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レポート

日立東大ラボ・産学協創フォーラム 第6回

Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて

ハイライト

日立東大ラボは,2018年より発刊されている提言『Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて』の中で,2050年からのバックキャストによるエネルギー需給シミュレーションを起点とし,エネルギートランジションシナリオに関するさまざまな提言を重ねてきた。第6回を迎えた産学協創フォーラムでは,日立東大ラボのこれまでの活動を振り返りながら,「カーボンニュートラルとともに進む成長戦略」,「気候,エネルギー,環境をめぐる地政学的変化の中の日本」をテーマとして,カーボンニュートラルの実現に向けた社会や産業の構造変革とエネルギーシステムへの影響,エネルギーインフラに対するあるべき方向性とそれを支える制度・政策といった観点から議論が交わされた。

日立東大ラボ・産学協創フォーラム 第6回Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて

目次

開会挨拶

藤井 輝夫 藤井 輝夫
東京大学 総長

東原 敏昭 東原 敏昭
日立製作所 取締役会長 代表執行役

2016年に設立された日立東大ラボは,以来7年間にわたって行政や産業界のさまざまなステークホルダーを交えながら,日本のエネルギーのあるべき姿について議論を重ねてきた。2024年2月,第6回となる日立東大ラボ・産学協創フォーラムが開催された。

冒頭で開会の挨拶に立った東京大学の藤井 輝夫総長は,国際情勢の流動化,気候変動の深刻化といった人類社会が直面する複雑な課題に触れつつ,東京大学の取り組みとして昨年,英国ICL(Imperial College London)と脱炭素技術の創出などに関する連携協定を締結し,ワークショップを共催して,CN(Carbon Neutral)の実現に向けた課題解決と国際協力について意見交換したことを紹介した。また,フォーラムでの議論について次のような期待を述べた。「生成AI(Artificial Intelligence)をはじめ,エネルギー需要の増加要因が増えつつあることを加味したうえで,産業分野のCNと経済成長を両立するロードマップやトランジションシナリオなどについて議論が成され,その議論が人類社会の課題解決に向けた着実な一歩となることを祈念しております。」

また,日立製作所 取締役会長 代表執行役の東原 敏昭は,CNの実現に向けてはその過程や結果の影響を受ける幅広い事象を考慮したホリスティック(全体論的・総体的)な議論が必要であると指摘した。また,今後ますますエネルギー需要が高まる中で2050年のCNとエネルギーの安定供給を両立するためには,需要側と供給側のバランスを取っていくことが重要であると語った。

「例えば,需要側では需要そのものの省エネルギー化,供給側では再生可能エネルギーはもちろん,原子力,核融合といったエネルギー源の活用などを,皆で議論する時がきたと考えております。社会を取り巻く状況は流動的ではありますが,基本的なロードマップがあれば,変化に応じてそれを修正しながらゴールに向かっていくことができるでしょう。本日のフォーラムが建設的な議論のスタートになればと期待しております。」

日立東大ラボの活動および提言概要

吉村 忍 吉村 忍
東京大学大学院 工学系研究科 教授

楠見 尚弘 楠見 尚弘
日立製作所 研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部長

続いて,東京大学大学院 工学系研究科の吉村 忍教授から,日立東大ラボの体制と取り組みの全体像が紹介された。日立東大ラボは「Society 5.0(超スマート社会)の実現に向けたビジョン創生」,「ポストコロナへ向けた社会課題解決モデルの発信(技術開発,政策提言)」という目標の下,まちづくりをテーマとする「ハビタット・イノベーション プロジェクト」とエネルギーシステムをテーマとする「エネルギー プロジェクト」が連携して活動を進めている。具体的施策の検討や実証を行う各WG(Working Group)にはさまざまな分野の専門家が参画しており,科学的なエビデンスに基づく幅広い議論を通じてビッグピクチャーを描き,半年に一度のクローズドワークショップとオープンフォーラムを通じて議論を深めている。また,英国ICLとの連携においては,クリーンテックに関する連携調印(2023年5月),合同ワークショップの開催(2023年11月)など,共同研究体制を強化している。 さらに,日立製作所 研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部長の楠見 尚弘は,地球温暖化の進展に伴う異常気象の甚大化,地政学的リスクに伴うサプライチェーンへの影響,パンデミックに起因する行動や生活スタイルの多様化といった変化やそれに対する主要国の対応について触れ,異なるネットワークが相互に影響し,課題が複雑化する中では,将来社会を見据えた検討が必要であると指摘した。そのうえで,本フォーラムの提言要旨として以下の4点を提起した。

