日立評論

企業の価値を探求する

ページの本文へ

Hitachi

日立評論

執筆者紹介

加藤 兼司

  • 日立製作所 グローバル渉外統括本部 産業政策本部

目次

フリードマンを問う

ノーベル経済学賞受賞者,新自由主義のカリスマ,シカゴ学派のリーダーなどさまざまな顔を持つミルトン・フリードマンは,1970年9月13日付けのニューヨーク・タイムズ紙で,企業の社会的責任は利益を増やすことにあると断じた。いわゆる株主価値の最大化と言われる考え方で,長きにわたって,このフリードマンの思想は世界のビジネスシーンを席巻した。

しかし,それから半世紀,グローバル化がかつてないほど進展し,企業の力も膨大になり,フリードマンの思想に疑問を投げ掛ける議論が相次いでいる。

WEF(World Economic Forum:世界経済フォーラム)の年次総会,通称「ダボス会議」はグローバル企業を中心とした対話の場である。1971年にマルチステークホルダーを研究テーマとするクラウス・シュワブ教授が設立したのが始まりである。1999年1月,当時のコフィ・アナン国連事務総長がダボス会議に出席し,グローバル企業などが責任ある創造的なリーダーシップを発揮することで,社会の善良な一員として振る舞い,持続可能な成長を実現する,世界的な枠組みづくりを提唱した。このアイデアは翌2000年7月26日にUNGC(United Nations Global Compact:国連グローバル・コンパクト)として結実した。コンパクトはこの場合,「誓約」といった意味である。

元来,国連はUnited Nationsの名が示すとおり,国家同士の対話の場であった。しかし,グローバル化の急速な進展により,国境を越えた影響力を駆使する大企業が出現し,そしてグローバル化の負の側面も明らかになると,もはや国家や国際機関だけではグローバルな課題を解決できなくなった。そこでアナン氏が,企業との対話の場として国連にUNGCを設けたのである。アナン氏は企業にグローバルな課題解決への参加を促し,経営者たちに「人間の顔をしたグローバリゼーション」に取り組むことを呼び掛けた。

[1]国連グローバル・コンパクト10原則 [1]国連グローバル・コンパクト10原則

このUNGCの活動に10原則というものがある[1]。「人権」,「労働」,「環境」,「腐敗防止」の4分野の観点から,人権尊重,児童労働の撤廃,環境に対する責任,贈収賄などの腐敗への対抗など,企業が取り組むべき10の指針を示したものである。10原則は,企業の社会的責任として,フリードマンの思想と対極を成していると言える。

さらにUNGCでは2004年頃から,ESG(Environment, Social, Governance:環境・社会・ガバナンス)という概念を提唱し,この概念は近年急速に普及しつつある。次章では,このESGの成り立ちについて振り返ってみたい。

ESGの成り立ち

ESGとは環境,社会,ガバナンスの観点から,株主だけでなく,顧客,従業員,地域社会など企業を取り囲み,それを支えるステークホルダーと良好な関係を維持する考え方である。ESGが普及し始めたのは,やはりアナン氏が国連事務総長の時に設立した国連のPRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)によるところが大きく,ESG投資として投資サイドから語られることが多い。

ESG投資の淵源は,20世紀初頭の米国,英国でのキリスト教徒の活動に求められる。1908年に米国のメソジスト監督教会(The Methodist Episcopal Church)が,この教会の年金資産を運用管理する機関としてWespath Investment Managementを設立し,聖書の倫理に基づくメソジスト教会の社会的信条による資産運用を開始した。なお,同機関は現在に至っても合同メソジスト教会(The United Methodist Church)の年金・健康保険理事会(The General Board of Pension and Health Benefit)の直属機関として資産運用にあたっている。

1919年にピューリタンの活動により米国で禁酒法が制定されると,そうした時代背景を基に1928年にはアルコールやたばこ関連企業を排除するThe Pioneer Fundが設立された。こうした倫理観に基づく投資は,SRI(Social Responsible Investment:社会的責任投資)と呼ばれる。また倫理に違背するなど,何らかの投資基準に見合わない企業を投資先から除外する手法は,ネガティブスクリーニングと呼ばれ,現在のESG投資残高でも最も規模の大きい手法である。

一方,英国ではスコットランド教会が1932年に欧州で最初のSRIファンドを設立した。さらに1948年には,英国国教会も倫理的基準を基にしたSRIファンドを開始する。その他の欧州各国でも,英国での動きに呼応するように各国の教会がSRIファンドを立ち上げるようになる。

