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ハイライト

日立は「令和4年度東京都次世代ウェルネスソリューション構築支援事業」の連携プロジェクトにてEBPMビジネスプラットフォームの創成に着手している。本プロジェクトでは,日立のセキュアなパーソナルデータ利活用基盤と介護・健康・医療のビッグデータAI分析技術を活用したEBPMビジネスプラットフォームを新たに創成し,八王子市や府中市における介護予防事業のアウトカム(結果)評価の実証などに取り組んでいる。

本稿では,核となるパーソナルデータ利活用基盤とビッグデータAI分析技術,自治体・スタートアップとの協創を通じたEBPMビジネスプラットフォームについて紹介する。

目次

執筆者紹介

佐藤 恵一Sato Keiichi

佐藤 恵一

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 公共システム事業部 パブリックセーフティ推進本部 パブリックセーフティ第二部 所属
  • 現在,高セキュアなパーソナルデータ利活用基盤事業に従事
  • 博士(工学)

田浦 善弘Taura Yoshihiro

田浦 善弘

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 公共システム事業部 公共ソリューション推進第二本部 公共ソリューション推進第七部 所属
  • 現在,ヘルスケア関連分野におけるデータの分析や利活用事業に従事

羽渕 峻行Habuchi Takayuki

羽渕 峻行

  • 日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 社会課題協創研究部 所属
  • 現在,社会イノベーション事業の事業創成に従事
  • 博士(工学)
  • 経営学修士(MBA)
  • 情報処理学会会員

佐藤 嘉則Sato Yoshinori

佐藤 嘉則

  • 日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 社会課題協創研究部 所属
  • 現在,高齢化社会の課題解決を目標とする顧客協創プロジェクトに従事
  • 情報処理学会会員
  • 日本医療情報学会会員

1. はじめに

政府は適切な介護予防により年間3.2兆円の介護給付費を抑制可能と推計しており,生涯QoL(Quality of Life)向上と財政適正化の両面で,良質な予防サービスの社会的意義は大きい1)。行政が事業資源を有効活用しつつ市民に広くサービスを提供していくためには,民間企業の貢献が期待される。また,ワイズスペンディングと民間サービス活用を推し進めるべく,政府は行政課題の解決に対応した成果指標値の改善状況に連動して委託費などを支払う官民連携の手法である,成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay for Success)を推進している2)。しかし予防の費用対効果を把握できないことが積極的な民間サービス導入と,PFS普及の障壁となっている。介護予防事業の効果測定を困難にしている根本要因は,誰がどのような予防を実施したかを記録した実績データと,要介護/要支援認定結果,健診結果,病歴など,予防のアウトカムを記録したデータがバラバラに存在していることと,これらのデータを統合して事業効果のエビデンスとして創出する仕組みが未確立という点にある。

そこで日立は自治体・スタートアップと共に,エビデンスに基づく介護予防を社会実装するべく,「令和4年度東京都次世代ウェルネスソリューション構築支援事業」の連携プロジェクトとして,成果連動型介護予防事業を駆動するEBPM(Evidence-based Policy Making)ビジネスプラットフォームの創成を推進している3)。本稿では,プラットフォームの核となるセキュアなパーソナルデータ利活用基盤,介護・健康・医療のビッグデータAI(Artificial Intelligence)分析技術およびプロジェクトの概要を紹介する。

2. セキュアなパーソナルデータ利活用基盤

2.1 秘匿情報管理サービス「匿名バンク」

「匿名バンク」は,秘密計算の一種である検索可能暗号化技術を活用したクラウドサービスであり,情報を乱数化して格納でき,乱数化したまま検索が可能である4)。また,通信経路を含むクラウド上に暗復号鍵が存在しないことで,情報漏洩リスクの低減だけでなく,各種法令やガイドラインへの対応が容易になるといった利点がある(図1参照)。従来技術では,検索処理などを行う際にサーバのメモリなどでの復号処理を必要としたが,検索可能暗号化技術では,暗号化状態のまま検索が可能である。個人情報管理に適用する場合,氏名・生年月日などの個人を特定できる情報は乱数化して管理し,それ以外の情報は仮名化データとして取り扱うことで,個人の権利・利益の保護と個人情報の有用性とのバランスを図ることができる。また,業務に利用する際は検索処理が必須である場合がほとんどである。このことから,検索可能暗号化技術は秘密計算技術の中でさまざまな分野での適用が先行しており,日立では,患者情報などのヘルスケア情報や,住民情報,マイナンバー※)といった幅広い分野における機微な情報の取り扱い事例を多く有する。

