コロケーションデータセンターにおける容量拡張のポートフォリオアプローチサプライチェーンからオペレーションへ
ハイライト
業界の38%を占めるコロケーションデータセンター市場は,電力容量のポートフォリオ管理とリソース配分の最適化において大きな課題に直面している。本稿では,データ抽出とシステム抽象化のためのエージェント型AI,メタバースによる設備のデジタル化と,局所環境プラットフォームを活用してデータセンターの容量セグメント全体の課題に対処する,テクノロジー主導の新たなポートフォリオアプローチについて探る。
今回,提案するアプローチは,LLMとエージェント型AIを活用し,需要のインサイト生成,電力消費パターンの評価,SLA違反の特定のほか,スペース軸,リソース軸,電力軸に沿った供給制約の探索を行う。このソリューションは,多様なソースから複雑なデータを自律的に抽出・分析・解釈し,リソース配分の最適化,容量利用率の最大化をはじめ,急拡大するコロケーションデータセンター市場の持続可能な成長に向けた道筋を提供するものである。
1. はじめに
現代のデジタル経済において,高度なコンピューティングを支える重要なインフラであるデータセンターは,「AI工場」とも呼ばれている。複数の企業がサーバのスペース,電力,冷却設備を共有施設内で賃借できるコロケーションデータセンターは,デジタルインフラの基盤である。これらの施設は,ITインフラを安全に収容するために不可欠な各種リソースを提供している。デジタル化の加速に伴い,データセンターサービスへの需要は急増し,大きな経済的機会をもたらしている。一方,業界はエネルギー制約や機器不足といった,持続可能な成長を脅かす課題に直面している。これらの課題に対処するため,コロケーション事業者には運用戦略のパラダイムシフトが求められている。
これに対し,現在の容量,新規容量,総容量の各セグメントの最適化に焦点を当てたポートフォリオ管理アプローチを提案する。この戦略は,容量管理をスペース,リソース,電力という基本要素に分解することで,事業者がエネルギー効率と機器利用率という複雑な課題に正面から取り組むことを可能にする。
分析の結果,コロケーションポートフォリオ管理の最適化には,物理学,経済学,運用ダイナミクスの基本原則に基づいた革新的なテクノロジーが必要であることが明らかになった。日立アメリカのR&D部門では,この要件をサポートするため,メタバースによる設備のデジタル化,局所環境プラットフォーム,エージェント型AIを備えたLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)など,一連の先進的なソリューションを開発した。このテクノロジー主導のポートフォリオアプローチにより,需要主導の成長が促進され,コロケーション施設のポートフォリオ全体でリソースの利用の最適化が実現される。これらのソリューションを活用することで,事業者は過去の慣行ではなく,データドリブンのインサイトに基づく意思決定が可能となり,エネルギー制約や機器不足の課題に直接対処できる。このテクノロジー主導の戦略は,需要主導の成長を促進するだけでなく,ますます競争が激化しリソース制約が強まる市場において,コロケーション事業者の長期的な成功の基盤を確立するものである。
2. ポートフォリオ管理のビジョン
冒頭で概説した第一原理思考に基づくポートフォリオ管理アプローチは,コロケーション事業者が直面する課題に対する戦略的なソリューションを提供する。このアプローチは,収益の最大化とリスクの最小化を図りながら顧客の需要に効率的に応えるため,コロケーション事業者が提供する複数のデータセンター施設,リソース,およびサービスを監視し,最適化する。ポートフォリオ管理戦略は,以下の三つの主要セグメントに焦点を当てることで,電力の制約,サプライチェーンの問題,リソースの制限に対処する。
- 新規の容量
予測される需要に基づき,拡張とアップグレードを計画する。 - 現在の容量
既存のリソースとインフラの利用率を最適化する。 - 総容量
ポートフォリオ全体を管理し,長期的な持続可能性と収益性を確保する。
各セグメントには,それぞれ固有の要件に合わせた運用戦略が必要である。このアプローチでは,市場の需要に動的に適応する相互接続された高効率なデータセンターのネットワークを構築することをビジョンに掲げている。これは,高度なアナリティクスやAIを利用した最適化などの最先端技術を活用し,三つの容量セグメントとその重要な軸(スペース,リソース,電力)においてデータ主導型の戦略を実施することで達成される。ポートフォリオ中心のアプローチは,施設を個別のサイロとして扱うことが多い従来型のコロケーション管理とは異なり,事業者による以下のような施策を可能とする。
- 変動する需要に対応するため,施設間でリソースを動的に配分する。
