鉄道システムグリーンエナジー&モビリティ
1. 鉄道向け次世代無線通信システムVERTICS
鉄道システムの地上設備-車両設備間無線通信は,これまでは鉄道専用の通信設備を開発し,また鉄道事業者自身が保有・保守することが主流であった。そのため最新の通信技術を容易に適用することはできず,近年進められている鉄道システムや鉄道運行業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)においても支障になりつつある。さらに労働人口減少などによる自営通信設備の保守人員確保の課題も顕在化している。
そこで日立は,この課題を解決するためのソリューションとして,VERTICS(Versatile Enhanced Radio and Train Integrative Communication System)を開発した。本システムの目的は,地上設備-車両設備間あるいは地上の中央側設備-現場側設備間の通信において,公衆無線網などの汎用無線を活用し,高信頼な大容量無線通信を低い導入・運用コストで実現することである。本システムの主な特長は以下のとおりである。
- 複数の公衆無線通信キャリアや汎用無線装置を用いた通信経路の冗長化・高信頼化が可能
- 通信データの送信優先度制御や連送・再送制御といった通信制御コントロールが可能
- これまでアプリケーションごとに構築していた無線システムを共通の一つの無線システムとして統合可能
本システムを適用することで,鉄道自動運転向け制御データ伝送や車両前方監視などの映像伝送,メンテナンスデータ収集といった鉄道運行業務のDXに必要なデータ通信を,高信頼かつ低コストで実現する。
2. 前方監視装置の取り組み
前方監視装置は,ステレオカメラ,単眼カメラ,LiDAR(Light Detection and Ranging),処理装置などから構成され,列車の運転士に代わって軌道内に存在する障害物をリアルタイムに監視する。加えて,鉄道信号機や鉄道標識をAI(Artificial Intelligence)で認識し,認識した結果を他の装置に提供することができる。これらは,一般的な在来線やローカル線など,踏切がある軌道における自動運転を実現するために必要な技術の一部である。人口減少により運転士などの確保が困難になる中,自動運転の実現により,運用の継続性の確保と列車の運行コストの削減が期待されている。
日立は国内の複数の鉄道事業者と協創し,営業列車を含めた鉄道車両に前方監視装置を搭載して開発を進めている。これまでに取得したのべ4,800 km相当を超えるデータに基づき,日々検証が進められている。また海外でも自動運転に向けた実証試験を行っている。
日立は前方監視装置の開発を通じて,鉄道事業の発展に貢献していく。
3. 鉄道メンテナンスDXの取り組み
日本の鉄道業界では,労働人口の減少により鉄道オペレーションに関わる人財の確保が大きな課題となっており,人が担い手となる鉄道メンテナンスなどの現場業務に大きな影響を与えている。一方で,鉄道メンテナンスの環境は完全な機械化が難しく,いかに人中心の現場力をDXで磨き上げ,現場作業の高度化,品質維持,安全・安心および効率化を実現するかが課題となっている。
車両製造を行う日立製作所笠戸事業所も同様の課題を抱えており,製造プロセスの可視化による改善の取り組みや設計図面の3D化など,現場の業務改革においてさまざまなDXに取り組んできた。日立は,笠戸事業所におけるDXの成功事例を,業務改革支援サービス「Train Maintenance DX as a Service」として鉄道事業社へ提供している。
今後は車両製造およびメンテナンスのプロセスでデジタル化されたデータを鉄道業界全体で共有し,AIなどの技術を活用することにより,鉄道事業社ごとの最適化だけではなく,業界全体の最適化に貢献できると考えている。
4. 仙台市交通局 地下鉄南北線新造車両3000系
日立は,2020年3月に仙台市交通局より南北線新造車両3000系を受注した。これまでの1000N系車両にて長く親しまれてきた杜の都をイメージした「グリーン」をラインカラーとして踏襲しつつ,南北線車両からの進化をコンセプトに特徴の異なる3案を検討し,沿線住民の投票によりデザインを決定した。インテリアに関しても,定禅寺通のケヤキ並木をモチーフとした腰掛モケット柄を採用するなど,路線の特色に合わせたデザインを採用した。
また,1000N系の機能をベースとして関係機器の集約・小型化を図った自動列車制御・運転装置(ATC/O:Automatic Train Control/Operation)に加え,3000系から冗長性を考慮した主回路装置(制御装置,フィルタリアクトル,主電動機),運転制御機能や搭載機器のモニタリング機能を有した車両情報管理装置(Synaptra),大型液晶表示器により分かりやすい案内情報を提供する車内案内表示装置(PIS:Passenger Information System)など,日立製の電機品を新たに納入した。
2024年10月に1編成目を営業投入し,2025年度以降,順次後続編成を納入し営業運用予定である。
5. 阪急電鉄株式会社 2300系,2000系車体
日立は,阪急電鉄京都線の新型特急車両として新型特急車両「2300系」を,同神戸・宝塚線の新型通勤車両として「2000系」を,阪急電鉄株式会社向けに新造した。
開発コンセプトは「安心と快適,そして環境に配慮した新しい阪急スタイル」とし,伝統のマルーンカラーの車体,木目調の化粧板,ゴールデンオリーブ色の座席など,「阪急電車」のイメージを継承しつつ,前面の窓ガラスに曲線を取り入れて「疾走感」を醸し出したデザインとしている。
車内では,すべての乗客にとって快適な移動空間を提供できるよう,先頭車両の車いすスペースを拡大し,吊り手の高さを下げ,吊革の色を色覚の多様性にも配慮したものに変更するなど,バリアフリー設備を充実させている。
また京都線の特急車両「2300系」では,「日常の“移動時間”を,プライベートな空間で過ごす“自分時間”へ」をコンセプトとし,ゆったりと過ごせるよう,座席の配置を3列(2列+1列)にするとともに,一般車両と比べて座面幅と足元の前後のスペースを広くした特別車両を大阪方面から4両目に配置している。
2300系は2024年7月21日より運用を開始した。2000系についても今後順次導入される。
6. 西日本旅客鉄道株式会社 273系特急形直流電車向け主回路システム
西日本旅客鉄道株式会社では,山陰地区と山陽地区を結ぶ伯備線の特急「やくも」用の車両として,国鉄時代に投入された381系を運用してきたが,安全性・旅客サービス・利便性・乗り心地のさらなる向上を図るため,新型の特急車両として新たに273系特急形直流電車(以下,「273系」と記す。)を開発し,投入した。
273系の主回路システムでは,振子車体採用に伴う艤装スペース縮小に対応するため,主電動機は冷却構造の見直し,車両制御装置はVVVF(Variable Voltage Variable Frequency)インバータ・静止形補助電源装置ともに,パワーユニットにフルSiC(Silicon Carbide)モジュールを採用することにより,小型軽量化と省エネルギー化を実現した。また,主な運用線区である伯備線急勾配区間でも安定した車両制御を実現するため,高精度な速度センサーレス制御ならびに高信頼度な後退起動制御の適用を念頭に置いてシステム開発を進めた。
273系は2024年4月から「やくも」として運行を開始しており,これまでにY1編成~Y11編成の計11編成が営業投入されている。