グリーンエナジー&モビリティ研究開発
1. 小型商業施設向け エネルギーマネジメント技術
環境問題への意識の高まりに伴い,カーボンニュートラルに向けた取り組みが求められている。コンビニなどの小型商業施設では,PV(Photovoltaics)や蓄電池の導入,空調設備や冷凍冷蔵設備の制御などによる省エネルギーやピークシフトなどが検討されている。
そこで,環境情報管理データベース「EcoAssist-Enterprise Light」の機能を拡張し,空調設備や冷凍冷蔵設備の使用状況を把握・制御するべく,気象データに基づくデマンド予測,制約を考慮した蓄電池の充放電計画の技術開発を推進している。
デマンド予測では,気温や湿度に対する空調機の消費電力の特性に関する知見を取り入れることで,典型的な機械学習による予測に比べて予測精度を向上した。また蓄電池の充放電計画では,過去実績から目標とするべき契約電力を事前に定めて短期運用計画を組み合わせることで,契約電力を考慮した高速な計画立案を実現している。
今後は,パートナー企業と連携しながら多店舗展開を前提とした高度化・多様化をめざす。
2. 脱炭素施策を高速提案・高速デプロイするカーボンニュートラルナビゲーター
カーボンニュートラルナビゲーターは,脱炭素化の投資シナリオの複数提案による顧客の投資意思決定支援(高速提案)と,シナリオ提案で具体化した設備運用条件の実設計への適用によるリードタイム短縮(高速デプロイ)の二つで構成される。
高速提案は,自己託送やピークカットなどの各種運用制約を加味した時系列需給バランス最適化シミュレータをコアに,将来の不確実性を踏まえ,多数の投資シナリオ案をクラウド上で一括シミュレーションし,各々のコスト[CAPEX(Capital Expenditure),OPEX(Operating Expenditure)]やCO2排出量を計算する。これらの情報に基づいて代表的なシナリオ案を複数提案し,顧客の投資意思決定を支援する。
高速デプロイは,顧客が投資意思決定したシナリオについて,高速提案で具体化した設備運用条件を引き継ぎ,実設備の制御機能をシミュレーション確認するとともに,制御パラメータを実システムに設定し,制御ロジックを構築する。設備運用条件を高速提案から引き継ぎ再利用することで,設計作業を削減でき,顧客提供までのリードタイムを短縮する。
3. 信頼性中心保全に基づく保全計画支援技術
電力事業では,変電所などの高経年設備の寿命延長と信頼性維持が喫緊の課題となっている。従来の想定を超えた長期間の運用におけるリスク評価のために,設計・保全の知見をトータルに活用して保全最適化を行う,信頼性中心保全(RCM:Reliability Centered Maintenance)技法の実用的な適用方法が求められている。本技術ではRCM実施ガイドラインに基づき,蓄積済みの信頼性データが乏しい中でもRCM分析で収集した設備・業務知識を用いて,電力設備の将来リスクを定量化することを可能とした。
高経年化ガス遮断機に本手法を適用し,レトロフィットIoT(Internet of Things)の導入計画と保全計画をRCMで最適化した結果,定期点検・保全の状態監視移行などで保全コストを抑制しつつ,信頼性を維持した寿命延長が可能であることを確認した。本技術に基づく保全・IoTや設備の改善提案により,電力会社のレベニューキャップ制度対応へ貢献することをめざしている。
4. 原子力発電の安定的かつ高効率な運用を支えるデジタル保全
カーボンニュートラルの実現には,低炭素な原子力発電の確実な再稼働とその後の高稼働率運転が重要である。しかし,10年以上の長期停止による起動経験者の減少が課題となっており,プラント異常の未然防止や発生時の早期対応支援が必要である。
そこで日立は,場所や知識レベルに依らず円滑に意思疎通するためのメタバースシステムを開発している。レーザスキャナなどで取得する点群や画像からデジタル空間上に発電所モデルを構築することで,机上で容易に現場確認が可能である。さらに,設計CAD(Computer Aided Design)モデルと照合する技術により,設計と現物の差分を可視化することでデジタル空間での点検を支援する。本システムを再稼働準備の一環である現場総点検に試験適用した結果,発電所敷地内の事務所などから現場を確認でき,現場点検に同行しない設計者との点検結果共有や,指摘事項への是正措置検討を効率化した。今後は再稼働後の定期検査計画への適用も期待できる。
5. 持続性のある原子力実現に向けた取り組み
