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Open Innovation Hotline:日立が取り組むオープンイノベーション第5回日立東大ラボ・産学協創フォーラムSociety 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて

2023年3月29日

目次

Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて

気候変動に伴う地球環境の激変,多発する異常気象などを背景に,2050年のカーボンニュートラル実現に向けた世界の動きが加速している。そのためには,エネルギー関連分野のみならず,産業界が一丸となって取り組むとともに,産学官連携の強化,一般世論の高まり,そして市民一人ひとりの気づきや行動変容が不可欠である。

また,ロシアによるウクライナ侵攻をはじめ国際情勢の急変によって,資源価格や電力価格の高騰,物価高騰といった社会の混乱が引き起こされており,エネルギーや経済安全保障をめぐる課題の難しさが浮き彫りとなっている。

5回目となる日立東大ラボ・産学協創フォーラムでは,同ラボが継続的に取り組んできたカーボンニュートラル実現へのトランジションシナリオを起点に,そこで求められるエネルギーシステムの定量的な分析とインサイトを紹介し,複雑に交錯する課題を包括的に分析・評価して解決を進めるための道筋について,多彩な登壇者と議論を深めた。

開会の挨拶

藤井 輝夫 藤井 輝夫
東京大学 総長

東原 敏昭 東原 敏昭
日立製作所 取締役会長・代表執行役

フォーラムの冒頭,主催者を代表する開会の挨拶の中で,東京大学の藤井輝夫総長は現代社会が直面する地球規模の課題に関してアカデミアが果たすべき役割の重要性を強調し,同学として産学協創の第一号である日立東大ラボとの連携を通じて「東大自らが起点となり,包括的な場をつくり,課題解決に貢献していきたい」と述べた。

続いて日立製作所の東原敏昭取締役会長・代表執行役は,この1年の国際情勢の激変に言及したうえで,変化の中だからこそ,「2050年を見据えたフィードフォワード,2050年からのバックキャストという両面から中長期的な視点が必要」とし,本フォーラムが将来ビジョンを示し共有する機会となることに期待を寄せた。

ビデオメッセージ

Mary Ryan Mary Ryan
Imperial College London副学長(研究・企業),教授

次に,英国Imperial College London副学長(研究・企業)のMary Ryan教授のビデオメッセージが紹介された。カーボンニュートラルの先進地域である欧州・英国での最新状況を説明する中で,同教授は欧州においても国・地域ごとに個別具体的な課題を抱えていることを指摘した。例えば英国では築年数の多い住宅の断熱性が低いため,断熱性能向上とともに,暖房設備を主にガスボイラーからヒートポンプへいかに移行を実現するか,その克服のために官民一体となった取り組みが行われていることを紹介した。また持続可能な社会の実現に向けては,カーボンニュートラルだけでなく生物多様性の破壊,化学物質汚染をはじめとした多くの地球規模の課題があるとして,これらの解決にはシステム思考が不可欠であり,さらに人間自身もそのシステムの中にいることを忘れてはならないと強調した。

日立東大ラボの取り組みと提言概要

吉村 忍 吉村 忍
東京大学 副学長・大学院工学系研究科教授,日立東大ラボ長

フォーラムの前半では,日立東大ラボで進められてきた研究プロジェクト「Society 5.0 を支えるエネルギーシステムの実現」に関する最新の研究成果が報告された。まず日立東大ラボ長を兼務する東京大学の吉村忍副学長が設立から現在に至るまでの同ラボの取り組みと本フォーラムの開催趣旨を紹介した。

「Society 5.0(超スマート社会)の実現に向けたビジョン創生を掲げ,2016年11月に設立した日立東大ラボは,『まちづくり』と『エネルギーシステム』を主な研究テーマとし,それぞれ各種ステークホルダーとの議論を重ねながら政策提言を発表してきた。特に将来のエネルギーシステムに関しては,『社会全体の3E+S(Energy Security,Efficiency,Environment,Safety)の最適化』という当ラボの提言ビジョンがきっかけとなり,中央官庁をはじめ国内各所での取り組みが加速している。

2020年から始まったフェーズ2では『カーボンニュートラル社会の実現に向けたシナリオの策定』,『基幹エネルギーCPS(Cyber-physical System)構築』,『地域社会CPS構築』という三つのミッションを設定し,UTokyo Compassをはじめ,東大独自の国際プログラムとも連携しながら,グローバルな情報発信を強化している。

