近年,企業経営においては,脱炭素化,エネルギーコストの高騰,労働人口の減少といったさまざまな課題への取り組みが求められている。日立はこうした課題に対し,Lumadaモデルを活用してエネルギーとファシリティに関する業務プロセスのトランスフォーメーション支援ならびにカーボンニュートラル対策支援を進めている。また,エネルギーに関する設備運用・設備保守・資産管理の負担を軽減するマネージドサービスを通して企業の「コア事業(本業)強化」に貢献することをめざしている。
本稿では,Lumadaモデルを活用した複数の拠点・エリアにおけるエネルギー利用高度化に加えて,設備管理業務の高度化など顧客のコア事業を支える業務にアプローチして,企業価値向上の支援を行う施策について,具体事例と将来の展望を紹介する。
現代の企業経営を取り巻く課題は多岐にわたるが,これらの諸課題は下記の三つに大別されると考える。
しかし,こうした課題に対してそれぞれ場当たり的に対応しても,継続的かつ抜本的な解決を図ることは難しく,全体を最適化し,包括的かつ継続的に解決・支援していくためのイネーブラー※1)が必要と考える。
カーボンニュートラル対策の支援を始めるにあたり,日立はその方向性・方針を明確に見える化するために理想のあるべき姿(ToBe)や実現ポートフォリオ,ロードマップを策定し,顧客との合意のうえでその後の計画進捗のモニタリングを実施している。こうした活動は長期にわたるため,Lumadaモデルを活用した継続的な支援を行っていく。
「ポートフォリオ設計(コンサルティング)」では,カーボンニュートラルに向けた施策を「減らす」,「創る・調達する」,「オフセットする」の三つの手段に分類のうえ,それぞれをどの割合で施策を積み上げていくか目標値を設定する。
このプロセスをより効果的に進めるため,顧客のエネルギー需要特性に応じた「型」を設定し,カーボンニュートラルを支援する個々のソリューションをブロックのように組み合わせることにより,迅速かつ柔軟に解決を支援する(図1参照)。
ソリューションブロック活用のモデルケースは以下のとおりである。
図2|福島県双葉郡大熊町「下野上スマートコミュニティ整備事業」のイメージ図メガソーラーで発電した再生可能エネルギーを大熊町大野駅前を中心とした下野上エリアの各需要家に自営線で供給する。グリッドコントロールシステムおよび蓄電池設備によりエネルギーの地産地消システム構築を支援する。
2020年に発表された日本政府の2050年カーボンニュートラル宣言を受け,日本各地で「ゼロカーボン宣言」を行う地方公共団体が増加している。
このような背景の下,2020年2月にゼロカーボン宣言を行った福島県双葉郡大熊町と株式会社日立パワーソリューションズは,2022年10月11日,「下野上スマートコミュニティ整備事業に係る事業実施協定書」を締結した。
本事業で導入予定のシステムは,メガソーラー発電システム・蓄電池システム・電力を需要家に届ける自営線・全体を最適に制御するグリッドコントロールシステムである。大熊町大野駅前を中心とした下野上エリアに再生可能エネルギー由来の電気を供給し,エネルギーの地産地消システム構築を支援する。
本事業を通じて,大熊町がめざす地産の再生可能エネルギーを活用したゼロカーボンタウンの実現に貢献する(図2参照)。
図3|水素・合成メタンP2Gシステムの構成余剰再生可能エネルギーを用いて水電解装置で水素を製造し,さらにメタネーションと合わせて水素・合成メタンをいずれも供給する。需要情報を基にシステム全体の最適なエネルギーマネジメントを行う。
2050年のカーボンニュートラル社会実現に向け,日本でも再生可能エネルギー比率の増加,さらに余剰再生可能エネルギー電力を使った水素の導入(P2G:Power to Gas)が本格的に検討されるようになってきた。業界各社やコンビナート,港湾地域においても,各社それぞれの強みや地域性を生かしながら連携し,水素を「造る」,「運ぶ」,「貯める」,「使う」のサプライチェーンを構築する動きが活発になっている。
日立は,その中でも「造る」,「使う」領域における水素と合成メタンに着目し,水素については低コスト水素製造および水素バリューチェーンの構築に向けた高電圧水電解・水素系統制御技術,ガスタービンやガスエンジン水素混焼案件のエンジニアリングに注力している。水素の利用形態の一つである合成メタンについては,国内ガス業界の目標である「2030年に合成メタン1%,2050年に同90%導入」に貢献するために,バイオメタネーションに注目し,事業化に向けて検討している。P2G全体システムの中核を成す水素と合成メタンのキープロダクツを提供するとともに,アセットライフサイクルマネジメント,サプライチェーンマネジメント,カーボンニュートラル価値の取引といったOT(Operational Technology),ITを併せて提供していく考えである(図3参照)。
