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Open Innovation Hotline:日立が取り組むオープンイノベーション未来のために,今できること「自分事化」で捉える食とエネルギーの未来

2022年12月7日

目次

気候変動をはじめとした社会課題が山積する中,世界では2030年に向けて国連が掲げるSDGsをはじめ,さまざまな取り組みが続いている。複雑化する社会課題に立ち向かい,持続可能な未来を築くためには,国や地域,立場の違いを越えて誰もが当事者意識を持って課題解決に取り組まなくてはならない。

こうした中,東京・渋谷の産官学共創拠点「SHIBUYA QWS」で,Z世代の学生や20代の社会人をメインターゲットとした,環境に関する体験型イベントが開催され,協賛の日立製作所研究開発グループがXR技術を活用した教育コンテンツなどの企画・展示を行った。ここではイベントの概要と,社会課題の解決に向けた研究開発グループの取り組みについて紹介する。

「未来の食糧事情」を体験するMRセッションの様子 「未来の食糧事情」を体験するMRセッションの様子

持続可能な未来の構築に向けて

佐座 槙苗 佐座 槙苗
一般社団法人SWiTCH 代表理事

池ヶ谷 和宏 池ヶ谷 和宏
日立製作所 研究開発グループ
サステナビリティ研究統括本部
プラネタリーバウンダリープロジェクト
主任デザイナー

2022年10月,環境に関する体験型イベント「SWiTCH MEETUP〜BIODIVERSITY/生物多様性」1)が東京都のSHIBUYA QWS(渋谷キューズ)2),※1)にて開催された。「Z世代との対話から見つける,食・生物多様性のミライ」をテーマに掲げる同イベントでは,生物多様性のほか食と環境などに関する研究・活動を手掛ける六つの企業や団体が出展し,それぞれの活動に関連した企画展示が行われた。イベントを主催した一般社団法人SWiTCH※2)の佐座槙苗代表理事は,本イベントを企画した理由について次のように語っている。

「日本の気候変動問題に対する意識は2015年〜2021年の間に8%下がった3)と言われています。私たちの地球が危機的状況にあるといいながら,ほとんどの人は自分の暮らしや仕事を未だに変えようとしていません。それは,私たち人間がどれだけ自然に頼って仕事や暮らしが成り立っているかを知らないからではないでしょうか。世界経済フォーラムの『New Nature Economy Report 2020』4)によると,世界のGDP(Gross Domestic Product)の半分は自然に頼っていると言われています。しかし,脱炭素に取り組む企業が増えた一方,生物多様性の重要性についてはあまり知られていないのではないでしょうか。そこで,生物多様性に興味を持っていただくきっかけ作りの場として今回のイベントを企画しました。一口に社会課題といっても,具体的にどんな問題が起きていて,それが自分にどう関わってくるのか。そういったことを身近に体験できる場を提供したかったのです。」

イベント協賛として参画する日立製作所研究開発グループからは,日立京大ラボ5)など二つのグループが出展し,XR技術を用いた体験型教育コンテンツ「AR&MR Contents to Deep Dive into Societal Issues」ならびに「エネルギー由来のCO2削減に貢献するCarbon Offset Charger」の企画・展示を行った。協賛に至った経緯について,日立製作所 研究開発グループの池ヶ谷和宏主任デザイナーは語る。

「2021年11月,日立がプリンシパル・パートナーを務めた第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)に参加した際,英国グラスゴーの会場で,日本の高校生が自分達の環境に対する想いを必死に訴える姿を目の当たりにしました。その熱意に非常に心を動かされ,同時に大人として,また企業人の一人として,自分に何ができるのだろうかと考えさせられる思いでした。そこで,SWiTCH代表の佐座さんと『一緒に何かできないか』というお話をさせていただき,Z世代の社会人や若者を対象とした今回のイベント開催につながりました。」

イベントの企画にあたっては,他社が主催する同様のイベントを参考にした。しかし一方的な発表会ではなく,インタラクティブな体験の場にしたかったと池ヶ谷は続ける。

「若者の街とも言える渋谷でのイベントを通じて,環境意識の高い若い世代の皆さんと対話を深めたいと思いました。幸い,新型コロナウイルスの感染状況も落ち着きつつあった中で,ようやくリアルな『体験』の場を設けられたことをうれしく思っています。」