図1|検索可能暗号化技術を活用した個人情報管理図1|検索可能暗号化技術を活用した個人情報管理従来の検索処理では困難であった暗復号鍵とデータの分離を実現し,個人情報を乱数化することで情報漏洩リスクを大幅に低減した。暗号化したままでの検索処理を可能とし,各種業務に対応できる。

2.2 個人情報管理基盤サービス

個人情報管理基盤サービスは,個人の同意に基づき情報を流通させる基盤であり,近年望まれている自己主権型の情報管理に活用できる(図2参照)5)。同意に基づきデータ保有者から情報を受け取り,名寄せをして情報を格納することで,個人ごとに情報が蓄積する。蓄積された情報は,項目ごとに同意を設定することができ,設定情報に基づきデータ利用者に情報を提供する。本サービスは,秘匿情報管理サービス「匿名バンク」上に構築されており,個人を特定する情報は乱数化され,それ以外の情報は仮名化データとして管理される。仮名化データは,オープンAPI(Application Programming Interface)を通じてさまざまなアプリケーションと連携できる。この際,やり取りする情報を仮名化データに限定することで,高い安全性の下での情報利活用が可能となる。

このように,個人情報管理基盤サービスは,さまざまな情報を収集し名寄せを行うことで個人情報の価値を最大化し,個人の同意に基づき情報を流通させ,個人や社会に価値を還元する仕組みである。

※)
マイナンバーは,デジタル庁会計担当参事官の登録商標である。

図2|個人情報管理基盤サービスの概要図2|個人情報管理基盤サービスの概要秘匿情報管理サービス「匿名バンク」と,個人からの同意を動的に管理できる各種機能を組み合わせ,クラウド上でパーソナルデータをより安全に格納・流通させる仕組みを構築する。

3. 介護・健康・医療のビッグデータのAI分析技術

3.1 自治体保有の介護・健康・医療データとPHR

日立は,自治体を含めた医療保険者の保健事業支援を通じて健診や医療,介護データの分析技術やノウハウを有しており,AIを活用した保健事業支援サービスを提供している。その前提となる自治体保有の介護・健康・医療データやPHR(Personal Health Record)を統合・分析するために必要なデータについて説明する。

自治体保有の介護・健康・医療データおよびPHRについて表1に示す。AIを活用した保健事業支援やPHRサービスの予防効果などを分析するためには前提として介護・健診・医療情報などの自治体保有データとPHRサービスが保有するデータを名寄せする必要がある。このため,全国の自治体が活用することができる標準システムであるKDB(国保データベース)システムのデータとPHRサービスのデータに対し,個人を特定するための突合キーを付与して名寄せしている。また,介護データに関しては,重要な要素である高齢者の日常生活習慣を把握するためのデータとして,KDBシステムには高齢者の通いの場などで収集される高齢者質問票や基本チェックリストのデータが格納され始めており,介護サービスの給付実績だけでなく,生活習慣を含むビッグデータの統計解析を支援している。

表1|主な自治体保有の介護・健康・医療データおよびPHR表1|主な自治体保有の介護・健康・医療データおよびPHR介護・健康・医療のビックデータをAI(Artificial Intelligence)分析にかける前に,これらのデータを名寄せする必要がある。

3.2 AIを活用した保健事業支援サービス

AIを活用した保健事業支援サービスの適用事例の一つが,2021年6月から栃木県内において開始した糖尿病の重症化予防に向けたサービス6)である(図3参照)。従来は「栃木県糖尿病重症化予防プログラム」に基づく保健指導の対象者リストをベースに,限られた人的資源の中,より糖尿病リスクの高い被保険者に保健指導を行うため,年齢・性別・既往症などの情報から手作業でさらに対象者を絞り込んでいた。本サービスでは,日立のLumadaソリューションの一つである医療ビッグデータ分析ソリューション「Risk Simulator for Insurance」のノウハウを活用し,個人を特定できないように匿名化された過去8年分の医科・調剤レセプトや健診のデータを基にした,糖尿病の重症化予測に特化した予測モデルを構築した。これにより,栃木県・栃木県国保連から保健指導対象者の糖尿病リスク度を付与したリストが提供可能となり,市町の負担が大幅に軽減されることが期待される。また,他の自治体では保健事業の効果評価を行った事例もある。このように本サービスは,保健指導の効率化を図るだけでなく,ビッグデータ分析やAIを活用しながら自治体の保健・予防事業における課題解決に貢献することができる。

