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健康寿命を支えるデジタルヘルスケアの展望

医療DXの基盤となる「医薬・ヘルスケアプラットフォーム」の活用

ハイライト

日本人の平均寿命は延び続け,2040年には100歳以上の人口が30万人になる人生100年時代が到来すると言われている。これに対し,いかに健康寿命を延ばしながら長生きできる社会を実現していくかが課題となっている。膨らみ続ける医療費の適正化もその一つである。

こうした中,大きな期待を集めているのが,クラウドやAIなどを活用した最新技術によるイノベーションである。実際に,政府もPHR(個人の健康に関する医療情報)を活用した医療・ヘルスケアのデジタル化を推進し,セルフメディケーションによる健康寿命の延伸と医療費の適正化をめざしている。

本稿では,人々のウェルビーイングと医療費の抑制の両立に向けた医療分野のDXを牽引する産学連携のエコシステム化について述べる。

目次

執筆者紹介

長谷 正嗣Hase Masatsugu

長谷 正嗣

  • 株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ 所属
  • 現在,医薬・ヘルスケア事業の統括業務に従事

相樂 泰弘Sagara Yasuhiro

相樂 泰弘

  • 株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ デジタル・ライフサイエンスサービス本部 所属
  • 現在,医薬・ヘルスケア事業の取りまとめと事業企画を横断的に推進する業務および,健康経営推進プロジェクト員としてオンライン診療など従業員の健康支援サポートに従事

松本 一敏Matsumoto Kazutoshi

松本 一敏

  • 株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ デジタル・ライフサイエンスサービス本部 所属
  • 現在,法規制対応のクラウドITインフラのコンサルティング業務に従事

渡辺 静香Watanabe Shizuka

渡辺 静香

  • 株式会社日立システムズ ビジネスクラウドサービス事業グループ コンタクトセンタ&BPOサービス事業部 BPOシステム構築本部 所属
  • 現在,医薬・ヘルスケア事業におけるデジタライゼーションサービス,BPOサービスの企画,設計に従事

小島 久美子Kojima Kumiko

小島 久美子

  • 株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ デジタル・ライフサイエンスサービス本部 企画部 所属
  • 現在,健康経営推進プロジェクト員として,オンライン診療など従業員および顧客の健康支援サポートに従事

1. はじめに

日本の医療・ヘルスケア領域は現在,四つの課題に直面している。第一に,製薬会社,医薬品卸売会社,医療機関がヘルスケアデータをそれぞれ個別に管理しており,連携ができていないという「医薬・ヘルスケアのバリューチェーンにおける情報・データの断絶」である。

必要な医薬品の提供に時間が掛かると,医療の質やQoL(Quality of Life)の低下につながりかねない。そのため,データを包括的に一元管理し,切れ目なく情報提供する新しいバリューチェーンの構築が求められている(図1参照)。

図1|実現をめざす医薬・ヘルスケアのバリューチェーン図1|実現をめざす医薬・ヘルスケアのバリューチェーン製薬会社の医薬品の研究・開発から患者に薬が届くまでのバリューチェーンのデータを一元管理することをめざす。

図2|日立システムズ 宇川取締役副社長執行役員CTrO兼デジタライゼーション推進統括本部長図2|日立システムズ 宇川取締役副社長執行役員CTrO兼デジタライゼーション推進統括本部長日立システムズは,医薬・ヘルスケア事業を統括する宇川祐行副社長の下,全社横断の医薬・ヘルスケア事業プロジェクトを推進している。

次に「医療費の増大」がある。国民医療費は年々膨らみ続け,その金額は2021年度では年間約44兆円に上り,これをいかに削減するかが大きな社会課題となっている。この状況を受けて国がめざしているのが健康寿命の延伸である。健康であり続けることは,人々のウェルビーイングを増進し,医療の現場の負担軽減にもつながる。予防,健診・検査,診断,治療といった医療提供サイクルで切れ目のない連携体制を整備し,一次・二次・三次予防の網を張り巡らす取り組みが進んでいる。

三つ目が「地域間の医療格差」である。デジタル田園都市国家構想を先導する取り組みとして,新たに「デジタル田園健康特区(仮称)」を設けることが決まった。これは地域のデジタル化と規制改革を推進し,健康・医療に関する課題解決に重点的に取り組む自治体の活動を支援するものである。こうした活動が全国的に広がっていくことが期待される。

最後に,コロナ禍の長期化により,運動不足による体重の増加・基礎疾患の悪化,在宅勤務を起因とするコミュニケーション不足によるメンタル疾患の増加が挙げられる。

株式会社日立システムズでは,宇川祐行副社長の下,全社横断の医薬・ヘルスケア事業プロジェクトとしてこれらの事業に取り組んでいる(図2参照)。

2. 医療DX基盤と健康支援アプリ

図3|日立グループと日立システムズが担う事業領域図3|日立グループと日立システムズが担う事業領域日立システムズは,法規制対応やセキュアな環境のプラットフォーム基盤を提供し,日立グループのヘルスケア事業領域を下支えする。

