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Open Innovation Hotline:日立が取り組むオープンイノベーション第5回日立京大ラボ・京都大学シンポジウム創造的市民による社会づくりとWellbeingの実現

2023年3月24日

目次

グローバル化が進む現代において,行政やアカデミア,産業界が一体となって社会のデジタル化が推進され,社会システムの効率性や利便性の向上,地域の持続可能性の向上が図られてきた。一方で,そのような技術革新による社会変革の方法に代わって,市民が行政に参加し,自らの創意によって社会づくりやその課題解決をめざす動きが活発になりつつある。

2023年1月,政策提言AIをはじめ,領域横断的な研究で注目を集める日立京大ラボと京都大学の共催によるシンポジウムが,オフラインとオンラインのハイブリッド形式で開催され,創造的市民による社会づくりを支える理論と実践が議論された。

日立京大ラボ・京都大学シンポジウム

開会挨拶

兼松 佳宏 兼松 佳宏
さとのば大学
副学長・NPOグリーンズ理事

時任 宣博 時任 宣博
京都大学
研究・評価担当理事,副学長

前回,前々回に引き続き,モデレーターを務めるのは「勉強家」の肩書きを名乗ることで知られる,さとのば大学副学長・NPOグリーンズ理事の兼松佳宏氏である。シンポジウムの冒頭では,「創造的市民」と「Wellbeing」という本シンポジウムの二つのテーマの趣旨を説明したうえで,「従来の産官学連携の枠組みを越え,市民を巻き込みながら,より広範な社会イノベーションを起こす」ことの今日的意義が述べられた。

続いて主催者を代表し,京都大学の研究・評価担当理事である時任宣博副学長から開会の挨拶があった。時任副学長は「デジタルテクノロジーの進歩発展が目覚ましいが,コロナ禍からウクライナ危機へと想定外の事態が相次ぐ中,それだけで人類社会が直面する課題を克服することはできず,人文科学を含めた多角的な視座から議論を深める必要がある」と述べ,そのために最適かつ誰もに共通する切り口としてWellbeingの重要性を語った。

基調講演

現代文明と日本の将来

佐伯 啓思 佐伯 啓思
京都大学 名誉教授,
人と社会の未来 研究院 特任教授

今日のグローバル社会において,山積する社会課題を解決するためには個々の専門知を集めるだけではなく,より大所高所から総合的な視座を持ち,中長期的なビジョンを共有することが欠かせない。ここで求められるのがリベラルアーツの幅広い歴史観である。

今回の基調講演では,長く有数の論客として活躍し,幅広い層から支持されてきた京都大学の佐伯啓思名誉教授が「現代文明と日本の将来」と題し,人類史・文明史の俯瞰的な観点から,現代のグローバル社会が直面する諸問題の本質について語った。

ロシア軍による軍事侵攻によって始まったウクライナ危機。これをわれわれは自由主義社会・市場経済・法の支配を含め,『民主主義への挑戦・脅威』と考えているが,別の見方をすれば,冷戦終結後に米国主導で進んだ世界秩序の矛盾が顕在化した結果であり,改めてその是非が問われているとも言える。

今から約100年前,ドイツで出版されたシュペングラーの名著『西欧の没落』は進歩ではなく循環の文明史観を示し,当時の西洋世界に衝撃を与えたが,もう一つ,固有の場・歴史に深く根差す『文化』と,そこから派生しつつも世界中に普遍的に広がる『文明』の違いを述べている。現在のわれわれが生きている世界は言うまでもなくギリシア哲学,キリスト教などの文化を母胎とし,西洋から派生した文明だが,『普遍性=ユニバース』という言葉には,一律に『方向づける』という意味とともに,多様なものを『一体化・結合する』という意味もある。米国主導のグローバリズムは前者であり,『文化を抑圧する文明』という側面が課題となっている。これに対し,今後の世界では『文化によって支えられる文明』とも言える形で後者が求められてくるだろう。そして,こうした観点に立ってみると,自然との共生,自己と他者を分けず,自分の中に全体を見いだすといった日本および日本人本来のアイデンティティを取り戻すことこそ,われわれ自身がグローバル社会の課題解決に寄与できる道なのではないだろうか。

