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北海道大学×日立北大ラボ 第5回フォーラム2025地域の未来を創る地域の課題の複雑さ・多面性の理解と解決のヒント

ハイライト

日本政府は成長戦略の中核として「地方創生2.0」を掲げ,デジタル技術と地方創生を組み合わせることで,東京一極集中の是正と経済成長をめざしている。2025年3月に開催された北海道大学×日立北大ラボ第5回フォーラムでは,制度や文化などの多面的な要素を含む地域課題の複雑さや多面性に向き合い,解決策のヒントを探るべく,最前線で課題に取り組む関係者の活動を紹介するとともに,一次情報とそこから得られる「気づき」の重要性が共有された。

北海道大学×日立北大ラボ 第5回フォーラム2025 地域の未来を創る 地域の課題の複雑さ・多面性の理解と解決のヒント

開会挨拶

寳金 清博寳金 清博
北海道大学 総長

藤井 裕藤井 裕
北海道経済連合会 会長

北海道大学と日立製作所のオープンイノベーションの拠点として,2016年に開設された日立北大ラボは,過疎化や少子高齢化をはじめとする社会課題の解決と持続可能な地域社会の実現をめざし,パートナーとの協創を通じて健康・産業・エネルギーが好循環する共生のまちづくりを推進している。

こうした中,「地域の未来を創る」をメインテーマとして,第5回となるオープンフォーラムが開催された。北海道大学の寳金 清博総長はフォーラムの開催に先立ち,次のように述べた。「設立から約9年間,北海道大学と日立製作所は北海道ならではの課題に取り組んでまいりました。現在,世界ではDEI(Diversity, Equity, and Inclusion)に強い逆風が吹きつけています。しかしながら,複雑で多面的な地域の課題を解決するうえでは,当事者となる多様なステークホルダーが集まって議論することが欠かせません。本フォーラムを通じて,地域課題の複雑さ・多面性を理解し,解決のためのヒントを探ることができればと思います。」

また,北海道経済連合会の藤井 裕会長は,「課題先進地域といわれる北海道ですが,一方ではウクライナ紛争や令和の米騒動を受け,日本の食糧生産基地として北海道の存在意義はますます高まっています。また,コロナ禍を経て観光分野が活性化しているほか,先端半導体の工場の適地としても期待されています。これらは北海道の経済や産業を活性化させる絶好の機会です。本フォーラムを通じて,地域の課題やその解決に向けた活動への思いをご共有いただければと思います。」と述べた。

基調講演
サッカースタジアムを『共助のコミュニティ』に

岡田 武史岡田 武史
株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長

山本 理人[インタビュアー]
山本 理人
北海道教育大学 岩見沢校 岩見沢キャンパス長

山本本フォーラムのテーマは「地域の未来を創る」です。基調講演では,サッカー日本代表監督を務め,現在は愛媛県今治市を拠点にサッカークラブFC今治のオーナーを務めておられる株式会社今治.夢スポーツの岡田武史代表取締役会長にお越しいただきました。岡田監督が今治という地域で,サッカー文化という資源を使って何をしようと思ったのか,「よそもの」として地域に入っていった時のエピソードも含めて伺えますでしょうか。

岡田今治へ行ったのは今から10年前になります。最初はサッカー日本代表が世界で勝つために,自ら判断して主体的にプレーする選手を育てるためにはどうすればいいのか,それだけを考えていました。そんなとき,あるスペイン人のコーチから,スペインにはサッカーの型があり,それを16歳までに教えてあとは自由にさせるのだと聞きました。高校生から戦術を教える日本のサッカーとは真逆です。それならわれわれも,そういうクラブをつくりたいと思い始めて,今治で四国リーグのアマチュアチームを持っていた会社経営者の先輩を訪ねました。こういうことやってみたいんですけどと伝えたら,是非やりなさいと,ただし会社の株式を51%取得してからと言われまして,その結果お金もないのにオーナーになってしまいました(笑)。会社経営を始めるにあたっては,「次世代のため,物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という企業理念を掲げました。地球というのは有限ですから,皆が成長しようとしたら資源の取り合いになるのは当然です。その時に,数字で表せる物質的な成長だけではなく,数字で表すことのできない文化的な成長で幸せに生きていく道が必要だと思ったからです。
最初のうちは,「今治のことを分かっていない」というような耳の痛いお言葉もいただいて,何をやってもうまくいかない時期もありました。ですがある時,気づいたんです。当初6人のメンバーで活動をしていたのですが,今治市に友達がいる人は1人もいなかった。「サッカーを見に来てください」と言うより前に,僕ら自身が今治を見に行かなければならなかったんです。それからは,地域に溶け込むことに注力しました。友達を何人つくると目標を決めたり,困ったことがあればなんでも言ってくださいと高齢者の方にお声がけしたりして,本当になんでもやりました。そうしてつながった方々が少しずつサッカーを見に来てくれるようになって,今に至ります。