図4|健康〜未病〜特定保健指導〜受診勧奨までのワンストップイメージ図4|健康〜未病〜特定保健指導〜受診勧奨までのワンストップイメージ健康診断の結果から疾病予測を可視化して行動変容を促し,未病からメタボリックシンドローム,受診勧奨までのワンストップサービスを実現する。

医療DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するうえで,デジタルプラットフォームは患者や医療従事者にとって使いやすいものでなければならない。また,要配慮個人情報を扱うセキュアなプラットフォームでもある必要がある。そこで日立システムズでは,日立製作所の産業部門,公共部門,その他の日立グループ企業と連携し,医療DXの基盤となる「医薬・ヘルスケアプラットフォーム」を提供している(図3参照)。

このプラットフォーム上で自社の健康支援スマートフォンアプリや連携先のアプリを稼働し,またはプラットフォームと連携して予防から治療までのワンストップサービスを実現する(図4参照)。自社開発の健康支援アプリは機能単位でAPI(Application Programming Interface)化し,連携先のアプリからも機能単位で活用できるプラットフォームとなる。また,標準化されたPHR(Personal Health Record:個人の健康に関する医療情報)データベースの整備,マイナポータル※1)との連携インタフェースなど,ヘルスケア関連サービスの提供に必要な基盤機能の実装も行うほか,DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス)※2)の提供基盤としても提供を拡大していく。

本章では,日立システムズが開発した人々の健康支援に向けたアプリ,システムを紹介する。

2.1 医薬・ヘルスケアプラットフォーム

医療情報という要配慮個人情報を取り扱う情報システム・サービスに対し,日立システムズは,クラウド上で個人情報保護法,医療情報3省2ガイドラインなどを順守するためのAWS(Amazon Web Services)※3)インフラストラクチャーおよび非IT系の要件※4)を満たすアセスメントを推進するソリューション「医療情報ガイドライン準拠アセスメント・構築支援サービス」を展開している。このソリューションでは,Amazon Web Services, Inc.※5)と密に連携し,規制要件充足のためのAWSマネージドサービスの適用検討を重ねている。

このプラットフォーム上で,東京医科歯科大学病院と日立システムズは,がん患者(200名)の電子カルテデータの連携・利活用に関する共同研究を行った。具体的には,がん患者の電子カルテデータを医療情報の交換・共有の標準規格であるHL7 FHIR※6)形式に変換し,分析,保管,利活用することの有用性について検証した。その結果,医療情報を統合的に解析し,治療計画などの診療に役立つ情報が得られたことを確認した。

プラットフォーム上に開発しているPHR基盤もHL7 FHIRに対応しており,医療機関側のデータと個人のPHRデータを連携させ,スマートフォン上で閲覧できる患者情報のポータビリティの向上をめざしている。

2.2 未病(健康増進)対応のCMS

図5|CMSの生活リズムアプリによるセルフケア図5|CMSの生活リズムアプリによるセルフケア運動(歩数・中強度運動),睡眠,こころ(気分),食事の日々のデータをセルフケアできるスマホアプリ画面のイメージを示す。

スマートフォンを活用し,生活リズムがよくなるアプリ(以下,「生活リズムアプリ」と記す。)で運動(歩数,中強度運動※7)),睡眠,こころ,食事の状況を個人がセルフケアし,組織は従業員のコンディションを把握できるCMS(Conditioning Management System)を開発した(図5参照)。

本アプリの特長は,個人所有のスマートフォンやウェアラブルデバイスなどで気軽にセルフケアが可能な点であり,個人の活動に合わせたメッセージや,健康診断の結果から将来の疾病リスクの表示,エクササイズ動画の閲覧によって行動変容を促すものである。

このアプリは,2020年から2年間にわたり日立製作所の従業員で実証を実施し,2023年1月からは,日立製作所の従業員約1万5,000人が利用できる環境を構築し,活用を開始した。日立システムズでも2023年度中に従業員約1万人が利用できる環境の準備を進めている。

2.3 MIRAMEDによるメタボ指導と産業保健対応

図6|MIRAMEDの未来予想図図6|MIRAMEDの未来予想図健康診断の結果と問診内容をMIRAMEDにインプットし,これまでの生活習慣を続けた時の「カラダ」と「判定とリスク」をスマホで可視化した画面のイメージを示す。

