本稿では,アーヘン工科大学Institute of High Voltage Equipment and Grids, Digitalization and Energy Economics(ドイツ)のAlbert Moser教授,日立エナジー Global Head of Market InnovationのJochen Kreusel,日立エナジー Manager of Power Systems of the FutureのAlexandre Oudalovが,電力系統の柔軟性という重要なトピックを掘り下げる。
本稿では,アーヘン工科大学Institute of High Voltage Equipment and Grids, Digitalization and Energy Economics(ドイツ)のAlbert Moser教授,日立エナジー Global Head of Market InnovationのJochen Kreusel,日立エナジー Manager of Power Systems of the FutureのAlexandre Oudalovが,電力系統の柔軟性という重要なトピックを掘り下げる。
「柔軟性」は未来の電力系統のあり方について議論すると必ずといっていいほど出てくる言葉である。しかし,この言葉が意味するものは一体何だろうか。なぜ低炭素経済への移行に際して柔軟性が重要なのだろうか。また,どのような課題があるのだろうか。本稿では,電力系統における柔軟性とは何か,その定義を説明し,柔軟性のツールがどのようにカーボンニュートラルな電力系統を形成していくかについて解き明かす。
電力系統における柔軟性の厳密な定義について広く調査を行ったところ,あまりにも多くの異なる解釈がなされていることに驚かされる。筆者らは,柔軟性とは電力系統がいかなるときにも変動と不確実性に対処する能力であるという概念と考えている。
電力系統の柔軟性は,常に十分な安定供給を保つため,通常時および高確率で発生する外乱時の運転を管理するためのカギである。柔軟性ソリューションは,数ミリ秒〜数年までのあらゆるタイムスパンで対応可能で,電力系統の安定性,信頼性,アデカシーを包含する(図1参照)。
未来の電力系統は,大型発電所の計画外停止や天候の変化による再生可能エネルギーの出力の急激な増減など,運用上のあらゆる変化に迅速に適応する必要がある。突然発生して数分間のみで終わる事象でも,高需要期に何週間も続く事象でも,最小限のコストで,消費者への影響を最低限に抑えながら解決することが目的であるという点は変わらない。
柔軟性の重要性が高まる中で,どのように柔軟性を測定すれば潜在的な電力不足を特定し,将来の柔軟性のニーズを予測できるだろうか。筆者らが考える電力系統の柔軟性を定量化する最も簡単な尺度は,変動発生後に安定した需給バランスをどれほど効果的に再構築できるかを求めることにある。再生可能エネルギーの供給不足時や過剰生産時に,システムの柔軟な容量をどの程度素早く増減できるだろうか。また,需給のバランスが崩れた場合に,その崩れが短時間でも長期間でも,迅速かつ経済的に対応でき,極端な場合には最大需要ピークに対応できるかどうかを評価することも重要である。
図2|ダックカーブからキャニオンカーブへ2008年から2023年までのドイツの残余需要プロファイルの変遷と,2030年の(日立エナジーの分析による)予測を示す。基準日は2023年5月1日である。1), 2)
柔軟性を定義する際は,残余需要が増加する傾向を理解しておくことも重要である。従来は1日を通してほぼ予測可能だった電力需要であるが,太陽光発電を中心とする変動しやすい再生可能エネルギー容量の連系が急速に増加していることにより,電力需要のピーク時間と発電量のピーク時間の間の歪みが大きくなっている。残余需要(純負荷)とは,電力系統の総需要から変動性再生可能エネルギー源による発電量を差し引いたものと定義される。残余需要は非常に速いランピング(電力系統における変化の速さ)で特徴付けられるため,残余需要を管理する重要性は高まるばかりである。そのため,クリーンな電力の抑制を最小限に抑えるために柔軟性のリソースが不可欠となる。