山本岡田監督ご自身がさまざまな形で動かれたのは大きかったのではないかと感じます。一方で,お金を生み出して継続する事業活動と信頼の醸成を同時に回していくことには難しさもあったのではないでしょうか。

岡田企業理念として目に見えない資本の重要さを掲げてはいますが,もちろん目に見える資本がないと食べていけません。企業理念を実現するためには,現実的に働かなければいけないんです。だから僕はビジネスには厳しいですよ。赤字が出たら,どうすれば黒字になるか考えてもらいます。雨が降ると観客が減るのは仕方ないと考えるのではなくて,どうして雨が降ったらだめなのか,雨が降ってもお客さんに来てもらえるものはないのか,頭から決めつけずに問い直すのが大切です。

山本理念だけではなく,実際にビジネスモデルを構築していくことが重要ですね。会社やサッカーチームなど,集団をマネジメントするにあたって大切にされている視点はありますでしょうか。

岡田資本主義が行き詰まり,格差と分断でポピュリズムが台頭して,AI(Artificial Intelligence)の登場で何が本当かも分からない,ロールモデルのない時代がやってきます。前例がないから何事も自分で判断してやるしかないのですが,すると半分は失敗する。Error and Learnの時代です。そういう中で僕らに残された唯一の希望は,共助のコミュニティをつくっていくことだと思っています。失敗しない方法を学ぶのではなく,失敗して学んでいく。そのためには主体性を持った人々が集まって,力を合わせなければなりません。皆が同じことをやっていたら一度のつまずきで共倒れになりますから,多様な人々がお互いを認め合う組織をつくる必要があります。そこで最も大事なのは,相手の存在を認めるということです。20~30人のチームが,全員仲良しということは一度もありません。それでも「こいつ,どうも反りは合わないけど,パスしたら絶対点を決めてくれる」というように,勝利という共通の目的のためにお互いを認め合うことが大事なんです。

山本自律分散型の組織においては,メンバーそれぞれが共通の目的を有していることが前提ですが,その中でも価値観や判断が異なる場合もあるかと思います。組織をつくるプロセスの中で,そういった難しさはありましたでしょうか。

岡田失敗だらけですよ(笑)。とにかく何かやってみて,言ってみる。そして違ったらやめる。僕はよく「朝令朝改」と言われますが,間違っていることはすぐにでも変えた方がいいでしょう。リーダーシップ,あるいはキャプテンシーというのは,私利私欲のない意思がなければだめなんです。夢や目標に向かって一生懸命に,リスクを冒してチャレンジする人にこそ人がついてくる,そして組織が一つの方向に進んでいくものだと思っています。

山本リーダーのあり方というものは,組織のあり方によっても相対的に変わると思います。岡田監督の考えるこれからのリーダーのあり方や,リーダーシップを育むという点について,もう少しお話いただけますか。

岡田困難やプレッシャーを乗り越えたときにこそ,人は成長します。欧米の企業には解雇という出口のプレッシャーがありますが,日本では簡単には解雇できないうえにプレッシャーを与えることも難しい。となると,本人をその気にさせて心に火をつけるしかないんですよね。「助けて」と言っているからといって助けると,手を離したらまた落ちる。でも,放っておいても半数くらいは,必死に自力で這い上がってこようとするんです。本人に成長しようという意志がなければ成長はできません。僕はFC今治高校の学園長でもあるのですが,生徒を指導する際には三つの質問をするようにコーチ(教師)に言っています。何かあった時にはまず「どうしたの?」と。でもそこで,コーチの考えを言ってはいけません。「それで君はどうしたいの?」と聞くんです。そのうえで「コーチに何ができる?」と,これらの質問を繰り返すことで主体性が出てきます。2024年7月に開催された中学3年生向けのオープンスクールでは,企画から運営まですべてを1期生の生徒たちが仕切って,大いに盛り上げてくれました。そうやって色々なことをやっていくうちに街が変わり始めて,「今治はもうだめだ」と言っていた人が「変わるかもしれない」という意識を持ち始めた。僕らだけでなく行政もさまざまな取り組みをしている中で,ついに人口減少が止まり,2023年には年間の移住者が3,000人を超えました。地方に若者の仕事をつくったり,企業を誘致したりすることも大事かもしれませんが,そこに住んでいる人が幸せそうに生き生きとしていることが何より重要なのだと教えられましたね。

