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特集「原子力分野における日立の取り組み」(3)デジタル技術を活用した原子力O&M高度化の取り組み

執筆者

河野 尚幸Kono Naoyuki

  • 日立GEニュークリア・エナジー株式会社 デジタルトランスフォーメーション本部 コンサルティング推進センタ 所属

高田 将年Takada Masatoshi

  • 日立GEニュークリア・エナジー株式会社 デジタルトランスフォーメーション本部 原子力事業開発センタ 所属

屋代 裕一Yashiro Yuichi

  • 株式会社日立プラントコンストラクション エンジニアリング事業部 技術統括本部 研究開発部 所属

大橋 洋輝Ohashi Hiroki

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ ビジョンインテリジェンス研究部 所属

田村 明紀Tamura Akinori

  • 日立製作所 研究開発グループ 環境・エネルギーイノベーションセンタ 原子力システム研究部 所属

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河野 尚幸Kono Naoyuki

  • 日立GEニュークリア・エナジー株式会社 デジタルトランスフォーメーション本部 コンサルティング推進センタ 所属
  • 現在,保全高度化をはじめとする原子力発電所向けのDX新事業の顧客協創に従事
  • 博士(工学)
  • 日本原子力学会会員,日本保全学会会員,日本非破壊検査協会会員

高田 将年Takada Masatoshi

  • 日立GEニュークリア・エナジー株式会社 デジタルトランスフォーメーション本部 原子力事業開発センタ 所属
  • 現在,Lumadaサービスビジネス展開に向けたデジタルプラットフォームの開発に従事

屋代 裕一Yashiro Yuichi

  • 株式会社日立プラントコンストラクション エンジニアリング事業部 技術統括本部 研究開発部 所属
  • 現在,デジタル化施工技術の研究開発に従事
  • 博士(工学)

大橋 洋輝Ohashi Hiroki

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ ビジョンインテリジェンス研究部 所属
  • 現在,マルチモーダル生成AIの研究開発に従事
  • 人工知能学会,情報処理学会会員

田村 明紀Tamura Akinori

  • 日立製作所 研究開発グループ 環境・エネルギーイノベーションセンタ 原子力システム研究部 所属
  • 現在,原子力プラント熱流動技術の研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 日本原子力学会会員,日本機械学会会員,日本保全学会会員

ハイライト

地球温暖化が進行する中,カーボンニュートラルの実現が急務となっている。2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画においても,CO2を排出しない脱炭素電源として原子力発電を最大限活用することが期待されている。そのためには,既設プラントの着実な再稼働に加えて,再稼働後の設備利用率向上が重要である。一方で,日本における少子高齢化や労働力不足の進行に伴い,原子力業界においても人財不足や技術伝承が喫緊の課題となっている。そこで,日立グループではデジタル技術を活用し,これらの課題を解決するための取り組みを進めている。本稿では,メタバース技術や運転中のプラント性能の監視・診断など,原子力発電所のデジタル化の取り組みについて紹介する。

1. はじめに

近年,世界的な気候変動対策の一環としてカーボンニュートラルの実現が求められている。2023年に開催されたCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)において,日本を含む複数の国が「原子力発電を2020年比で3倍にする」という方針に賛同したこともあり1),今後,原子力発電の役割は世界的に一層重要性を増していくと考えられる。日本においても,2030年度の温室効果ガス46%削減(2013年度比),2050年のカーボンニュートラル達成に向けて,第7次エネルギー基本計画2)(2025年2月に閣議決定)を策定し,再生可能エネルギーか原子力かといった二項対立的な議論ではなく,再生可能エネルギー,原子力などの脱炭素電源を最大限活用するという方針が打ち出された。原子力発電には,発電時にCO2を排出しない脱炭素電源としての役割を果たすことが期待されており,その重要性が再認識されている。

原子力発電プラントをカーボンフリー電源として有効活用するためには,既設プラントの再稼働に加え,保全の内容や頻度の適正化を通じて,発電プラントの停止期間中に実施する定期検査の期間を短縮し,設備利用率を向上し,長期サイクル運転や60年運転を実現するなど,既設炉の活用が重要となる。一方,就労人口が減少傾向にある中で,原子力発電プラントのライフサイクルである設計・建設・運用・保守・廃止措置の各プロセスにおいて,持続可能な業務の遂行や運用,維持管理を実現するためには,熟練労働者のノウハウ伝承や,安全と品質を確保しながら少ない人数でも維持管理を行うための業務効率化が必要となる。

