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レポート

日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ 第1回オープンフォーラム

CE社会の実現に向けた道のりとその方法論について

ハイライト

リサイクル・リユースの推進や再生可能エネルギーの導入拡大など,限りある資源の有効活用を通じて持続可能な世界を実現する取り組みが世界的に広がっている。 日立製作所ならびに産業技術総合研究所は,2022年10月,産総研 臨海副都心センター内に日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボを設立して以来,循環経済社会の実現に向けた研究を推進してきた。

2024年2月に開催された第1回オープンフォーラムでは,循環経済へのトランジションに向けた国内外の情勢や同ラボにおける研究の成果を踏まえ,2050年の循環経済社会の姿とその実現に向けた技術的・制度的課題について議論が交わされた。

目次

開会挨拶

石村 和彦 石村 和彦
産業技術総合研究所 理事長 兼
最高執行責任者

小島 啓二 小島 啓二
日立製作所 執行役社長 兼 CEO

化石エネルギーや鉱物など,人々の暮らしやビジネスに欠かすことのできない資源の枯渇が懸念される中,資源を循環利用しながら新たな付加価値を生み出す経済社会システムとしてCE(Circular Economy:循環経済)が注目を集めている。 こうした中,CE社会の実現を研究テーマに掲げる日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ(以下,「日立-産総研CEラボ」と記す。)の第1回オープンフォーラムが2024年2月に開催された。

フォーラムの冒頭では国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下,「産総研」と記す。)の石村 和彦理事長が開会の挨拶に立ち,日立-産総研CEラボが掲げる三つの研究テーマ「循環経済社会のグランドデザインの策定」,「循環経済向けデジタルソリューションの開発」,「標準化戦略の立案・施策の提言」に触れながら,産総研の取り組みについて次のように述べた。

「産総研は,社会課題解決と産業競争力強化をミッションとする研究機関です。これらのミッションを達成するためには,研究成果を製品やサービスなどの形で社会実装することが必要となります。企業や大学,公的機関が一緒になって次々とイノベーションを生み出す『ナショナル・イノベーション・エコシステム』の実現に向け,現在,企業名を冠した20のラボが産総研内で活動を展開しています。日立-産総研CEラボもその一つです。企業のニーズにより特化した研究開発を通じて,新たな技術やソリューションの社会実装を加速してまいります。」

また,続いて登壇した日立製作所 執行役社長兼CEOの小島 啓二は,実際に資源の採掘量が減少し,資源のグローバルな流通が困難になりつつある現状に触れ,「サプライチェーンの不確実性が高まる中で,グローバル経済を生き残るための唯一の解とも言えるのがCEです。日立-産総研CEラボを起点として,CEとは何かという日本発のモデルを発信し,Society 5.0のCEに寄与するさまざまなソリューションを提案していきたいと思います。」として,日立-産総研CEラボの研究に期待を寄せた。

特別講演
サーキュラーエコノミー〜日本モデルの展開〜

細田 衛士 細田 衛士
東海大学 副学長,政治経済学部
教授

続く特別講演では,東海大学副学長であり政治経済学部で教鞭を執る細田 衛士教授が登壇した。細田教授は,CEとは資本主義のあり方を根本的に変えるものであり,それぞれの国や地域の基盤の上に成り立つものであるとしたうえで,EU(European Union)と日本のCE政策の違いに触れ,今後CEを実現していくためには,めざすべきCE社会のマクロな絵姿を描き,産官学民が連携して対応する必要があると指摘する。

CEの定義はさまざまにありますが,一般的にそのスタートラインは,経済系への天然資源の投入をできるだけ抑制することにあります。そして一旦経済系に投入された資源をなるべく廃棄処分せずに繰り返し再利用し,リユース・リサイクルに加えてアップサイクルして資源の付加価値生産性を向上させ,最終的な埋立処分量をゼロに漸近させる。これがゴールです。