山本ありがとうございます。最後に,今後の展望や希望について教えていただけますでしょうか。

岡田紛争や社会課題が山積する中で,今,世界が絶望し始めている,諦め始めていると感じています。それでもわれわれは,次世代に希望を残さなければなりません。脚本家の倉本聰先生と一緒にやっている「富良野自然塾」という環境教育の中に「地球の道」というプログラムがあります。これは46億年の地球の歴史を460 mに置き換えて,歩きながら説明していくというものなのですが,ホモサピエンスが生まれるのは460 mの最後の2 cmなんです。ネイティブアメリカンの人々は,「地球は子孫から借りているもの」,すなわち地球はご先祖さまから受け継いでいるものではなく,未来に生きる子どもたちから借りているものだと言い伝えています。今日の株価,経済も大事ですが,これから生まれてくる子どもたちの時代をどうするべきかと考えると,さまざまな社会課題の答えが見えてくるのではないかと思います。

講演1
人口減少とその先のゆとりある社会

玉腰 暁子玉腰 暁子
北海道大学 医学部 教授

日本では少子高齢化がいわれていますが,これまで多くの方が「長生きしたい」と願ってきたのですから,それが実現しているという意味では高齢化自体は悪いことではありません。したがってどちらかというと,少子化の方が問題として大きいと考えられます。そこで,年齢階級別の出生率を1975年と2015年で比べると,ボリュームゾーンであった20代で子どもを産む女性の割合は半数以下になっていますが,30代以上ではむしろ増加しています。また,配偶者がいる方に限ってみると20代でもその比率は変わっておらず,それ以上の年齢層では高くなっています。つまり,非婚化,晩婚化が出生率低下に影響を及ぼしていることが分かります。少子化が進めば,当然働く世代が減りますので,働き手は減っていくはずなのですが,実際には労働力は下がっていません。これを補っているのが高齢者と女性です。しかし、女性に関しては,仕事と家庭を両立できる社会をつくらなければ,結婚はしない,あるいは結婚しても子どもを生まないという選択になりかねません。今後はこれまで以上に,限られた人数と時間の中で効率的に働ける工夫が重要です。

また,都市圏への人口集中も課題です。人口が過密になると住宅費用は高くなり,結婚や子どもを持つことへのモチベーションが下がりますし,災害時のリスクも高まります。さらに今後,都市圏が全体的に高齢化してくると,それを支えるためにまた地方から若手が流入するという悪循環が起き,地方の過疎化が進んでしまいます。すると,地域の交通や電気・水道など,生活インフラの費用はどんどん高くなる。このアンバランスは,非常に大きな問題です。また人々の健康という観点からは,人は一般的に社会参加をしている人の方が健康的に暮らすことができ,認知機能が保たれるということが分かってきているのですが,人が減っていく中でいかにそうしたつながりをつくるのかも課題になります。

一方で,科学技術が加速度的に進展する中で,大人も子どももスマートフォンを持つ時代になりました。世代格差の問題はあるものの,デジタル技術によって距離を克服し,離れた場所にいる人々がつながることで,さまざまな可能性が広がると考えています。AIなどの助けによって効率的に仕事ができるようになれば,空いた時間を人に寄り添うことや心豊かに暮らすことに振り向けることもできるかもしれません。

次世代を担う子どもたちがいかに心豊かに生きていけるかというのは,現代の大きな課題です。北海道大学では,皆が生き生きと幸せに生きられる社会づくりに向けて,多世代が交流し,「持続可能でゆとりある社会システムデザイン」の共創拠点を立ち上げました。北海道各地のさまざまな暮らしと課題をひも解きながら,私たちにできることを考えていきたいと思います。

講演2
北海道から始める日立の新たな挑戦

橋本 貴之橋本 貴之
日立製作所 日立北大ラボ ラボ長

2016年の設立以来,日立北大ラボは地域社会との信頼関係の構築と地域課題に取り組む土台づくりに努め,岩見沢市との連携を起点として「医療・健康」ならびに「数理最適化」の二つのテーマを柱に研究開発を推進してまいりました。

