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ハイライト

人口減少・超少子高齢化をきっかけとした社会保障制度への不安をはじめとしてさまざまな社会課題を抱える日本においては,これらの問題解決をめざす取り組みの活性化が強く求められている。今後,高齢層に傾いた人口構造が急速に改善する見通しがない中では,内需の活性化や医療費増大をはじめとする社会保障に関する課題解決を高齢者自身が担っていくことが必要であり,高齢化先進国と言われる日本はもとより,高齢化社会が進もうとしている世界各国においても,先進テクノロジーを最大限に生かした「高齢者CX」の向上が不可欠であると考えられる。

本稿では,高齢者CX向上の追求による産業成長や自立促進支援について,社会保障制度を補完する側面を持つ保険業界を中心とした社会動向に触れたのち,スマートフォンアプリを用いた日立の新たな試みである「社会参加のすゝめ」サービスについて紹介する。

目次

執筆者紹介

遠藤 毅郎Endo Takeo

遠藤 毅郎

  • 日立製作所 金融第二システム事業部 金融システム第四本部 所属
  • 現在,保険・共済業界のビジネスアナリストとして,同業界向けの調査・分析・洞察・提言などの専門業務に従事

鎌田 裕司Kamata Yuji

鎌田 裕司

  • 日立製作所 金融第二システム事業部 金融システム第四本部 所属
  • 現在,ヒトやモノに関わるリスク分析などを中心とした新事業開発に従事

1. はじめに

人口減少・超少子高齢化によって,日本は深刻な社会課題を抱えている。例えば,迫りくる「2025年問題」では団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり,社会保障費の負荷が急速に膨張するとされており,さらにその5年後の「2030年問題」では人口の三分の一が65歳以上の高齢者となり,生産年齢人口の減少による社会保障制度の限界が顕在化することが予想されている。人口減少・超少子高齢化が進めば進むほど社会保障制度の脆弱性が深刻度を増し,国民のさまざまな世代に大きな影響を及ぼすことは明らかであり,国全体でこの悪循環を解消していかなくてはならない。

こうした中,高齢者の多くが老後の三大危険因子と言われる「健康・金・孤独/孤立(3K)」や,それに「介護」を加えた「4K」などに大きな不安や悩みを抱えている。とりわけ介護の面では,高齢者の介護を高齢者が行う老老介護などの難しい問題も内在する。日立はこれらの高齢者リスクの解消法として,「高齢者の自立促進」が重要なポイントになると考えており,さらにその促進を支援する動きが広まれば,前述したより深刻な社会問題の解決の一助になると考えている。

2. 「高齢者CX」向上を追求したビジネスモデル創造の重要性

世界的に高齢化が加速する中,高齢化先進国と言われる日本では,2030年に向けた確かな事業成長をねらう有力企業の多くが,社会課題の解決にもつながる「高齢者の自立促進」を支援するビジネスモデルの創造に取り組んでいる。そしてその成功のカギとなるのが,先進テクノロジーを有効活用して高齢者顧客のエクスペリエンス,すなわち「高齢者CX(Customer Experience)」の向上を追求した価値モデルの創造である。本稿では,「健康寿命の延伸」,「資産寿命の延伸」,「つながりの充実」などの観点から,保険業界や隣接業界などの先進的な取り組みとそこから得られる示唆となる価値を紹介する。なお,ここでは65歳以上の前期高齢者および75歳以上の後期高齢者はもとより,高齢者予備軍や定年退職予備軍なども対象に含めて考察を行った。

2.1 先進テクノロジー活用による健康リスク管理サービスとその方向性

日本同様の超高齢化社会を抱えるアジア諸国を中心に展開する欧州の有力保険会社が注目されている。顧客に提供するヘルスケアアプリを通じて得られる健康データを基に,AI(Artificial Intelligence)×デジタルツイン※1)などの先進技術の特性を生かして,オリジナルのアルゴリズムをベースにした「健康スコアリング」による健康状態の見える化,推奨アクションについて適切な優先順位をつけたタイムリーなアドバイス,医師とのビデオ相談などのサービスを提供することで,各国の社会課題解決をサポートしている。

AI×デジタルツインの研究は世界中で進んでいる。例えば,記憶・価値観・趣味・嗜好などが高齢者本人にそっくりな「もう一人の自分」を作ることで,日々の話し相手となるほか,振り込め詐欺などの特殊詐欺防止における助言や励まし,「最期は自宅で迎えたい」といった代理の意思表示などが可能となることが想定されており,こうした仕組みが前述のアプリサービスとつながることで,高齢者CX向上を追求した高齢者の自立促進支援モデルへの発展が期待される。

一方で,日本ではさまざまな法規制上の問題もあり,保険会社アプリにおいてこうした先進サービスのすべてを実現することは,現時点では難しい。しかし,既に取り組みが始まっている民間サービス事業者などによるさまざまな情報利活用の仕組みに加え,普及が加速するマイナンバー※2)カードと,関連するマイナポータル※2)からの健康・医療情報の利活用の進展に伴い,より優れた保険サービスの登場が見込まれる。さらに将来的には,ゲノム医療の普及で遺伝情報についての消費者の正確な理解が進むことで,より高度なデータ利活用による真の健康寿命の延伸につながるサービスへの期待が生まれるなど,顧客の意識変化も予想される。

2.2 高齢者の自立促進の決め手となる社会貢献活動

自分で自分を助ける「自助」,助けられる人がお互いに助け合う「互助」も,高齢者の自立促進の決め手の一つといえる。これは,高齢者の支援を目的とした総合的なサービスを地域で提供する仕組みである「地域包括ケアシステム」にも登場する四つの「助(自助・互助・共助・公助)」のうちの二つであり,特に,社会貢献活動などと強い相関関係を有する。

