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東武鉄道Remoteを活用した空気圧縮機CBM技術フィルタ処理の改良による検知結果導出用データ蓄積期間の短縮

執筆者

北井 瑳佳Kitai Sasuga

  • 日立製作所 研究開発グループ モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ 自律制御研究部 所属

宮内 努Miyauchi Tsutomu

  • 日立製作所 研究開発グループ モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ 自律制御研究部 所属

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北井 瑳佳Kitai Sasuga

  • 日立製作所 研究開発グループ モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ 自律制御研究部 所属
  • 現在,鉄道の保守・データ分析関連業務に従事

宮内 努Miyauchi Tsutomu

  • 日立製作所 研究開発グループ モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ 自律制御研究部 所属
  • 現在,鉄道の保守・データ分析関連業務に従事
  • 博士(工学)
  • 電気学会会員

ハイライト

ICT技術の進歩によって,鉄道の分野では近年,車上に蓄積される運転状況記録などのデータを無線通信でリアルタイムに送信し,モニタリングするオンラインモニタリングが可能となっている。こうした中,日立製作所はこれらのデータを活用した車上機器の状態基準保全技術について,研究と協創を進めている。

本稿では,その活動の一つであるコンプレッサの故障予兆検知技術における,異常予兆判断に必要なデータ取得のプロセスとその期間短縮の取り組みについて述べる。

1. はじめに

近年のICT(Information and Communication Technology)技術の進歩によって,車上に蓄積される運転状況記録などのデータを,無線通信で地上にリアルタイム送信しモニタリングすること(以下,「オンラインモニタリング」と記す。)が可能となっている。代表例として,東日本旅客鉄道株式会社(以下,「JR東日本」と記す。)の通勤車両E235系では,WiMAX(Worldwide Interoperability for Microwave Access)を用いて車両情報制御装置内のデータを地上側に送信している1)。これらのデータには,列車の運転状態・車両状態に関わるさまざまな情報が包含されているため,事故や設備故障時以外にもデータを有効活用することで,保守コスト低減などの鉄道システムの付加価値向上につながる可能性がある。

東武鉄道株式会社と日立が開発した,WiMAXを用いたオンラインモニタリングシステム「Remote」が,2019年より東武鉄道60000系3編成(以下,「WiMAX車両」と記す。)で稼働している。さらに2023年からは,通信規格をLTE(Long Term Evolution)としたRemoteが,東武鉄道60000系6編成や,50000系5編成(以下,「LTE車両」と記す。)で稼働している。また,Remoteから取得される車上データの活用方法の一つとして,車上機器の状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenance)技術について協創を進めている。本稿では,その活動の一つであるコンプレッサの故障予兆検知技術に関して,WiMAX車両のデータを用いて開発してきた手法をまだ取得データ数の少ないLTE車両へ適用するため,異常予兆判断に必要なデータ取得期間の短縮について検討した結果を述べる。

2. Remoteの概要

図1|Remoteのシステム構成図1|Remoteのシステム構成注:略語説明 TCMS(Train Control and Monitoring System)Remoteシステムは,車上サーバ,無線装置,地上サーバから構成され,車上のTCMSに車上サーバを接続することで,車上データを地上サーバに送信している。

東武鉄道に導入しているRemoteの構成を図1に示す。車両機器間の情報伝送を司る車両情報制御装置に車上サーバと無線装置を追加し,公衆無線網を介して,地上サーバへ送信するシステムである。地上サーバへと送信される情報としては,列車位置,速度,運転扱い,AS(Air Suspension)圧,BC(Brake Cylinder)圧などがある。本稿では,これらの情報を用いた鉄道用コンプレッサの故障予兆検知について説明する。

3. 鉄道用コンプレッサの概要と発生する故障事象

鉄道用コンプレッサ(以下,「コンプレッサ」と記す。)は,鉄道車両の空気系統システム(空気式ブレーキや空気ばねなど)で消費する圧縮空気を生成する機器である。コンプレッサには,給油式と,無給油式が存在するが,本研究では,Remoteを導入している東武鉄道60000系車両や50000系車両に搭載されている,給油式コンプレッサを対象とする。

