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日本の2050年カーボンニュートラル実現に向けたグリッド整備の将来展望

執筆者

小野田 学Onoda Manabu

  • 日立製作所 パワーグリッドビジネスユニット 所属

小野寺 伸英Onodera Nobuhide

  • 日立製作所 パワーグリッドビジネスユニット 電力流通事業部 事業企画管理部 所属

西岡 淳Nishioka Atsushi

  • 日立エナジージャパン株式会社 グリッドインテグレーション 所属

岸本 道弘Kishimoto Michihiro

  • 日立製作所 環境戦略企画本部 所属

山田 竜也Yamada Tatsuya

  • 日立製作所 エネルギー営業統括本部 所属

大畠 康宏Ohata Yasuhiro

  • 日立エナジージャパン株式会社 渉外(日本) 所属

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小野田 学Onoda Manabu

  • 日立製作所 パワーグリッドビジネスユニット 所属
  • 現在,パワーグリッド事業の戦略立案などに従事

小野寺 伸英Onodera Nobuhide

  • 日立製作所 パワーグリッドビジネスユニット 電力流通事業部 事業企画管理部 所属
  • 現在,パワーグリッド事業の戦略立案などに従事

西岡 淳Nishioka Atsushi

  • 日立エナジージャパン株式会社 グリッドインテグレーション 所属
  • 現在,国内のHVDCプロジェクトに従事
  • 電気学会会員

岸本 道弘Kishimoto Michihiro

  • 日立製作所 環境戦略企画本部 所属
  • 現在,日立グループの環境戦略の企画立案に従事

山田 竜也Yamada Tatsuya

  • 日立製作所 エネルギー営業統括本部 所属
  • 現在,エネルギー関連ビジネスに関する政策提言に従事
  • 電気学会会員,公益事業学会正会員

大畠 康宏Ohata Yasuhiro

  • 日立エナジージャパン株式会社 渉外(日本) 所属
  • 現在,日本国内の政府・社外団体に関する渉外業務に従事
  • 電気学会会員

ハイライト

カーボンニュートラルへの挑戦は,日本の成長産業を守り,エネルギーの安定供給を図るうえでも重要である。他方,日本の電力需要は,電化,データセンターなどの需要急伸により増加が予測されており,カーボンニュートラル実現には需要側での対策に加え,再生可能エネルギー・原子力などのさまざまなカーボンニュートラル電源の開発が課題である。

この状況に対し,技術成熟度の高い再生可能エネルギーとそれを最大限活用するための地域内系統・地域間連系線の増強・先行整備(ハイブリッドグリッド)が,カーボンニュートラル実現の有効な手段となっている。

本稿では,カーボンニュートラル実現に向けて,グローバルなグリッド整備の動向と,その背景にある電力システムの柔軟性の強化,再生可能エネルギー大量導入時の低慣性の課題に対応する技術動向などについて解説する。

1. はじめに

地球環境を後世のために保全するには,地球温暖化への対応が喫緊の課題である。その解決策であるカーボンニュートラル(以下,「CN」と記す。)への挑戦は,次の成長の原動力とするべきものであり,急務となっている地政学的なリスクの低減にも貢献するものである。

日本がCNをめざすべき主な理由を以下に示す。

  1. 地球温暖化への対応

    環境破壊の阻止あるいは現状維持,人類の活動から排出される温室効果ガスの削減によって,地球温暖化を抑制することが,地球上のさまざまな生命に対する人類の責務である。日本および日本国民は誰もが国際社会の一員として,持続可能な社会の実現に向けて取り組む必要がある。

    2020年10月,日本は「2050 年カーボンニュートラル宣言」を発出した。2021年10月のエネルギー基本計画では,2020年から2030年の間に再生可能エネルギー(以下,「再エネ」と記す。)発電量を130 TWh以上(その内,太陽光・風力の発電容量で66 GW)増加させることを目標に定めており,2023年3月に策定されたOCCTO(Organization for Cross-regional Coordination of Transmission Operators, JAPAN:電力広域的運営推進機関)のマスタープランでは,2050年の電力需要(1,200 TWh)を賄うためには,太陽光260 GW,風力89 GWの再エネ電源の増設が前提となるとしている1),2)

