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Experts' Insights:社会イノベーションをめぐる考察デジタル革新が企業経営にもたらすインパクト

2019年6月

執筆者紹介

後藤 将史

  • 慶應義塾大学
  • SFC研究所 上席所員
  • 東京大学法学部卒業,INSEAD 経営学修士(MBA),オックスフォード大学経営研究修士(MSc),京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。複数の戦略コンサルティングファームにて,消費財・製造業を中心に内外企業の成長戦略・組織改革を支援。2017年より現職。

目次

「志」で勝ち抜いていく企業組織

ここ数年,AIやIoTなどがバズワードとして注目を集めてきた。現時点ではまだ様子見の企業も多いが,受け身の対応を続けることが近い将来,大きなリスクとなる可能性が高まっている。新たなデジタル技術が社会や企業経営をいかに変えるか,現時点ではまだ明確には定まっていない。だからこそ,どう変えられるのか,どう変えたいのかを自らが主体的に定義していく,踏み込んだ積極性が重要であり,その有無が大きな差となっていく。

筆者は外的な価値観・規範・技術などの変化によって組織がどのような影響を受けるのかを研究している。その立場から,グローバル化に加えて,近年のデジタル革新が企業組織にもたらす劇的な変化を目の当たりにしている。10年ほど前には,何度目かのグローバル化ブームの中で,経営や人財のグローバル化が盛んに話題になった。現在は,グローバル化も単純な海外展開という従来の位相から,そこにデジタル技術を掛け合わせ,業界自体の革新も同時にめざす形へと移行している。

こうした大きな変化によって,「志」を持つことがきわめて重要になっている。デジタル革新ではデータと試行錯誤がイノベーションの種になるが,そもそも意志がなければ自ら実験することもできないし,知見も蓄積されない。失敗から学ぶためにも何らかの意志が出発点として不可欠である。

また企業の人財戦略,人財マネジメントという面でも「志」が重要となる。海外を含め多様な人財を集めれば,組織にはバラバラな方向に向かう力がかかる。そこで組織が統率を保つには,何のためにこの企業はあるのか,それぞれの仕事はそこにどう貢献するのか,意義を明確にすることが重要になる。さらにこの10年余り,労働市場における人財の流動性が急速に高まってきた。優秀な人財であるほど,自分自身の「志」に合った仕事や会社を求める。会社側も優秀な人財を獲得するために,柔軟な雇用のあり方を検討しており,従来の雇用形態を前提としない新しい働き方を志向する人が増えていくに違いない。

求められる人財像の変化

多くの職業にデジタル技術が本格導入されることで,これまで不明瞭だった「業務の仕分け」が進んでいる。「職業」や「職種」という塊ではなく,その中に含まれる業務が細分化され,AIや自動化ツールが活用できる業務とそうでない業務が分かれていく。そこでは技術やツールを使いこなす能力が重宝されるが,本格的にそれを活用するためには業務の具体的知見も不可欠である。仕事は「人」ではなく「業務」に仕分けられ,それに合致した職能を備えるAIや人財が評価されるようになる。

同時に多くの業務で,必要な作業が削減される。新たに生じた時間で,人間は人間ならではの優先度が高い業務に集中する。さらに社会全体で労働時間に余裕が生まれれば,空いた時間を何に使うかは各人の価値観や判断に委ねられる。自らの職能を必要とする別の仕事をすることもあるだろうし,個人的なライフワークや地域コミュニティ活動に関わる人も増えるだろう。

今の学生を見ると,デジタルでできることを最大限に活用し,起業や海外を含む社会的プロジェクトなどを,ごくカジュアルにこなす層もいる。プロジェクト型雇用,フラット型組織など,デジタル革新がもたらす働き方や組織のあり方は若者の感覚とフィットする。そこには,失敗を恐れず先に多くを試すことこそ,個人の競争優位につながるという感覚がある。デジタルに関する世代間の断絶が深くなっており,中年以上の層にとって,「年下のメンター」を持ち,変化した常識を感じておくことが重要になっていると感じる。

無用化していくミドルマネジメント

今後,企業組織の中で最も大きく変わるのは,ミドルマネジメントのあり方,つまり管理者の役割であろう。AIの導入によって現場の状況が精緻かつリアルタイムに「見える化」され,それに応じて最適な判断や選択肢が自動的に用意されることとなる。従来,各職場に配置されたミドルマネージャーが属人的な暗黙知を駆使して判断していた部分だが,こうした機能が急速に自動化される可能性が高い。未来の企業組織は,責任を伴う高次のマネジメントと,データに基づいて最適な判断を下す現場のオペレーターという二層で運営されることになるのかもしれない。

店舗の来客状況から販売予測するリテールや,求める人財像に準じてデータから最適な候補を抽出するHRテックなど,既に実現している事例もあるが,今後はあらゆるビジネスシーンで業務の意思決定をAIが補助していく。

ここで重要なのが「意思決定における倫理」だ。例えば,解雇なども含めた人事評価をAIに委ねて本当に良いのか。または重要な経営判断に対してAIが導き出した答えを採用し,思わぬ損害を出した場合,その責任は誰が負うのか。AIへの権限委譲は進むだろうが,どこまでAIに任せて良いのか,線引きはまだ明確ではない。こうしたジレンマは「意思決定のパラドックス」と呼べる。AIによる判断の誤りを回避するためには誰かが拒否権を持つ必要があるが,その場合は特定の人間だけがAIを介して絶対的な権力を持つこととなり,それを防ぐために複数名が拒否権を持つと,従来と変わらない合議制に戻ってしまう。

AIによる提案・仮説形成能力が進化するほど,最終的にどこまでそれに頼るべきなのかが,より切実な課題となるだろう。

“意欲”の格差をいかに埋めていくか

グローバル化,デジタル革新に伴い,経済格差や能力格差の拡大を危惧する声も聞かれるが,もう一つ重要なのは“意欲”の格差だろう。企業で多く聞かれるデジタル化への不安は,「自分は最新技術に対応するスキルがない」という能力格差にある。しかし,そのような「能力格差」論の裏にあるのは,実際には学び続け,変わり続ける意欲の格差ではないだろうか。

その気になれば,自分一人でもやれることの選択肢は格段に広がっている。情報を集め,意見を編集し,発信し,仲間を作り,資金を集め,組織を立ち上げ,何かを実現する。あるいは組織に所属していても,最新技術について学び,価値ある領域を見つけ提案し,実装していく。これらすべてについて,利用可能なツールは増え,コストは下がり,技術に関するハードルは明らかに下がってきた。人口減少時代を迎え,仕事でもそれ以外でも「志」に挑戦する機会は増えている。そんな今,改めて問われるのは私たち自身の内なるモチベーションなのではないだろうか。

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