ここでは日立北大ラボで行っているフィールド実証について,具体例をご紹介したいと思います。

  1. 低出生体重児の低減に向けた取り組み
    腸内たんぱく質と腸内細菌多様性の相関を実証し,簡易計測手法の開発を通じてこれらの検査期間を1/4に短縮しました。これらの知見を,ライフステージを通じた健康データ統合プラットフォームに実装して妊婦の健康状態を可視化し,栄養状態をはじめとした情報のフィードバックを行う取り組みの結果,岩見沢市において低出生体重児の比率を10.4%から6.3%まで低減することができました。昨年10月には北広島市・北海道大学を含めた4者と同様の取り組みに関して契約を締結し,コストの削減とモデルの改良に取り組んでいるところです。
  2. エネルギー地産地消の取り組み
    エネルギーの地産地消を促進するナノグリッドの実証サイトを岩見沢市に構築し,太陽光パネルや温泉ガスなどの地産エネルギーを用いて,農業支援や生活支援,防災に取り組んでいます。充電拠点で充電したバッテリーを地域に点在する農家に配送し,農業機器の駆動や,農家の電力ピークカットに活用しており,バッテリーの稼働率向上および設備コストの削減に向けて,バッテリー配送ルートの最適化をはじめとしたさまざまな取り組みを行っています。

フィールドワークと現場主義,弱者の視点は,地域課題の解決に欠かせない要素です。日立北大ラボは,こうした北海道大学の強みであるフィールドワークを通じて本質課題を抽出し,地域社会との連携を強化して,社会イノベーションを生み出すことをめざしています。地域課題を縦横の二つの軸で理解・構造化し,縦の軸ではグローバルからフィールドまでマクロとミクロの両面で考察し,横の軸では都市と地方の観点で,都市への資源集積から地域循環・双方向・多様性に移行する中での課題と事業機会を探索します。日立北大ラボは,地域課題のシンク&ドゥタンクとして地域課題をワンストップで構造化し,ソリューションをプロデュースするとともに,地域経営ナレッジの蓄積,人財育成に取り組み,デザイン思考・デザイン経営の視点を取り入れながら,首長視点で地域経営を担う地域課題の専門家集団をめざしてまいります。

講演3
北海道における地方創生への取組

島津 泰島津 泰
東日本電信電話株式会社 執行役員 北海道事業部長

東日本電信電話株式会社(NTT東日本)は地域循環型社会の協創を掲げています。自らをソーシャルイノベーションパートナーと位置づけ,地域通信事業で培った通信ビジネスのノウハウやサービス,設備などのアセットを活用して地域の方々の課題や要望を伺いながら解決を図る,伴走型の支援に取り組んでいます。

例えば農業分野では,単に伴走するだけでは分からない農家の方の苦労や課題を理解し,それに対する現実的な解決策を生み出すために,株式会社NTTアグリテクノロジーという会社を立ち上げまして,若手の社員が数十人単位で実際に農業に従事し,レタスやトマトを栽培しながら,ICT(Information and Communication Technology)機器を導入して生産性向上を実証しております。その他にも,インフラ設備の予防保全実現に向けた道路台帳のデータ化,AIスピーカーを用いた高齢者の見守り,産官学の関係者やベンチャー企業の経営者などがつながるデジタルコミュニティHOP(Hokkaido Open Platform)の形成など,さまざまな取り組みを進めているところです。

北海道は非常にポテンシャルが高いエリアです。再生可能エネルギーの潜在力や食料自給率を見ても分かるとおり,正に北海道が日本全体を支えていると言っても過言ではありません。国際紛争などを受けて経済安全保障が課題となる中で,北海道の生産力を守ることが日本を守ることにつながると考えています。

一方で,少子高齢化などの全国共通の課題に加え,北海道にはさらに,広い土地に農業や水産業,森林資源,エネルギー資源が分散しているという課題があります。通信事業者として,今後はエリア単位のDX(デジタルトランスフォーメーション)とともに,エリア間のリソース共有を通じてネットワークの力で距離を縮めていきたいと考えています。