しかしこうした循環を,市場経済だけで実現することはできません。ハードローとソフトローの両面から,制度的インフラと社会基盤が調和し,動脈経済と静脈経済がつながってコラボレーションする仕組みを整備していく必要があります。

こうした中,世界に目を向けてみると,EUはまず高邁で抽象的な概念を提示し,それを個別の指令や規則に落とし込んでいくトップダウン的な手法でCEの実現をめざしています。一方で日本は,1990年代に3R(Reuse, Reduce, Recycle)の概念が登場して以来,個別リサイクル法の整備,1999年の「循環経済ビジョン1999」から2023年の「産官学CEパートナーシップ」に至るまで,実践的な政策を積み上げることで資源循環に取り組んできました。

ここで,市場経済と制度インフラを組み合わせて持続可能なCEを実現するために求められるものは何かというと,まず資源の高度な循環利用のための要素技術(技術的要件)が不可欠です。また,こうした技術を生かすためには,持続可能性を志す企業組織や業界のイニシアティブ,法制度に基づいた連携・協力の仕組み[システム(制度)的要件]が必要になります。高度な人的資本(人的要件),競争と連携協調・協働を両立させる仕組み(経済的要件)も同様です。

これらの要件を同期させるうえで重要となるのが,二つの「三位一体的イノベーション」です。

まず一つ目は,企業組織(ミクロ)の三位一体的イノベーションで,これは「技術的イノベーション」と「システム的(組織的)イノベーション」,「人的イノベーション」から成ります。

もう一つは,経済全体(マクロ)の三位一体的イノベーションで,これは「技術的イノベーション」の点では前者と同じですが,それに加えて「経済的イノベーション」と「制度インフラ的イノベーション」から成ります。

この二つの「三位一体的イノベーション」がつながるのが市場なのですが,冒頭で申し上げたとおり,動静脈産業が一体となるCEは,市場だけでは立ち行きません。これらのイノベーションを同期させるためには,産官学民がパートナーシップに基づいて連携し,知識の循環をいかにして資源の循環に変換するかがカギとなります。従来のように産業政策を国や自治体任せにしていては,CEを実現することはできません。

産官学民すべての主体が協力してマクロの絵姿を描き,その下でミクロ的な対応をすることでCE技術を顕在化させ,公益と私益が両立するCEをつくり上げる。こうした取り組みの中では,連携・協力を得意とする日本の強みが大いに発揮できると考えられます。

日立-産総研CE連携研究ラボからの講演

続くセッションでは,日立-産総研CEラボからの報告として,宮崎 克雅ラボ長による活動概要の紹介のほか,同ラボが掲げる「循環経済社会のグランドデザインの策定」,「循環経済向けデジタルソリューションの開発」,「標準化戦略の立案・施策の提言」の三つのテーマについて,研究の概要と成果が共有された。それぞれの講演の内容は,以下のとおりである。

講演1
日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ活動概要の紹介

宮崎 克雅 宮崎 克雅
産業技術総合研究所 日立-産総研
サーキュラーエコノミー
連携研究ラボ
ラボ長

日立-産総研CEラボの宮崎 克雅ラボ長は,同ラボの活動概要の紹介に先立ち,経済成長に伴う資源消費量の増大,資源の局在化や国際情勢に起因する資源価格の高騰といった社会課題に触れ,大量生産・大量廃棄を前提とする従来の線形経済から,低環境負荷でレジリエンスを追求したCEへの転換が必要であると訴えた。

また,規制主導型の欧州,先進企業主導型の米国,国家主導型の中国など,CEの実現に向けて世界的にさまざまな動きがある中で,産官学協調型でCEの実現に取り組む日本においては,大きく分けて以下の三つの課題があると指摘した。