    後述するとおり,昨今のAI(Artificial Intelligence)の普及により日本の電力需要は今後さらに増加することが予想されており,これを脱炭素電源で賄うためには,いっそうの再エネ開発が必要となる。

  2. 次の成長の原動力

    CN実現は経済活動においても求められており,日本の産業にとっては死活問題であるため,経済成長のためにはCNエネルギー開発への投資が必要である。CNに貢献しない産業製品は市場から選ばれなくなり,工場や人財の海外移転,産業の空洞化,日本経済の沈没にもつながりかねない。そのため,CN化に適合した産業を国内市場で成長させ,国際的に展開することが求められる。

    例えば,GAFAM(Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoft)などの世界を牽引する企業では,非CNエネルギーで生産された製品を調達しない取り組みを進めている。Appleは,2030年までにサプライチェーンと製品ライフサイクル全体でCNを達成する目標を掲げ,主要パートナーの脱炭素化の取り組みを独自基準で毎年評価している。GAFAM以外にもCN製品の調達が広がると予想されるため,再エネ投資を日本の産業への初期投資として位置づけるべきと考えられる。

  3. 地政学的リスク

    エネルギー資源の多くを輸入に依存する日本は地政学的リスクを抱えており,今後は国内のエネルギー自給率の向上および安定供給をめざさなければならない。そのためにも,ベースロード電源としての原子力発電に加え,再エネの広域開発によるCN実現への取り組みが必須となる。

2. 日本がCNを実現するために必要なシナリオ

OCCTOが2024年1月に公表した「全国及び供給地域ごとの需要想定」では,2024年度以降は電力需要が増加に転じると予測している3)。2024年3月の日立東大ラボ・オープンフォーラムにて,日本の電力需要は2020年度の約1,000 TWhから,2050年度には約1,800 TWhに増加するとの予測が示された4)。その主な要因は,産業・運輸セクターの電化進展に加え,情報化社会の進展,AIなどによる情報処理量の拡大に伴うDC(Data Center)の拡大である。 

電力需要が増加する状況下で国内のエネルギー自給率の向上および安定供給をめざすためには,再エネ・原子力・水素アンモニア発電などのCN電源の開発,蓄電,水素などへのエネルギー転換,電化,CCUS(Carbon Dioxide Capture, Utilization and Storage),省エネルギー,産業の立地誘導によるエネルギーの地産地消など,さまざまなソリューションを投入し,「CO2排出原単位」と「エネルギー消費量」を低減しつつ,「温室効果ガスの吸収」を通じてネット・ゼロを実現することが必要である。

具体的には,(1)省エネルギー・エネルギー効率の向上,(2)電力部門のCO2排出原単位ゼロ=電源の脱炭素化,(3)非電力部門の電化,(4)ネガティブエミッションの組み合わせをめざすこととなる。

特に,CN実現には電力需要の8割を占める大都市圏のCN化が必須だが,大都市圏での再エネ電源開発や省エネルギー対策,再エネ電源に隣接した地域への産業立地による需要誘導やデータセンターのワークロードシフトだけでは実現が困難である。そのため,再エネ適地での電源開発および大都市圏への輸送を可能とするためのグリッド整備が求められる。

3. 日本のCN実現に必要なグリッド整備と広域グリッドが果たす役割

脱炭素火力や原子力に加えて,主力電源化が求められている再エネ電力を国内に広く供給するためには,技術成熟度レベルが高い再エネを大量導入できるよう,再エネの開発に適した地域内系統・地域間連系線をそれぞれ増強した「ハイブリッドグリッド」の整備を先行しなければならない。

産業や民生などの人々・社会の生活を支える地域内系統は,地域間連系線を通じてエネルギー供給を受けるとともに,自らもデジタル技術などを活用しながら,時間シフトなどにより電力の需給調整に貢献することで,CNを実現する主体となることが期待されている。