これに関連して,IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)という技術を用いたネットワークの構築を検討しています。これは当社が世界の団体と協力しながら標準化を進めている技術で,現在の一般的な通信と比べて伝送容量は125倍,遅延は1/200と飛躍的に性能が向上し,消費電力を抑えながら大容量の通信をリアルタイムに行うことが可能となります。北海道庁,北海道大学をはじめとした関係機関と共同での実証などを経て,今後はIOWNを北海道バレー※1)エリアに面的に整備しようと考えています。地方においても札幌にいるのと変わらない教育を受けられる,機器を遠隔操縦して地方の開発を行える,そんな未来をつくっていくお手伝いがしたいと思っています。

※1)
苫小牧から石狩を結ぶ一帯をDX・GX(グリーントランスフォーメーション)の拠点と位置づけ,半導体産業集積地として開発するという,Rapidus株式会社が提唱するプロジェクト。

鼎談
地域課題とデザイン

近藤 篤祐近藤 篤祐
モリタ株式会社 代表取締役

小林 兼小林 兼
株式会社ファイターズスポーツ&エンターテインメント 執行役員

丸山 幸伸[モデレータ]
丸山 幸伸
日立製作所 デザインセンタ 主管デザイン長

丸山日立は1950年代から今日までの約70年間,デザインに取り組んでまいりました。プロダクトデザインやグラフィックデザインだけではなく,人間工学や情報工学に基づくユーザビリティをデザインに取り込み,さらにこの20年ほどは,お客さまの価値や経験のデザインも視野に入れて活動を続けております。本日は,紙箱づくりを手掛けるモリタ株式会社でデザインを核にした経営をされている近藤様と,そして北海道北広島市の北海道ボールパーク※2)Fビレッジ(以下,「ボールパーク」と記す。)でまちづくりに取り組む株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメントの小林様にお話を伺いながら,社会課題解決や経営に対するデザインの価値について議論できたらと思います。まず,地域の社会課題解決にデザインを生かすという観点から,お二方のご経験をお話しいただけますでしょうか。

近藤私は札幌市白石区で,紙箱,パッケージをつくる町工場を経営しております。デザインというのは崇高な先生に依頼をしてやってもらうような,まったく違う世界のことだと思っていたのですが,視点を変えないといけないと思って自分自身がデザインの学校に通いました。すると,視点を変えるということ自体がデザインなのだと分かってきて,さまざまなデザイナーさんともつながりができ,結果的に会社の付加価値が上がっていると実感しています。

小林ボールパークのキャッチフレーズは,スポーツを中核にしたまちづくりです。野球は当然中核にあるのですが,着工前にボールパークのデザイン像を見たとき,これは野球ファン以外の方々にも興味を持ってもらえるプロジェクトだと感じました。グランピング施設や幼保一体型の子ども園,農業学習施設やマンションなど,日常の機能と非日常の機能をミックスしていることがこのエリアの特徴です。北広島市は札幌と新千歳空港の中間にあり,双方へのアクセスが容易で自然も豊かな場所ですが,当初は現地の方々から「どうしてこんな通りすがりの街にボールパークをつくるのか」というお声を多くいただき,内と外の視点の違いが印象的でした。開業後は観光客の方も地域の方も合わせて年間400万人以上の方々にご来場いただいております。

丸山デザインを社会課題解決に活用していくうえでは,主体性やリーダーシップ,キャプテンシーといったものが求められると思います。その点についてはいかがでしょうか。

近藤小さな町工場が生き残っていくためには,徹底的に差別化し,高い付加価値を生み出すことが重要です。そこでVカットボックスという紙箱をつくり始めました。これは木箱の製法で紙箱をつくるというもので,非常に高級感のある仕上がりになります。それから,デザイン学校で知り合ったデザイナーの方々とのコミュニケーションを通じて,「HAKOMART(ハコマート)」というイベントを開催しています。これはデザイナーの方々に自由な発想で箱をデザインしていただいて,私たちがそれを形にし,展覧会で発表するというもので,非常に大きな宣伝効果が得られました。しかしこのイベントの一番の成果は,今まで言われたものを下請け的にただつくっていた工場のスタッフに,よりクリエイティブなものをつくりたいというマインドが生まれ,製品のクオリティが向上したことだったと思います。また,当社のVカットボックスには牛乳パックの再生紙を使用しているのですが,それをお客さまに分かりやすく伝えるべく,「ミルクラフト※3)」というブランドマークをつくって展開したりもしています。

