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Open Innovation Hotline:日立が取り組むオープンイノベーション一人ひとりがグローバル・コモンズを守る時代へ協創とテクノロジーが社会を変える

2022年7月8日

目次

深刻化する気候変動をはじめとした,グローバルな社会課題の解決が急がれている。これに対し,産業界においても各企業がそれぞれの立場から取り組みを開始しており,日立製作所は2050年度までにバリューチェーン全体のCO2排出量をゼロにするという目標を打ち立てている。

一方,アカデミアでは2020年,東京大学未来ビジョン研究センター教授の石井菜穂子氏を中心に,地球が抱えるさまざまな問題に取り組む東京大学グローバル・コモンズ・センターが設立された。カーボンニュートラルの実現に向けて,社会経済システムをどう転換していくべきか。同氏と日立製作所執行役常務CTO兼研究開発グループ長の鈴木教洋が意見を交わした。

経済社会と地球システムの衝突を「みんな」で考える

石井 菜穂子 石井 菜穂子
東京大学 未来ビジョン研究センター 教授 兼 グローバル・コモンズ・センター ダイレクター
1981年東京大学経済学部卒業。同年大蔵省(現 財務省)入省。以降,財務省国際局開発機関課長,世界銀行スリランカ担当局長,財務省副財務官,GEF(地球環境ファシリティ) CEOなどを歴任し,2020年8月より現職。国際協力学博士(東京大学)。
著書に『政策協調の経済学』(日本経済新聞社),『長期経済発展の実証分析 成長メカニズムを機能させる制度は何か』(共著,日本経済新聞社)など。

―グローバル・コモンズ・センターは2020年に東京大学で設立されました。センター設立の経緯や目的についてお聞かせください。

石井人類の歴史の中でも,われわれは極めて危機的な状況にあります。気候変動,生物多様性の損失,海や土壌の汚染など,さまざまな地球環境問題がありますが,その根底には,経済社会のあり方と地球の環境容量※1),システムとの衝突があります。つまり地球環境問題というのは,現代社会に生きるみんなが考えていかなくてはならない問題になっています。そういう思いで立ち上げたのがグローバル・コモンズ・センターです。「みんな」には,経済も社会も個人も含まれますので,非常に野心的と言えます。

経済社会のあり方と地球の環境容量,システムとの衝突を考えるうえで重要になるのが,2009年にヨハン・ロックストロームらが提唱した「プラネタリー・バウンダリー」です。これは,人類が生存できる安全な活動領域とその限界点を数値化して捉えるという試みで,「気候変動」,「新規化学物質(化学物質による汚染)」など九つの重要な地球のサブシステムを特定し,それぞれについて限界点との距離を測ります(図1参照)。

これによれば,一部のサブシステムでは既に,これまでの経済社会のあり方では,現在のような地球との関係を続けることができないという結果が出ています。

2015年,この分野において二つの重要な合意がありました。それが「パリ協定」と「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」です。これらは,人々が,このままの経済社会は持続可能ではないと思い始めたことの表れと言えます。

SDGsの17のゴールを地球環境の観点で見ると,三層のモデルで捉えることができます(図2参照)。

図1|九つのプラネタリー・バウンダリー 図1|九つのプラネタリー・バウンダリー

図2|SDGsの各目標の関係性 図2|SDGsの各目標の関係性

三層のうち,最下層はプラネタリー・バウンダリーを構成するものと一部重複しています。つまり,プラネタリー・バウンダリーがきちんと確保されて,その上にインクルーシブな社会,持続可能な経済など,2層目,3層目が乗ることができるのです。ですが,最下層だけに取り組んでもうまくいきません。層の間には重要な連関があるからです。

そこで,グローバル・コモンズ・センターは経済,社会のあり方をどのように変えていくかについて考えるというミッションを掲げています。

鈴木石井さんのお話にありましたように,深刻化する気候変動や新興感染症への対応,生物多様性の維持などは,産業界にとっても重要な問題です。日立では2030年に向けてオフィス,工場のカーボンニュートラル化を,2050年に向けてバリューチェーン全体のカーボンニュートラル化をそれぞれめざし,さまざまなステークホルダーと共に取り組んでいます。

これらの目標に向けてどのように転換(トランジション)していくのか,これは重要な課題です。そこで東京大学と「日立東大ラボ」を立ち上げ,トランジションシナリオの策定を進めています。具体的には,公共,市民,民間の三つの観点から統合的に検討してシナリオを構築し,2050年に向けた社会と技術の転換のあり方を,オープンフォーラムや提言書という形で社会に発信しています。

