した。このような社会状況では,企業が適切なサプライチェーン戦略を立てることは経営において重要な要素となる。グローバルSCMシミュレーションサービスは,あらかじめサプライチェーンモデルとそれに関わる販売・生産・調達・輸送をマスタで定義することにより,デジタル環境にサプライチェーンを再現しシミュレーションすることを可能にする。

具体的には,(1)サプライチェーンモデル,(2)調達情報(調達コスト・調達能力),(3)設備情報[生産能力・BOM(Bill of Materials)・固定費・変動費],(4)輸送情報(輸送費・関税),(5)需要情報(需要・販売価格)を入力情報としてシミュレーションを行う。

技術的な特徴として,数理解析技術の一種である線形計画法を用いることが挙げられる。理論上,すべての販売,生産のパターンの中から工場の生産能力,サプライヤの供給能力の制約を満たし,かつ,企業全体の利益が最大となる解を求める。具体例を示すと,日本と中国に工場があり双方で同一の製品を生産できる場合,100台の需要に対し日本工場で100台,中国工場で0台,日本工場で99台,中国工場で1台……とすべての組み合わせの計算を行い,最も利益が高い生産,販売を実現する組み合わせの最適解を求める。また,シミュレーション結果として,(1)売上・利益,(2)需要に対し利益最大となる販売品目・販売量,(3)設備の生産品目・稼働率,(4)購買品目・購買量を出力情報として得ることができる。

さらに,What-Ifシナリオとして定義することで,将来のさまざまなシナリオを評価することも可能である。具体的な例としては,将来的な原材料の高騰および不足が見込まれる場合に,予想される調達能力・調達コストの変化を複数のシナリオとして定義しシミュレーションすることで,企業の売上・利益への影響を事前に把握できるようになり,事前の対策や,事象が発生した際の迅速な対応を可能とする(図2参照)。

図2|デジタルツインによるサプライチェーンレジリエンス戦略図2|デジタルツインによるサプライチェーンレジリエンス戦略数理解析技術を用いて利益が最大となる販売・供給戦略の立案を支援する。What-Ifシナリオに基づく販売量,生産量,アロケーション(生産地),購買量の最適解を求め,シナリオを比較することで最適なプラン立案が可能である。

2.2 グローバルSCMシミュレーションサービスのCO2排出量シミュレーション

新たに機能を追加したCO2排出量シミュレーション機能について紹介する。バリューチェーン全体のCO2排出量の算定と報告の基準は,GHG(Greenhouse Gas)プロトコルにて国際基準が定められており,Scope1[事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼,工業プロセス)],Scope2(他社から供給された電気,熱・蒸気の使用に伴う間接排出),Scope3[Scope1,Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)]という三つのScopeがある1)

グローバルSCMシミュレーションサービスは,Scope1,Scope2およびScope3のカテゴリ1(購入した製品・サービス),カテゴリ4[輸送,配送(上流)],カテゴリ9[輸送,配送(下流)]を対象に,CO2排出量のシミュレーションを行う。Scope3においてこれらのカテゴリを対象とした理由は,直接的なサプライチェーン上のモノの動きの影響を受けるためである。

CO2排出量をシミュレーションするために追加した入力情報は,(1)調達情報としての調達品目の単位当たりのCO2排出量,(2)設備情報としての製品または中間品の生産時に発生する品目当たりのCO2排出量,(3)Scope2の電気量などの工場全体のCO2排出量,(4)輸送情報としての輸送に伴い発生する品目単位当たりのCO2排出量およびCO2量に伴い発生する国境炭素税率である。これらを新たに入力情報とすることで,サプライチェーンのデジタルツイン上で,企業の販売計画や生産計画に伴い発生するCO2排出量もシミュレーションすることを可能とした(図3参照)。

図3|サプライチェーン全体CO2排出量/製品当たりCO2排出量算出の考え方図3|サプライチェーン全体CO2排出量/製品当たりCO2排出量算出の考え方グローバルSCMシミュレーションサービスでは工程ごとに定めたCO2排出量マスタの値に従い,サプライチェーン全体のCO2排出量および製品当たりCO2排出量を計算する。

2.3 排出量取引制度への活用

グローバルSCMシミュレーションサービスでは,企業または拠点単位でのCO2排出量の上限を設定することで,企業は排出量取引制度に対応することができる。

排出量取引制度は,欧州ではすでにEU-ETS(European Union ETS)として導入されており,当初は過去の排出量実績に基づいて無償で割り当てされたが,現在はオークションによる購入が原則となっている。日本における排出量取引制度GX-ETSでは,企業が自主的に立てた削減目標を達成できれば超過分を取引所に販売できるが,目標に達しない場合にはカーボンクレジット市場から不足分を購入しなければならない。今後は,国が委託した民間機関によって,企業が自主的に立てた削減目標の妥当性が評価される仕組みの導入も計画されている2)

また,CO2排出量の上限内で最も利益率の高い生産計画や販売計画を策定することもできる。利益率を改善する方法は原材料の価格を下げるだけとは限らない。価格が他のサプライヤより高くてもCO2排出量が少ない原材料を購入し生産することで,企業はカーボンクレジットを購入するコストを低減し,たとえ売上を落としても,最終的な利益を増やすことができる場合がある。そのようなケースについても,グローバルSCMシミュレーションサービスは提案が可能である(図4参照)。

図4|排出量取引(カーボンプライシング)への対応図4|排出量取引(カーボンプライシング)への対応線形計画法の特長を生かし,CO2排出量上限を制約として利益が最大となる生産・販売の組み合わせを求める。

3. おわりに

2022年12月に開催された内閣総理大臣を議長とする第5回GX実行会議において「GX実現に向けた基本方針(案)〜今後10年を見据えたロードマップ〜」が示された3)。本基本方針(案)の中では,「直ちに導入するのではなく,GXに集中的に取り組む期間を設けた上で導入することとする」と前提をおいたうえで,排出量取引制度における企業の削減目標に対する民間第三者認証,発電事業者に対する「有償オークション」の段階的導入,および,炭素排出に対する一律のカーボンプライシングとして「炭素に対する賦課金」の導入が検討されている。

これまで企業の自主的な取り組みが中心であったカーボンニュートラル対策は,国の後押しにより一層加速することが想定される。グローバルSCMシミュレーションサービスは,今後も企業および社会のカーボンニュートラルの実現に向けて貢献していく。

Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。