[2]ESGの投資手法 [2]ESGの投資手法

時が移り20世紀中盤の1960年代になると,社会問題を背景にSRIファンドが立ち上がる。米国では,反ベトナム戦争,公民権運動,消費者運動,女性の権利拡大などの社会運動が盛んになり,株主の間にも企業の社会的責任を求める行動が起こり始め,SRIファンド設立へとつながっていく。こうした株主活動で著名なものに,弁護士で社会運動家のラルフ・ネーダー氏が起こした自動車会社ゼネラルモーターズ(GM)社を相手としたものがある。ネーダー氏は,株主総会で自動車の安全性を問う株主提案を行う。これらの提案は結局否決されたものの,企業に社会的責任を意識付ける契機となった。このように株主として株主総会などを通じて企業に直接働き掛ける行動は,エンゲージメント・議決権行使などと呼ばれるESGの手法の一つとなっている[2]

余談だが,CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)という観点で日本の先駆けとなったのは,経済白書が「もはや戦後ではない」と謳いあげた1956年の経済同友会による決議「経営者の社会的責任の自覚と実践」である。その骨子は「現代の経営者は倫理的にも,実際的にも単に自己の企業の利益のみを追うことを許されず,経済,社会との調和において,生産諸要素を最も有効に結合し,安価かつ良質な商品を生産し,サービスを提供するという立場に立たなくてはならない。」(経済同友会『日本企業のCSR-自己評価レポート2014』p.6)としている。日本の産業界は,フリードマンとはだいぶ趣を異にしていたようである。

SRIに話を戻すと,米国のプロテスタント教会はさらに,南アフリカのアパルトヘイト政策にも厳しい視線を投げ掛け,1980年代に入ると社会運動家もこの流れに乗じて,多くの株主行動が見られるようになる。1973年には米国の教会The Church of Christが大手石油企業のモービル社の株主総会において,南アフリカの黒人労働者の労働条件改善を求める提案を実施した。

また,ネーダー氏の株主提案を契機にGM社の取締役となった黒人牧師レオン・サリバン師は,南アフリカで活動する米国企業に対して,人種差別撤廃や公正な労働条件・労働環境を求める,いわゆるサリバン原則を1977年に発表した。コネチカット州など米国の各州が徐々に,このサリバン原則を採用し始めた。1984年になると米国での資産規模で1,2位を争うカリフォルニア州とニューヨーク州が,南アフリカ関連の株式投資からの引き揚げを行った。翌年この投資引き揚げの影響により,南アフリカは対外債務不履行を起こし,欧米の金融機関がSRIを意識する端緒となった。

なおSRIと現在のESG投資の大きな違いは,SRIが倫理的な基準を基に投資判断を下し,必ずしも収益性を意識しないのに対し,ESG投資が投資先企業の財務的価値も判断基準に加えて収益性を意識しているところに現れている。

1990年代に入るとSRIを取り巻く要素として地球環境問題や人権・労働問題といった社会課題が浮上してくる。

1989年,大手石油企業エクソンのタンカー・バルディーズ号がアラスカ沖で座礁し,流出した原油により多数の海洋生物が甚大な被害を受けた。この環境破壊事故を受けて環境保護NGO(Non-governmental Organization)であり,かつESG投資家としても著名な団体CERES(セリーズ)が,環境問題について企業が遵守すべき事項を定めた10の原則,バルディーズ原則を定めた。

ストックホルムで開かれた国連人間環境会議(1972年)において設立が決定されたUNEP(United Nations Environment Programme:国連環境計画)は,1992年にリオデジャネイロで国連環境開発会議(地球サミット)を開催し,地球環境問題を人類共通の課題と捉え,環境と開発の両立を宣言する,いわゆるリオ宣言を採択した。さらに,これを実施するための行動計画「アジェンダ21」や「気候変動枠組条約」,「生物多様性条約」,「森林原則声明」なども同時に採択した。ちなみに上述のバルディーズ原則は,地球サミットを機にセリーズ原則と名を改めている。