  1. グローバルな多様性
    資源循環が市場の足かせとなることなく,経済成長につながる社会像・グランドデザインを共有すること
  2. 製品ライフサイクルを通じたデータの収集・活用
    製品を通じて収集したデータを活用して,環境価値と経済価値の両立・向上を可能にするデジタルソリューションを創出すること
  3. ルール形成戦略の立案
    グローバルな標準化動向を正しく把握し,日本が不利益を被ることなく,かつ各国・各地域の地域性を認め合うルール形成戦略を立案すること

これらの課題に対し,日立-産総研CEラボは「循環経済社会のグランドデザインの策定」,「循環経済向けデジタルソリューションの開発」,「標準化戦略の立案・施策の提言」の三つのテーマを掲げ,ステークホルダーが一体となったCE関連施策の立案,そして,「将来のありたき姿」に至る道のりと方法論の発信に取り組んでいる。

宮崎ラボ長は,資源循環がターゲットとするべき三つの資源として,「物質」,「エネルギー」に加え,Society 5.0時代の資源として「情報・知識」を挙げ,従来,独立していると思われていたこれらの三つの資源が強く相互干渉を始めた時代こそがSociety 5.0であるとして,これらの資源を有効活用し,高度に循環させることで,人間中心の社会の実現に向けたグランドデザインを描いていきたいと述べた。

講演2
「循環経済社会のグランドデザインの策定」に向けたシナリオプランニングによる将来洞察

伴 真秀 伴 真秀
日立製作所 研究開発グループ
デザインセンタ UXデザイン部
リーダ主任デザイナー

森本 慎一郎 森本 慎一郎
産業技術総合研究所エネルギー・
環境領域 ゼロエミッション国際共同
研究センター
研究チーム長

日立-産総研CEラボは研究テーマの一つとして,CEの実現に欠かすことのできないデジタルソリューションの開発,標準化戦略の立案を推進するための拠りどころとなる「グランドデザイン」の策定を掲げている。本研究における「グランドデザイン」とは,地球からビジネス,人の営みに至るまで,物質,エネルギー,情報・知識の複数レイヤーで,ありたき将来の姿とそこに至るロードマップ,実現のための指標を策定することである。ここでは,日立製作所の伴 真秀ならびに産総研の森本 慎一郎が,一連の研究活動のうち「スコープ定義」と「将来シナリオ分析」のプロセスについて解説した。

まず,CE社会を取り巻く12のホットトピックの中から「製造業の国際分業と経済安全保障」,「地域循環モデルとエコシステム」という二つの論点を抽出し,前者を起点としてシナリオ分析を開始した。具体的には,日本を代表する有識者と,シナリオプランニング※1)およびCEの双方に精通したファシリテータが四回にわたってブレインストーミングを行い,CEを通じていかに日本が産業競争力を強めるのか,いかに経済価値だけでなく環境価値を創出していくのかという観点から将来のシナリオを検討した。その結果,製造業における四つの将来シナリオが導出された。具体的には,以下のとおりである。

  1. 環境アイデンティティー
    消費者:モノを所有せず,サービスとしてレンタルする。それが自己のアイデンティティーになる。
    製造者:サードパーティが動静脈の情報を管理し,複数企業製品のメンテナンスを担う。
  2. サードパーティの巨大化
    消費者:モノを所有し,特に安くて便利な製品を求める。
    製造者:サードパーティが消費者のニーズに合い,CEも促進される製品設計を企業に要求する。
  3. メーカーブランド化
    消費者:循環性の高い製品・サービスを提供する企業ブランドに信頼を寄せる。
    製造者:アライアンスを組みながらメンテナンスを実施し,CEに資するビジネスをブランドとする。
  4. メーカー主導デカップリング
    消費者:安くて便利な製品を購入し,メンテナンスは手軽に地域の業者へ依頼する。
    製造者:地域に密着し保守・再生を含めたビジネスを行うためのデカップリングが進む。

日立-産総研CEラボでは現在,これらの四つの「あり得る将来シナリオ」をさらに深堀りし,「ありたき将来」のコンセプトを構築している。これまでの検討結果については,2023年度内に冊子として公開する計画である。