図2|空気系統システムの概要と稼働時間の定義図2|空気系統システムの概要と稼働時間の定義注:略語説明 BCU(Brake Control Unit)空気系統システムは,コンプレッサと,コンプレッサで生成した圧縮空気を使用する空気ブレーキや空気ばねなどの機器から構成される。本稿では,コンプレッサが稼働開始してから稼働停止するまでの時間を稼働時間,稼働停止してから次に稼働開始するまでを稼働間隔と定義し,分析に使用している。

コンプレッサを含めた空気系統システムの概要を図2に示す。コンプレッサは,圧縮空気を蓄積している元空気タンクの圧力値が下限値より低下すると稼働を開始し,上限値に達すると稼働を停止する。したがって,外乱の影響が一切存在しない状態でコンプレッサが稼働した場合は,稼働時間は一定である。しかし,油量減少や漏油などの故障事象が発生すると,空気圧縮性能の低下や蓄圧性能の低下を招くため,稼働時間が増加する。つまり,稼働時間の増加を検知すれば,故障予兆を検知可能と考えられる。一方で,コンプレッサの稼働中に,ブレーキ装置や空気ばね装置などで圧縮空気が消費されると,コンプレッサが正常であっても稼働時間が増加する。それゆえ,稼働時間の増加から故障予兆を検知するためには,ブレーキ装置や空気ばね装置などでの空気消費による増加分を考慮する必要がある。

4. コンプレッサの故障予兆検知方法と課題

4.1 従来手法の概要

ブレーキ装置や空気ばね装置での空気消費量は,各機器の圧力値の変位や走行した地形情報などから推測可能と考えられる。したがって,コンプレッサ稼働中のBC圧・AS圧の変動量の積算値(以下,それぞれ「BC圧変動量」,「AS圧変動量」と記す。)と,コンプレッサ稼働中の地形情報として,コンプレッサ稼働開始時と停止時の列車位置の4条件(以下,「空気消費条件」と記す。)から算出した平均的な稼働時間と実測の稼働時間が大きく異なる場合は,コンプレッサに異常があると考えられる。本研究では,この原理を活用したコンプレッサの故障予兆検知手法を,WiMAX車両のデータを用いて開発済みである2)。手法の概要を図3を用いて説明する。

図3|コンプレッサの故障予兆検知技術の概要図3|コンプレッサの故障予兆検知技術の概要注:略語説明ほか AS(Air Suspension),BC(Brake Cylinder)
※1)正常時の平均値を基準値と仮定。
※2)異常時は稼働時間が長くなる傾向にあることが分かっているため,本手法では,誤差率が負の値の場合は0として扱う。
Step1からStep5までの五つの処理ステップを実施することで,故障予兆を検知する。