小林ボールパークには子どもたちのための施設やイベントも多くあります。北海道の子どもたちは少し保守的なところがあって,それはなぜかというと親が保守的だからなんです。何かやろうとして親に止められるとか,大人が子どもたちを抑え込んでいる環境があると私自身も外に出てみて気づきました。ですから,自分が北海道に戻ってきたときに,「大人が本気を出したらこういうことができるんだ」ということを示したかったんですね。そしてそういう理念を共有し,異業種のコラボレーションを通じて価値を創り出していく。例えば,北海道大学と株式会社クボタ,ファイターズの三者が連携して立ち上げた農業学習施設クボタアグリフロントは,ボールパークを代表するプロジェクトになりました。

丸山最後に,ご自身が思い描く「新しい価値」についてご紹介いただけますでしょうか。

近藤当社が開発したエゾマツクラフト※3)という製品があります。これは製材工場で出る端材を頂いておがくずにし,紙の表面に塗った北海道の紙で,北海道らしさをパッケージで表現することで自社の成長と地域貢献を両立するものです。このエゾマツクラフトが好評で,全国的にハイエンドのお仕事を頂けるようになりました。これからの目標は海外ですね。実はもう米国のカリフォルニアからワイン箱の受注を頂いていまして,1月にはフランスの展示会にも出展しました。当社の規模からすると社運をかけた挑戦なのですが,最高の製品で札幌から世界の仕事を取っていきたいと考えています。ゆくゆくは世界のクリエイターの方をお迎えできるような,オープンファクトリーをつくりたいですね。

小林われわれのボールパークの完成度はまだ3割から4割に過ぎません。ここから先は地域の方々と一緒にやっていきましょうということで,この街に何があったらより魅力的かということを,アイデアを出し合い,絵を描いて,それを一つの旗印にして街を変えていこうという取り組みを進めています。2028年には大学が移転してきて,タワーマンションが建つ,年間400万人の来場者が700万人に到達する……そんな構想を描いています。

丸山不確実な社会で課題解決に取り組むには,デザイン,言い換えるとリーダーシップや主体性,クリエイティビティといったものが不可欠であり,それによって周囲に共感が生まれ,既成概念を超えた世界ができて新たな市場となる。そんな示唆を頂けたかと思います。本日はありがとうございました。

※2)
北海道ボールパークFビレッジは,株式会社ファイターズスポーツ&エンターテイメントの登録商標である。
※3)
ミルクラフトおよびエゾマツクラフトは,モリタ株式会社の登録商標である。

パネルディスカッション
地方創生とキャプテンシー

片山 健也片山 健也
ニセコ町長

桜井 恒桜井 恒
美唄市長

玉腰 暁子玉腰 暁子
北海道大学 医学部 教授

橋本 貴之橋本 貴之
日立製作所 日立北大ラボ ラボ長

[モデレータ]

瀬戸口 剛瀬戸口 剛
北海道大学 理事・副学長

瀬戸口昨今さまざまな場面で,北海道の人口減少が問題視されています。そこで生成AIに「人口減少のいい側面はなんですか」と尋ねてみましたら,「生活の質の向上」,「労働環境の改善」,「持続可能な社会」,「教育福祉の充実」という四つの答えが返ってきました。要は人口減少をプラスに捉えるか,マイナスに捉えるかであり,将来のビジョンが見えていれば人口の増減に気を揉む必要もないのではないかということで,今日はポジティブな議論をしたいと思います。まずは片山町長,桜井市長から,ニセコ町と美唄市を簡単にご紹介いただけますでしょうか。

片山ニセコ町は元々人口9,000人の町でしたが,その後4,400人にまで減少しました。そうした中で今後,ニセコをどういう町にしていくかを話し合いまして,「世界のどんな方が来られても差別されない,人権や尊厳が守られる町」,「徹底的な脱炭素化を通じて,観光と農業を両立する環境創造都市」というビジョンの下でさまざまな取り組みを行い,現在は子どもたちが生きがい・誇りを持って生きられる町「こども未来共創都市」をめざしています。

桜井美唄市は札幌と旭川の中間にある炭鉱の街で,全盛期は9万人を超えていた人口が現在では約1万8,000人まで減少しています。美唄について聞かれたときに「何もない街だよ」とおっしゃる市民の方々がまだまだ多くいらして,寂しく感じています。それを変えていくためには,市民が美唄にある素晴らしいものを知っている,それを外に向けて紹介できることが大切であると考えて,さまざまな施策を通じてシビックプライドの醸成に取り組んでおります。