一方,昨年のウクライナ侵攻に伴う社会情勢の変化により,エネルギー資源価格が高騰し,3E+Sに向けたエネルギー戦略を見直す必要が生じている。また近年のコロナ禍によりテレワーク環境の整備が進むなど,デジタルサービスが拡大する中,生活様式も大きく様変わりし,Society 5.0で描かれたデータ利活用が現実味を帯びてきた。

こうした時代・状況の変化を受けて,当ラボでは『持続可能な社会へ移行するための協調〜データを活用した社会・産業・地域が作り出すカーボンニュートラル』と題した提言ビジョンを新たにまとめた。ここで提言している内容は,(1)国際連携や地域の合意形成を視野に入れたエネルギーシナリオの策定と定量化,(2)変動再生可能エネルギーの拡大に伴うエネルギー安定供給の課題とその対策,(3)カーボンニュートラルトランジションと成長の両立およびデータ利活用による不確実性への対応であり,本フォーラムにてその研究内容を詳しく報告する。」

日立東大ラボからの報告

続いて「日立東大ラボからの報告」と題して,同ラボに所属する東京大学,日立製作所それぞれのメンバーから提言ビジョンに関する研究成果が報告された。詳細は提言書第五版を参照されたい。

第1部 エネルギートランジション

城山 英明 城山 英明
東京大学大学院法学政治学研究科 教授,未来ビジョン研究センター長

鈴木 朋子 鈴木 朋子
日立製作所 研究開発グループ 技師長

「地政学的危機とトランジションのパスウェイ:変動するランドスケープと地域からの視座」

日立東大ラボでは多様なアクターとの対話・議論を踏まえて,2050年のカーボンニュートラル実現に向け,エネルギー,産業,市民のあり方に関するトランジションシナリオを策定してきた。昨今の激変する国際情勢に鑑みると,エネルギーと気候変動の地政学的変動をより慎重に考慮しなければならない。そのためには,アジア太平洋地域における国際連携,過渡期の資源最適化やサプライチェーン確保を図ることなどが求められる。また,政府・自治体の戦略的な産業政策の下,地域の主体性に支えられたパスウェイを築くためには統合的ガバナンスが重要であり,科学的データと開かれた対話に基づく合意形成のプラットフォームが不可欠と考える。

第2部 Society 5.0を支えるエネルギーシステム

横山 明彦 横山 明彦
東京大学 名誉教授

荻本 和彦 荻本 和彦
東京大学 生産技術研究所 特任教授

伊藤 智道 伊藤 智道
日立製作所 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 研究主幹

「カーボンニュートラル社会に向けたエネルギー基幹システムの S+3E」

横山 明彦(東京大学 名誉教授)

「地域リソースの協調でエネルギー安定供給に応えるエネルギー協調制御プラットフォーム」

荻本 和彦(東京大学 生産技術研究所 特任教授)

「地域社会とともに実現する持続可能なエネルギーイノベーション」

伊藤 智道(日立製作所 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 研究主幹)

国際情勢の激変を受けて,エネルギーの安定供給を支えるシナリオの見直しと,主に基幹システムに関する新たな課題を抽出し,その対策を検討した。燃油価格の高騰に対応するシナリオの変更点として再生可能エネルギーや原子力など脱炭素電源の早期確保,水素利用の多様化,熱の効率的利用の加速化を提言し,慣性低下や調整力・系統安定性を確保するための対策として,地域リソースを最適化するエネルギー協調制御プラットフォームを提案しており,合わせてインバータ電源の大量導入に伴う課題と対策なども紹介した。

第3部 デジタルで導くエネルギー・社会のイノベーション

小宮山 涼一 小宮山 涼一
東京大学大学院工学系研究科 教授

吉本 尚起 吉本 尚起
日立製作所 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 主任研究員

大橋 弘 大橋 弘
東京大学 副学長

「2050 年カーボンニュートラルを想定したエネルギーイノベーション」

小宮山 涼一(東京大学大学院工学系研究科 教授)

「カーボンニュートラルをめざす都市とエネルギーの連携シミュレーション」

吉本 尚起(日立製作所 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 主任研究員)

「持続可能な社会・産業を実現するカーボンニュートラルに向けたエネルギー政策」

大橋 弘(東京大学 副学長)

カーボンニュートラル実現に向けたトランジションシナリオは,オープンデータ基盤の整備と,デジタル技術を活用した電力システムの定量化・効率化・イノベーション創出を前提としている。特に電源解析,需給バランス,発電コストなどに関して,大規模数値シミュレーションモデルを用いた多面的・定量的な課題の可視化,施策の評価が最も重要なカギとなる。モデル分析の過程で見えてきた課題,その対策として開発中の都市とエネルギーの連成シミュレーション技術を紹介した。日立東大ラボの報告を総括する形で第二次電力システム改革に向けた課題認識を共有した。