加えて,協創パートナーの方々とアイデアを創出・具体化,それを社会実装するといったステップを経て,最終的には経済発展につなげていくオープンイノベーション・エコシステムを構築したいと考えています。これを通じて,カーボンニュートラルの実現,さらにはプラネタリー・バウンダリーに基づく社会課題の解決に挑戦していきます。

シナリオメイキングがマルチステークホルダーの議論を活性化する

鈴木 教洋 鈴木 教洋
日立製作所 執行役常務 CTO 兼 研究開発グループ長
1986年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了,日立製作所入社。デジタル画像信号処理,組込みシステムなどの研究開発に従事後,2012年日立アメリカ社シニアヴァイスプレジデント兼CTO,2014年中央研究所所長,2015年研究開発グループ社会イノベーション協創統括本部長を経て,2016年から現職。工学博士。映像情報メディア学会会員,電子情報通信学会会員,IEEE Senior Member。

―2021年に英国グラスゴーで国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催されました。実際にCOP26に参加された感想をお聞かせください。

石井次の三つの点で素晴らしいCOPだったと評価しています。一つ目は,2050年までの気温上昇を1.5度未満に抑えるという点での合意です。2年前なら「本当にやる必要があるのか」といった意見が出たはずですが,もはやその必要性を誰も疑っていません。意識が大きく変わったことを実感しました。

二つ目は,地球環境と経済社会とのあり方を統合的に考えるようになったという点です。われわれが立ち向かっているのは気候変動だけではない,経済社会そのものが変わっていかなければならないという視点で,「自然とどう付き合うか」,「食料システムをどのように転換していくか」といった統合的な考え方が出てきました。経済社会と地球との関係を再構築するというところに大きく近づいたのではないでしょうか。

三つ目は,多様なステークホルダーが共同で責務を引き受けることの重要性が確認されたことです。気候変動という課題を解決するためには,社会経済システムの大転換が求められます。これは,国が単独で取り組んでも実現することはできません。道のりは険しくても,2050年に向けて産業界,消費者,投資家といった多様なステークホルダーが共同で取り組んでいこうという勢いを感じました。地球課題は経済,社会全体で解決していくしかないということが示されたと思います。

―COP26には日立も参加しました。

鈴木今回,日立は日本企業として初の「プリンシパル・パートナー」に就任して,英国政府を支援しました。会場内・外,そしてオンラインイベントなどの活動を展開しましたが,その一つに,AI(Artificial Intelligence)を利用したトランジションシナリオのビデオ展示がありました。

脱炭素社会の実現に向けて,都市がそれぞれの経済,環境,社会などの状況を考慮しながらトランジションのシナリオを生成するというものです。私たちは,2050年に向け,産官学連携でしっかりしたロードマップをつくらなければなりません。2050年のあるべき社会像からバックキャストして,今何をやるのかを考えるにあたって,シナリオメイキングのシミュレータを使うことには意味があると考えています。未来の分岐点を示し,この時点までいくともう戻れなくなるといったシミュレーションができるからです。これを用いて,マルチステークホルダーによる前向きな議論を促進できるでしょう。

石井そのようなデジタル技術の使い方は,とてもいいですね。カーボンニュートラルに向けて目的を共通化しても,どのように達成するかを描くことは簡単ではありません。実際にCOP26の会場では,不確実性があるからこそマルチステークホルダーで集まり,対話を通じてトランジションパスを描こうという動きがあちこちで見られました。

日本でも,カーボンニュートラルを実現するための道のりを議論する目的で,東京大学,そして日立をはじめとした13の有志企業が集まり,産学連携プラットフォームのETI-CGC(Energy Transition Initiative - Center for Global Commons)を立ち上げました。日本には欧州と比べると,再生可能エネルギーが高価である,製造業が多い産業構造であるといった特徴があり,目的は共通していても,そこにたどり着くまでの道筋は違ってきます。目的達成のために自分たちはどうすればいいのか,そういったシナリオを考えるのがETI-CGCの役目です。こうした動きもまたCOP26の成果の一つであり,とても嬉しく思っています。

―グローバル・コモンズ・センターでの研究から分かる日本の課題を教えてください。

石井グローバル・コモンズ(世界規模で人類が共有する資産)における環境負荷など,経済社会システム転換への各国の貢献度を計測・評価した「グローバル・コモンズ・スチュワードシップ(GCS)指標」から言えることとして,2点お話しします。まず,日本だけでなくG20共通の問題として,どの国も良いスコアを取れていないということがあります。私たちは経済大国としての責任を自覚しなければなりません。これが1点目です。