瀬戸口今日の議論の中でも,地域や組織をつくるうえではビジョンが重要だというお話が多く聞かれました。ニセコ町や美唄市のビジョンは,どのようなものなのでしょうか。

片山小さな町が生き残っていくにはどうしたらいいかを議論して,得られた結論が「住民自治」でした。行政依存社会から脱皮して,主権者である住民が自ら考え行動するということをめざして,日本で初めての自治基本条例となる「ニセコ町まちづくり基本条例」を制定しました。1992年,小説家の有島武郎がニセコに所有していた農地と財産を小作人たちに譲って去る際,「相互扶助」という言葉を残しました。私はこれを,人と人がお互いに尊重し合いながら議論をし助け合う社会をどうつくるのかという考え方であると捉えており,私たちのまちの基本的なポリシーであると考えています。

桜井私は美唄市のビジョンを,「皆がときめく未来を語るまち」という言葉で表現しています。市民の方々がまちづくりを自分事として捉え,生活の中の豊かさ,希望を起点としてまちづくりが行われるという姿をめざしています。市長になって2年,なかなか浸透していかないのですが,自助・共助にも取り組みつつ市民の方々に誇りを持ってもらうことが目標です。

瀬戸口玉腰先生は人口減少の中でも豊かな街をつくろうという研究をされていますが,そういう社会における地域のビジョンや,目標などはありますでしょうか。

玉腰先ほどのお話を伺って,ニセコや美唄のような街が増えていったらいいなと思うのですが,一方で実際の社会に目を転じると,子どもたちは分断され,横の競争を強いられているように感じています。例えば学年や親の収入,あるいは職業といった形で区切られ,均一性の高い社会の中にいると,見えなくなっているものもあるでしょう。若者がお互いを信用し,助け合って生きていく社会を実現するには,多様性を認め合う必要があると感じています。

瀬戸口基調講演の岡田監督のお話にも通じると思うのですが,「自由」と「ばらばら」には似た部分もあると思います。自由でありながら一定の方向を向いていくということには難しさもあると思うのですが,その点はいかがでしょうか。

片山考え方や価値観は人それぞれ異なりますので,話し合い,正解のない解を積み重ねていくことが健全な社会をつくるのではないかと思っています。「公益性があるか」,「手続きは公正か」,「公開に耐えうるものか」,これを公共の三原則と呼んでいるのですけれども,この三点を明確にしていくことで,さまざまな課題が浮彫になります。

桜井美唄市は元々炭鉱の街で,街を形づくるすべての要素が石炭産業に依存していました。しかし石炭の時代が終わりを迎え,新たなビジョンを求めている状況です。しかし,街の力は既に衰えてしまっていますので,自助・共助の部分を強くしていく必要があります。これまで市民がまちづくりに参加する機会は限られていたというのが実情ですが,役所の方から情報を開示し,まちづくりに意見してくれる市民を増やしていきたいと考えています。

瀬戸口自治体の地域経営は従来,役所と市民の二極でしたが,今はそこに企業をはじめとしたさまざまなステークホルダーが関わってきます。地域経営に対する民間企業の関わり方について,理想像などがあればお聞かせいただけますか。

橋本従来,企業はエネルギーならエネルギー,公共交通なら公共交通といった分野ごとの取り組みを行ってきましたが,技術を検証するだけでなく,地域に根付かせていくためには,経済合理性が不可欠です。すると分野横断的な取り組みで,技術だけでなく制度設計もセットで考える必要があります。企業の立場からするとややこしくはあるのですが,これを避けて通ることはできないと考えています。

片山日本の公共事業は「仕様発注」といって,入札を行い,少しでも安いところに任せるのがよいことだとされているのですが,世界ではほとんどの国は「性能発注」方式です。今は法的にコラボレーションが可能な仕組みもあり,会計検査院も仕様発注を可とされていますので,見える化された中で堂々と「こういう理由で,こことやる」と言えるようにしていかなければならないと思っています。

桜井DXを本格的に進めていこうということで,美唄市では市役所の中にDXに関する協議会を設置しました。そのうえで,Govtech(ガブテック)美唄という民間企業の合議体を一般社団法人化し,連携して市役所内外のDXに取り組んでいます。また,インフラに関しても多く課題を抱えているので,大学の先生に入っていただいて一緒に解決策を検討しております。

玉腰色々なことを考え,実践できる現場というのは大学にとっても非常に大事だと思います。一方で,地域課題の解決で大学の教員が評価されるかというとなかなかそういう仕組みにはなっていません。それも一つの評価基準になってくると,もっと深く地域の課題に取り組みたいという人はたくさんいると思います。

