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Open Innovation Hotline:日立が取り組むオープンイノベーション課題解決モデルをめざす地域協創Society 5.0 北海道の未来:北海道大学×日立北大ラボ 第3回フォーラム

2022年7月19日

目次

Society 5.0 北海道の未来

東京一極集中の状況を是正し,地方の人口減少に歯止めをかけて日本全体を活性化することを目的として,DXや人財支援,地域協創など,全国でさまざまなアプローチを通じた地方創生の取り組みが続いています。

これに対し2016年6月,日立製作所は北海道大学と共に,両者のオープンイノベーション拠点として「日立北大ラボ」を開設しました。その主眼は,北海道が直面している少子高齢化や人口減少,地域経済の低迷,地球温暖化といったさまざまな社会課題解決に向けた共同研究の推進にあります。本記事では,2022年2月に開催された第3回北海道大学×日立北大ラボフォーラム当日の講演内容について,全3回に分けてレポートします。

第1回で紹介するのは,主催・共催挨拶から北海道大学総長 寳金清博氏による特別講演,そして少子化克服に向けた日立北大ラボならびに北大COIの取り組みです。

主催・共催挨拶

西村 信治 西村 信治
日立製作所 基礎研究センタ長

土屋 俊亮 土屋 俊亮
北海道副知事

真弓 明彦 真弓 明彦
北海道経済連合会 会長

2022年で第3回を迎える北海道大学×日立北大ラボフォーラムが,この度,オンラインで開催された。日立北大ラボは2016年,日立製作所のオープンイノベーション拠点として北海道大学内に設立されて以来,人口減少・少子化,自然災害・環境保護,地域産業の衰退といった北海道が抱える課題の解決をめざし,自治体や企業,関係機関と連携しながらさまざまな取り組みを行っている。

本フォーラムは,健康・産業・環境のそれぞれの営みをデータでつなぎ,よりよい未来をめざす「共生のまちづくり」をコンセプトに,「誰もが活躍できる地域社会」,「再生可能エネルギー先進地域へ」,「地域産業の発展」の三つのテーマを掲げている。日立製作所研究開発グループ基礎研究センタ長の西村信治は本フォーラムについて,「これらのコンセプトとテーマに基づいてこれまでの研究成果を発表し,今後の展望を語り合う場にしたい」と述べた。

北海道は2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることをめざし,豊かな地域資源を最大限に活用しながら,脱炭素化と経済の活性化や持続可能な地域づくりを同時に進める「ゼロカーボン北海道」を掲げている。共催者挨拶に登場した北海道副知事の土屋俊亮氏は,この施策に触れ,次のように述べた。

「脱炭素化は暮らしや産業,エネルギーなど多岐にわたる課題であり,解決に向けては既存の技術だけではなく,新たな技術や科学的根拠に基づく知見が必要です。道は2021年4月に北海道大学と包括連携協定を締結し,同大学が中核となるCOI(Center of Innovation),そしてCOI-NEXT(共創の場形成支援プログラム)の取り組みにも参画しています。産学官の連携による地域の活性化に向けて,このフォーラムが未来を共創する場になればと願います」

また同じく共催挨拶として,北海道経済連合会会長の真弓明彦氏は,長引くコロナ禍が北海道の地域経済に多大な影響を及ぼしている現状を踏まえ,こう語った。

「長期にわたるコロナ禍で,北海道の基幹産業である観光と食は深刻な影響を受けています。しかしその一方で,コロナ禍に伴う東京への一極集中是正,デジタルトランスフォーメーション(DX)といった動きは,北海道に人を呼び寄せ,地域経済や産業を活性化させる好機でもあります。本フォーラムを通じて北海道の明るい未来の実現に向けた思いを共有し,課題解決に向けた連携の強化と活動の活性化につなげていきたいと思います」

「北大ビジョン」 地域協創に向けた北大の決心

地域の問題とトラストの関係

寳金 清博 寳金 清博
北海道大学総長

人類が活動を継続していくために持続的な発展ができるか,できないかということを九つの要素に分けて数値化した,プラネタリーバウンダリーという概念がある。これによれば地球環境システムと人類活動は既に衝突を始めており,地球の限られた環境と資源をどうやって利用するのかが今後の課題とされている。これを考えるうえで重要となるのがトラスト(信頼)である。

