2019年12月5日
2017年2月,日本工学アカデミーにSDGs プロジェクトが設置された1)。そのリーダーに私を指名いただいた。直後にボストンで開催されたAAAS(米国科学振興協会)の年次大会の「科学技術イノベーションのSDGsへの貢献」というワークショップで,産業界代表のような形で話す機会をJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)などから頂いた。上記プロジェクトリーダーの所信表明演説のつもりで,『Science』誌元編集長などを前にして次のようなお話をした:
「SDGsの達成のために科学への期待はもちろん絶大である。科学はSDGsに貢献するまでの道筋で,産業を何らかの形では通るのだと思う。しかし科学の研究をやって,産業で実装されて,社会でSDGsに示されるような効果を地球規模で発揮する,というのを順番に追っていては,SDGsの期限である2030年には間に合わないだろう。このため,日本は産と学と官が密に連携するSDGsプロジェクトを工学アカデミーに作った。その中で特に産が学や官の支援を得ながら自ら積極的に動くようになるには,SDGsを短期の企業業績や長期の企業価値にできる限り直接に結びつける指標の開発が重要である。」
続いて同年5月,ニューヨークの国連本部でそれに向けた産官学の具体的な取り組みについて話す機会を外務省などから頂いた。この講演内容は海外のメジャーなメディアでも取り上げられ,日本のアプローチは民間企業が主導してSDGsに向けて国際的な産官学連携を進めており,特筆に値すると報道された。
上記プロジェクトの最初の公開フォーラムは,先述のような理由から,「SDGs企業指標化」をテーマに,同年7月大阪で開催した。素材,機械,都市開発,バイオなど多様な業界でそれぞれSDGsに熱心に取り組まれている代表的な企業の方から,各社が属する業界全体でのSDGs企業指標への可能性や実際の取り組み状況,課題などを語っていただいた。この議論をベースにその後,金融界を中心に産官学の多くの方々から協力を頂戴し,2018年1月に金融SDGs研究会と称する学会を設立した。そのミッションは,「SDGsに関する企業価値評価指標など,インデックスを構築・活用する際の比較可能性,明瞭性など確保すべき基本原則を定め,そのための企業活動・開示に関する約束事を提唱する。」とした。私は副代表に就いた。
指標化は当然,国際ルール化につながる国際活動になっていなければならない。また国のSDGsの諸委員会で私は,SDGsを特にわが国は世界とつながるためのツールとして徹底して活用すべきと主張していた。これらから,2018年1月のプロジェクトの公開フォーラムは,わが国初のSDGs国際フォーラムを標榜して新潟で開催した。各国政府から日本に来ている社会人留学生を中心とする約30か国の方々に,日本がSDGsを活用して進むべき道を,指標化も念頭に率直に語り合ってもらった。ここでの議論などから,SDGsを活用して日本がよりつながるべき地域はまずアフリカと考えた。同年3月全アフリカの科学技術の会議がルワンダで開催され,私は冒頭の大統領ご挨拶直後のパネル討論に登壇した。BBCキャスターの司会の下,同会議の議長,世界銀行のトップエコノミストらと,約1,000人の聴衆を前に討論した。そこでの私からのメッセージは現地新聞で大きく取り上げられ,その後グローバルメディアでも報じられた。同年12月アフリカを再訪,アフリカ初の人工知能のハイレベルフォーラムと銘打ったUNESCOのフォーラムに出席した。同会議の冒頭で,「SDGs×AI×アフリカ」についての持論を発信し,『ルモンドアフリカ』の編集長の進行でパネル討論を行った。本年8月には第7回アフリカ開発会議(TICAD VII)にて,一つのワークショップの基調講演を務め,特にアフリカ金融界の幹部各位に対して金融SDGs指標での協創を呼びかけた。同様の発信は,ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国に対しても,私が主幹を務めるJSTの東アジア共同研究プログラムの諸場面で行い,さらに,欧米,中国でも各種場面で行っている。
指標の国際標準化をめざした活動は,欧米を中心に,もちろん活発に行われている。国際標準化の世界の主要な機関のうち,IEC(国際電気標準会議)では,私がボードメンバーを務めるIEC戦略会議の中にSDGsのワーキンググループを設立し,そのリーダーに私が就き,欧米からのボードメンバーと共に同機関のありたき姿の白書を,指標化を踏まえて執筆中である。他の主要な国際標準化機関であるISO(国際標準化機構)では,昨年末にSustainable Financeの専門委員会が設立された。金融界を含めた多くの産業業界団体らにより国内対応委員会が組織され,私自身もそのメンバーに加わり活動中である。経済産業省の国際標準化の官民戦略会議での,国際ルール形成人財育成のためのわが国のアクションプラン2)策定の座長も工学の教育協会会長3)という立場で以前務めたが,その実行に私自身も努めている。
社会イノベーションとは何かを問われるとき,私は,通常想起される,破壊的技術を起点とするプロダクトアウト型イノベーションに対峙する概念で,マーケットイン型イノベーションであり,そのマーケットが社会全体でめざす破壊的な社会目標になっているもの,と答えることにしている。2030年の世界のあるべき社会の姿としてSDGsの17のゴール,169のターゲットが定義され,国連サミットで採択され,世界中で合意され,その全体は全人類的な破壊的価値を有する目標であるから,当面これをそのマーケットの根幹に据えるのは自然だろう。
SDGsの全体は大きく高い目標であるから,日立1社で達成できるものでも,めざすものでも到底ありえない。日立外の産官学の多くの方々との協創4)が欠かせない。このとき,特に民間企業は,一方で利益追求の大きな責務を負っているから,SDGsを共にめざすことが短期の企業業績や長期の企業価値に直接結びついていなければならない。これが本稿冒頭から述べている指標化に向かう私自身の一企業人としての動機になっている。指標化は,国際化され,標準化されなければ意味がないので,前章で紹介したような様々な行動に私自身及んでいる。
指標の国際標準化を世界でリードするために,最も重要な武器と私が考えるのが科学であり,科学エビデンスに基づく強固なロジックである。日立の研究開発として,プロダクトアウト型イノベーションを生むための破壊的技術開発をボトムアップ的にめざす活動は,これまで通り大いに注力していくべきである。若いうちから国際学会で成功することが,将来大きな国際舞台でリーダーになる方策でもある。その一方で,社会イノベーションのためのまったく新しい形の研究開発の立ち上げが必要である。それは,世界全体の俯瞰と,さまざまな内外ステークホルダーとの協創と,ボトムアップ研究での成功体験がそろって初めてなしうる研究であり,トップダウンで行うべき研究と確信している5)。そのような研究開発の一端として,私自身の最近の研究の成果を,本号の特別寄稿で紹介させていただく6)。