  1. 生成AIに代表される情報通信分野の電力需要増大への対策立案
  2. 産業分野などのCN化を成長へ転換する道筋づくり
  3. ブルーカーボンをはじめとする自然共存の炭素吸収
  4. アジア太平洋地域を中心とする日本の国際連携

なお,本フォーラムでの議論を踏まえて,2024年6月には日立東大ラボの提言書『Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて』第6版が発行される見込みである。

日立東大ラボからの報告と議論

第1部「カーボンニュートラルとともに進む成長戦略」

次に,各WGからの報告と,それに基づく討論が行われた。日立東大ラボからの報告と議論 第1部「カーボンニュートラルとともに進む成長戦略」では,東京大学大学院 工学系研究科の小宮山 涼一教授ならびに日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 研究主幹の伊藤 智道が「社会および産業変革を取り入れたエネルギーシステムのあるべき姿と成長戦略」について,東京大学の大橋 弘副学長が「社会成長を支えるエネルギーシステム:電力システム制度改革の論点とイノベーション」について報告した。さらに,これらの報告を踏まえて識者による討論「カーボンニュートラルとともに進む産業・地域の成長戦略」が実施された。各セッションの概要は以下のとおりである。

小宮山 涼一 小宮山 涼一
東京大学大学院 工学系研究科 教授

伊藤 智道 伊藤 智道
日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 研究主幹

(1)社会および産業変革を取り入れたエネルギーシステムのあるべき姿と成長戦略

現在,業務支援ならびに製品開発支援をAIで置き換える動きが世界的に広がりつつあり,生成AIの市場は今後10年間で急速に拡大することが予測される。これに伴い,世界で扱われる情報の量は爆発的に増加し,2050年にはサーバなど関連機器の技術の進展を加味しても260 TWhもの電力需要の増大が見込まれる。

これに対し,日立東大ラボWG 1は,この莫大なエネルギー需要に対応しながらCNを実現することは可能であるのか,どのような対策が有効であるかを(1)再生可能エネルギー100%,(2)火力CCS(Carbon-dioxide Capture and Storage)制限,(3)原子力活用,(4)水素調達という四つのシナリオに分けて検討した。その結果,総コストとVRE(Variable Renewable Energy)量,自給率,備蓄率など,エネルギーの安定供給・気候変動対応の両面から最もバランスの取れた(3)のシナリオであっても,増大するICT(Information and Communications Technology)関連の電力需要に対応するためには,原子力発電設備の増設に加え,従来のグリーン成長戦略における計画値の2倍の洋上風力設備を導入する必要があることが分かった。

また,電力系統における洋上風力などの出力変動を伴う自然変動電源のマネジメントは依然として課題である。現在,国の主導により既存の送電線を用いて再生可能エネルギーを活用するノンファーム型接続が進められているが,これに起因する全国的な系統混雑の発生が予想されている。これに対しては,適切な混雑処理と需給バランス確保による安定供給の強化と系統運用の効率化,系統全体の電力コスト低減といった対策が求められる。さらに本報告では,電力コストの抑制に向けては,データセンターや大規模工場といった主要な電力消費拠点の適切な立地誘導ならびに,ノーダル制※1)など系統の混雑状況を反映した価格シグナルの形成が重要であると指摘している。

報告の後半では,(1)S+3E(Security, Energy Security, Economy, and Environmental Conservation)の堅持に向けた電力システム安定度の確保と再生可能エネルギーの不確実性への対応,(2)環境と経済を両立するための地域経済の活性化,(3)熱利用の高度化・CO2吸収など,電化困難な産業における脱炭素施策という三つの論点について,シミュレーションに基づく具体的な検討の結果が示された。