こうして企業活動が,倫理的課題から徐々に社会的課題として語られるようになる。またこうしたグローバル化を伴う大きな流れの中でUNGCの設立へとつながるのである。

一方,UNEPはアジェンダ21を推進するために,資金源として民間の金融機関と接触を深める。地球サミットの場でUNEPは欧米の大手金融機関とともに「環境と持続可能な発展に関する銀行声明」という活動を発足させる(1997年証券会社などにも門戸を開くため「環境と持続可能な発展に関する金融機関声明」と改称)。1995年には保険会社と組んで「環境と持続可能な発展に関する保険声明」を発足させる。2003年に金融機関声明と保険声明が統合され,UNEP FI(UNEP Finance Initiative:UNEP金融イニシアティブ)が発足する。

[3]PRIの6原則 [3]PRIの6原則

そしてUNGCとUNEP FIという二つの国連機関が2006年6月に創設したのが,この章の冒頭で述べたPRIである[3]。このPRIがESG投資の有力な推進装置となる。PRIには世界各国の年金基金,保険会社などの機関投資家が署名しており,署名機関はコミットメントとして「受益者のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する義務があり」と,ウェブサイト上で述べている※)。次章では,PRIやESGのプレイヤーについて記したいと思う。

※)
https://www.unpri.org/download?ac=10971

ESGの概要

ESGの主要なプレイヤーには,まず機関投資家が挙げられる。機関投資家はさらに,実際に資金を持つアセットオーナーと,その資金をアセットオーナーに代わって運用する運用会社などがある。具体的なアセットオーナーは年金基金,保険会社などである。代表的な例では,世界最大の資産を持つ日本のGPIF(Government Pension Investment Fund:年金積立金管理運用独立行政法人)やノルウェー政府年金基金が挙げられる。こうした年金基金や保険会社のバックには,実際に年金を積み立て,保険料を支払っている国民・生活者がいる。PRIが述べている受益者とは,この実際の資金の出し手である生活者のことである。生活者が年金を受け取るのは人生の後半以降になってからであるから,今現在の短期的利益よりも,長期的な利益確保の視点で運用することが可能である。

またGPIFのような巨大な金融資産を持つアセットオーナーをユニバーサルオーナーと呼ぶ。その資産の巨額さゆえにユニバーサルオーナーは,幅広く分散投資を行う必要がある。そうすると,気候変動のように社会全体が不利益を被るような事象を放っておくわけにはいかなくなる。社会全体が不利益を受ければ,分散投資している多くの企業もダメージを被ってしまうからである。ゆえにユニバーサルオーナーは,長期的な視座に立ちESGによる投資に臨む傾向が顕著となる。なおGPIFは,自身で直接投資先企業を選定したり,投資先企業と対話したりすることを法律で禁じられている。その巨大さゆえに,大株主として過度に市場を支配してしまう可能性があるためだ。そこでGPIFでは運用会社と投資先企業との建設的な対話(エンゲージメント)を促進している。

GPIFの例にあるようにアセットオーナーは自分で資産運用をせず,運用会社に資産運用を委託する場合がほとんどである。GPIFに次ぐ資産規模を誇るノルウェー政府年金基金の場合,ノルウェー銀行の資産運用部門であるノルウェー銀行インベスト・マネジメントが受託運用している。

投資先候補となる膨大な企業のESG情報を収集して評価を行い,運用会社など機関投資家にサービスを提供するのが,ESG評価・インデックス関連機関である。これらの評価機関にはMSCI社やFTSEインターナショナル社のような大手投資情報サービス会社として,ESGを含む多様な情報を機関投資家に提供しているところもあれば,サステナリティクス社(オランダ),ウーコム・リサーチ社(ドイツ)のようにESGに特化した情報サービス会社もある。

この他に,CERESのようなNGO・NPO(Nonprofit Organization)やシンクタンク,コンサルティングファームもESGに関わってくる。そして,ESGで最も重要なのが,実際にESG指針に基づいて経営する事業会社である。

メインプレイヤーの紹介が終わったところで,重要な課題,ESG推進は企業利益につながるのかという点を論じたい。倫理規範に基づいたSRIと現代のESGの違いは,収益性を意識しているかにあると既に述べた。事業会社にしてもESGが利益に結び付かないとなれば,ESG経営は一時の流行で終わってしまうであろう。またアセットオーナーや運用会社など機関投資家には,最終的な資金の出し手である生活者の利益を確保する受託者責任がある。米国では企業年金に対して,年金受給者の権利保護を最大の目的として1974年に制定されたERISA法(Employee Retirement Income Security Act:従業員退職所得保障法)によって受託者責任が明確に定められている。