日立のフォーラムで開催された鈴木教洋CTOと東大の石井菜穂子理事の対談で語られた「コモンズの悲劇」のように,不特定多数の人間が共有資源を乱獲すれば当然,資源は枯渇する。しかし歴史的には,ローカルなコミュニティにおいては資源の利用に一定のルールを設けることで,持続的な循環が守られていたケースもある。Society 5.0の世界では,従来,ローカルコミュニティでしか存在しなかったトラストを時空を超えて創生していかなければならないということは,非常に重要であると考えられる。

北大と日立北大ラボの役割

図1| 産官学におけるトラストの形成 図1| 産官学におけるトラストの形成

日立東大ラボをはじめとした各地の日立のエンベデッドラボがシーズオリエンテッド※1)なグローバルイシューを取り扱うのに対し,日立北大ラボは2016年の開設以来,北海道が直面する少子高齢化や人口減少,地域経済の低迷といった,地域のさまざまな課題を解決するためのラボとして,ニーズオリエンテッド※2)な研究を続けてきた。

世界と地域の課題解決に貢献する新しい地域中核大学をめざす北海道大学と,市民を含む多様なステークホルダーとの協創を掲げる日立のグランドビジョンは一致している。日立北大ラボは北海道で顕在化する世界共通の課題の解決に向け,自治体や市民とも連携し,より広域なエリアをつないだ大きなフォーラムの形成も視野に入れながら,「地域創生」,「新しいトラスト」,「新しい資本主義」のフラッグシップとなるラボをめざしていく(図1参照)。

※1)
製品開発などで,技術などの種(seed)がまず存在し,それを新たな製品や技術にしようとすること。
※2)
製品開発などで,要求を基に開発を促進していくこと。

母子健康 プレママからプレコンセプションへ

武田 安弘 武田 安弘
森永乳業株式会社 執行役員
研究本部 副本部長

日本においては女性の社会進出や未婚率の増加,子育ての金銭的な負担といったさまざまな要因から,低い出生率が続いている。こうした中,生まれた子どもの健康維持の観点から課題となっているのが低出生体重児比率である。

DOHaD説(生活習慣病胎児期発症起源説)によれば,母親のお腹の中で低栄養状態にあった低出生体重児は成長後に生活習慣病などの病気に罹りやすいとされる。日本は食糧事情が豊かであるにもかかわらず,痩身願望による若い女性の新型栄養失調が多く見られ,低出生体重児の比率は世界でもワーストクラスとなっている(図2参照)。

これに対し,北大COIは北海道岩見沢市の協力を得て,低出生体重児の低減に向けた調査と取り組みを進めている。具体的には,岩見沢市内の母子に対する食事調査,母乳分析,乳児の便の分析を通じて,DOHaD仮説の観点から作成した以下の二つの健康ものさしに関連する調査を行った。

  1. 血中アルブミン酸化還元バランス
    妊婦の血中アルブミン比が栄養不足の状態では酸化型に,栄養不足ではない状態では還元型となることに着目し,軽い低栄養を検出可能な測定方法を確立した。これにより,たんぱく質の摂取が母子の健康に及ぼす影響を調査したところ,血中アルブミン比が酸化型の妊婦が増えるほど,低出生体重児のリスクが高まることが分かった。
  2. 腸内環境
    腸内細菌叢と,それによる酢酸,酪酸などの代謝産物は,アレルギーや感染症,肥満など,人の健康に強い影響を及ぼすことが分かりつつあり,生後早期は子どもの腸内細菌叢の確立のうえで重要な時期と考えられている。子どもの腸内細菌叢の発達に影響を与えるのが,「出生方法(自然分娩/帝王切開)」と「栄養法(母乳栄養/人工栄養)」である。本調査では,一般的に乳幼児に多く,代表的な善玉菌であるビフィズス菌に着目し,その割合を報告してきた。その結果,妊婦の食事が母乳に影響し,子どもの発育・発達と腸内環境に影響することが見えてきた。

本取り組みを継続して行った結果,岩見沢市の低出生体重児率は2015年の10.4%から,2019年には6.3%まで減少した。厚生労働省が推進する「健やか親子21※3)」では,低出生体重児率を2015年から2019年にかけて0.2%低減することが目標とされていたが,岩見沢市では同期間内に4.1%と大きく低減したことになる。