日立東大ラボは,本検討を通じて導出された課題の解決に向け,引き続き議論と分析を進めていく。

※1)
系統情報(電源や需要の立地,送電制約,電源特性など)を基に系統全体の運用を最適化し,系統全体での電源の経済的差し替えや出力制御,電力潮流を経済合理的に管理する枠組み。

大橋 弘 大橋 弘
東京大学 副学長

(2)社会成長を支えるエネルギーシステム:電力システム制度改革の論点とイノベーション

従来,日本の電力システムは地域独占,総括原価,垂直一貫(発販一体)が特徴であった。2011年から2020年にかけての電力システム改革(第五次制度改革)は,電力市場の流動性と価格の柔軟化,再生可能エネルギー比率の上昇など,さまざまな観点から行われた。中でも顕著な変化は,消費者の選択肢が増えたことである。そのねらいは,地域の小売会社がその地域の需要家に対して独占的に電力を供給していた従来のシステムを,需要家側が小売事業者を選ぶことができるように変化させることで競争を促し,価格を低減することにあった。

一方で,これを検証する過程では新しい課題も顕在化している。その一つが,供給力・調整力に対する懸念である。従来の地域独占・総括原価方式のシステムでは将来の需要が予測しやすく,計画的な燃料の調達や設備投資が比較的容易であったのに対し,競争環境下においてはこれが不透明なため,需要と価格の不確実性から事業者の投資判断が困難になっている。

また,垂直一貫のシステムから発電と販売を分離させたことによって,発電事業者が特定の販売会社のみならず,さまざまな販売会社に対して電力を売ることができるという内外無差別のルールが取り入れられた一方,これによって,発電と販売が一体になっていた従来のシステムのメリットも見えてきた。具体的には,従来は発電と販売を特定の企業グループが一体となって行っていたために,その中で高く売りたい発電事業者と安く買いたい販売事業者のバランスを取る必要があり,必然的に発電の市場支配力を抑えることができていた。

電力システムの制度設計は現在岐路にあり,燃料調達や発電の事業者を集約して量の確度を上げていく中央集権型のシステムへの転換か,長期の見通しを立てられるような仕組みをつくって現状の分権型のシステムを維持していくかを検討するべき状況にある。仮に,効率性を重視して独占化を突き進むのであれば,発電事業者の独占をどう抑えるのかという新しい課題について,需要家の観点から取り組む必要がある。

日立東大ラボは引き続き,イノベーションを創出する競争環境の醸成,地域創生と産業育成に向けたエネルギー政策を含め,さまざまな視点から研究を進めていく。

荻本 和彦 [モデレータ]
荻本 和彦
東京大学 生産技術研究所 特任教授

近藤 貴幸 [パネリスト]
近藤 貴幸
環境省 地域脱炭素事業推進課 課長

池田 昌人 [パネリスト]
池田 昌人
ソフトバンク株式会社 CSR 本部長,ESG推進室 室長

坂内 正明 [パネリスト]
坂内 正明
三重大学 名誉教授,坂内設計事務所 所長

(3)討論:カーボンニュートラルとともに進む産業・地域の成長戦略

パネルディスカッションでは,東京大学 生産技術研究所の荻本 和彦特任教授をモデレータとして,前段の報告を行った3名にさらに3名の有識者をパネリストとして加え,CNへの移行に伴って今後予想される産業や地域の変化をいかに成長へつなげることができるかが議論された。


荻本初めに,本日の日立東大ラボの報告について,ご意見やご質問を伺えますでしょうか。

近藤わが国の2050年カーボンニュートラル・2030年度46%温室効果ガス削減目標の実現に当たっては,地域特性に応じた再生可能エネルギーの最大限の導入が不可欠となり,そのためには地域・暮らしに密着した地方自治体が主導する地域脱炭素の取り組みが重要となります。そのため,環境省では,現在,地域主導の脱炭素の仕組みづくりを推進しています。本日の発表にもありましたとおり,日立東大ラボでもさまざまな議論がされていると思いますが,都道府県や市町村などの地方公共団体が果たすべき役割についてはいかがでしょうか。