ESG投資について企業の非財務面要素を考慮して投資をすることは受益者(年金受給者)の利益の最大化につながらないのではないかということが,ERISA法の観点から問題となった。

敵対的買収に際して,企業から株主に対し,企業側が導入する買収防止策に反対しないよう働きかけがあったため,化粧品大手のエイボン・プロダクツ社の企業年金が議決権行使について,ERISA法を所管する米国労働省に問い合わせを行った。これに対し労働省は1988年,年金基金が保有する株式の議決権行使は受託者責任に含まれるという見解を,後にエイボンレターと呼ばれる書簡で示した。

1998年,運用会社のカルバート社は年金資産運用のスクリーニングが,受託者責任に反しないか労働省に問い合わせた。米国労働省は,「他の代替的な投資手段におけるリターンを下回らない限り」受託者責任に反しないとの見解を示した。こちらはカルバートレターと呼ばれる。ESGのGについてはエイボンレターが,EとSについてはカルバートレターが,それぞれ受託者責任との関係を明確にした。ESGという言葉が現れてまだ20年足らず,ESGが長期的に利益を生むかについては,まだ十分なデータが集まっていないかもしれないが,少なくとも国際世論は,ESG投資について受託者の利益に反しないと見ていると言ってよいだろう。ESGはバズワードではなく,今後の経営の世界でますます重要性を帯びてくるであろう[4]

[4]ESGの成り立ちに関する主な出来事 [4]ESGの成り立ちに関する主な出来事

日立の行く道

フリードマンの言葉をきっかけに,企業の生み出す価値について考え,ESGについて述べてみた。もちろん日立においてもESG経営を実践している。例えば,日立では社会イノベーション事業を通じた環境課題の解決や,QoL(Quality of Life)の向上と持続可能な社会の両立実現をめざしている。

[5]脱炭素社会へ向けた目標と高度循環社会へ向けた目標 [5]脱炭素社会へ向けた目標と高度循環社会へ向けた目標

2016年に策定した環境長期目標「日立環境イノベーション2050」では,3年ごとの環境行動計画に具体的な目標を立てて推進している[5]。脱炭素社会をめざして,バリューチェーン全体のCO2排出量原単位を2030年度に50%削減,2050年度80%削減(2010年度比)を目標に取り組んでいる。このバリューチェーンの中で,とりわけ大きなCO2排出量比率を占める製品・サービスの「使用時」のCO2排出量を削減する目的で,省エネルギー性能に優れた製品・サービスや,再生可能エネルギーを導入する事業,Lumadaの活用などデジタル化により効率向上・CO2削減を実現するソリューションを推進している。

また,高度循環社会をめざし,海水淡水化プロジェクトなどの事業を通じた水・資源循環型社会の構築や,日立グループ内の事業所における水利用効率および資源利用効率を,2050年度50%改善(2010年度比)する目標を推進中である。

こうしたことは,もちろんESGに呼応する行為であるが,流行に乗って対応しているわけではない。この連載で繰り返し述べてきた「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という日立の企業理念に基づいて行動してきた結果である。とりわけ2009年3月期に7,870億円に上る最終赤字を計上して以来,日立は原点回帰して,企業理念を噛みしめ,新たな社会イノベーション事業を開発してきた。感覚的に言えば,企業理念の下に行動してきたら,ESGというトレンドと方向性が噛み合ったというのが正しいかもしれない。

ESGにはさまざまな切り口がある。この連載ではそうした多様な角度から企業の価値を探し求めてみたいと思う。

参考文献など

1)
伊藤正晴:海外のSRI市場,大和総研(2014.5)
2)
小方信幸:ガバナンス革命の新たなロードマップ,東洋経済新報社(2017.7)
3)
渋澤健:SDGs投資 資産運用しながら社会貢献,朝日新聞出版(2020.5)
4)
年金積立金管理運用独立行政法人:スチュワードシップ責任を果たすための方針(2014.5)
5)
夫馬賢治:ESG思考 激変資本主義1990-2020,経営者も投資家もここまで変わった,講談社(2020.4)
6)
水口剛:ESG投資 新しい資本主義のかたち,日本経済新聞出版(2017.9)
7)
マーサージャパン株式会社,(2021.2参照)
8)
Global Sustainable Investment Alliance: Global Sustainable Investment Review 2018(2018.3)
9)
The New York Times,(2021.2参照)