- ポートフォリオ全体でワークロードと容量のバランスを取ることで,利用率を最適化する。
- 予測分析とリアルタイム監視により,プロアクティブなSLA管理を実施する。
- 十分に活用されていない既存のリソースを活用することで,効率的に容量を拡大する。
コロケーション事業者は,このポートフォリオアプローチを採用することにより,事業全体の相乗効果を活用しながら各容量セグメント内の個別の課題に対処することができる。以降のセクションでは,メタバースやエージェント型AIを活用したスペース最適化,先進的な電力管理システムなど,特定の自社テクノロジーがこのポートフォリオアプローチの中でどのように活用され,革新的な容量計画と管理戦略を構築できるかについて述べる。これらのテクノロジーを導入することで,コロケーション事業者はスペース利用を最適化し,機器の効率を高め,電力を効果的に管理できるようになり,最終的には競争が激化する市場での拡張性のある成長と持続可能な運用を実現する。
3. 容量セグメント全体での利用率の最大化
現在の容量,新規容量,総容量のセグメント全体にわたって利用率を最大化するため,一連の自社テクノロジーが開発された。これらのテクノロジーは,ポートフォリオ管理アプローチにデジタルソリューションを統合することによって各容量セグメントに特有の課題に対処する。
- メタバースによる設備のデジタル化
このテクノロジーは,データセンターの資産および施設について高精度なデジタルツインを作成し,以下を実現する。- 実用的なキャプチャと再構築による設備の包括的なデジタル化
- 高精度なキャプチャと再構築により,最適化されたレイアウトと同期されたオペレーションを実現する,アセットのデジタルツイン
- リソースの断片化を最小限に抑えながら,コミュニケーションとリソース配分を改善するコラボレーションプラットフォームを通じた容量管理と顧客エンゲージメントの強化 このテクノロジーは,クォータ管理ポリシーを統合し,顧客とのやり取りを簡素化することで,特に新規容量のセグメントにおいて顧客体験を大幅に向上させる。
- 局所環境プラットフォーム
このソリューションは,センサーフュージョンと先進的なメータリングシステムを組み合わせることにより,環境のリアルタイム監視制御を実現する。- ラックおよびサーバレベルで温度,湿度,エアフローを正確に追跡する緻密な環境監視
- 最適かつ局所的な環境管理のためのAIドリブンのシステムを通じたHVAC(Heating, Ventilation and Air Conditioning)複数設定点制御の自動化
局所環境プラットフォームはメタバースと統合され,すべての容量セグメントにわたる環境管理を強化し,特に現在の容量最適化に効果を発揮する。
- LLMとエージェント型AIアーキテクチャ
アーキテクチャは以下を通じて戦略的な運用計画を自動化する。- イベントのプロファイリングと要約により,SLA管理と問題解決を改善するアラーム管理
- 外部および内部のシグナルを抽象化して文脈化することで,需要のインサイトを生成し,電力消費を評価し,スペース,リソース,電力の各軸に沿って供給の制約を探る,LLMによる需給の予測と最適化
このテクノロジーにより,長期需要予測の精度が15%向上し,供給の遅れが20%削減されるなど,総容量管理に役立っている。
これらのテクノロジーをポートフォリオ管理フレームワーク内で活用することで,事業者は事業全体の相乗効果を活用しながら個別の課題に対処し,すべての容量セグメントで持続可能な成長を実現できる。
3.1. 新規容量の可視性
新規容量の管理において,コロケーション事業者は既存のリソースを最適化しながら,新規インフラをシームレスに統合するという課題に直面している。メタバース上での設備のデジタルツインは,物理的にデプロイする前にデータセンタースペースの仮想ウォークスルーを提供することで,顧客エンゲージメントを強化し,意思決定を加速するインタラクティブなプラットフォームを提供する。メタバースはCroquetアーキテクチャ上に構築され,ユーザーが3D(Three Dimensions)共有空間で互いの作業を確認しながら対話し,文脈に応じた協力を実現するリアルタイムのコラボレーションを可能にする1)。このアプローチにより,顧客はレイアウト,電力,冷却インフラを視覚化し,要件が満たされていることをリアルタイムで確認できる(図1参照)。
データセンターの新規建設と拡張には多額の設備投資が必要であり,さまざまな債券資本市場へのアクセスが求められる。また,規制上のハードルやサプライチェーンの混乱,労働力不足による,開発コストの上昇とプロジェクトスケジュールの長期化が課題となっている。これに対し,新規顧客への展開に向けた市場投入までの時間を短縮する日立の長期予測および供給リスク管理ソリューションは,ポートフォリオ管理アプローチの利点を強調するものである(図2参照)2)。