地域間連系線は風力発電の大量導入に向けて,世界各地で先行投資されている。しかし国内では,北海道,東北,九州などの洋上風力適地と需要地をつなぐ広域グリッドが整備されておらず,洋上風力開発が進んでいない。

英国やドイツなどでは,大規模風力発電の投資を促すため,大需要地への輸送のためのインフラに先行投資を行っている。日本においても,北海道など,15 GW以上の洋上風力ポテンシャルを需要地のCN化に活用するためには,複数の地域間連系線計画への先行投資によって,洋上風力などの再エネ開発を促進することが急がれる。

4. 海外で再エネ・グリッド整備が進む理由と関連技術

4.1 グリッド整備のグローバル動向

欧州を中心として,世界はCN実現に向けてグリッド整備を加速している(図1参照)5)

その理由としては,(1)国・地域の脱炭素化に向けてCNエネルギーを広域に共有する必要があること,(2)風力・太陽光とグリッドの組み合わせは技術成熟度レベルが高く速効性があること,(3)複雑性を増すグリッドの安定化要求に対してHVDC(High Voltage Direct Current)6)などの新技術が制御性の向上に貢献していることが挙げられる。

図1|欧州の高電圧直流送電(HVDC)整備の状況図1|欧州の高電圧直流送電(HVDC)整備の状況注:略語説明 HVDC(High Voltage Direct Current)欧州および世界ではCN(Carbon Neutral)なエネルギーおよび系統の柔軟性の広域共有のためにグリッド整備を加速しており,建設中のプロジェクトあるいは将来の建設計画が急激に増加している。

4.2 電力システムの柔軟性の強化と地域間連系線の役割

CN実現のためには,供給側,需要側,貯蔵,グリッドの4分野に対して電力システムの柔軟性を強化することが必要である(図2参照)。

図2|次世代電力システムに必要な「四つの柔軟性」図2|次世代電力システムに必要な「四つの柔軟性」CNの実現には出力変動を管理し,電力系統の安定度を維持する「系統柔軟性」を高めることが求められており,地域の特徴と利用可能なリソースなどにより,ソリューションの組み合わせとバランスを選択することが必要である。

先に述べたとおり,日本全体をCN化するには,需要立地の誘導と,蓄電池の活用,DCのワークロードシフトなどのDR(Demand Response),揚水などを通じた柔軟性の強化といった需要側・貯蔵の対策も重要だが,それだけでギガワット級の需給調整を行うことは難しく,現実的・経済的には地域間連系線による需給調整が重要となる。また,大需要地のCN化のためにも適地からの送電が必要である。

国内の洋上風力適地の風況を参考にして風力発電容量を18 GW,需要を6 GWと想定し,1か月間の需給がどのようになるかを図3に示す。グラフの赤線は需要6 GWを示し,赤線より上側は供給余剰,下側は供給不足を示す。供給余剰時は,同図に示したDRによる需要増(DCワークロードシフトを含む)のほか,蓄電池,水素製造,揚水,出力抑制,あるいは他地域への送電が必要となり,供給不足時は,DRによる需要減,蓄電池の放電,揚水による発電,他電源による発電,他地域からの受電などが必要となる。

現在の技術レベルと経済性から,数ギガワット級の需給調整には地域間連系線による送電・受電が最も現実的かつ経済的である。連系線の増強が行われない場合,風力発電の出力が大幅に抑制されることとなり,投資が進まなくなる懸念がある。またこうした再生可能エネルギーへの電源投資が進まなければ,クリーン電力の安定供給を必要としている工場などの建設投資が進まず,需要誘導も成立しなくなる。世界でグリッド整備が先行する背景には,再エネ開発に対する民間投資を促進させる視点もあることを考慮しなければならない。

図3|風況に基づく風力発電量の変化幅とDRによる調整代の比較図3|風況に基づく風力発電量の変化幅とDRによる調整代の比較注:略語説明 DR(Demand Response)国内洋上風力適地の発電量と需要には大きなギャップが生じる時期があるが,現実的かつ経済的なDRの調整代は,再エネ発電の変動幅に比べて十分とは言えない。今後,再エネ電源が増加する場合,地域内需要対策に加えて,地域間連系線による需給調整が重要となる。