伊藤地方自治体には,自身が旗振り役であるという認識を持っていただくことが重要かと思います。それぞれの自治体によって温度差があることは承知しておりますが,地域の事業者や住民を取りまとめるということは,外部の人間にはできません。脱炭素に向けた意識が高まり,実際に動きもある中で,自治体のオーナーシップをどこでどのように発揮するべきかについては,引き続き議論を深めていきたいと考えています。

大橋自治体ごとに取り組む部分もあると思いますが,一方で複数の自治体が協働し,広域化していくべき部分も相当程度あるのではないでしょうか。例えば,CE(Circular Economy:循環経済)の実現に向けては蓄電池などの再利用可能な資源を回収するための条例を各自治体が独自に持っており,その枠を越えられないという状況があります。そういった部分に関しては,個々の自治体ではなく全国的に取り組めるよう,環境省が旗を振る部分も必要ではないかと考えています。

池田地域の電力システムに関して,どの事業者がどこで発電し,どこにデータセンターを設置するかというのは競争になるわけですが,そうした中で全体のバランスを取りながら,2050年のネットゼロに向けたビジョンを描き続けていくためには,誰が中心となって進めていくのが望ましいのでしょうか。

小宮山エネルギーの世界でも,集中か,分散かという議論は古くからあります。しかし,太陽光発電や蓄電池,バッテリー,データセンターのようなものは集中型のシステムでは制御できませんので,長期的には自律分散型がキーワードになると考えます。誰かが旗振り役になるというよりは,例えば地点別の価格など,分散型のマネジメントが自律的に進んでいくような仕組みをつくっていくことが重要です。

大橋経済学の観点から,価格付けによる誘導には親和性を感じるのですが,このイシューに関して言うと,地点別の価格でどの程度誘導されるのかについては知見がありません。また,送電線の弱いところにデータセンターを置くと膨大なコストが掛かりますが,すべての自治体がそうした実態を把握しているわけではありませんので,地方分権は重要だと思いますが,ある程度の指針を示すことはあってもよいのではないでしょうか。

坂内二つほどお尋ねしたいことがあります。まず,再生可能エネルギーは自然現象を利用して発電を行うものですので,どうしても出力が変動するのですが,需要側もDR(Demand Response)が進んでいるわけではありません。需要側と供給側のマッチングが図れていないときに,蓄電池をどのように位置づけ,活用するべきなのでしょうか。また先程,今後260 TWhもの電力需要増が予想されているとのお話がありましたが,電気をつくる視点ではなく使う視点から,いかに節約していくかという点についても伺えればと思います。

伊藤再生可能エネルギーの主電源化を実現するためには,「使いたいときに使いたいだけ使う」という考え方からの脱却が重要と考えています。例えば,昼休みの時間帯は需要が急落し,それが明けると立ち上がってくるような需要の形を,できるところからでも変えていくことが必要ではないでしょうか。また,蓄電池はエネルギー貯蔵リソースとして重要ですが,寿命が限られているので,特徴を加味して使わなければならないと考えています。

小宮山データセンターの大きな需要と省エネルギーについては,需要地の創生が重要になると考えています。現状,日本における太陽光発電は国際的に見ても導入量が大きいのですが,風力発電はほとんど進んでいません。というのも,風力資源が北海道や東北に集中しており,需要地まで電力系統を増設する必要があるためで,その点では長距離直流送電は地域偏在性のギャップを克服する有意義な計画だと思います。また,風力資源に近いところでデータセンターのような需要を創出することが風力活用の起爆剤にならないかと考えているところです。