健康診断の結果と問診内容を入力すると5年後の体の状態や判定とリスクを可視化して行動変容を促進するアプリ「MIRAMED※8)」を東京大学COI(Center of Innovation)からライセンスを受けサービス化した(図6参照)。MIRAMEDは遠隔特定保健指導の機能も備えており,本人のチャレンジ目標に基づいてメタボリックシンドロームの改善に向けたリコメンドをアプリが示すことで,保健師が必要に応じて遠隔特定保健指導ができる。

2023年度中には産業保健(労働安全衛生法)に対応させ,特に中小企業向けにサービスを充実させていく予定である。

2.4 PHRによる受診勧奨で重症化を予防するSmart One Health

図7|さまざまな測定機器とつながるSmart One Health図7|さまざまな測定機器とつながるSmart One HealthSmart One Healthは,日々のバイタルデータをBluetooth※1)で自動記録してスマホで可視化し,医療機関とも共有できる無料のPHRアプリである。

Smart One Healthは,2021年4月に提携した株式会社インテグリティ・ヘルスケアのスマートフォンを活用したPHRアプリである。日々のバイタル(血圧,体重など),生活記録(歩数,食事,服薬など)を記録して,患者と医療機関をつないで自己管理と医療提供の効率化を支援する(図7参照)。

※1)
マイナポータルは,デジタル庁会計担当参事官の登録商標である。
※2)
医師の管理下で患者自身が使用する治療目的のプログラム。
※3)
AWS,Amazon Web Servicesは,米国その他の諸国におけるAmazon.com, Inc.またはその関連会社の商標である。
※4)
組織的,人的,物理的安全管理対策などをいう。
※5)
日立システムズは,国内企業で唯一のライフサイエンスコンピテンシーを取得したAWSのパートナーである(2023年1月現在)。
※6)
医療情報の相互運用性を実現するために開発された標準規格。
※7)
早歩き(約5〜6 km/h)のことであり,例えば8,000歩/日のうち,20分早歩きを継続すると高血圧症,糖尿病,脂質異常症を予防できると研究報告がある。
※8)
MIRAMEDは,国立大学法人東京大学の登録商標である。

3. 健康なまちづくりをめざす日立システムズの取り組み

図8|健康なまちづくりのイメージ図8|健康なまちづくりのイメージ健康・医療に関わるステークホルダーの連携先を増やしながらエコシステムを構築する。

日立システムズでは,2021年から実証を開始して,2022年からHealth Up & Guard Plan(以下,「HUG」と記す。)の本番適用を開始した。HUG施策では,前述のCMS,Smart One Healthを先行部署から導入開始している。CMSは,歩行運動により健康を維持することを習慣づけるだけでなく,こころの状態,メンタル予兆を早期に把握し,何よりも安全を優先する企業として,従業員のセーフティネットとなることをめざしていく。

Smart One Healthの活用による受診勧奨では,医療法人社団鉄祐会と連携し,本社の近隣に2022年12月に開業した祐ホームクリニック大崎を通じて,オンライン診療(Smart One Health)と対面診療(Smart One Clinic)の組み合わせで従業員の健康管理と重症化を予防する施策を開始している。

また,日立システムズのヘルスケア事業の一環として,国民健康保険に加入している地域住民,定年後に国民健康保険に移行した会社員への健康習慣,受診勧奨による重症化予防を推進し,健康なまちづくりを実現することをめざして,大学・企業などの連携先と共に活動している。図4に示す東京大学COI,サワイグループホールディングス株式会社,インテグリティ・ヘルスケアのほか,プラットフォームのエコシステム化に関するビジョンを共有する公共交通事業者,コンビニエンスストア・商店,保険会社などとさらなる連携を図りながら,健康なまちづくりを自治体に提案していく(図8参照)。

4. おわりに

健康で豊かな世界の実現に向け,医療のDX推進を通じた取り組みが続いている。例えば,スマートウォッチやOura Ringなどのウェアラブルデバイスの情報を活用すれば,掛かりつけ医が予兆を検知し,体調が悪くなる前に適切なアドバイスをスマートフォンへ送ることができ,外出が困難な患者はオンラインで診療を受けることもできる。クラウドで管理された診療情報や薬の処方歴はどこからでも確認できるため,日本国内のどこにいても,安心して治療を続けることができると期待される。

一方,地域の医療格差是正に貢献するため,ムーンショット目標7「2040年までに,主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現」の第二回公募に採択された東京大学の研究開発プロジェクト「病院を家庭に,家庭で炎症コントロール」にも参画している。

日立システムズは,今後もITの先端技術を核にウェルビーイングとQoLの向上につながる先進的なヘルスケアソリューションを生み出し,社会全体のコスト(医療費)の適正化に貢献するとともに,誰もが健康で,安心して暮らせる社会をつくるため,挑戦を続けていく。

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