※1)
不確実な未来に対して要点を整理し,あり得る将来のシナリオを切り分け,対策を練る手法。

講演3
環境価値向上と経済合理性を両立させるデジタルソリューション開発への取り組み

河野 一平 河野 一平
日立製作所 研究開発グループ
生産・モノづくりイノベーション
センタ
サーキュラーインダストリー研究部
主任研究員

古川 慈之 古川 慈之
産業技術総合研究所
情報・人間工学領域
インダストリアルCPS研究センター
研究チーム長

ステークホルダーを含めた企業活動全体の可視化に向けて,企業間のデータを連携する取り組みが進んでいる。CEにおいては,単なる透明性の確保のためだけではなく,CEを実現するための積極的な行動改善にデータを活用することが重要である。

ここでは,日立製作所の河野 一平ならびに産総研の古川 慈之が,日立-産総研CEラボにおけるデジタルソリューションのめざす姿と開発方針,開発事例について述べた。

日立-産総研CEラボはCPS(Cyber Physical System)の開発・活用を通じて,消費者をはじめとしたステークホルダーの活動がデジタルで正当に評価され,適正にフィードバックされることで,CEへの自発的な行動が促進される社会をめざしている。これは,フィジカル空間で製品ライフサイクルのデータを収集・評価・分析することで,サイバー空間上で物質やエネルギー,経済の動きを可視化し,共有された情報・知識を活用して改善策を提案するとともに,現実社会での行動改善を促すものである。

日立-産総研CEラボは,ワークショップを通じてCPSの活用事例やステークホルダーに対する提供価値,システムの仕組みについて議論を重ね,こうしたCPSの実現に向けては,経済合理性があり,かつ環境負荷が少ない最適な循環方法の選択と,データを継続的に収集・共有する仕組みが必要であると特定した。これに対し,ドメイン知識やデータに基づいてモノの流れや業務をモデル化し,経済価値・環境価値を評価する「ライフサイクルシミュレーション」,リアルなデータの継続的な収集に向けて,モノの循環を担う回収・解体・再生に関わる「静脈の業務デジタル化」を二つの開発項目に設定し,資源循環とステークホルダーの経済性を両立する価値向上ソリューションの開発に取り組んでいる。

講演の後半では,製造分野において回収事業者が回収した製品・部品をメーカーに戻し,再利用・再製造を促進するルートを作ることで,リサイクルという大きな循環ではなく,再製造による小さな循環での流通量を増やすことを想定した循環シミュレーションのケーススタディが紹介された。シミュレーションの結果,前述の条件下においては資材投入量,調達資材のCO2排出量がそれぞれ約10%減少し,かつ,製品メーカーや回収・解体業者の粗利は増加するという結果が得られた。こうしたシミュレーションの精度を向上し,活用していくことで,ステークホルダーとともに成長可能な事業のあり方を探索することができると考えられる。

日立-産総研CEラボは,各種デジタルソリューションの社会実装に向けた開発と検証を引き続き進め,生成AI(Artificial Intelligence)や量子コンピュータも活用しながら,CE社会の実現をデジタルで牽引していく。

講演4
「物と情報の連携したルール形成」への取り組み

星野 攻 星野 攻
日立製作所 研究開発グループ
技術戦略室 チーフアーキテクト室
室長

神垣 幸志 神垣 幸志
産業技術総合研究所 企画本部
知財・標準化推進部 標準化推進室
標準化オフィサー

日本はこれまで,環境政策としての3Rでは世界に先行してきたが,CEにおいては,欧州主導の国際的CEへの移行に対応できず,不利なルールを形成される懸念がある。したがって,日本がCEにおいてグローバルにかつ持続的に成長を遂げるためには,CEのルール形成ならびに国際標準化に向けた,各企業の積極的な姿勢が求められる。

ここでは,日立製作所の星野 攻,産総研の神垣 幸志が,現状課題と標準化戦略の立案・施策の提言に向けたアプローチ,ならびにルール形成の動向とポイントについて解説した。