パネルディスカッションの後半では,三名のパネリストがそれぞれショートプレゼンテーションを行い,その内容に基づいてさらなる意見交換が行われた。

環境省 地域脱炭素事業推進課の近藤 貴幸課長は,地方公共団体主導の脱炭素について,地域経済的なメリットがなければ地域レベルでの脱炭素化は進まないと指摘し,モデル地域としての脱炭素先行地域とその取り組みの概要,今後の展望について述べた。

「国際公約として脱炭素を推進していくにあたっては,国としてもGX(グリーントランスフォーメーション)を経済成長につなげたいと考えています。先程,系統制約の話もいただきましたが,本日の議論をヒントとして,地域の成長戦略に結びつくような政策の提案に取り組んでまいります。」

ソフトバンク株式会社 CSR本部長,ESG推進室 室長の池田 昌人氏は通信事業者の立場から,生成AIの台頭による大量のデータ生成とその流通処理に関するソフトバンクの分析を紹介し,将来の電力需要増と気候変動に対する同社の取り組みについて報告した。

「脱炭素に向けたデータの見える化・分析は一筋縄ではいきませんが,これをツール化して中小企業を含めた多くの方々に使っていただける環境が整えば,脱炭素の原動力になるのではと期待しています。企業として,脱炭素の取り組みをコストではなく機会と捉え,どのように進めるかを考えていく必要があると感じました。」

また,三重県内の中小企業に対しCNおよび省エネルギーの取り組みを支援する三重大学の坂内 正明名誉教授は,CNに取り組む中小企業の実態に触れつつ,具体的な支援のプロセスと地域における自律分散の展望について述べた。

「これからの地域においては,自律分散が重要になってくると考えます。地域の中にあるバイオマスや再生可能エネルギーを使って電気をつくり,地域の中でクローズして回していく。これを実現するためには,地域産業とのさらなる連携と,地域における仕組みづくりが必要であると感じました。」

第2部 気候,エネルギー,環境をめぐる地政学的変化の中の日本

日立東大ラボからの報告と議論 第2部「気候,エネルギー,環境をめぐる地政学的変化の中の日本」では,日立製作所 研究開発グループ 技師長の鈴木 朋子が「変化するグローバル・ランドスケープと統合的なトランジション」と題して報告を行い,続いて「アジア太平洋地域の中の日本の挑戦」をテーマに識者による討論が実施された。

各セッションの概要は以下のとおりである。

鈴木 朋子 鈴木 朋子
日立製作所 研究開発グループ 技師長

(1)変化するグローバル・ランドスケープと統合的なトランジション

日立東大ラボのSWG(Sub Working Group)3では,日本における2050年のCN達成に向けて必要な変化の道筋を描いたトランジションシナリオを作成している。2023年度は,「プラネタリー・バウンダリーの範囲内での繁栄のため,日本におけるトランジションの戦略,およびグローバルなトランジションにおける日本の役割を明らかにする」ことをミッションに掲げ,フェーズ3の新たな活動を開始した。

日本では現在,さまざまな分野で温室効果ガス排出量削減の必要性が議論され,企業の脱炭素の取り組みも主流化しつつある。一方,グリーン化と電力の安定供給の両立,気候やエネルギーに関わる政策の一貫性,イノベーション政策のスピードという課題も見えてきている。また世界では,グローバルサウスに代表される新興国の発展に伴い,エネルギー消費や資源利用の増加がさらなる地球温暖化と生態系のバランス崩壊を引き起こすと懸念されているほか,過去数年の複合的な危機によってSDGs(Sustainable Development Goals)が深刻な停滞に陥っていると分析されるなど,人類社会を巡る課題は複雑化の一途をたどっている。

こうした状況を受け,日立東大ラボは,日本の産業界の現在地と,CN,CE,NP(Nature Positive)にまつわる統合的なトランジションについて,調査とエキスパートインタビューに基づく分析を行い,日本の産業界における今後の課題を以下の四つに集約した。