図4|熱利用のカーボンニュートラル実証を実現するシステムの概要太陽光パネルで発電された電力は水電解装置を経て水素を生成し,タンクに貯蔵する。
貯蔵した水素はインバランス状況に応じて,水素ボイラー,または燃料電池へ供給し,熱利用のカーボンニュートラルまたは電力安定化を図る。
企業のCO2排出量内訳は大きく電気起因・熱起因の二つに分けられ,カーボンニュートラル達成のためには再生可能エネルギー電力などの活用で達成可能な電気起因のCO2削減のみならず,熱起因のCO2排出量を削減する必要がある。ここでは,水素を用いた熱利用のカーボンニュートラル事例について紹介する。
環境省の「2022年度(令和4年度)二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金」を活用し実証を行うA社グループにおけるCO2排出量は電気起因のものが50%,熱起因のものが50%であり,カーボンニュートラル達成のためには熱起因の改善が必要となっている。これを踏まえて,A社グループでは将来十分量が供給されると想定されている水素を用いて熱利用のカーボンニュートラル実証を計画した。再生可能エネルギー電力で製造したグリーン水素を水素ボイラーおよび燃料電池に使用してコージェネレーションシステムを構築し,高効率運用を図る。さらにインバランス対応として,水電解装置による電力吸収と燃料電池による電力供給のEMS(Energy Management System)による制御実証を実施する予定である(図4参照)。
将来的には日立が導入予定の発電設備と燃料電池・水電解装置を組み合わせ,電力インバランスを最小化することで,熱利用のカーボンニュートラルに加え,電力の安定化に寄与する計画である。日立はA社グループに対し,カーボンニュートラル達成に向けたロードマップ作成や設備導入などを支援し,長期にわたるエネルギーパートナーとして貢献する所存である。また,ここで培ったノウハウを生かし,カーボンニュートラルを命題とする他の企業とも協創を図っていく。
カーボンニュートラルの取り組みにおいてはデジタルを活用した連続的なモニタリングに加え,分析と検証を繰り返しながら継続的に推進することが求められる。設備は経年により減価(劣化)するが,データは増価(価値化)していくことから,プロセス(オペレーションや保守)に関しての改革を生み出すと考える。
図5|B社における設備管理業務のマネージドサービス提供事例B社における運用上の課題とそれに対する解決策・成果を示す。解決策として,「設備管理システム」と「予兆診断システム」をワンパッケージにて提供した。
ここでは,食品を扱う流通小売業であるB社に対して,設備管理業務のトランスフォーメーションを行うソリューションを提供した事例を紹介する。B社では,(1)保守業務煩雑さの解消と保守コスト低減,(2)カーボンニュートラル化の推進といった設備運用上の課題を抱えていた。
これに対し,日立は以下の二つのシステムをワンパッケージで提供することを提案した。
設備管理業務の高度化とカーボンニュートラルを両輪で推進することで,顧客の社会・環境課題を解決するとともに,データ活用による新しい価値の提供を進めていく(図5参照)。
また,多拠点に同様の仕組みを施すことにより,設備管理システムなどのIoT(Internet of Things)だけではなく,予備部品や維持管理人員などさまざまなリソースプラットフォームを確立し,企業全体に新たなメリットを創出できると考えている。さらには他の顧客も含め,企業の垣根を越えた多拠点を束ねるリソースプラットフォームとしていくことで,メリットシェアも大きくなると期待される。
企業を取り巻く商環境が厳しさを増し,コア事業強化のためにリソース投資を集中しなければならない中,カーボンニュートラル対策を含め,コア事業を支える業務(エネルギー設備や管理業務)を企業内で抱えるべきかどうかを検討すべき時期に入っていると考える。
日立は,これらの業務を包括的かつ継続的にアウトソーシングし,「所有」から「活用」に変えていくことで,顧客のコア事業経営に貢献することをめざしている。
また,GX(グリーン電源,省エネルギーなど)とDX(エネルギーマネジメント,アセットマネジメント,IoTなど)を掛け合わせることで,顧客の企業価値向上に貢献していく。