パネルディスカッション

小川 要 小川 要
資源エネルギー庁 電力・ガス事業部 電力基盤整備課長

穴井 徳成 穴井 徳成
東京電力ホールディングス株式会社 経営企画ユニット 系統広域連系推進室長

井上 裕司 井上 裕司
株式会社トクヤマ 経営企画本部 カーボンニュートラル戦略室長

大橋 弘 大橋 弘
東京大学 副学長

本島 靖 本島 靖
会津若松市役所 企画政策部副参事 兼 企画調整課スマートシティ推進室長

吉高 まり 吉高 まり
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社 フェロー

吉村 忍 吉村 忍
[モデレータ]
東京大学 副学長・大学院工学系研究科教授,日立東大ラボ長

鈴木 朋子 鈴木 朋子
[モデレータ]
日立製作所 研究開発グループ 技師長

「データ利活用で導くエネルギー・地域イノベーションによる価値創造」

カーボンニュートラルトランジションにおいては,エネルギーの3E+Sを実現していくうえでデータ利活用によるマネジメント,シミュレーションなどの予見性,そしてイノベーション創出が欠かせない。また,エネルギー需要家のデータをはじめとする地域社会のデータ利活用は,CO2排出量の公平な算出はもとより,これからの地域の価値創造に大きな影響を与える。

東京大学の吉村副学長と日立製作所研究開発グループの鈴木技師長がファシリテータを務めたパネルディスカッションでは,エネルギー分野はもとより,地方自治体,製造業,金融機関などからも多彩なキーパーソンを招き,データ利活用によるエネルギーや地域社会のイノベーションを通じた価値創造について議論した。


鈴木まず各分野におけるデータ利活用の現状と課題から議論を始めたいと思います。

小川電力事業はまさにデータの塊であり,デジタルによるデータ利活用が最も期待される分野ですが,発電・送配電・需要ごとに状況は異なります。発電においては事業者による取り組みが行われてきましたが,送配電は再生可能エネルギー導入にあたって本格化する見通しです。そして需要側においてはデータの扱い方が障害となり進まなかったわけですが,これからは各企業・地方自治体も加わって活性化すると期待しています。

穴井カーボンニュートラルに向けてネットワークの広域化・分散化の進展,これに対応する広域的市場,需給構造の変化などを整合する電力システムが求められます。われわれは,データ利活用により各地域の混雑状況や特性を定量的に捉え,可視化することで地域側のイノベーションを促進し,分散型ネットワークと広域市場の効率的なマッチングが可能な次世代分散システムのあり方を検討しています。

井上無機・有機工業製品などを手掛ける当社は売上額当たりのCO2排出量の多い事業体で,カーボンニュートラルに向けて多岐にわたる取り組みを進めています。事業特性による固有課題も多いわけですが,電源起源CO2削減は自家発電のエネルギー転換,プロセス起源CO2はCCU(Carbon Capture Utilization)技術や環境貢献製品の開発で対応する計画です。

大橋経済学の観点から見ると,従来は需要に応じて供給を調整していたのに対し,電力システム改革により需要と供給の同時調整が求められるようになったことが大きいでしょう。またデータによる「電力の価値」が顕在化したことで,需要起点のイノベーションの可能性が広がっています。カーボンニュートラル実現のカギになるのも需要側の排出量の見える化であり,デジタルによるデータ利活用が重要と言えます。

鈴木続いて地域におけるデータ利活用の現状と課題を取り上げていきます。

本島会津若松市は人口減少・若者の流出など全国共通の課題を抱える地方都市ですが,会津大学などとの連携の下,持続力・回復力を備えた力強い地域社会をめざし,データ利活用によるスマートシティを推進しています。震災以降,電力の消費状況の見える化をきっかけに実証実験を積極的に重ねており,共助型の付加価値を創出し,市民・地域・企業の三方良し社会を実現すべく都市OS(Operating System)やデータ連携基盤の整備に努めているところです。

吉高官民でカーボンニュートラルに向けた地域金融機関の役割が注目され,地方銀行の取り組みが加速しています。特にベンチャー企業とタイアップし,顧客である中小企業に向けた各種ソリューションを提供する地方銀行も増えています。また金融機関の投融資を通じ,排出量を計測・開示するための国際的枠組みの議論も進んでいます。地域金融機関による活用も始まっていますが,今なお計測ルールなどは検討中であり,今後の課題と言えるでしょう。