原子力を持続性のあるエネルギー源とするため,日本はフランスと同様に既設軽水炉を最大限活用しつつ,将来的には軽水炉の使用済み燃料に残されるプルトニウムを燃料として繰り返し利用できる高速炉に移行する方針である。しかし,高速炉実用化は今世紀後半以降とされており,それまでは,使用済み燃料を再処理で減容する際に回収されるプルトニウムを核不拡散の観点から軽水炉で燃焼する必要がある。
こうした状況の中,軽水炉フェーズでの再処理とプルトニウム利用のあるべき姿を明確にするため,使用済み燃料の中間貯蔵容量など社会的要請や受容性に依存して決まるものを制約条件とし,再処理量やプルトニウム燃焼のための炉型および燃料など事業者が調整・選択できるものをパラメータとすることで,各種要請に応えつつ最も経済的なシナリオを探索するツールを開発中である。本ツールは,軽水炉フェーズのあるべき姿を明らかにするとともに,開発するべき技術の見極めや開発技術の客観的な評価に活用されることが期待される。日立は軽水炉でのプルトニウム燃焼に適した資源再利用型BWR(RBWR:Resource-renewable Boiling Water Reactor)の開発を進めており,本ツールをその導入効果の客観的な評価にも用いるなど,事業者との協創に活用していく。
6. 溶接教育システム
製造現場における熟練技能者不足は生産現場の課題に留まらず,事業継続に大きな影響を与えており,技能伝承の効率化が強く求められている。原子力プラントの配管溶接工程では,高い信頼性が求められるうえ,配管径や溶接位置が多種多様であることから,溶接自動化が困難であり,熟練者の長年の経験に基づく高度な手作業に依存していた。
そこで,モーションキャプチャおよびAI(Artificial Intelligence)画像処理を用いて,0.1 mm単位での熟練者動作映像と溶接現象との相関関係を可視化した。これを基に,さまざまな溶接動作を定量分析することで,熟練者が経験によって積み重ねた溶接時の入熱量の制御動作を形式知化した。さらに,形式知化した溶接技能を搭載した教育システムを開発した。本システムによって原子力プラントなどの製造業で課題となっている溶接技能者不足を解消し,生産性向上に貢献していく。
7. 世界最先端のデジタルファクトリー
日立レールは,米国のWMATA(Washington Metropolitan Area Transit Authority)から22億ドルの鉄道車両設計および製造契約を受注した。本納品に向けて,日立レールはメリーランド州に新工場を設立した。また,本工場を世界最先端のデジタルファクトリー [MAD(Most Advanced Digital) Factory]にするため,運用効率の最大化と次世代技術のショーケーシングの2大目標を掲げている。将来的に,この工場はSEPTA(Southeastern Pennsylvania Transportation Authority)やカナダの地下鉄オンタリオ線など,他の顧客にもサービスを提供する予定である。
日立の研究開発グループは,制御プラットフォーム統括本部,GlobalLogic,日立デジタル,日立デジタルサービス,Flexware Innovationと連携し,「One Hitachi」でのソリューション一式の構築に取り組んでいる。また,レガシー業務システムと新しいDX(デジタルトランスフォーメーション)技術システム間の接続を統括するUDL(Unified Data Layer)を開発し,生成AIを活用して明示的スキーマ入力なしに関連するマルチモーダルデータをモデル化することにも取り組んでいる。さらに,UDLを介した産業用オムニバース,ロボティクス,オートメーションに関する新たなDX技術も開発している。
8. デジタルツイン技術による持続可能な大量輸送計画
日立ヨーロッパの大量輸送システム向けデジタルツインは,持続可能な輸送計画における画期的なソリューションであり,さまざまな路線構成,車両編成数,ダイヤ,エネルギー源に対応できるよう,最大限の柔軟性を追求して設計されている。実世界の車両動特性とエネルギー需要をシミュレートすることで,正確な電力要件を特定し,効果的なリソース管理と電力系統のさらなる最適化を可能にする。
このデジタルツインの主な特長として,リアルタイムのエネルギー最適化,リソースを効率的に利用するための正確なエネルギー需要シミュレーションがあり,内蔵されたAIに基づく運転支援システムによってエネルギー効率の高い運転を促し,エネルギー使用量を10~30%削減できる可能性がある。また,運用者は複数のシナリオをテストし,エネルギー消費に与える影響を即座に可視化できる。これにより,データに基づく意思決定が素早く行えるだけでなく,運用コストとエネルギーのむだを削減できる。