ドイツの電力市場では,太陽光発電の設置容量が2008年の約6.1 GWから,2022年には67.5 GW超へと10倍に増加しており,この残余需要プロファイルの変化が特に著しい。ドイツ政府は,2030年までに太陽光発電の設置容量を215 GWに増やすことを目標としており,再生可能エネルギーがドイツ市場に与える影響は今後も拡大すると見られる。その結果,ドイツの残余需要プロファイルは典型的な「アヒル」型のダックカーブから「峡谷」型のキャニオンカーブへと進化し,現在の市場の急峻な要求の増加が浮き彫りになっている(図2参照)。
図3|発電量とネットワーク負荷曲線,化石燃料ベースの発電の柔軟性の高さ1985年1月16日(水)のドイツ(1990年までは西ドイツ)の発電量とネットワーク負荷曲線(左)ならびに化石燃料による発電の柔軟性性能(右)を示す。
昨今の議論を聞くと,電力系統における柔軟性は新しい概念のように思われがちだが,そうではない。電力系統は従来から(現在もある程度は)柔軟性の恩恵を受けていた。柔軟性は,主に天然ガスや石炭といった燃料を燃やすか燃やさないかだけで電力供給を増減できる大規模発電所によってもたらされていた(図3参照)。
欧州大陸のような非常に大規模な電力系統であっても,柔軟性を供給している業者は数百社に過ぎず,それらのサービスは予測可能で安定した電力需要パターン内で比較的簡単に利用できた。これは電力が需要予測に応じて正確に供給されていたことを意味する。現在われわれが多く目にするような供給過剰によるマイナス価格などは存在しなかった。このような系統では,柔軟性は中央集中型の高度に調整可能な発電機の副産物のようなものに過ぎなかった。
今や,柔軟性はカーボンニュートラル経済で必要になるプロアクティブな電力系統の最優先事項となりつつある。再生可能エネルギーへの依存度が高まるにつれ,残余需要の影響に加えて,気象条件からも直接的な影響を受けざるを得なくなっている。予想外に風が弱い日や予想外に晴れた日が続くと,電力系統の需給調整の必要性に大きな影響が出る可能性がある。
地域の気象パターンは,世界各地の電力市場に独特の課題をもたらす。たとえば中東では,砂嵐が発生すると太陽光発電(PV:Photovoltaics)が数日間にわたって著しく中断することがある。同様に,欧州では「ドゥンケルフラウテ(暗天の凪)」と呼ばれる,空が暗く風も吹かず,再生可能エネルギーの発電量が減少する現象が発生する。しかも,これは需要の高い冬の時期に発生することが多い。さらに,アジア諸国の一部では,モンスーンによる厚い雲に覆われて太陽光発電の出力が長時間中断することがある(図4参照)。
同時に,他の地域の天候によって実際の需要を上回るような再生可能エネルギーの供給過剰が発生することもある。この余剰はグリーン電力の大幅な抑制につながる可能性があり,ネットゼロエミッションの目標達成に向けた世界的な取り組みとは折り合わない現象である。柔軟性の対策が限られている(または存在しない)電力系統では抑制が最も大きくなる。再生可能エネルギーの容量は世界中で増加しており,貴重なグリーン電力が遮断されることを防ぐため,柔軟性ツールの重要性はますます高まると考えられる。
日本やアイルランド,米国のカリフォルニア州などでは,VRES(Variable Renewable Energy Sources:変動性再生可能エネルギー)のシェアの拡大と抑制の間に強い相関関係があることが分かっている(図5参照)。
将来のカーボンニュートラルなエネルギーシステムがもたらす変動と不確実性の増大に対処するために最も重要であると考える四つの側面を特定した。それは,供給側の柔軟性,需要側の柔軟性,電力貯蔵,アクティブな送配電系統である。デジタル技術は電力系統の柔軟性を高めるうえで極めて重要な役割を果たし,四つの分野すべてが最適に寄与するための触媒として機能する。デジタル技術は効率性と適応性を最大限に高めるために接続されたリソースを活用し,さまざまな時間スケールと場所で柔軟性を促進する。
将来の電力系統における変動と不確実性に対処する必要性の高まりに留意することは重要である。より天候に依存する再生可能エネルギー源を組み込んで発電の脱炭素化をめざす現在進行中のエネルギー転換によって,柔軟性のニーズは高まるばかりである。拡大する需給変動に対処するには,柔軟性を高めるための既存のツールと新しいツールの両方を活用する必要がある。
第2回の記事では,主要な技術分野と,電力系統の柔軟性を高めるためにそれぞれの分野がどのように役立つかについて詳しく見ていく。