日立-産総研CEラボは,国内企業の国際競争力向上に貢献するべく,CEに関するルール形成の現状把握と分析,対策,標準化といった活動を進めており,先行する欧州の動向を先取りしていち早く事業に反映する「守り」の戦略と,ラボ発・日本発のルールを通じてイニシアティブの獲得をめざす「攻め」の戦略の両面から取り組んでいる。

これに際し,日立-産総研CEラボはまず,CPSをデジタルとグリーンの観点で捉え,国際標準化動向を加えた俯瞰図の作成に取り組んだ。その結果,データスペース構築の面では欧州が先行しているものの,CE標準の中心であるISO(International Organization for Standardization)/TC(Technical Committee)323を通じて,使用済み製品の品質管理と,スピーディな標準化が可能なCDD(Common Data Dictionary)を絡めた循環経済規格を提案することにより,遅れを挽回可能であるという仮説を導くことができた。

この仮説を証明するべく,2023年より国内外の市場動向を調査・分析した結果,同一分野ないし他分野での資源循環においては,循環する資源の価値を見える化し,情報・知識の循環を促すグレーディング※2)が有望であると分かった。したがって,CEの標準化を担うISO/TC323においてグレーディングの満たすべき要件を提案し,スピーディな標準化が可能なSDB(Standard as Database)を通じて製品別・材料別のオンライン規格を策定することで,CEの国際標準化分野における遅れを挽回し,ひいては日本企業のCEにおける活躍の足場を築くことができると考えられる。ただしそのためには,グレーディングフレームワークをリマニュファクチャリング・リペア分野にも拡大適用し,その経済指標を標準化することが重要である。

天然資源の使用を減らして再生資源を増やすというCEの指標が世界的に提案されているが,資源のコントロール力が弱い日本の製造業ではこの点において苦戦が予想される。そこで,製造業の多い日本企業が再生材使用の拡大に伴う急激なコスト/投資増を避けてCEに軟着陸できるような,企業・事業の年次の資源循環性を評価する新たな指標として,設備などの寿命延長努力を適切に評価する指標を検討している。

日立-産総研CEラボは,ISO/TC323をはじめとするTCとも連携した標準化に向け,海外のCE分野のインフルエンサー,標準化エキスパートへのインタビューなどを通じて,ネットワークを強化していく。

※2)
廃製品がリサイクルプロセスに入る前に,供給側の廃製品の品質と機能をあらかじめグレード付けすると同時に,需要側であるリサイクル側も,必要とする廃材の用途をグレードとして示すことができる経済システム。これにより廃材の取引市場を拡大し,二次材の品質確保と安定供給を実現する。

パネルディスカッション

日立-産総研CEラボの活動報告に続いて,(1)CEを基に日本の産業競争力をどのように強化するか,(2)CE社会の実現に向けて今後必要とされる標準・ルール形成とは,を論点とした6名の有識者によるパネルディスカッションが開催された。 ディスカッションの前半では,各パネリストが二つのテーマに関する事前の検討に基づくショートプレゼンテーションを行い,それぞれの認識を共有した。その後,モデレータを務めた株式会社AIST Solutions コーディネート事業本部の宮本 健一副本部長ならびに日立製作所 研究開発グループ サーキュラーインダストリー研究部 部長の谷口 伸一の司会の下,それぞれの論点について議論が交わされた。

[モデレータ]

宮本 健一 宮本 健一
株式会社AIST Solutions
コーディネート事業本部 副本部長

谷口 伸一 谷口 伸一
日立製作所 研究開発グループ
サーキュラーインダストリー研究部 部長

[パネリスト]

吉川 泰弘 吉川 泰弘
経済産業省 産業技術環境局 資源循環経済課 課長補佐(総括)