4.3 再エネ大量導入における低慣性の課題について

前節で述べた課題以外にも,VRE(Variable Renewable Energy:変動性再エネ)比率が増えると系統全体の慣性が減少し,系統擾乱時にRoCoF(Rate of Change of Frequency:周波数変化率)が大きくなり,電源が連鎖脱落する懸念がある(図4参照)7)。これに対し,国内では同期機の維持および同期調相機の設置など,回転機による対策が主として議論されているが,英国を含む欧州,オーストラリアなどでは,再エネやストレージからの疑似慣性による対策が増えている。疑似慣性は同期機よりも大きな周波数安定化効果があるため,慣性応答付き蓄電池システム,慣性応答付きSTATCOM(Static Synchronous Compensator:静止型無効電力補償装置),HVDCの疑似慣性やFFR(Frequency-following Response:高速周波数応答)による系統安定化効果についても検討するべきと考える。

図4|日本の同期電源減少に伴う主な技術的課題図4|日本の同期電源減少に伴う主な技術的課題出典:第57回調整力及び需給バランス 評価等に関する委員会資料3
注:略語説明 GF(Governor-free),RoCoF(Rate of Change of Frequency)
VRE(Variable Renewable Energy:変動性再エネ)比率が増えると系統全体の慣性が減少し,電源脱落時にRoCoF(周波数変化率)が大きくなり,電源が連鎖脱落する懸念がある。

系統安定化効果の検討について,100 MVAの同期調相機1台(慣性定数H=1.8 s,慣性180 MWs)と100 MVAの慣性応答機能付きのSTATCOM1台(100 MW×2秒のストレージ付き)が,周波数が50 Hzから48 Hzに低下してトリップするまでの間に系統へ供給する慣性エネルギーを比較した。同期調相機は,他の発電機と共に系統に慣性エネルギーを放出しながら回転数を下げる。回転数が48 Hzに低下するまでに系統に放出される慣性エネルギーは周波数の2乗に比例するため,(1-(48/50)2)=0.078,つまり180 MWsの7.8%である14.1 MWsとなる。一方,同容量の慣性応答機能付きSTATCOMの場合は,100 MW×2秒=200 MWs,つまり100 MVAの同期調相機 15台分相当の疑似慣性エネルギーを供給できる。

これは一例であるが,国内の再エネ大量導入の対策に関する議論には,最新の技術,海外の知見を逐次取り入れていくことが重要と考える。

5. おわりに

本稿では,日本のCNシナリオにおける洋上風力開発・グリッド整備のあるべき姿について技術的な要素を中心に述べた。しかし,CNの実現には洋上風力など再生可能エネルギー電源の開発を促す制度の確立も求められる。海外の事例に目を向けると,ドイツをはじめとして洋上風力発電への投資が進む国々では,洋上風力から陸上グリッドへの連系線(アクセス線)の投資は,その洋上風力が発電した収益から回収するのではなく,発電状況の影響を受けない定額料金などで回収する仕組みとしている。

国内のアクセス線の投資回収は洋上風力が発電した収益から得ているため,アクセス線の距離が長くなり,費用が増加するほど収益性が悪化する。そのため,系統に連系しやすい地点での小規模開発に留まっており,風況がよく投資効率もよい場所での大規模開発が進展していない。洋上風力開発が見込まれるEEZ(Exclusive Economic Zone:排他的経済水域)の風力資源を活用するには,国が洋上風力から陸上グリッドまでのアクセス線を整備し,発電事業者に共通インフラとして利用させることが望まれる。

再エネ大量導入・脱炭素に向けて,電力システムの技術は大きく進化している。CNを進めるうえでは,こうした技術動向を踏まえて,ガラパゴス化しないことが,国際競争力の観点からも重要と考える。日本の成長産業を守り,エネルギーの安定供給を図るため,CNに向けたハイブリッドグリッドの方向性の議論により,グリッド投資が加速することが期待される。