適応性,エネルギー効率,迅速な意思決定の必要性といった交通機関が抱える主な課題に対し,日立ヨーロッパのデジタルツインは,新しいダイヤの計画や車両数拡大への対応,電力系統の需要予測のためのツールを交通事業者に提供する。高度なシミュレーションと持続可能な手法を統合することで,このソリューションはより環境に優しく,より効率的な大量輸送の未来を切り拓く重要な一歩となる。
(日立ヨーロッパ)
9. 鉄道メタバース
鉄道メタバースは,統一されたインタフェースを通じてアクセスできる鉄道デジタルツインのシステムであり,運行効率や安全性の向上など,さまざまなメリットがある。市場調査や最新の生成AI技術のトレンドを考慮することで,以下に示す鉄道メタバースの六つのユースケースを特定した。
- コパイロット(AIアドバイザー)
- 近未来シナリオシミュレーション
- 持続可能でエコフレンドリーな運用
- バーチャルファーストデプロイ
- 人間とAIのトレーニング
- コミュニケーションとステークホルダーエンゲージメント
これらを評価した結果,鉄道の運用保守担当者の信頼できるアドバイザーとして機能する(1)コパイロットが,市場投入への最短ルートと最も高い潜在的価値を提供することが分かった。
日立ヨーロッパは,自然言語を使用して鉄道データにアクセスする「Rail-Expert Bot 」と,2D/3D(Two Dimensions/Three Dimensions)のコンテクスト可視化によって線路沿いの鉄道アセットまたは課題の位置を特定する「Train-as-a-Sensor Visualisation」の二つのコパイロットプロトタイプを開発した。
日立ヨーロッパは日立レールと共に,このユースケースとプロトタイプソリューションをInnoTrans 2024で展示し,欧州の顧客向け提案について検討を進めている。
10. 複数KPIのバランスに応じた運行計画を作成するMPO
鉄道・バスなどの公共交通事業者は,コロナ禍で変容した利用者の移動需要に対応しながら持続的な成長をめざす一方で,SDGs(Sustainable Development Goals)達成に向けて環境配慮などの社会的要請にも対応するという難しい経営環境に直面している。このような状況を踏まえ,日立は,顧客を取り巻く経営環境の変化に応じて柔軟に輸送サービスを提供可能とする,データ主導型運行計画ソリューションMPO(Multimodal Planning Optimizer)の開発を進めている。
MPOは,運行KPI,サービス品質KPI,環境KPIといった運行計画の重要指標を可視化するとともに,日立が有するさまざまな計画最適化技術やデータ分析技術を組み合わせることで,顧客が希望する指標の目標値や指標間のバランスを満足する運行計画を提案する。MPOを用いることにより,例えば列車・バスの車両コスト削減と混雑度平準化をバランスさせた運行計画を実現するなど,輸送サービスの要である運行計画を,顧客が置かれている経営環境に合わせて柔軟に改善できるようになる。
今後,日立は,MPOをはじめとするEBPM(Evidence-based Policy Making)実現に向けたさまざまなソリューションをグローバルに展開することで,公共交通事業者のDXパートナーとして社会ニーズの変化に追従できる事業成長に貢献し,街や沿線地域全体の活性化をめざす。
11. 鉄道車両の安全と乗り心地を支える台車ダイナミクス技術
鉄道車両のように長期運用される製品では,納入直後だけでなく,納入後のO&M(Operation and Maintenance)を念頭とした製品ライフサイクルにおいて,走行安全性や乗り心地などの運動性能の確保が重要である。そこで,運動性能において重要な要素であるサスペンションの中でも,経年変化しやすいゴム部材に着目し,使用環境下での経年変化を事前に予測するゴム部材の劣化予測手法の開発を進めている。
本手法では,ゴム部材の加熱劣化加速試験を行い,劣化進展に関する基礎特性データを取得する。この特性データから統計的分析により数式化した劣化特性モデルと,サスペンションのFEM(Finite Element Method)モデルを組み合わせて劣化進展を解析ベースで予測する。ゴムブロック試験体を対象とした解析と試験の比較による基礎検証を行い,ゴム剛性に関する熱劣化進展(ゴムの硬化特性)を再現できることを確認した。
本手法の製品応用を推進し,車両の長期信頼性のさらなる向上に加え,劣化予測に基づく部品交換周期の適正化・長寿命化によるメンテナンスコスト削減に貢献していく。