※1)
年齢や専門領域を問わず,渋谷で活動するグループのための拠点。「Scramble Society」をコミュニティコンセプトに掲げ,グループ間の交流や領域横断の取り組みから社会価値につながるアイデアや,新規事業を生み出すことをめざす。
※2)
20代の若者が中心となって,地球規模の視点を持ち,自然と人間が共存する循環型の社会へと移行することをめざし活動している。世界のサステナブル先進事例を紹介することで,気候変動にポジティブな影響を与える国際的な連携のきっかけを提供する。

EXHIBITION 1:日立京大ラボの取り組み

三つの喪失に立ち向かうための「当事者意識」

2016年,京都大学・吉田キャンパス内に設立された日立京大ラボは,「ヒトと文化の理解に基づく基礎と学理の探究」をテーマに掲げ,オープンフォーラムなどを通じて開かれた研究活動を推進してきた。2050年の日本社会が直面し得る社会課題と,本質的な解決の糸口を考察し,将来,人々の生活を脅かす可能性のある根源的な社会課題の探索を「Crisis 5.06)」としてまとめている。この提言では,2050年の日本が直面し得る社会課題として,『信じるものがなくなる』,『頼るものがなくなる』,『やることがなくなる』という三つの喪失(トリレンマ)を提示している。これらの三つの根本的な問題は相互に関係し合っており,どれかを避けるためになんらかの手を打とうとしても,それが別の問題を助長してしまう。高齢化,少子化,都市の過密化などの個別の課題対策は急がねばならないが,全体の構造を視野に入れて対策を考えなければ解決することは困難である。

これに対し,2020年8月に日立京大ラボが出版した『BEYOND SMART LIFE―好奇心が駆動する社会7)』の中に,植田充美教授(京都大学大学院農学研究科応用生化学講座応用生命科学専攻)の「想像力をかきたてる教育」という提言がある。その中で植田教授は,「文理を融合させて社会に還元していくことの重要性に加え,科学を可視化するエンタテインメント型のサイエンス教育が求められる」と述べた。そこで,この提言を具体化するべく,日立京大ラボは京都大学の教員・学生や総合地球環境学研究所と共同で,デジタル技術を活用した新しい教育コンテンツ「AR&MR Contents to Deep Dive into Societal Issues8)」を開発した。これは,VR(Virtual Reality:仮想現実)やAR(Augmented Reality:拡張現実),MR(Mixed Reality:複合現実)を含む,XR(Extended Reality)技術を活用した疑似体験を通じて,社会課題や社会の仕組みに対する好奇心を刺激することをねらったものであり,その主眼は「当事者意識」の醸成にある。

なお,プロジェクト立ち上げの経緯やコンセプトについては,日立評論WEBにて公開中のOpen Innovation Hotline「社会課題を『自分事』として捉えるための仕掛けづくり〜AR&MR Contents to Deep Dive into Societal Issues9)」の中で詳しく紹介しているので参照されたい。

XRで疑似体験する未来

岡田 小枝子 岡田 小枝子
総合地球環境学研究所 広報室
准教授/室長

今回のイベントでは,MR技術を用いた体験型のセッションが実施された。セッションが始まると,まず,日立のモデレータが「気候変動が今後ますます進行した結果,人々の生活に欠かすことのできない毎日の食事がどのように変化するのか」を問いかけ,解説する。例えば,「気候変動への対策として炭素税が導入されると,生産の過程で多くの炭素(CO2)を排出する牛肉は高級品となる一方,沿岸部では地元で獲れた魚を比較的安価に食べることができる。環境負荷が少なく安価な食品としては大豆や昆虫を使用した代替肉があるが,これらの代替食品をどこまで受け入れられるか?」といった具合である。