Step1:
Remoteデータを稼働時間データ(稼働時間と空気消費条件※1)を算出したもの)に変換して蓄積する。
Step2:
蓄積したデータから,稼働時間との相関が高いBC圧変動量が支配的なデータ(BC圧変動量が2,000 kPa以上かつ,AS圧変動量が300 kPa以下)を抽出する。
Step3:
ある稼働時間データTXに対し,空気消費条件(BC圧変動量と列車位置)が一定範囲※2)のデータを,Step2で抽出したデータから選出する。
Step4:
Step3で選出されたデータの個数が5個以上※3)であれば,それらのデータの稼働時間の平均値を算出し,基準稼働時間TStと定義する。
Step5:
式(1)を用いて,TStに対するTXの偏差を算出する。
式(1)偏差(%)=(TX - TSt)÷TSt×100
Step6:
Step5で偏差を算出できたデータが5個以上※4)ある日に関して,日ごとの平均偏差(以下,「異常度」と記す。)を算出し,異常予兆を判断する。なお,本研究では,外れ値による誤検知防止のため,異常度に対して,日ごとの運用の差を包括できる日数(基本的に7日間)で移動平均した値を使用する。
※1)
空気消費条件として用いるAS圧/BC圧変動量の定義を以下に示す。なお,tsはコンプレッサの稼働開始時刻,tfはコンプレッサの稼働終了時刻, P ´ t は圧力値を5秒間移動平均した値, P ^ t は,圧力値を1秒間移動平均した値である。
式(2)
AS圧変動量(kPa) = 6 × t = t s t f ( P ˙ t P ˙ t 1 ) where P ˙ t > P ˙ t 1 + 2 kPa 式(3)
BC圧変動量(kPa) = 12 × t = t s 5 t f ( P ^ t P ^ t 1 ) where P ^ t > P ^ t 1 + 5 kPa
※2)
BC圧変動量が,センサー誤差から想定される値の差以下かつ,稼働開始位置の差分および稼働停止位置の差分が列車長以下。
※3)
Step4やStep6でのデータ数の閾値は,従来研究で最も検知が高かった値に設定。

4.2 従来手法の課題

4.1に示す手法は,Step2のフィルタ処理により,使用するデータを絞り込んでいる。そのため,Step4やStep6で閾値以上のデータ数を確保するためには,あらかじめ多量のデータを蓄積しておく必要があり,2023年度より新たにデータ取得を開始したLTE車両などの新規車両へ手法を展開するうえで課題となっている。LTE車両の一つである61610編成(2024年5月現在で,約9.5か月分を蓄積済み)へ,データ蓄積期間を2か月刻みで変化させながら従来手法を適用した結果と,それぞれの蓄積期間におけるデータ数・手法の適用可否を検討した結果を図4に示す。同図から,9.5か月分のデータに対して8か月分のデータは追従できており,予兆検知に使用可能と考えられるが,6か月以下のデータでは追従できていない期間が発生し,予兆検知に使用できないことが分かる。2024年5月現在で最もデータ蓄積期間が短いのは,50000系のLTE車両であり,6か月程度の蓄積期間しかない。したがって,すべてのLTE車両へ開発中の故障予兆検知手法を適用可能とするためには,事前のデータ蓄積期間を6か月未満に短縮する必要がある。

図4|LTE(Long Term Evolution)車両への適用例図4|LTE(Long Term Evolution)車両への適用例従来手法では,LTE車両で故障予兆検知可能となるまでに,8か月分の蓄積データが必要となる。

次に,図4の表中に示す8か月分のデータから,フィルタ後のデータ数が約5,000個で,異常度を算出可能な日数の割合が68.8%である一方,6か月分のデータでは,フィルタ後のデータ数が約4,000個で,異常度を算出可能な日数の割合が56.5%となっていることが分かる。このように,蓄積データ数が少ないとフィルタ後に使用可能となるデータ数も少なくなり,Step3において選出されるデータ数が減少する。その結果,Step4で基準時間を算出できないデータが増加し,異常度を算出可能な日数が減少することで,7日間移動平均する際に複数の欠損日が含まれる場合が増える。欠損日の異常度は0としていることから,欠損日が複数含まれると,値が過度に低く算出されてしまう。これが,図4のように6か月未満のデータ蓄積期間では異常度の推移が正しく追従できない要因である。したがって,より少ない蓄積データ数で検知に使用可能とするためには,フィルタを改良し,同じ蓄積データ数でも,フィルタ後のデータ数を多くすることが必要である。