  1. CNを加速する市場の創生
    事業者が投資を回収できる市場の形成が重要である。
    市場ができるまでは,規制や公共調達などの支援が必要である。
  2. 市民の意識変化
    環境対応に伴う価格上昇に対し,社会全体で受け入れる意識変容が不可欠である。
    環境負荷が高い製品・事業者が淘汰される社会に移行する必要がある。
  3. 将来を見据えた技術の選択
    革新的な技術開発に取り組む際,それが将来の産業競争力を見据えたものになっているか,既存のアセットに引きずられたものになっていないかを確認する必要がある。
  4. 産業構造の転換と雇用の創生
    グリーン経済への転換を実現する積極的な国際連携と,産業の再配置,これに伴う雇用の変化への対応が求められる。

報告ではこれに加えて,シナジーとトレードオフの関係にあるCNとCE,NPについて,一貫性を持った取り組みを推進するためには,その主体となる省庁間,あるいは各省庁と自治体などの緊密な連携が重要であり,そのための統合的なガバナンスを実現する仕組みや人財の育成が必要であることが述べられた。また,日本においても今後,エネルギー需要の大幅な増大が見込まれることから,アジア太平洋地域と連携しながらトランジションの達成をめざす必要があることも指摘された。

芳川 恒志 [モデレータ]
芳川 恒志
東京大学 未来ビジョン研究センター 特任教授

高村 ゆかり [パネリスト]
高村 ゆかり
東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

渡辺 哲也 [パネリスト]
渡辺 哲也
東アジア・アセアン経済研究センター 事務総長

(2)討論:アジア太平洋地域の中の日本の挑戦

続いてパネルディスカッションでは,東京大学 未来ビジョン研究センターの芳川 恒志特任教授をモデレータとし,同センターの高村 ゆかり教授,東アジア・アセアン経済研究センターの渡辺 哲也事務総長をパネリストに迎えて,CNとNP経済の統合,グリーンイノベーションをめぐる国内の課題,アジア太平洋地域との国際連携を通じたトランジションの道筋について議論が交わされた。


芳川「気候,エネルギー,環境をめぐる地政学的変化の中の日本」という本日のテーマを踏まえて,先生方の問題意識やお考えを伺えますでしょうか。

高村CNの達成に向けて,政策や社会,経済において三つの変化が生じています。まず政策の部分では,気候変動政策,CNという大きな目標がエネルギーをはじめとした諸政策に浸透しているほか,CN関係の法律の制定・改正が続いています。これは,明確なビジョンを上位に置くことがいかに重要かということを示しています。また,CN達成のためには産業やインフラを含めた社会・経済のあらゆる側面が脱炭素・低炭素に向けた大きな変化に直面するということですので,産業の脱炭素化と次世代化という産業政策の色合いも強くなっています。
次に,企業・金融の変化があります。サステナビリティ関連情報の開示の義務化など,企業経営の中に気候変動課題,サステナビリティ課題を統合する動きがある中,金融機関に対しても情報開示と投融資に対するリスク評価が求められています。また,直接の事業活動や経営だけでなく,取引関係も含めたバリューチェーン全体のサステナビリティに向けた対応が進んでいます。
最後に,気候変動を契機として,CNに加えて生物多様性の保全,資源効率性の向上を統合的にめざす経済社会をつくろうという動きがあります。気候変動と自然資本,生物多様性は密接に関わる問題ですので,これらの諸課題を連関させて取り組みを進めていくことが重要です。

渡辺2023年12月,東京でASEAN(Association of South‐East Asian Nations)特別首脳会議ならびにAZEC(Asia Zero Emission Community)首脳会議が開かれ,エネルギーの転換やサプライチェーンの脱炭素化など,さまざまな課題が議論されました。私たち東アジア・アセアン経済研究センターは,アジアの課題に対して各国と協力しながら政策を研究・提言し,課題の解決に取り組んでいく国際シンクタンクであり,AZECの事務局として脱炭素に向けた各国のロードマップ作成,トランジションのファイナンス,具体的なエネルギー転換に向けた技術の特定,プロジェクトの組成支援といったことに取り組んでいます。気候変動に関連するASEANのイニシアチブとも協調しながら,アジアの現実に根差してゼロカーボンをめざしています。