この間,バイザー型のヘッドセットを装着したセッション参加者の視界には,机上に並ぶ「牛肉」,「魚」,「大豆ミート」,「昆虫食」などの映像が投影されており,値段や見た目をリアルに体感しながら考えを深めることができる。複数の参加者がいても全員が同じ視界を共有しており,見えている映像に対して「手でつまむ」動作を行うことによって,投影されたパンやグラスを持ち上げることも可能だ。

実際に体験した参加者からは,「代替肉を選ぶメリットや,自分だったらどこまで妥協できるのかといったことを,より臨場感をもって考えられるのがよかった」,「XR体験は初めてだったが,リアルに感じられて驚いた。技術としても面白く,子どもでも楽しんで学べると思う」といった声が聞かれた。こうした参加者の声に対し,コンテンツの制作を主導した池ヶ谷は次のように話す。

「同様の体験会を行っても,企業の方が相手になると,『この技術をどのように事業化するのか?』といったビジネスの話が絡まざるを得ないので,そういうことを一旦抜きにして,ただ『面白い』と思える場は貴重だと思います。」

また,同コンテンツの制作に携わった総合地球環境学研究所の岡田小枝子准教授は,次のように述べている。

「小さなお子さんからZ世代の学生さん,企業の方まで,熱心に話を聞いてくれる人が多く,環境に対する意識の高さを感じましたし,幅広い方々と交流できて,出展者である私たちにとっても有意義な経験になりました。当日,会場には『未来の給食』の食品サンプル10),※3)の実物も展示したのですが,多くの方に興味を持っていただく機会にもなりました。日立で作っていただいたARコンテンツは既に見ていましたが,MRコンテンツは初めて体験しました。それが想像以上にリアルで,今後,こうした最先端技術を地球研の研究成果の可視化に積極的に取り入れていきたいと思っています。」

なお,今回のイベントで出展したXR技術を用いたメタバース体験型コンテンツは,現地でモデレータのガイダンスに従って体験するものであるが,日立京大ラボは他にも「気候危機」と「パンデミック」の二つの社会課題をテーマとした電子絵本を制作し,公開している。これらのコンテンツは,スマートフォンやPCから誰でも簡単に利用可能である。

XR体験セッション時の視界(イメージ) XR体験セッション時の視界(イメージ) セッション参加者は専用のMRデバイスを装着することで,より現実に近いメタバース空間で,未来の食生活の可能性を体験できる。

『未来の給食』を表現した食品サンプル 『未来の給食』を表現した食品サンプル 会場では,総合地球環境学研究所の『未来の給食』プロジェクトで制作された食品サンプルが展示された。この食品サンプルは,日立のXR技術を活用した教育コンテンツの中にも取り入れられている。

※3)
食生活の一部となっている給食を取り上げ,「気候変動によって気温上昇が2℃以下に抑えられなかった場合」,「1.5℃以下に抑えられなかった場合」,「食材が地産地消である場合」,「輸入に頼る生活が続いた場合」の四つの未来をテーマに,給食がどうなっていくか,食生活がどう変わっていくかを考える教育コンテンツ。

EXHIBITION 2:エネルギー由来のCO2削減へ

手軽に楽しくカーボン・オフセットを実践

中野 道樹 中野 道樹
日立製作所 研究開発グループ
東京社会イノベーション協創センタ
主任研究員

本イベントにおける日立製作所研究開発グループのもう一つの展示が,エネルギー由来のCO2削減に向けたカーボン・オフセット11),※4)の実践を支援する,一般消費者向けのサービスコンセプト「Carbon Offset Charger12)」である。

「手軽に,楽しく,エネルギー由来のCO2削減に貢献する」をテーマとしたこのコンセプトは,PCやスマートフォンなど,日常的に使用する電子機器を専用のAC(Alternative Current)アダプタ型デバイスを介して充電することで,その機器がどれだけの電力を消費しているかを可視化し,それに対してクレジットを支払うことで,カーボン・オフセットを可能にする。