5. フィルタ処理の改良

5.1 従来手法におけるフィルタ処理の概要と緩和策

従来手法におけるフィルタの概要について説明する。空気消費条件として用いているAS圧変動量とBC圧変動量は,AS圧変動量と稼働時間の相関が低く,BC圧変動量と稼働時間の相関が高いことが分かっている。そのため,従来手法では,Step4における基準稼働時間の算出精度向上を目的として,空気消費条件と稼働時間の相関が高いデータを抽出するため,コンプレッサ稼働中のブレーキによる空気消費が多く,空気ばねによる空気消費が少ないデータを抽出している。具体的には,60000系では,ブレーキが動作した場合のBC圧の平均値が160 kPa/個程度で,BC圧は編成で12個あることから,160×12=1,920 kPa程度以上であればブレーキが動作したと考えられる。そのため,BC圧変動量の閾値を2,000 kPa以上と定義した。また,AS圧変動量の大きな値の範囲を分析した結果,停車中の大きな乗客数の変化でばね上重量が変化したことによって車高を保つために空気を消費した場合であり,稼働時間に影響を与えることが分かった。そこで,AS圧変動量が稼働時間に与える影響が小さい範囲,すなわちAS圧変動量と稼働時間の相関関係が最も低下する範囲を分析し,AS圧変動量の閾値を300 kPa以下と定義した。したがって,フィルタ後のデータ数を増やすためには,AS圧変動量が300 kPa以上のデータと,BC圧変動量が2,000 kPa以下のデータを考慮できるようにする必要がある。

フィルタの緩和に向けて,稼働時間との相関が低いAS圧変動量について,その要因を分析した。空気ばねは,一つの台車に2個設置されており,列車の走行中において,差圧弁などによって,それらの間で空気の融通が行われることがある。しかし,60000系のAS圧として取得している情報は,そのうちの1個である。そのため,AS圧変動量が増加しても空気の消費が発生し,稼働時間が増加したのか,前述した空気の融通が発生し,稼働時間は変化しないのかを区別することはできない。これがAS圧変動量と稼働時間との相関が低い要因である。一方,停車中に限って考えると,前述のAS圧変動量が大きな値の範囲のデータで説明したように,空気ばねは乗客数の変化によって空気を消費する。この場合は,一つの車両にあるすべての空気ばねの圧力を同様に変位させるため,稼働時間に影響を与える。したがって,停車中データに絞れば,AS圧変動量と稼働時間に相関が見られる可能性が高いと考えられる。

図5|AS圧変動量と稼働時間の関係図5|AS圧変動量と稼働時間の関係コンプレッサ稼働中に列車が走行していたデータにおいては,稼働時間とAS圧変動量との相関が見られず,コンプレッサ稼働中に列車が停止していたデータにおいては,稼働時間とAS圧変動量との相関が見られる。

本仮定を確認するため,手法開発に用いたWiMAX車両の一つである61616編成の約3年分(64,842個)のデータを,走行中にコンプレッサが稼働したデータ(以下,「走行中データ」と記す。)と,停車中にコンプレッサが稼働したデータ(以下,「停車中データ」と記す。)に切り分けて,それぞれで稼働時間との相関を確認した。その結果を図5に示す。なお,図中の近似線は,最小二乗法により線形近似した結果である。同図(a)に示すように,走行中データでは,決定係数が0.0096であり,これを相関係数に直すと0.098のため,AS圧変動量と稼働時間にはほとんど相関は見られない。一方,同図(b)に示すように,停車中データであれば,決定係数0.047から相関係数は0.22であり,AS圧変動量と稼働時間には弱い相関が見られる。特に,AS圧変動量の値が高い範囲では,稼働時間と相関があるように見られるデータが存在することが分かる。そこで,走行中データと停車中データで,フィルタや空気消費条件の扱い方を変えることで,使用可能なデータ数を増加できると考えた。以下では,従来手法におけるStep2(データフィルタによる使用データの絞り込み)と,Step3(空気消費条件を用いた過去データの抽出)を,走行中データと停車中データに切り分けた手法について,検討の結果を説明する。