2020年11月に実施された東京都福祉保健局の「インターネット福祉保健モニターアンケート」の中の「高齢期における地域活動等の意向」によると,定年退職後に取り組みたい活動の第2位が,「地域活動,社会貢献のための活動」であった。年代別で見ても,50代と70代でこの回答が1位(60代で2位)となり,70代では7割以上が選択している(表1参照)。モニタ数500,うち有効回答数371と母数が少なく,東京都限定の調査であることから絶対的な結果とまではいえないものの,一つの指標となるデータといえる。

さらに,社会貢献活動への対価としてポイント交換などの仕組みも導入すると,持続的なエクスペリエンス向上につながるものと考えられる。

次章では,これまでに論じた高齢者CX向上の追求に関する日立の取り組みを紹介する。

表1|定年退職後に希望する生活や活動についての東京都による意識調査表1|定年退職後に希望する生活や活動についての東京都による意識調査50代以上の回答(一人当たり三つまで選択可能)の各上位3位までを抜粋した。

※1)
現実世界で収集された情報を基に,デジタル空間内で現実世界の対となる双子(ツイン)を構築する技術。「2030年代には多くの人々が自分のデジタルツインを持つようになる」と,予測する識者などもいる。
※2)
マイナンバー,マイナポータルは,デジタル庁会計担当参事官の登録商標である。

3. 社会参加行動をスマートフォンで計測する「社会参加のすゝめ」アプリ

高齢者の介護予防には適度な運動,栄養のある食事と併せて,活発な社会参加行動が重要であるとされている1)。社会参加とは,就労や地域活動もしくはコミュニティへの参加など,他者との交流を通じた社会活動への参加行動を指す。高齢者の社会参加と介護リスクの関係を長年分析している千葉大学や一般社団法人日本老年学的評価研究機構らの研究によると,こういった社会参加行動が活発な高齢者は統計的にも有意に将来の要介護認定率が低く健康長寿であることが分かっている2),3)。しかし,介護予防に極めて優れた効果があることが証明されていても,社会参加の重要性は広く認知されているとはいえない。日立は,これらの研究成果をうまく社会実装することができれば高齢者介護に関する課題を解決しつつ,高齢者自身のQoL(Quality of Life)を向上させることができると考えた。

例えば,食事や運動に関するサポートや行動のデータ化を行うことができるサービスは多数存在する一方で,「社会参加行動」を計測してその重要性を啓発し,きっかけを与え行動変容を促す仕組みやサービスはほとんど存在しない。そこで,このような機能を備えたサービスの事業化を検討した。

社会参加行動を計測するにあたって,例えば自宅からの外出行動や外出先での滞在行為をデジタルに捉えることができれば,少なくとも閉じこもり状態ではなく,外出先のバリエーションが多いほど社会参加行動が活発であると一定程度見立てることが可能となる。このような行動の計測にはGPS(Global Positioning System)や,現行のスマートフォンであれば基本機能として備えているモーションセンサー,歩数センサーが利用でき,高齢者のスマートフォン所有率も年々向上していることから,サービスのベースをスマートフォンアプリとした「社会参加のすゝめ」の開発に至った。

「社会参加のすゝめ」は,アプリをインストールしたスマートフォンを持ち歩くだけで毎日の歩行量,外出行動,外出時の移動の軌跡,滞在したと思われるスポットといった情報が自動で計測される。また,これらの情報を用いた社会参加の活性度を示すスコア表示や,前述の日本老年学的評価研究機構の過去の研究成果をコラムとして配信しており,介護予防のための知識獲得をサポートする(図1参照)。本アプリは2022年6月にローンチしており,App Store※3)またはGoogle Play※4)からダウンロードすることで誰でも無料で利用することができる。アプリとしてはプロトタイプの位置づけであり,機能が充実している状態ではないが,ユーザーニーズも検証しながら今後アップデートしていく予定である。

本サービスのねらいは,匿名の社会参加行動データを,高齢者をターゲットとしたさまざまな産業における商品やサービスの開発に役立てるという点にある。保険会社の提供する個人加入の介護保険などが好例である。高齢者自身が積極的に社会参加していれば将来の要介護認定リスクは小さく抑えられることが分かっているため,その活発度をデータで証明できる場合には保険料を割り引いたり,有利な条件で加入できたりするといった特典を提供するサービスの実現が期待される。そのほか,アプリユーザーが増えるにつれて,本アプリがアクティブな高齢者とのタッチポイントを有する媒体となっていくため,高齢者向けマーケティングを志向する企業とのマッチングやメディア機能も提供可能になる。

現在,本事業コンセプトの実現性を検証するべく,複数の企業とアプリ収集データを用いた実証プロジェクトに取り組んでいる。今後は,民間企業と連携しながら高齢者の社会参加支援を軸としたベストなCXを模索することで,高齢者の健康長寿実現に貢献しつつ,企業の高齢者向けビジネス成長を強力に支援できるサービスへと成長させていく。

図1|「社会参加のすゝめ」アプリのユーザーインタフェース例図1|「社会参加のすゝめ」アプリのユーザーインタフェース例アプリをインストールすると,日々の行動履歴を自動で計測し社会参加の活性度をランクで示すことができるほか,社会参加を通じた介護予防に関するコラムを閲覧することができる。

※3)
App Storeは,Apple Inc.の米国およびその他の国における登録商標または商標である。
※4)
Google Playは,Google LLCの米国およびその他の国における登録商標または商標である。

4. おわりに

本稿では,世界的な高齢化を視野に入れた高齢者CX向上に関する日立の取り組みについて述べた。今後は,理念を共有する企業や自治体と共に,高齢者の自立を強力に後押しするサービスを生み出していくべく,積極的なコラボレーションに取り組んでいく所存である。

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