これらの課題の解決に向けてはデジタル技術の活用が期待されており,原子力分野においても,国内外でデジタルツインの開発や生成AI(Artificial Intelligence)の活用などが推し進められている。特に原子力分野では,エンジニアリングに関するサイバー空間内の文書データに加えて,現場作業や設備管理などフィジカルな実体が介在するため,現場で生み出されるデータの収集・蓄積と活用がますます重要となる。セキュアにデータを伝送するための通信インフラを前提として,大量のデータの中から所望のデータへの効率的なアクセス,データを閲覧するための簡便なデバイス,それを使いこなす人財の充実などによって,今後,デジタル技術の活用が進んでいくものと考えられる。本稿では,特に,現場向けのメタバース技術や,運転中のプラント性能を監視・診断するHAPPS(Hitachi Advanced Plant Performance Diagnosis System:日立先進プラント性能監視診断システム)など,原子力発電所のデジタル化の取り組みについて紹介する。

2. 原子力発電所におけるデジタル活用

図1|ステークホルダーの業務を革新するデータドリブン発電所図1|ステークホルダーの業務を革新するデータドリブン発電所注:略語説明 AI(Artificial Intelligence)現場データを集約し,デジタルツインで発電所の設計・運用・保守を最適化するプラットフォームの概要を示す。

日立グループでは,原子力発電所の安全・安心な運用を支援するために,デジタル技術を活用したさまざまなソリューションを開発している。将来構想として,それらのソリューションは,現場データを活用した「データドリブン発電所」という,仮想空間上に発電所を再現したデジタルツインのプラットフォームで展開される(図1参照)。計画・設計・現場のデータを収集・集約して,評価結果を現場に実装・反映し,再び,収集したデータに基づいて意思決定を支援する。設計・建設・運用・保守・廃止措置のいずれのフェーズにおいても,ステークホルダーが抱えるさまざまなニーズや課題に対して,データを有効に活用して価値提供や課題解決を行うものである。

2.1 現場向けメタバース

メタバース技術は,遠隔地にいるユーザー同士でも同一の仮想空間を共有し,仮想空間内で同じ事物を見ながら会話をしたり,一緒に活動したりすることができる有効なツールである。原子力発電所においてはプロセスを定めて業務を遂行しているが,現場の設備や作業状況の事務所への伝達,事務所での検討内容の現場への伝達,担当者間の情報共有など,日常的に多様なコミュニケーションが発生する。

これに対して,原子力発電所の現場設備を3D(Three-dimensional)スキャン技術を用いてメタバース空間上に迅速に再現し,これを現場データの蓄積や可視化のためのプラットフォームと位置づけて,生成AIによって容易にデータを利活用できるシステムの構築をめざしている。原子力発電所に対するメタバース活用3)では,発電所の設備や作業を仮想空間に再現することで物理あるいは時間による制約を解消し,複数のステークホルダーで同じ情報を見ながら業務を遂行することで,コミュニケーションの効率化が期待できる。

図2|原子力発電におけるメタバース活用のイメージ図2|原子力発電におけるメタバース活用のイメージ注:略語説明 OT(Operational Technology)3D(Three-dimensional)モデルとAI技術で原子力発電所のオペレーショナルエクセレンスを実現する。

原子力発電所でのメタバース利用とそれによるOT(Operational Technology)ナレッジの活用のイメージを図2に示す。仮想空間には,物理空間の原子力発電所の三次元形状・設備・作業の現場情報が再現され,適宜アップデートされる。そのほか,作業記録・設計図書・図面・画像・映像など,複数のナレッジが埋め込まれ,ユーザーはAIを用いた直感的な操作や検索を行うことができる。生成AIを含むAI技術は,人とシステムをつなぐインタフェースの役割を担う。これにより,原子力発電所のオペレーショナルエクセレンス実現を支援する。

例えば,現場作業の計画や進捗状況について,ステークホルダー間で迅速に合意形成することで,定期検査や大型工事などの現場における作業の安全性や品質の向上,技術伝承の実現に貢献できる。さらに,必要な時に必要な人と同じ情報でコミュニケーションが可能なため,手戻りなどのリスクを低減し,計画どおりの実行が期待できる。

自然言語処理や画像生成などの分野で急速な進歩をみせる生成AIは,テキスト・音声・画像などのマルチモーダルな入力に対して,高度な文章や画像などを生成する能力を持つ。設計図書の検索・収集・要約や,マルチモーダルな情報を用いた比較・分析,蓄積されたナレッジ,対話などによる文書生成支援など,文書の多い原子力業務の効率化への期待も大きい。

三次元空間に現場からの多様なデータを蓄積するには,三次元空間や設備の形状,位置を把握・再構成する点群計測やCAD(Computer Aided Design)化技術に加えて,人の行動を三次元データとして構成・収集する技術も必要となる。また,生成AI技術によって,現場の設備や作業で生じる情報と,事務所に保存されている文書情報などを連携させることで,より有効なナレッジ活用が可能となる。