梅田 靖 梅田 靖
東京大学 大学院工学系研究科 人工物工学研究センター 教授

市川 芳明 市川 芳明
多摩大学 客員教授 ISO/TC323/WG2
国際主査

佐藤 博之 佐藤 博之
アミタホールディングス株式会社 取締役副会長 兼 CEPO

竹中 みゆき 竹中 みゆき
株式会社日立ハイテク 主管技師 IEC/TC111 国際議長

増井 慶次郎 増井 慶次郎
産業技術総合研究所 日立-産総研サーキュラーエコノミー連携研究ラボ 副ラボ長

論点(1)
CEを基に日本の産業競争力をどのように強化するか

谷口世界的なサプライチェーンの変遷,製造業の国際分業といった動きがある中で,日本はCEを基にどのようにしてレジリエンシーを保ちながら産業競争力を強化していくべきなのでしょうか。

吉川CEは日本のモノづくりやリサイクルの技術が生かせる分野ですが,仕組みの整っていない部分もまだあります。従来,設計・製造・販売・利用・回収・リサイクルと,ライフサイクルを経るごとに製品や素材に関する情報がそぎ落とされてしまい,結果として焼却処分に頼らざるを得ない面がありました。資源の乏しい日本では,製品から貴重な資源を取り出し,アップサイクルで活用していくことが必要であり,そのためにはトレーサビリティが重要です。ルールを見直し,デジタル技術を活用してこれらの仕組みを整え,どれだけ早く実装していけるかが今後のカギを握ると考えます。

梅田日本は個別の技術は持っているのですが,それをうまくまとめてビジネスや価値提供の方法を変えるという点で決定的な弱さがあると思います。モノとライフサイクル全体を連携させてデザインするためには,アジャイルにまずやってみて,戻しながら進めていくことが重要です。

佐藤仕事柄アジアの国々を訪ねることが多いのですが,CEの分野においては,残念ながら日本の産業界の存在感は大きくありません。品質や安定感といった面ではアドバンテージがあるのですが,それだけでは不十分で,仕組みやサービスとセットでサプライチェーンが回るようなシステムが必要です。産官学が連携してまずは仕組みをつくり,海外の市場に打って出るということが,日本の産業界の競争力を高めていくことにつながるのではないかと考えています。

増井従来の家電リサイクルにおいても,リサイクル設計,材料の統一や分解性,選別性など,個別の製品設計に関する基準は定められていました。では,サーキュラーデザインと従来のリサイクル設計の違いは何かというと,上位の改善・戦略性が必要であるという点です。個々の製品の性質やライフサイクルに応じた設計ではなく,循環・長寿命化・投入資源量の削減といった戦略性をもってライフサイクルそのものの設計を行うことが,CEにおいては重要なのではないでしょうか。そこでは,過去の使用済み製品がどんな人生を送ってきたかというデータが次に引き継がれるのが重要であり,静脈側のデータ収集に向けては廃棄物の回収からトレーサビリティ,データ連携というところを強化していく必要があると思います。

論点(2)
CE社会の実現に向けて今後必要とされる標準・ルール形成とは

宮本今後の標準化・ルール形成に向け,ISO/TC323とIEC(International Electrotechnical Commission)/TC111の協働などを含めて,ご意見をお聞かせいただけますでしょうか。

市川標準化において重要なことは,何をめざして標準化するのか,日本が好ましい経済モデルを作れるかどうかということです。一口にCEと言っても,欧州と日本ではめざすところが違います。欧州はモノづくりへの依存度を減らして,彼らが得意とする金融などのサービスに比重を移したいものと考えられますが,一方で日本やASEAN(Association of South‐East Asian Nations)ではモノづくりをベースとして付加価値が生まれますので,これを手放すようなCEモデルはあり得ません。その点で,われわれのめざすCEと欧州のめざすCEは同じ目標になるはずがないということを踏まえておく必要があります。従来の循環型設計あるいはリサイクル設計ではなく,モノづくりによって付加価値を向上し,かつ資源をむだにしないサーキュラリティデザイン,そしてバリューチェーン全体の設計という点で,IECとISOで協働していければと考えています。