日立京大ラボ・京都大学シンポジウム

第一部 社会づくりを支える理論と展望

「非物質化」に向かう資本主義の新しい形

諸富 徹 諸富 徹
京都大学
経済学研究科 教授

現在,社会や地域の課題解決に挑戦する「創造的市民」が若者世代を中心に台頭し始めている。こうした新たなセクターと企業が協創していくためには,従来の発想や行動様式に甘んじることなく,時代の潮流や世界経済の転換を敏感に捉え,自己変容していかなければならない。

新たな社会づくりを進めるにあたって共通基盤となる理論を取り上げる第一部では,気鋭の経済学者として注目を集める京都大学の諸富徹教授が「非物質主義的転回」という独自の視点から様変わりする資本主義経済のあり方と,その中で日本企業が進むべき道筋について講演した。

製品からサービスへ,モノからコトへと言われて久しい。実際,この数十年の世界的企業に関する経営データを見れば,企業価値の中心が有形資産から無形資産へ移行し,人・組織や知識,R&D(Research and Development)などへの投資比率が急激に伸びている。一方,ものづくりで成功した日本経済,日本企業はこの流れに遅れ,長期低迷を余儀なくされたまま今日に至った。

さらにこの数年,周知の通り,欧州がリードする形でSDGs(Sustainable Development Goals)や気候変動などの社会課題への取り組みを企業価値の重要指標として導入する動きが加速している。中でも喫緊の対応を迫られているのが2050年のカーボンニュートラルを目標とする脱炭素化であり,CO2排出量に対していかに付加価値を生み出すかに企業競争の中心が移行してくる。デジタル技術の発展も加わり,今後,こうした動きがいっそう本格化すると,資本主義とはいえ,世界経済の風景はかなり様変わりしてくるだろう。

自分が「非物質化」と呼ぶ資本主義の大転換に対し,例えばスウェーデンは将来を見越し,早くから政府主導で大胆な制度改革を推し進めてきた。一方,日本と日本企業の対応はやはり遅れており,労働市場の柔軟性など乗り越えるべき課題は多い。ただし,従来のものづくりの強みを生かし,ものを媒介としつつ,高度なサービス産業へと移行できれば,GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)のようなグローバル大企業とは一線を画した日本ならではの独自の価値を提供していけるはずだ。日立のLumadaをはじめ,優れた先行事例も出始めており,今後の展開に期待したい。

アジア・アフリカから考える資本主義の未来

長岡 慎介 長岡 慎介
京都大学
アジア・アフリカ地域研究研究科 教授

リーマンショック以降,ピケティの『21世紀の資本』をはじめ,ポスト資本主義をめぐる議論が国内外で活発に行われてきた。その中で最も重要かつ切実な課題は,世界規模で拡大・深刻化する経済格差である。偏在する富の再分配をいかにして実現していくか。資本主義の限界を超え,新たな世界経済を展望するためには今まで視界に入っていなかった分野にも目を向ける必要があるだろう。

こうした問題意識から,アジア・アフリカ地域,特に中東と東南アジアを中心にフィールドワークを重ねる京都大学の長岡慎介教授より,イスラーム世界における経済のあり方,宗教・伝統に基づく独自の考え,そしてワクフと呼ばれる財産寄進制度,それを活用した新たな取り組みなどが紹介された。

現在,約18億人で人類の3分の1と言われるイスラーム世界では近代以前より,現世利益の肯定,利子・ギャンブルの否定,寄付推奨などを主な特徴とする独自の理念で経済活動が行われてきた。20世紀には欧米勢力の進出により資本主義制度が導入されたが,その弊害が顕在化した近年,伝統的な経済のあり方を見直し,かつ資本主義や技術を用いて新しい形に再生させる取り組みが積極的に行われている。