5.2 走行中データのフィルタおよび空気消費条件の検討

走行中データにおけるフィルタと,空気消費条件を検討する。BC圧変動量と稼働時間との関係は,分析の結果,相関係数が0.81であり,強い相関が見られることが分かった。一方,前述の図5(a)に示したように,走行中データでは,AS圧変動量は稼働時間との相関がほとんど見られない。このように走行中データに関して,BC圧変動量と稼働時間の関係およびAS圧変動量と稼働時間の関係は従来手法と変わらない。これは,走行中データが稼働データ全体の約9割を占めているためである。そこで,走行中データでは,従来手法と同じBC圧変動量が支配的となるデータを用いるが,BC圧変動量のフィルタを緩和することで,データ量を増加させる方針とする。また,走行中データに限れば,AS圧変動量は稼働時間にほとんど影響を与えないと考えられるため,AS圧変動量に関してはフィルタを設けない。

次に,BC圧変動量のフィルタを検討するため,ブレーキ動作時のBC圧の推移を確認する。BC圧の変化量は,分析の結果,減速開始時は100 kPa程度であることが分かった。したがって,各BC圧が100 kPa以上であれば,ブレーキによる空気消費が開始されたと考えられる。このため,BC圧変動量のフィルタは「100 kPa×1編成当たりのBC圧取得数」が適切と考えた。本検討の対象車種である東武鉄道60000系では12個(1両当たり2個×6両編成)のBC圧を取得しているため,100 kPa×12個=1,200 kPaのフィルタを適用した。

次に,空気消費条件に関して検討する。走行中データは,前述の通り稼働データの約9割を占めており,従来手法とBC圧変動量やAS圧変動量の稼働時間に対する相関関係は変わらない。そのため,空気消費条件に関しては,従来手法を踏襲し,BC圧変動量と列車位置を用いる。

5.3 停車中データのフィルタおよび空気消費条件の検討

停車中データにおけるフィルタと空気消費条件を新たに検討する。最初に,AS圧変動量のフィルタについて検討する。停車中データは,前述の図5(b)に示すとおり,AS圧変動量が大きい範囲で稼働時間との相関が見られる。したがって,AS圧変動量に関しては,AS圧が変動し,空気を消費したと考えられる値でフィルタすることで,稼働時間との相関が高い範囲のデータを抽出する。

61616編成をはじめとするWiMAX車両のデータはAS圧を取得しておらず,乗車率からAS圧を逆算している。したがって,乗車率が変動したと考えられる値から閾値を設定する。ベースとなるAS圧は5 kPa/bitのデータであり,センサー誤差により常時±5 kPa変動することが分かっている。AS圧を乗車率に変換すると,5 kPaで約1%となる。また,乗車率データも常時±1%は変動していることが確認できる。したがって,±2%以上変動したときに,乗車率が変化したと定義した。ここで,乗車率は1%/bitのデータのため,AS圧から乗車率に変換された際に,小数点以下が丸め込まれている。そのため,乗車率からAS圧に変換すると,乗車率1%は,変換誤差により4~6 kPaとなる。よって乗車率の±2%をAS圧に変換すると,±12 kPa以上変動したときとなる。乗車率データは車両ごとに一つ取得しており,60000系は6両編成のため全部で6個のデータがある。以上のことから,12 kPa×6個=72 kPa以上の値であれば,すべてのAS圧が変動したと定義した。なお,LTE車両の場合は AS圧を取得しているため,AS圧をそのまま活用する。LTE車両におけるAS圧のセンサー誤差は,±5 kPaであるため,一つのAS圧データで10 kPa以上変動した場合に,変動したと定義できる。LTE車両は,1両当たり2個のAS圧データがあるため,6×2×10=120 kPa以上の値であれば,変動したと定義した。以上より,WiMAX車両では72 kPa,LTE車両では120 kPaをフィルタとして設定する。

次に,BC圧変動量のフィルタを検討する。BC圧変動量は,式(3)に示すように,コンプレッサ稼働開始の5秒前から取得している。そのため,長時間の停車中にコンプレッサが稼働開始した場合を除き,停車直前のブレーキ動作によるBC圧の変動が含まれる。そこで,走行中データと同様に1,200 kPaのフィルタを用いることが適切と考えた。