竹中標準化において最も重要な戦略は,何を標準化するかです。リサイクルのインフラは国や地域によって大きく異なりますので,欧州のやり方を規格にすればよいというものではありません。一方で,部品のリユース率やリマニュファクチャリング率などの具体的な数値目標は影響力を持ってくるでしょう。定めた規格や計算方法をいかにして自分たちのメリット,そしてCEに向けた指標にしていくかということについては,産官学の連携に基づいてルール形成をする必要があると思います。

増井リユース率という従来存在しなかった目標数値を定めるにあたっては,技術的な検証・開発が必要になるのではないかと思いました。本日の活動報告でも取り上げましたが,再生材の活用においてはグレーディングが一つのキーワードとなります。これまでリサイクル率というと重量ベースで測られることが多かったのですが,今後は質も問われることになりますので,物の価値の算定が多様化してくると予想されます。

吉川静脈産業において,異なるメーカーが作ったさまざまな年代の製品をリサイクルして質の高い再生資源をつくってほしいと言われても,どんな素材が使われているか分からなければ再利用は困難です。したがって,動脈の段階で設計を標準化しながら進めていくことも重要ですし,動脈産業と静脈産業がお互いに何を必要としているのかを確認するためのコミュニケーションツールも必要です。そのため標準化活動に地道に取り組みつつ,海外との共通認識を醸成しながら日本が強みを生かしていけるのか,その部分の検討が重要であり,われわれとしても今後取り組んでいきたいと考えています。

パネルディスカッションの終盤には,CEならびに日立-産総研CEラボの活動に関する会場参加者からの質問に各パネリストが答える質疑の時間が設けられ,さらなる議論とともに,CEの実現に向けた現状の課題とめざすべき方向性が共有された。

パネルディスカッション

閉会挨拶

村山 宣光 村山 宣光
産業技術総合研究所 副理事長 兼
研究開発責任者

西澤 格 西澤 格
日立製作所 執行役常務CTO 兼
研究開発グループ長

閉会の挨拶では,産総研の村山 宣光副理事長が登壇し,会場の参加者ならびに登壇者への謝辞を述べつつ,各プログラムの内容を振り返って,産総研の今後の取り組みについて述べた。

「産総研は,日立-産総研CEラボの他にも多くの企業の方々とともにCEの実現に取り組んでおります。2022年11月には,CEに必要な技術開発目標の設定を支援することを目的として,アップグレードリサイクル,ケミカルリサイクルなどの資源循環技術について2030年,あるいは2050年にどのレベルの技術が必要になるかをまとめた,循環型社会実現に向けた技術のスペックロードマップを公表しました。本ロードマップは産総研のウェブサイトに掲載しておりますので,今後の各企業・研究機関でのご参考としていただけましたら幸いです。また,所内で策定したCE戦略につきましても,近々公表できる見込みです。今後も引き続き,2023年4月に設立した株式会社AIST Solutionsを含め,産総研グループが一体となってCEの社会実装を進めて参ります。」

また,日立製作所執行役常務CTO兼研究開発グループ長の西澤 格は,日立-産総研CEラボが掲げる三つの研究テーマ,パネルディスカッションでの議論を振り返り,次のように結んだ。

「CE社会においては,特定の分野のみが努力を強いられるのではなく,すべての業界でメリットを追求していかなければ成し得ないものであると,本フォーラムでの講演,議論を通じて改めて認識いたしました。CEを実現し,経済成長と環境に優しい豊かな暮らしを両立することが,将来の持続可能性の面でも重要であると考えます。なお後日になりますが,本日の発表や議論の内容を反映した本ラボからの提言書を発刊する予定でおります。ぜひご一読いただき,ご意見をいただけますと幸いです。今後とも,日立-産総研CEラボの活動にご理解とご協力を賜りますよう,よろしくお願いいたします。」

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