吉村CU(Carbon Utilization)に向けて各分野が電力基幹システムにどのように協調できるか。電力供給の立場からお願いします。

穴井混雑状況を詳しく見ると,地域ごとに需給構造の違いが明らかになります。分散電源を賢く活用しネットワークの効率化を図ることでシステム全体の最適化が可能になるでしょう。そうした情報を開示し,多様なアクターとの議論を活性化して,地域やお客さまからイノベーションにつながるアイデアを提案いただきたいと思っています。

大橋データは産業分野を横断して流通・共有できます。CO2排出量は業界や分野によって大きく異なるので,今までは関係の薄かった多様な業界間で調整したり融通し合ったりする可能性が広がってくるでしょう。そのためには産業データを各企業がいかに安心して共有できるかが重要になると思います。

小川電力需給観点では供給側だけでなく需要側の貢献への働きかけが重要となります。欧州ではデータを活用した多種の取り組みが行われていますが,課題は家庭部門であり,データを開示した先の行動変容にどうつなげるのが難しいところです。

吉村電力の需要家である各産業や都市がカーボンニュートラルに向けた脱炭素の取り組み,またデータ利活用を用いてどのように成長していくか,現状の課題などをお聞かせください。

本島テクノロジーを駆使した新サービスを導入する場合,機器を使えない層が問題となりますが,会津若松市はまず積極的に活用する市民にメリットを実感してもらって浸透を図る考えです。電力消費状況の見える化も同様で,客観的なデータを示し,市民のモチベーションを向上させることが課題です。着実に行動変容を促す仕組みを増やし,スマートシティとしての波及効果をめざしていきたいと思います。

井上製造業としては省力化・生産効率向上のためのデジタル活用は進めていますが,カーボンニュートラルに向けて燃料転換していく中では環境価値に対する顧客の理解が不可欠であり,最終的には消費者の理解が重要と考えます。グリーン化に伴うコスト負担という課題をバリューチェーンで克服するうえでデジタルに期待しています。

吉村企業経営に環境価値を導入した際,顧客・消費者の理解を得るうえで金融の役割は大きいと思います。それも含め,今後各地域の脱炭素の取り組みはどう進むかに関して,いかがでしょうか。

吉高脱炭素先行地域は100か所とされていますが,選定は2025年まで続く見通しです。一方,需要側の多種多様なデータを適切にマッチングできるかが課題ですが,官庁主導でうまく調整できれば,環境価値を軸として新たな地域価値を創出できる可能性が高く,金融機関も含め,こうしたデータ活用の進展に注目しています。また,データを活用してプラットフォーム化するうえでは,各地域が十分な価値を得る仕組みづくりが重要となるでしょう。

吉村議論は尽きませんが,分野を越えてデータの標準化をいかに作るか,ボトムアップだと時間が掛かるので,加速する取り組みが必要と思いました。また,地域のデータ利活用には世界的プラットフォーマーとは一線を画し,多様な顔ぶれで課題を共有した仲間づくりが大切だと感じた次第です。

鈴木本日の議論で出た課題は日立東大ラボの今後の取り組みに生かしていきたいと思います。本日は大変ありがとうございました。

パネルディスカッション

閉会挨拶

鈴木 教洋 鈴木 教洋
日立製作所 執行役常務 CTO 兼 研究開発グループ長

相原 博昭 相原 博昭
東京大学 理事・副学長

最後に本フォーラムの主催者を代表し,日立製作所の鈴木教洋執行役常務 CTO 兼 研究開発グループ長と東京大学の相原博昭理事・副学長が閉会の挨拶を述べた。

鈴木常務は「回を重ねるごとに定量的結果を基に,深い議論ができるようになってきた」とフォーラムを振り返ったうえで,「デジタル技術を使って,現実の具体的な課題を見える化し,解決していく方向性が見えてきた。メタバース/Web3,AI(Artificial Intelligence)などの最先端技術も活用して需要家や住民の方々と共にカーボンニュートラル実現に挑戦していきたい」と語った。

続いて相原理事・副学長はまず参加者・関係者への謝意を示し,「日立東大ラボは当時のトップ同士がビジョンに共感してスタートした産学協創の第一号。今まで蓄積した知見とデータを活用し,次のミッションである社会実装に総力戦で取り組んでいきたい。また大学の使命として次世代を担う学生や若者たちが活躍できる場としていきたい」と抱負を述べた。

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