最後に,空気消費条件に関して検討する。前述のとおり,停車中データでは,乗客乗降による空気消費と稼働時間の相関が高くなると考えられるため,AS圧変動量を空気消費条件として用いることが適切と考える。一方で,停車中は列車の位置は変化しないため,走行中データで用いた列車位置に関しては不要と考える。ただし,駅の地形特徴(曲線や勾配)による列車の傾きから変動量に特徴が出る可能性はあるため,駅名を空気消費条件とする。また,BC圧変動量はコンプレッサ稼働の5秒前から積算しており,稼働時間に影響するため,BC圧変動量も空気消費条件とする。

5.4 提案手法の概要

5.2,5.3で検討した走行中と停車中のデータを分けた手法の概要について,従来手法との差異を比較して説明する。図6に,従来手法および提案手法の概要を示す。従来手法と提案手法の最も大きな差異は,提案手法では,走行中データと停車中データで,フィルタおよび空気消費条件を分けていることである。走行中データに対しては,空気消費条件は従来手法と同じであるが,AS圧変動量をフィルタから外したことと,BC圧変動量のフィルタの値を変更することでデータ数を増加させている。また,停車中データに対しては,従来手法では用いなかったAS圧変動量を空気消費条件として用いることで,従来手法で考慮していなかった,AS圧変動量が大きい値のデータを扱えるようにし,データ量を増加させている。これらの差異により,使用可能なデータ数をデータ全体の4割程度からデータ全体の6割程度と約1.5倍に増加させている。次章では,従来手法と提案手法による誤差率の算出精度の検証と,データ数増加の有効性を確認する。

図6|従来手法と提案手法の比較図6|従来手法と提案手法の比較※)LTE車両の場合は,フィルタはAS圧変動量120 kPa以上,判定閾値はAS圧変動量±10 kPa以下。提案手法では,データを走行中データと停車中データに分割し,それぞれのデータに対して適切なフィルタを設定している。

6. 実データを用いたデータ蓄積期間短縮効果の検証

6.1 WiMAX車両データを用いた検知精度の比較

提案手法によってデータ数を増加させたことで,従来手法と比較して異常度の算出精度や異常予兆検知の精度がどの程度変化したか,以下の二つの観点で検証した。

  1. 異常度の7日間移動平均の算出精度の比較
  2. 異常度の7日間移動平均の推移の比較

比較には,検知に用いる異常度の7日間移動平均を用いる。検証には,WiMAX車両の3編成(61616編成,61617編成,61618編成)のデータを使用した。

  1. 異常度の7日間移動平均の算出精度の比較
    WiMAX車両3編成のデータを用いて,従来手法と提案手法における,7日間移動平均の値の平均値と最大値を比較した。比較結果を表1に示す。なお,各編成とも,給油などのメンテナンスが実施された日の前1か月間を除いたデータ(以下,「正常データ」と記す。)を用いて算出した。表1に示すように,提案手法の方が平均値で0.04~0.09%,最大値は0.11~0.40%の上昇となり,やや算出精度は悪化することが分かる。ただし,60000系では稼働時間が平均65秒程度であることから,平均値の0.09%では0.06秒,最大値0.40%でも稼働時間で考えると0.26秒の差となる。稼働時間の取得単位は1秒であるため,最大値の0.26秒差でも,稼働時間の検出精度以下である。したがって提案手法は,従来手法と同等の算出精度と考える。
  2. 異常度の7日間移動平均の推移の比較
    WiMAX車両3編成のデータを用いて,従来手法と提案手法の異常度の7日間移動平均の推移を比較した結果を図7(a)から(c)に示す。各編成とも異常度の全体的な上昇や下降の傾向は同じであり,従来手法において,正常時の最大値を基に設定した閾値を,提案手法も従来手法と同じタイミングで超過し,給油を検知できていることが分かる。以上のことから,提案手法を用いても従来手法と同等の検知精度があると考えられる。以上の検討から,提案手法によってフィルタを緩和し,データ数を増加させても,従来手法と同等の検知精度があることが分かった。