中でも注目すべきなのは,ワクフと呼ばれる財産寄進制度を中心とした,古くからイスラーム世界に浸透し,各地で行われてきた富の再分配システムである。例えば,モスクや孤児院・学校など,福祉・公共的な施設を寄進するにあたって商業施設を併設し,そこで得られる収益によってサステナブルな運営を実現するといったもので,市場原理=利己と寄付=利他を巧みに両立させる仕組みと言える。

21世紀に入ってから,一時は衰退したこのワクフが資本主義の弊害を超える新たな可能性として再評価され,再生している。例えば,老朽化したワクフ案件のリノベーションで,モスクと孤児院を寄進するとともに高級住宅を併設したり,離島の緊急救助用ボードを調達するのにクラウドファンディングを活用して投資型寄付を募ったりするという取り組みで,イスラーム銀行など高い意識を持つ金融機関が媒体となり,イスラーム世界各地で多くの先駆例が生まれている。

ワクフは,イスラームの宗教的理念に基づく経済の考え方を前提にしたものだが,世界各地に同様または類似した考え方や仕組みがある。考えてみれば,渋沢栄一の『道徳経済合一』や近江商人の『三方よし』にも通じるところがある。利己と利他,営利と人助けの両立,また政府・公共に依存しない民間が自律的に行う富の再分配の実現可能性を示す意味で,経済格差という資本主義の課題を克服するヒントになるものと考える。

第二部 社会づくりを支える仕組みと実践

WEターン:できることからできなさへ

出口 康夫 出口 康夫
京都大学
文学研究科 教授

創造的市民との社会イノベーションに向けた協創を進めるにあたって,最大の武器になるのが急速な発展を遂げるDX(デジタルトランスフォーメーション)であり,それらを駆使したスマート化である。開かれた協創により追求する価値は一人ひとりのWellbeing,社会全体のWellbeingに違いない。しかしながら現時点では,そのビジョンが明確に共有できているとは言いがたい。

第二部では,こうした未来の価値創造に向けた京都大学と日立京大ラボの取り組みを紹介した。まず京都大学文学研究科の出口康夫教授は,DX化・スマート化によって実現する未来社会・生活のあり方について,「WE(われわれ)」をキーワードに語った。

昨年,日立京大ラボと京大の哲学系メンバーで『スマートWE』というプロジェクトを立ち上げた。これは,DXやスマート化によってめざす価値,つまりWellbeingとは何かを考察する学際的な取り組みである。

このプロジェクトのミッションは,『I(わたし・個人)』の『できること』の増強ではなく,『WE(われわれ・共同体)』の『絆を深め,それを活性化する』スマート化のあり方を社会提案することである。ここでの『WE』には人間=『ひと』だけでなく,あたかも人格を持っているかのように動作する 『e-ひと』[例えば AI(Artificial Intelligence)やロボット]や動植物や無生物なども含まれる。『これらの多様なエージェントの間に成り立つ関係をいかによりよくするか』という問題を視野に入れて,『Wellbeing』や『権利』,『責任』,『自由』といったさまざまな『価値語』の焦点を『I』から『WE』へとシフトさせる価値の転換の提案を一括して『WEターン』と呼ぶ。

このような考え方に基づくと,社会のスマート化を推進していく際に,どのような視点が重要となるのか。

第一には,『できること』ではなく『できなさ』に焦点を当てることが重要だ。われわれ人間はあらゆる場面で多くの他者・エージェントに支えられて初めて行為し,生きていくことができる。単独では何も成し遂げることができない。これを単独行為不可能性と呼ぶ。すべての行為の背後には,行為を支えている多数のエージェントから成るマルチエージェントシステムがその都度,立ち上がっており,このシステムが『わたし』を含む『われわれ』として行為を行っていることになる。行為の主体やエージェントが『わたし』から『われわれ』へとシフトする,即ち『WEターン』するのである。