こうした成果を受け,北大COIではCOI-NEXTを通じた,若者コホート,プレコンセプションケアなど,低出生体重児のさらに上流に位置する少子化の課題にも取り組んでおり,最終的には岩見沢市の合計特殊出生率を2020年の1.1から,2030年には1.4まで引き上げることをめざしている。

※3)
2001年より始まった,母子の健康水準を向上させるためのさまざまな取り組みを推進する国民運動計画。

図2| 低出生体重児出生率の推移 図2| 低出生体重児出生率の推移

母子から少子化対策へ 健康データ統合プラットフォーム

中村 宝弘 中村 宝弘
日立製作所
日立北大ラボ 主任研究員

北大COIでは,2016年より岩見沢市の協力を得て実施している母子健康調査に関連して,さまざまな生体サンプルや周産期の医療データなどを収集・分析することで,市民や医療関係者にフィードバックするサービスの展開をめざしている。

これに対し,日立は住基番号を活用したIDマッチングデータベースによって,従来,ばらばらに存在していた母子健康,周産期医療,医療・介護レセプトなどの健康データをひも付け可能な統合データベースと分析基盤から成る健康データ統合プラットフォームを開発した(図3参照)。

本プラットフォームの分析基盤は以下の三つの要素から構成される。

  1. 食・腸・生活分析ツール
    母親の食習慣が破綻することで母子の腸内細菌叢が破綻し,子の将来の疾患リスクにつながるという仮説を立て,因果関係を検証する。
  2. 周産期医療支援ツール
    AI(Artificial Intelligence)を用いて胎児心拍数などから臍帯動脈血pHを予測し,分娩時における帝王切開の要否など,医師の適切な判断を支援する技術を開発した。今後,実用化に向けて道内11の病院の協力の下で学習データを拡張し,北大病院でのリアルタイム検証も行っていく。
  3. 母子健康データベース分析Webアプリケーション
    分析の結果として得られたナレッジを市民や医療関係者が閲覧可能なWebアプリケーションの開発を進めている。これは,高いアクセス性と拡張容易性により,ノウハウや知見の共有を図るものである。

低出生体重児比率低減に向けたこれらの取り組みについては,2021年2月に北大COIが第3回日本オープンイノベーション大賞日本学術会議会長賞を受賞し,同年7月には本取り組みが『Nature』の特集記事『Focal Point』で取り上げられるなど,大きな期待を集めている。また取り組みの中核を担う岩見沢市は,同年10月,一般社団法人プラチナ構想ネットワークが主催する第9回プラチナ大賞でプラチナシティに認定された。

今後は母子のケアにとどまらず,少子化克服に向けたプラットフォームの拡張,民間事業者と連携した新しい健康サービスの展開をめざしていく。

図3| 健康データ統合プラットフォームの概要 図3| 健康データ統合プラットフォームの概要

少子化の克服 母子から少子化対策へ

荒田 尚子 荒田 尚子
国立成育医療研究センター
周産期・母性診療センター母性内科 診療部長

プレコンセプションケアとは,若年世代の男女の健康を増進し,より質の高い生活を送ることで当人たちの将来の健康を促進するとともに,より健全な妊娠・出産のチャンスを増やし,次世代の子どもたちをより健康にすることを目的とした活動である。特に母子においては,妊娠前からの生活習慣や病気が妊娠・出産・新生児の健康に影響を及ぼすため,ヘルスリテラシーの向上を通じた健康促進が望まれている。

先進国においては,人生の満足度が高く(自分課題),かつジェンダーギャップが小さい(社会課題)ほど出生率が高まる傾向にある。世界に目を向けると,フランス,スウェーデンなど比較的高い出生率を維持している国々が,仕事と育児の両立支援など長期間にわたる総合的な取り組みを行っているのに対し,日本の性と生殖に関する教育は国際標準に未到達な現状にある。

これに対し,北大COI-NEXTは,医療,学校,地域保健,職域,まち,若者が一体となって少子化の原因である自分課題と社会課題の解決に取り組んでいく。北大COIで取り組んできた母子ケアに加えて,プレコンセプションケアを通じて若者のこころとカラダへの理解を深めることで,望んだ時に妊娠ができる可能性を高めるだけでなく,ジェンダーギャップを低減し,「他者(ひと)とともに自分らしく幸せに生きる社会」の実現をめざす(図4参照)。

図4|包括的性教育による子どもや若者の健康,ウェルビーイング,尊厳の実現 図4|包括的性教育による子どもや若者の健康,ウェルビーイング,尊厳の実現

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