開発の経緯について,日立製作所研究開発グループ東京社会イノベーション協創センタの中野道樹主任研究員は語る。

「このコンセプトは元々,日立製作所が主催するアイデアコンテスト『Make a Difference!』に応募し,最終選考に残ったアイデアでした。当初は一般消費者向けにエネルギーに対する行動変容を喚起できるデバイスとして考えていましたが,コロナ禍によって働く場所が多様化したことに伴い,企業としてのメリットも出せるのではないかと考えました。企業は自社のオフィスだけでなく,在宅勤務の従業員がオフィス外で排出する電力由来のCO2削減についても考える必要に迫られています。そのため,業務に使用する機器の消費電力を計測し,従業員に由来するCO2排出をオフセットするという用途も考えられます。」

使い方はいたってシンプルである。まず,従業員が使用する電子機器をCarbon Offset ChargerのACアダプタ型デバイスを介して電源に接続する。すると,機器の使用にどれだけの電力が消費されたかがデバイスに記録され,データがIoT(Internet of Things)機能を通じてアプリに集積される。企業側はこのデータを基にクレジットを支払うことで,効率的にカーボン・オフセットを実施することができる。

「Carbon Offset Chargerのテーマは,楽しく前向きに日々の行動を変容することです。デバイスを継続的に活用してもらうため,デバイスを通じて環境に貢献すればするほど木が育つような,ゲーム感覚で楽しめるアプリも開発しています。」(中野)

イベント当日,これらの説明を受けた参加者からは,個人でも利用したいという声が聞かれた。「自分がどれだけ電気を使っているのか数値化されるというのは,CO2排出量削減について考えるうえで非常に分かりやすい。カーボン・オフセットの取り組みもしやすくなると思う」という意見もあった。

本コンセプトはまだ事業化には至っていないものの,ドイツのiFデザイン賞を受賞するなど注目を集めている。カーボン・オフセットの投資先を選べる機能の追加など,個人利用の可能性も視野に入れてシステム開発を継続していく予定である。

Carbon Offset ChargerのACアダプタ型装置とアプリ画面 Carbon Offset ChargerのACアダプタ型装置とアプリ画面 ACアダプタ型デバイスの液晶画面には,現在使用中の電力がどこの再生可能エネルギー発電所に対する投資によってオフセットされているかが表示される。

日立製作所研究開発グループによるエレベーターピッチの様子 日立製作所研究開発グループによるエレベーターピッチの様子 イベントの途中に挿入される各展示団体のエレベーターピッチでは,メインターゲットである若者世代のみならず,大人から子どもまで環境に関心を持つ多くの参加者が,スピーカーの話に聞き入っていた。

※4)
企業や個人の活動によって排出されたCO2などの温室効果ガスを,植林・森林保護・クリーンエネルギー事業などの削減活動に投資することで埋め合わせるという考え方。

今,自分にできることを考える

約100名の参加者を迎えたイベントは,終始和やかな雰囲気の中で進行した。参加者からは「環境課題について考えようと思っても,東京に住んでいるとなかなか機会がないため,イベントに参加してみてよかった」といった声が聞かれ,参加者の環境意識の高さが伺える。一方で世間を俯瞰して見ると,まだまだ環境問題は「他人事」という人々も少なくないのが実情である。地球上に生きる誰もが当事者意識を持って立ち向かわない限り,気候変動をはじめとした社会課題を解決することは難しい。

環境に関する日立の取り組みについて,SWiTCHの佐座代表理事は次のように期待を寄せ,呼びかける。

「日立グループは,人々の生活に欠かせない社会インフラを多く手掛けておられます。多くの人が知らず知らずのうちに,社会の基盤を構築している日立の技術を使って暮らしている。ですから,そうした技術をより環境に配慮したものに寄せていくことで,新しいパートナーシップを形成し,横軸で沢山の人を巻き込んで,日本のサステナブル化に貢献していただきたいと考えています。誰か一人が頑張るだけでは,パリ協定で掲げられた目標は実現できません。私たちの地球を豪華客船にたとえましょう。乗客は3等船室から1等船室に移るために,船の中で階段を上がろうとしています。しかし,豪華客船に実は穴が空いているのです。地球という船の穴を防ぎ,修復するために,力を合わせてみませんか。」

日立製作所研究開発グループは,中央研究所(国分寺)での環境に関するワークショップをはじめとして,今後もZ世代の若者達と議論を深める体験型のイベントを継続的に開催していく予定である。

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