図1|仮想現実を活用したポートフォリオ計画とメタバースプラットフォームでの顧客エンゲージメント注:略語説明 LLM(Large Language Model), RoI(Return on Investment), SLA(Service Level Agreement)初期の顧客エンゲージメントから設計検証に至るまでのプロセスを示す。顧客は,重要インフラの3D(Three Dimensions)ビジュアライゼーションを操作し, LLMを使用して共同でレイアウトの修正を行うことで,リアルタイムの最適化を実現できる。このシステムは,現在の機器の空間的,物理的な分布を把握し,時間的な利用率の制約と利用可能なスペースをマッピングし,拡張対象となる隣接ケージ設置場所を特定する。この仮想環境により,リソースの断片化が最小限に抑えられるとともに,承認プロセスが効率化され,計画サイクルが短縮される。
図2|調達ポートフォリオの投資リスクを最小化するサプライチェーン向けの長期的な電力需要予測注:略語説明 AI(Artificial Intelligence),N-MTLR(Neural Multi-task Logistic Regression)長期的な調達計画に焦点を当てた電力需要予測のケースを示す。エージェント型AIを活用した予測により,市場のシグナルを捕捉し,取引成立の最適化を実現する。このシステムは現在の使用パターンや市場動向を分析し,容量の需要を予測することで,プロアクティブな機器調達を行い,サプライチェーンの遅延を最小限に抑える。需要予測をサプライチェーン管理と統合することで,コロケーション事業者は,データドリブンな意思決定を通じて将来の容量を効果的に計画し,投資リスクを低減できる。
3.2. 現在の容量の枯渇率
現在容量の管理において,コロケーション事業者は不透明な利用率管理,過剰消費,余剰容量,リソース配分の断片化,SLA制約による柔軟性の欠如など,大きな課題に直面している。これらの課題に対応するため,先進的メータリングインフラ(AMI:Advanced Metering Infrastructure)とAI支援型仮想監視を局所環境プラットフォームに統合したソリューションが開発された(図3参照)。
AMIシステムは,データセンター全体のリアルタイムセンサーデータを収集し,環境条件とエネルギー利用情報を一元化する。これによって包括的な可視性が提供され,不透明な利用率管理の問題に対処できる。メタバースにおけるAI支援型仮想監視は,リアルタイムHVAC制御を可能にし,過冷却を防ぎ,リソースを効率的に再配分することでエネルギー使用を最適化する。これにより過剰消費に対処し,リソースの配分を改善できる。また,局所環境プラットフォームは,動的なエネルギーモデリングとリアルタイムのセンサーデータを使用して,局所的な環境条件と電力使用パターンを分析し,サーバおよび冷却システムの運用を最適化するとともに,十分に活用されていないリソースを特定する。
これらのコンポーネントは,エージェント型AIによる自動化ワークフローを通じて相互に接続されており,運用者は過剰プロビジョニングや過剰消費をリアルタイムで発見し,アラームを設定してSLA要件を満たすことができる。運用者はシステムによってライブアップデートを共有することで,SLAを守りながらリソースと容量を最適化する調整が可能となる。この統合型のアプローチは,コロケーションデータセンターの現在の容量の管理における課題を効果的に解決し,効率的な運用と顧客満足を実現する。
図3|局所環境プラットフォームとインテリジェントHVAC制御を備えた先進的なメータリングインフラ注:略語説明 AMI(Advances Metering Infrastructure)エージェント型AIによる自動化ワークフローによって接続された三つのコンポーネントから成る統合データセンター管理システムを示す。三つのコンポーネントとはすなわち,リアルタイムセンサーデータのためのAMI,インテリジェントHVAC制御のためのAI支援型仮想監視,予測分析のための局所環境プラットフォームである。これらが連携することで,運用者はリアルタイムの可視性を確保し,リソースを最適化するとともに,SLAを遵守しながら自動管理を行うことができる。
3.3. 総容量利用率と管理
コロケーション事業者が総容量のポートフォリオを管理するには,現在の施設および新規施設全体の容量を包括的に把握し,リソースの割り当てやリスク管理に関する戦略的な意思決定を可能にする必要がある。エージェント型AIフレームワークは,このポートフォリオアプローチが3層のアーキテクチャを通じて容量管理を自動化し,最適化する方法を示している(図4参照)。