2点目は,日本は輸入を通じた海外への負荷が悪いスコアにつながっているという点です。日本はカロリーベースで約60%の食料を輸入しており,スコアからは,森林破壊などの環境負荷が輸入製品の生産の過程で大きくかかっていることが浮かび上がってきます。消費者としてどんな選択をするのかを考えなければ,本当の意味でのシステムの転換は実現できません。消費国としての責任と生産国としての責任がつながって初めて,どのようにつくり,どのように売るかという部分が完結します。

この点で,デジタル技術などの最新技術を使って生産過程での環境負荷を測定できるようになることに期待しています。それを分かりやすく消費者に示すことで,意識の転換を促せるのではないでしょうか。

鈴木おっしゃるように,消費者の行動変容を促すことは,2050年に向けて持続的な社会をつくっていくために重要です。バリューチェーン全体を見て社会システムを最適化していくわけですが,その中にいる人のマインドが変わっていくことで実現に近づくと思います。

石井コモンズというのは,森林や湿地帯などコミュニティで共有されている資源のことを示します。放っておいても荒れ果てますし,過剰使用されてもダメージを受けます。結局は自分たちに返ってくるので,これまではコミュニティ内でルールをつくるなどして,人々はコモンズを守ってきました。

ところが経済活動がグローバルになると,コモンズの状況が分かりにくくなります。グローバルスケールのコモンズを守るためには,これまでは自分のアクションがどのように返ってくるのかが実感できる人たちの間でしか共有できなかったコモンズのルールを,グローバルに拡大しなければならない。ここで,私はデジタル技術の活用に期待しています。デジタル技術を使うことで国際的なシステムができ,空間的な距離を超えてコミュニティの感覚ができればいいなと思っています。

人新世の時代へ,方向を決定づける重要な10年

―これからの10年をどのように位置づけていますか。

石井人類は完新世(Holocene)※2)から人新世(Anthropocene)※3)に入ったという考えが聞かれるようになりました。人新世は人間が力を持ちすぎて地球の環境を変え始めているという時代です。地球のキャパシティを超えないように経済をコントロールしていかなければ,とんでもない社会になってしまいます。私たちは,これからどのような社会を構築したいのかについてしっかり考えなければなりません。これは,今後10年ぐらいの重要な課題です。

重要な時期にいるという自覚と切迫感を,恐れや無力感ではなく,どうやったらみんなで変えることができるか考える転機にしていく必要があります。そのためには新しい科学や,科学に基づいたナラティブ,リーダーシップが大切ですし,一人ひとりが変えていくことができるという意識も必要です。

鈴木日立ではエネルギーと環境の面でさまざまな取り組みを展開しています。特に,「グリーン&デジタル」として,人と地球にやさしい社会を,市民を含む多くのステークホルダーと共に協創していきます。

開発したエネルギーマネジメント技術の実証環境を中央研究所にある「協創の森」に構築し,2021年より運用を開始しました(図3参照)。太陽光電池,蓄電池などを接続して電力需給調整をしたり,AIを使った電力取引システムも組み合わせています。このような取り組みを続けて,2028年度までに中央研究所を完全ゼロエミッションにすることをめざしています。

図3|直流型分散グリッドを用いたエネルギーマネジメントシステムの実証環境 図3|直流型分散グリッドを用いたエネルギーマネジメントシステムの実証環境

石井お話を伺って,パリ協定の効果に似ているなと思いました。2015年のパリ協定時,脱炭素に向けて市場化されていた技術は少なかったのですが,パリ協定により世の中が脱炭素に向けて進むことが国際的に認知され,脱炭素技術の開発と市場化が一気に進みました。

このように大きなビジョンが国際的になったとき,技術開発もそこに向かって進み始めます。鈴木さんがおっしゃったように,これから10年の間に技術開発と市場化がどんどん進んで,脱炭素が大きな流れとなっていきます。それが,私たちが人新世の時代をきちんと生きていくための大きな知恵なのではないでしょうか。

鈴木そう思います。新しい技術の開発から実用化には多くのプロセスが存在しますが,われわれが実績をつくりながらお客さまに提供していくことで,新技術の早期適用を進め,カーボンニュートラルなどの社会課題の解決に貢献していきたいと思います。本日はありがとうございました。

対談

※1)
地球の環境を損なうことなく受容できる人間活動の量。
※2)
地質時代区分で最も新しい時代。最終氷期が終わる1万年前から現在までを指す。
※3)
オランダ人化学者パウル・クルッツェンによって考案された新しい時代区分。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代を指す。
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