このような行為の主体の『WEターン』を踏まえると,例えば,デカルトが人間の基本的なあり方とした『われ思う』は,『われわれ思う』と書き直されるべきだとなるだろう。また『自分のことは自分一人で決める』という自律性,自己決定性も疑問に付されることになるだろう。そのような自分一人で決める権利,即ち『専決権』を軸に据えてきた『人権』も書き直しを余儀なくされるだろう。

さらにWellbeingに関しては,『I(わたし)のWellbeing』よりも先に『WE(われわれ)のWellbeing』があるはずであり,『わたしだけのWellbeing』などはありえないことになる。

加えて『WEターン』の観点に立てば,人間とe-ヒトとの関係性などもWEの対等なメンバー同士の関係として再考される必要があるだろう。

日立京大ラボ・京都大学シンポジウム

協同社会づくりのプラットフォームと実践

朝 康博 朝 康博
日立製作所
研究開発グループ 基礎研究センタ 日立京大ラボ 研究員

地域やコミュニティで創造的市民が独自の視点や感性を生かして活躍するためには,多様なアクターが一堂に会して交流・対話できる共通の「場」が欠かせない。企業に期待されている役割の一つはこうした新たな場づくりであり,それは同時にDX技術を活用する機会と捉えることもできる。

日立京大ラボでは,京都大学の主に人文科学・社会科学領域とのパートナーシップの下,望ましい将来社会のビジョンを「協同社会」と呼び,サイバーとフィジカルを融合するプラットフォーム「Social Co-OS」コンセプトを提案している。ここでは同ラボの最新の取り組みの中から,集団意思決定支援システムについて日立製作所研究開発グループの朝康博研究員が紹介した。

日立京大ラボを含む日立の研究開発グループでは,2050年のありたい社会像からバックキャストし,自分たちが提供すべき未来価値を定めている。本日の議論でも創造的市民とともにめざす未来社会として,人間回帰,共同体の再生,利己と利他の両立といった方向性が見えてきた。

われわれはそれを『協同社会』と呼んでいるが,そこに至る途上において不可避な問題の一つが,多種多様な人たちが集まった社会において,集団の意思決定をいかに行うかということである。

言うまでもなく現在,多くの民主主義社会では選挙制度が導入されており,多数決によって意思決定が行われているが,少数意見の切り捨てなどの問題点も指摘される。もう一つの決定手段として市民参加による合意形成があり,十分な対話や議論が欠かせない。人類史上で見れば,古代イオニアや海賊との商取引など,主に合意形成を選択していた社会も存在し,それを実現するためには『個人を尊重しつつ誰もが同意を拒むほどではない妥協と総合』が望ましいと言われる。

われわれは今回,この市民参加による合意形成をいかに実現するかというテーマの下,集団合意決定支援システムを考案した。

一般的な合意形成の過程には,(1)ステークホルダーの召集,(2)役割分担,(3)ファシリテーション,(4)合意の達成という四つのステップがあるが,デジタル技術による支援効果が高いステップとして(3)と(4)を中心に支援ツールを開発し,フィールド実証を開始した。詳細は割愛するが,合理的かつ効率的な議論,公平で納得感のある議論の実現をめざした。

総括・閉会挨拶

鈴木 教洋 鈴木 教洋
日立製作所
執行役常務CTO兼研究開発グループ長

全プログラムが終了した後,モデレーターの兼松佳宏氏はそれぞれの講演内容を振り返り,また自身が地域フィールドで取り組むプロジェクトでの経験を交えながら,シンポジウム全体の論点を総括した。

そして最後に主催者を代表しての閉会挨拶として,日立製作所の鈴木教洋執行役常務CTO兼研究開発グループ長が,参加者・関係者への謝意とともに,「今後も日立京大ラボを通して京都大学とのパートナーシップをさらに強固にし,日本発の社会イノベーションを共に世界に発信していきたい」との抱負を述べた。

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