芳川GX推進法や企業の脱炭素化ビジョン,地方自治体における取り組みなど,日本国内での脱炭素に向けた取り組みは着実に進んでいます。一方で,日本が世界に伍してグリーン経済への転換を進めていくにあたっては,どういった障壁があり,それを乗り越えるためには何が必要になるとお考えでしょうか。

高村自然災害など,気候変動に起因するリスクを低減するためにはかなりの速度と規模で温室効果ガスの排出量を減らさなければなりません。そのためには,産業の構造転換を図り,企業あるいは地域が脱炭素の方向に迷うことなく進んでいける政策の立案が非常に重要であると思います。具体的には,環境負荷の低い製品・サービスの事業活動と普及を促進していく短期の政策と,30年先の一手を作り込んでいく政策を,両輪で進めていくことが求められると考えます。また,CN,CE,NPという三つの大きな目標に向けて,各担当省庁が統合的に政策を形成していくことが非常に重要です。この点については日立東大ラボに次の一手を期待しているところです。

芳川世界に目を向けると,地球温暖化というグローバルな課題を解決するためにそれぞれの国や地域が産業政策で競争しているという点にアイロニーを感じるのですが,その点についてはいかがでしょうか。

高村おっしゃるとおり,正に競争しながら協調しなければならないというのが現状です。国際協調の重要性は言うまでもないけれど,社会の構造が変化していく中で,誰がイニシアチブを取るかで競争しているわけですね。そこで重要になるのは,グローバル市場の動向を見極めながら技術を評価・選択していくことと,消費者や需要家の意識を変革していくことであると思います。意識の向上はもちろんですが,消費者が自然と環境負荷の低い製品やサービスを選択していくように促す仕組みづくりも必要です。

芳川ASEANの多様な地域におけるグリーン経済への移行の取り組みについて,またそれに対する日本の関与についてはいかがでしょうか。

渡辺世界の脱炭素化を進めていくうえでは,東南アジアやインドなどの新興国でいかに脱炭素を達成していくかが大事な視点だと考えます。経済が伸び,人口が増加し,所得水準が上がっていくにつれてCO2の排出量も増えていく,こうした中でどのようにネットゼロを達成していくのかは成長市場ならではのチャレンジになります。一方で,エネルギー資源や再生可能エネルギー比率などは国によって異なるため,多様な事情に配慮しながら進めていく必要があります。また,統合的なアプローチという観点では,東南アジアでは生物多様性が急速に失われていると言われており,環境と社会を守り,災害を減らすという目標とエネルギー転換が一体となって議論されています。
こうした現状を踏まえて日本の役割について申し上げますと,ASEAN各国における日本の技術や産業競争力への期待は大変高く,パートナーとして現地の企業や投資家と共にアジアの課題を解決していくことが期待されていると言えるでしょう。

芳川渡辺事務総長は先日,IEA(International Energy Agency)の設立50周年の閣僚会議にて幹部の方々と会合をされたと伺いました。インドのIEA加盟に関する議論やインドネシア,タイのOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development)加盟申請が国際機関で大きな話題になっていますが,一連の動きをどのように見ておられますか。

渡辺グローバルガバナンスへの参画を国家目標に掲げる東南アジアの国々にとって,国際機関への加盟はその大きなステップになります。こうした国々の参画は組織のガバナンスを抜本的に変えることにもつながり,新興国の声を取り入れて気候変動,エネルギー転換に関する議論が進展することが期待されます。一方で,欧州の国々との間に依然として温度差があることは事実だと思います。

芳川ホリスティックな対応に向けては新たな知識や行動,意思決定が必要になります。これに際しては,どういった人財が必要になるとお考えでしょうか。

高村第一部の議論でも地域の重要性が指摘されていましたが,グリーン経済の本質が私たち一人ひとりのウェルビーイングを向上させることにあるとすると,そこで必要になるのは将来に向けたグリーン経済のあり方をつくっていく人財だと考えます。地域のステークホルダーと共に課題を発見し,科学やデータを踏まえてそれぞれの意見をつないでいける,そういう人財を育てていくことが大事ではないでしょうか。