図4|エージェント型AIの支援によるタスクベースのアラーム要約とポートフォリオクォータ管理のためのSLA推奨注:略語説明 API(Application Programming Interface),RAG(Retrieval Augmented Generation)アラーム管理およびクォータ管理を通じたフレームワークのポートフォリオ管理能力を示す。エージェントレベルでは,システムは施設間の問題解決タスクを調整する。インスタンスレベルでは,需要,容量,供給に関するインサイトを抽出する。コンテキストレベルでは,知識グラフを構築してインテリジェントな意思決定をサポートする。この階層的なアプローチにより,施設固有のソリューションではなく,ポートフォリオ全体の最適化が可能となる。
このフレームワークのポートフォリオアプローチは,アラームからSLAへのサンプルワークフローを通じて実証されている。このワークフローでは,SLA違反や容量消耗予測に基づいてアラームを生成し,それらをダッシュボードで要約することで,システム性能をリアルタイムで可視化し,運用者に提供する。これにより,運用者はプロアクティブな対応によってSLAを満たすことが可能となり,解決時間を大幅に短縮し,リソース配分を改善できる。アラーム要約ダッシュボードは,アラームのクラスタリングやパターン認識といった機能を通じて,ポートフォリオ全体の可視性を運用者に提供する。また,同図下部は,このフレームワークにおいて,スペース,電力,リソース利用率に基づき,複数施設間の需要・容量・供給に関するインサイトがどのように統合されるかを示している。
このポートフォリオベースの実装により、コロケーション事業者は複数施設のリソース配分を最適化しながら,SLAに準拠し,従来の施設単位の管理を包括的かつデータドリブンなポートフォリオ最適化アプローチに変革できる。
4. おわりに
新規容量,現在の容量,総容量のセグメントを中心としたポートフォリオ管理ビジョンは,コロケーションデータセンター管理の効率化に向けた基盤となる。このアプローチは,事業者が各セグメントの課題と機会に対応することを可能にし,リソース配分,SLA管理,顧客満足度の最適化を可能にする。このビジョンを支える主要なテクノロジーは以下のとおりである。
- メタバースによる設備のデジタル化
コロケーション事業者と顧客が現在の容量を最適化し,新規容量を計画するためのコラボレーションプラットフォームを提供する。 - 局所環境プラットフォーム
すべての容量セグメントにわたって最適な環境条件を確保し,運用効率と持続可能性を向上させる。 - LLMとエージェント型AI
特に総容量管理と将来の需要予測において,インテリジェントな意思決定と自動化を実現する。
これらのテクノロジーをポートフォリオ管理フレームワークに統合することで,利用率の向上,エネルギーコストの削減,市場投入期間の短縮,1 ft2(0.09 m2)当たりの収益増加,顧客維持率の向上といった大幅な改善が実証されている。日立の需要予測システムは長期的な見通しを提供し,メタバースコラボレーションプラットフォームを通じて公共事業者や顧客とプロアクティブな計画を立てることを可能にする。この容量計画とリソース最適化に向けたプロアクティブなアプローチにより,コロケーション事業者の新規施設への資本支出を遅らせるとともに,持続可能な成長と長期的な財務的成功を支援する。
日立は今後も研究開発活動を継続し,顧客のPoC(Proof of Concept)プロジェクトを通じてこれらのイノベーションを検証していく。また,既存の製品ラインと並行して,データセンター向けのデジタルソリューションにおける専門知識を構築することをめざしている。デジタル環境が進化する中,このポートフォリオ管理戦略は,コロケーション施設を次世代デジタルインフラの中核として位置づけ,データドリブンな社会の需要に応える態勢を整えるものである。
参考文献など
- 1)
- D. A. Smith et al., “Croquet-a collaboration system architecture,” First Conference on Creating, Connecting and Collaborating Through Computing, 2003. C5 2003. Proceedings, pp. 2-9, IEEE(2003.3)
- 2)
- N. Zarayeneh et al., “Colocation Datacenter Customer Power Usage Forecasting Using Synthetic Data and Integration of Macroeconomic Indicators,.” 2023 IEEE International Conference on Big Data (BigData), pp. 3453-3457, IEEE(2023.3)