地球温暖化対策として二酸化炭素排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現が世界全体の課題として認識されている。さらにエネルギー市場が国際情勢によって大きく不安定化している中,日本国内においてはこうした課題の対応策として原子力発電所の再稼働が重要となっている。日立は,これらのカーボンニュートラル・電力の安全供給の実現に貢献するべく,再稼働に向けた取り組みを強化し,新規制基準に適合した世界最高水準の安全性を備えた原子力発電システムの提供に努めてきた。
本稿では,日立が原子力発電所の再稼働に向けて取り組んできた広範な安全性向上技術,さらに再稼働を実現するために導入を進めている安全対策工事技術について述べる。
カーボンニュートラルの実現に向けた国際的な脱炭素への動き,また,ロシアによるウクライナ侵攻に端を発したエネルギー市場の不安定化を受けて,国内においても,電力の安定供給とカーボンニュートラル実現に貢献できる原子力発電所の再稼働推進が重要となってきている。
日立は,福島第一原子力発電所事故から得た教訓に基づいて,BWR(Boiling Water Reactor)プラント安全対策の基本方針を策定し,原子力発電所の安全裕度をさらに高めるための安全性向上技術の開発を推進してきた1),2)。現在,原子力発電所の再稼働を実現するため,電力事業者による新規制基準への適合性審査のサポート,安全対策設備の原子力発電所への導入を推進している。
本稿では,原子力発電所の再稼働に向けて日立が技術開発に取り組んできた安全対策について述べるとともに,安全対策設備の速やかな実装を実現する安全対策工事技術について述べる。
原子力発電所の安全裕度をさらに高め,また原子力発電所の再稼働に向けた規制基準への適合を推進するために配備を進めている設計基準事故対処設備と重大事故等対処設備の概要について述べる。
日立はこれらの対策設備の開発,設計を進めるとともに,事故進展解析などの解析技術を用いて対策設備の有効性評価を実施し,事故時においても安全性を維持できる機能があることを確認している。
安全対策設備に適用されている安全性向上技術について詳細を述べる。
図1|溶融デブリ冷却設備(床面敷設方式)の概要図耐熱材(ZrO2)の採用により,原子炉格納容器下部への注水設備と組み合わせて,溶融デブリから原子炉格納容器バウンダリを防護する。
図2|静的触媒式水素処理装置(PAR)PAR(Passive Autocatalytic Recombiner)はハウジングと触媒カートリッジで構成されており,自然循環により下部から流入した可燃性ガス(水素・酸素)が触媒カートリッジの触媒(パラジウム)層にて結合反応を起こし,水蒸気となって上部出口より排出される構造となっている。
図3|横開き型BOP閉止装置の加振試験実規模大での加振試験を実施し,東日本大震災を大きく超える振動条件で耐震機能維持を確認した。
原子力発電所への導入を進めている大規模な安全対策設備の速やかな実機適用に向けた安全対策工事技術として,現在開発を進めている3D(Three Dimensions)レーザー計測技術を活用した安全対策工事の合理化への取り組みについて述べる。
日立は,原子力プラントEPC(Engineering, Procurement and Construction)業務で3Dレーザー計測技術を用いて取得した点群データを活用し,現場での配管ルート新設のための寸法計測や3D-CAD(Computer-aided Design)データ化,施工図作成などに利用している。これに伴い,点群データを設計部門間で横断的に共有するためのインフラとなる点群アクセスツールを開発した。このツールは複数の点群データフォーマットをサーバ上で集中管理し,専用ビューアおよび外部ツールとの連携機能を備えることでユーザーの多様な利用パターンに対応している。また,ユーザーが大容量の点群データを活用するために,有効なデータを残す間引き技術で高速化を実現し,インタフェースの強化を図っている。3Dレーザー計測技術を利用した点群データ活用のプロセスと点群データを図4に,活用事例を表3に示す。
原子力発電所の再稼働に向けて,前章で紹介したさまざまな安全対策設備の実機導入を進めている。安全対策工事期間中は,原子力発電所内設備の配管,空調,電気,計装,耐震補強,耐火工事など,多岐にわたる改造工事を並行して実施する必要がある。また改造工事に伴う足場,資材仮置き場,仮設電源,溶接機などの仮設設備についても同様に発電所内に配置されており,工事進捗に伴い関連設備の配置情報は日々変化する状況にある。
これらの安全対策工事を安全かつ円滑に遂行するためには,発電所設備の状況に応じて,機器搬入ルート上に干渉する設備を確認し,干渉回避策を計画することで,機器の搬出入作業を円滑に実施可能にするほか,移動中の衝突による既存設備や新規搬入機器の破損の未然防止を可能にする干渉確認・ルート計画が極めて重要となる。
ここでは,機器搬出入に伴う干渉確認・ルート計画の具体的な例として,盤の更新工事における既設盤の搬出,新設盤の搬入作業を例に,3Dレーザー計測技術を活用した場合の工事計画の合理化に関わる検討を紹介する。
盤の更新工事では,工事着手前に干渉確認・ルート計画を策定するために,以下に示す(1)〜(6)の作業が必要となる。
これらの作業は,他改造工事,発電所運転計画の影響によって現場調査ができない状況や干渉回避の可否の確認が遅れることによる後戻り作業に大きく影響を受けるため,工事工程長期化のリスクがある。また,現場調査が必須であることから,管理区域を現場調査する際の被曝リスク,現場調査における工事災害などのリスクが存在する。
ここで3Dレーザー計測技術による点群データを活用することで,高度な情報管理が可能となり,工期短縮,作業安全性の向上の観点で,表4に示す干渉確認・ルート計画の合理化が可能になると考えている。現在,3Dレーザー計測技術の適用について実証実験を実施しており,活用技術の有効性を確認している。今後,試験的に実作業に3Dレーザー計測を取り入れ,安全対策工事の合理化に向けた取り組みをさらに推進していく計画である。
国内における電力の安定供給と脱炭素社会をともに実現していくうえで,原子力発電所の再稼働は非常に重要な選択肢の一つになっている。本稿で紹介した技術は,原子力発電所の規制基準への適合性を備えていることはもとより,さらなる安全性向上に大きく貢献するものであり,また,安全対策工事の安全かつ円滑な推進のために活用が期待できるものである。
日立は,今後も原子力発電所の再稼働に向けた取り組みを通じて,電力の安定供給の確保,カーボンニュートラル実現に向けて貢献していく。