図3|栃木県におけるAIを活用した保健事業支援サービス図3|栃木県におけるAIを活用した保健事業支援サービス栃木県におけるRisk Simulator for Insuranceの導入事例を示す。日立の医療ビッグデータ分析技術・ノウハウを活用し,効率的な事業計画の策定ときめ細かな保健指導により,糖尿病重症化予防を推進している。

4. 自治体・スタートアップとの協創を通じたEBPMビジネスプラットフォームの創成

4.1 令和4年度東京都次世代ウェルネスソリューション構築支援事業

前述のセキュアなパーソナルデータ利活用基盤,介護・健康・医療のビッグデータのAI分析技術をコアとして,日立は「令和4年度東京都次世代ウェルネスソリューション構築支援事業」連携プロジェクトにて,PFS型事業にも対応可能な介護予防事業を駆動するEBPMビジネスプラットフォームの構築を推進している3)。本プロジェクトでは,八王子市,府中市,エーテンラボ株式会社,株式会社Rehab for JAPAN,株式会社Mealthyと共に,エビデンスに基づく介護予防の実現に向けて二つの実施項目に取り組んでいる。

4.2 実施項目(1)EBPMビジネスプラットフォームの創成

住民向けサービスとして介護予防のためのスマートフォンアプリを導入する八王子市・府中市と連携し,各自治体の医療・介護アウトカムを有するKDBデータと,ウェルネス企業の保有するPHRをクラウド上でセキュアに突合し,予防効果を測定するEBPMビジネスプラットフォームの創成を進めている(図4参照)。本プラットフォームは,日立独自の技術によりセキュアなパーソナルデータの利活用を可能にする「個人情報管理基盤サービス」をベースに構築しているほか,「AIを活用した保健事業支援サービス」を用いて説明可能なAIなどによるビッグデータ分析を行うことで,介護予防効果を示す要支援・要介護認定率や介護医療費の低減・削減効果などのアウトカムを算出する。これらにより,自治体での事業の実施評価やエビデンスに基づいた事業計画策定の実現をめざしている。

今回の取り組みでは,八王子市・府中市で推進する介護予防事業を対象に実証を行い,データ利活用による各種施策の効果測定方法などの確立を進めている。

図4|本プロジェクトにより創出をめざす最終的な事業の全体像図4|本プロジェクトにより創出をめざす最終的な事業の全体像EBPMビジネスPFは,匿名バンク上でKDBデータとPHRを突合してセキュアに管理し,AI活用により事業効果を測定する。PFS型介護予防事業支援などの各種サービスを自治体へ提供する。

4.3 実施項目(2)PFS型介護予防事業の構築

エビデンスに基づく介護予防事業のユースケースとして,「令和3年度東京都次世代ウェルネスソリューションの構築支援事業」の事業化促進プロジェクトの成果を活用しながら,官民連携で持続的な介護予防事業の構築をめざして検討を推進している。具体的には,八王子市,エーテンラボ,Rehab for JAPAN,Mealthyと共に,PFS型事業の確立に向けて,PFS型介護予防事業のアウトカム評価へのEBPMビジネスプラットフォームの適用検討を進めている。本プロジェクトの検討結果を基に,介護予防に関する課題を抱える自治体での幅広い適用に向けて,ウェルネス企業と連携したPFS型介護予防事業を支援するサービスモデルの構築をめざす。

5. おわりに

本稿では,EBPMビジネスプラットフォームの実現技術に加え,「令和4年度東京都次世代ウェルネスソリューション構築支援事業」連携プロジェクトにおける取り組みについて述べた。今後も日立は,セキュアなデータ利活用とビジネスモデルの革新によりエビデンスに基づく介護予防を実現し,高齢化社会における生涯QoL向上と社会保障費適正化に貢献していく所存である。

謝辞

本稿で述べた「令和4年度東京都次世代ウェルネスソリューション構築支援事業」連携プロジェクト推進においては,東京都,八王子市,府中市,エーテンラボ株式会社,株式会社Mealthy,株式会社Rehab for JAPANにご協力を頂いている。深く感謝の意を表する次第である。

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