表1|異常度の算出精度の比較表1|異常度の算出精度の比較提案手法と従来手法の異常度算出精度の差は,稼働時間の計測誤差以内であり,提案手法でも従来手法と同程度の精度があることが分かった。

図7|異常度の7日間移動平均の推移の比較図7|異常度の7日間移動平均の推移の比較提案手法と従来手法で,異常度推移に変化はない。

6.2 LTE車両データを用いた効果検証

図8|元データ数と異常度を算出可能な日数割合の関係図8|元データ数と異常度を算出可能な日数割合の関係61616編成のデータ数は平均80個/日のため,従来手法では37,429÷80=467日,提案手法では33,408÷80=417日となり,約50日の短縮が見込める。

図9|61610編成への手法適用結果の比較図9|61610編成への手法適用結果の比較提案手法により,従来手法ではデータ取得期間中には検知が困難であった事象も検知可能であることが分かった。

提案手法によるデータ数の増加によって,どの程度データの蓄積期間を短縮可能か検討した。

図4に示す結果より,60000系LTE車両では,異常度を算出可能な日数の割合が68.8%あれば,予兆検知が可能となることが分かっている。そこで,具体的な蓄積期間の短縮日数の見込みを概算する。従来手法,提案手法それぞれの,元データ数と異常度を算出可能な日数の割合をプロットした結果を図8に示す。同図に示すデータプロットの近似線から,68.8%の割合で,異常度を算出可能となる日数を算出した結果,データ取得日数を約50日短縮可能な見込みが得られた。必要なデータ取得期間が50日低減できるとすると,LTE車両では,図4に示したとおり224日必要であったのに対し,174日,すなわち6か月程度で結果抽出が可能となると考えられる。

次に,LTE車両におけるデータ蓄積期間を6か月と仮定し,実際に予兆検知が可能か検証した。LTE車両の中で,データ蓄積期間の直後に給油などのメンテナンスを実施した検査記録がある61610編成のデータにおいて,提案手法と従来手法それぞれを適用した。結果を図9に示す。なお,61616編成のデータ取得開始は,2023年7月21日で,2024年1月20日までがデータ取得期間であり,その直後の2024年2月16日に1.5 Lの給油が確認されている。そのため,給油後の期間を正常値とみなし,その最大値から1.0%で閾値を仮定した。図9から,従来手法では,給油前に閾値を超過せず給油を検知することは困難であるが,一方で,提案手法では給油前に閾値を超過しており,検知可能であることが分かる。

以上の検討から,提案手法によって6か月程度のデータ蓄積期間でも異常予兆検知が可能となり,最もデータ蓄積期間の短いLTE車両50000系車両にも予兆検知手法を適用可能な見込みを得た。

7. おわりに

本研究では,Remoteで取得した車上データを活用した鉄道用コンプレッサのCBM実現に向けた故障予兆検知技術について,異常予兆判断に必要なデータ蓄積期間の短縮を目的としてフィルタ処理を検討した。走行中データと停車中データに分割して,それぞれに対して最適なフィルタを適用することで,余分なデータ削減を防止し,使用可能なデータ数を増加させ,事前のデータ蓄積期間を約40日短縮可能なことを確認した。現車データへ適用し,LTE車両において6か月のデータ取得期間で故障予兆検知が可能であり,最もデータ蓄積期間が短い50000系LTE車両へ手法を適用可能な見込みを得た。

今後は,LTE車両をはじめとした新規車両へ手法を適用し,検知基準の自動生成手法や検知精度向上について検討を進める予定である。

参考文献など

1)
中村 信彦,外:JR東日本次世代通勤車両E235系の概要,計測と制御,pp.138~141(2017.2)
2)
北井 瑳佳,外:鉄道車両の遠隔データを活用したコンプレッサの故障予兆検知技術の検討,令和6年電気学会全国大会 講演論文集(4),pp.279~280(2024.3)