鈴木地域の脱炭素化に向けては既にさまざまなプロジェクトが進んでいますが,その中でも成功する事例は決して多くないでしょう。しかし,そのわずかな成功例に着目して,なぜ成功できたのかを追究し,中でも人財によって成功につながった要素を抽出してスケーリングする。それが,必要な人財を生み出す近道なのではないかと感じています。

芳川成功例の分析という点では,大学や研究機関が貢献できそうですね。もう一点,昨今の脱炭素に関する国際的な議論を見つめていると,内容が次第にエネルギーを越えて,民主主義をはじめとしたさまざまな価値観に波及しつつあるように思います。さらにはそのシステムも,地方公共団体はもちろん,市民やその他のステークホルダーを参画させていく形に変わりつつありますが,現在の脱炭素を巡るグローバルガバナンスに関してご意見があれば伺えますでしょうか。

高村グローバルガバナンスについては悩ましいところだと思っています。と言いますのも,今年は多くの主要国で選挙が行われるのですが,国家間のガバナンスというのは各国の政権変更に大きな影響を受けます。気候変動,あるいはより広範な分野でより強固なグローバルガバナンスをつくるためには,非国家主体の役割が極めて重要であると考えます。国際規格や国際標準をはじめとして,国際的な交渉の場で主要な議論が民間ベース,民間主導で行われているケースは少なくありません。よりよいグリーン経済を実現する一つのカギは,プライベートセクターの役割を取り込んだガバナンスをいかにつくれるかに懸かっているのではないでしょうか。

芳川日立東大ラボは,今後も多様なアクターと共に日本における統合的なトランジションのための道筋を見いだすための研究・挑戦を続けてまいります。日立東大ラボに対するご期待や,アドバイスがあればいただけますでしょうか。

渡辺統合的なアプローチは,日本が正に得意とするところだと思います。日本に対する東南アジアの国々の期待は大きく,今後,エネルギー転換の分野においてさまざまな日本のアクターとの協調がより重要となってくると考えています。

高村統合的なトランジションを実現するうえでは,CN,CE,NPという相互に関連する問題をホリスティックに捉え,政策や企業経営戦略をつくっていくことが大きなチャレンジであると思います。また,分野を越えた技術開発も大きな可能性を秘めています。2018年にEUがネットゼロの目標を掲げた際に複数の社会経済シナリオ分析を行い,エネルギー効率改善,再生可能エネルギーの拡大など七つの共通した技術課題を整理しました。興味深いのは,その七つすべてに「デジタル」というキーワードが共通していることです。その点で,デジタル技術が他の分野に対して脱炭素化,スマート化を促進していくドライバーになるのではないかと期待しています。

閉会挨拶

西澤 格 西澤 格
日立製作所 執行役常務CTO兼研究開発グループ長

津田 敦 津田 敦
東京大学 理事・副学長

すべてのプログラムを終え,閉会の挨拶に立った日立製作所 執行役常務 CTO兼研究開発グループ長の西澤 格は,約3時間半にわたって行われた報告と議論の内容を振り返りながら,次のように述べた。

「本日の議論を通じて,情報産業の成長とエネルギーの脱炭素化は両輪で進めていくべき重要な課題であることを痛感しました。デジタルとエネルギーの双方の事業を持つ日立として,今後日本がアジア太平洋地域のよきパートナーとなり,共に成長するシナリオを描いていけるよう,技術の進歩に取り組んでいきたいと思います。」

また,続いて登壇した東京大学の津田 敦理事・副学長は,海洋学を専門とする自身のバックグラウンドに触れたうえで,「本日のフォーラムで議論されたブルーカーボン,生物多様性,地域といったキーワードは,エネルギーシステムに明るくない私にとっても非常に身近なものであり,まさにホリスティックな議論,検討が成されていると感じました。今後もより幅広い分野の方々を巻き込んで,世界のトランジションを牽引していくことを期待しています。」と述べ,官庁や産業界,さらには世界へと広がる日立東大ラボの活動に期待を寄せた。

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