図3|現場向けメタバースの機能例図3|現場向けメタバースの機能例距離計測,設備情報表示,注釈機能,AI検索機能を備えたメタバースで現場工事の安全性向上と効率化を支援する。

現場向けメタバースとして開発しているシステムの機能例を図3に示す。詳細設計情報(3D CAD)・点群データ・現場画像などを用いてメタバース空間に3Dの原子力発電所をの構築を進めている。認証されたユーザーがログインし,同じ空間で複数のユーザーが使うことができる。これにより,実際の現場に赴かなくても,距離や干渉,設備情報といった現場の状況を適切に把握できる。配管・ケーブル・機器などの敷設ルートの設計・配置の検証や,溶接スペースの確認などをメタバース空間上で行えるようになり,より効率的な現場工事や施工が実現できる。

また,メタバースに生成AIを組み合わせることで,メタバース空間内の設備に関する情報をチャット形式のインタフェースで随時検索・確認することが可能となる。メタバース空間の中に複数のエンジニアやステークホルダーがアバターとなって同時に入り,その場でオンライン会議を実施することも可能であり,生成AIを使って議事録や気づき事項をメタバース空間に貼り付けておくことで,より迅速な意思決定が可能となると期待される。

このようなデジタル技術の活用は,原子力発電所の運用効率を大幅に向上させるだけでなく,安全性の確保にも寄与する。例えば,仮想空間でのシミュレーションにより,潜在的なリスクを事前に特定し,対策を講じることが可能となる。また,遠隔地からもアクセスが可能なため,専門家が現地に赴くことなく,迅速に対応策を検討することができる。

2.2 運転中プラントの性能監視・診断

原子力プラントの信頼性向上・高効率化を目的に,運転中のプラント性能を監視・診断するHAPPSを開発している4),5)。HAPPSは,プラント設計情報に基づく物理モデルを活用してデータ評価を行い,計器ドリフトなどによる誤差を統計的に処理し,真値に近い設備の性能や劣化状態を把握することが可能である。

このことからHAPPSは,計器ドリフトの監視や,リークなどの設備異常の検知,熱交換器・ポンプなどの設備性能の評価,系統機能や熱バランスの高精度な監視など,さまざまな価値を提供する。これにより,プラント停止期間中に実施する保全の内容や頻度を適正化することによって,設備利用率の向上が期待される。また,日立エナジーが開発したLumada APM(Asset Performance Management)など,機器の状態を可視化し,メンテナンスの優先順位付けや設備投資計画の策定を支援するアプリケーション6)とこれらの技術を組み合わせることで,プラントの保全の高度化に寄与することが期待されている。今後は,運転・保全・図書などのエンジニアリングデータに基づく保全を可能にし,設備の安全性・信頼性を確保しつつ,発電プラントの効率的な運転・保守を図ることをめざしている(図4参照)。また,データの蓄積と分析により,設備の劣化傾向を把握し,最適な保全計画を立案することで,継続的な改善が可能となる。

図4|プラントの性能監視・診断の例図4|プラントの性能監視・診断の例注:略語説明 HAPPS(Hitachi Advanced Plant Performance Diagnosis System)物理モデルを活用したHAPPSにより,設備状態を高精度に監視・把握し,プラント性能を最適化する。

3. おわりに

日立グループは,原子力事業のデジタルトランスフォーメーションを進めるにあたり,IT,OT,プロダクトの三つを兼ね備えた「One Hitachi」で一丸となって取り組むことができる強みを持っている。これにより,原子力発電所の安全・安心な運用を支援し,カーボンニュートラルの実現に向けた貢献を続けていく。今後も,デジタル技術を最大限に活用し,原子力発電所の業務効率化や技術伝承,人財育成に力を注いでいくことで,原子力発電への信頼の醸成を図り,安全・安心な運用を実現していく。日立グループの原子力事業は,これからもデジタル技術を駆使して,持続可能な社会の実現に貢献していく所存である。

参考文献など

1)
原子力産業新聞,「原子力三倍化」宣言 さらに6か国が署名(2024.11)
2)
経済産業省,第7次エネルギー基本計画が閣議決定されました(2025.2)
3)
大橋 洋輝,外:インダストリアルメタバース,火力原子力発電,10月特集号,pp. 659~668(2023.10)
4)
日高 悠貴,外:日立先進プラント性能監視診断システム(HAPPS)の開発,日本原子力学会 2022年秋の大会(2022.9)
5)
A. Tamura, et al, An Estimation Method for Bias Error of Measurements by Utilizing Process Data, An Incidence Matrix and a Reference Instrument for Data Validation and Reconciliation,ASME J of Nuclear Rad Sci. Oct 2023, 9(4)(2023.9)
6)
日立ニュースリリース,日立エナジーが,資産パフォーマンス管理ソリューション「Lumada APM」の機能を拡張(2023.10)