瀬戸口本日のキーワードにキャプテンシーという言葉がありました。それぞれの地域で職員や住民の方々をどのように巻き込み,先導していくのか,あるいは企業におけるキャプテンシーについて,ご意見をいただけますでしょうか。

片山私たちのような小さな町では,職員や住民の皆さん一人一人にしっかり考えて,動いてもらわなければなりません。そのためには井の中の蛙ではいけませんので,海外での研修など交流の機会を設けています。キャプテンシーというのは,個性を生かすファシリテータのような役割であるのかなと感じました。

桜井役所において最も重要なことは,職員一人一人が高いモチベーションを持ち,この街をこうしていきたいというビジョンを有していることと考えています。それに対して,現在の状況に応じて進むべき方向を修正しながら,皆で同じ目標に向かって取り組めるよう整えていくことが,マネジメント側のキャプテンシーと考えています。

橋本地域課題に関しては,民間企業がその地域でキャプテンシーを発揮するのは難しいと思いますが,地域のリーダーや職員,住民の方々に対し,われわれのような企業がテクノロジーパートナーという形でやっていくためには,人とのつながりが重要であると改めて感じています。

瀬戸口今後,従来の組織のあり方が変わっていく中では,民間企業や大学が地域経営に深く入り込んでいくこともあるかもしれません。今後の地域のあり方やその変化について,将来を見据えたビジョンがあれば共有いただけますか。

片山今後はいかに住民の皆さんの自治力や地域力を生かしていくかが重要で,そのためには行政を緩やかに解体し,政府機能に特化させていく必要があると思っています。例えば観光というのは本来,差別化して当然の産業なのですが,これを行政が持っていると,民主主義というのは本来チャンス平等であるべきところが結果平等を求められます。これが行政の限界であり,そういう分野ではやはり多様なセクターが町を運営し,そこに住民が加わっていくということが必要ではないかと考えています。

桜井美唄市でも観光の方面で観光地域づくり法人(DMO:Destination Marketing Organization/Destination Management Organization)を立ち上げました。外に出せるものはできるだけ外に出して,行政の能力を地域の方々に返していくことが必要であろうと考えています。美唄市だけでなく,周辺自治体も含めて皆で生き残っていこうというフェーズにあっては,そうした機能が役所の中にあることによる弊害もありますので,自治体間の境目を横断して活動できる組織をつくり,委ねていくのは必然的な流れではないかと思います。

瀬戸口これまで国からの補助金や交付金で運営していた自治体が,今後は自ら稼がなければならない時代になっています。地域経営のためのビジネスについて,事例があればご紹介いただけますでしょうか。

片山私はできるだけ民ができることは民にと考えて,何かやりたいという住民の声が上がったら背中を押すような,そういう社会にしていきたいと思っています。例えば,大学に行きたいが行けずに働いている人を大学や大学院に送る制度づくりなど,地域の中で学び合って自走していく仕組みをつくり,リーダー依存の社会から住民一人一人が動ける社会にしていくことが重要と考えています。

桜井市内にある企業の成長を支えていくのが自治体の経済政策であると思いますが,それをシビックプライドにもつなげていければと考えています。例えば,冬の厄介者である雪をなんとか活用していけないかということで,大学の先生方を中心にさまざまな関係者の方々と長らく検討しているのですが,15年ほど前に「ホワイトデータセンター構想」という,雪でデータセンターを冷やしてみてはどうかというアイデアが出てきて,2021年に株式会社化いたしました。市は実証実験のための費用を集めるなど役割分担をしながら,チームでプロジェクトに取り組んでいます。

瀬戸口これからの地域は自治ではなく経営であると考えています。そこに大学や企業がどのように関わっていくのか,今後も皆さんと一緒に議論していきたいと思います。本日はありがとうございました。

閉会挨拶

小池 麻子小池 麻子
日立製作所 研究開発グループ 技術戦略室 室長

閉会挨拶では,日立製作所 研究開発グループ 技術戦略室 室長の小池 麻子が挨拶に立ち,フォーラムのプログラムを振り返って登壇者・参加者への謝辞を述べるとともに,日立北大ラボの活動と今後の展望について次のように語った。

「本日のフォーラムでは,アカデミアと企業,自治体の立場をシンクロさせた議論を通じて,さまざまな示唆を得ることができました。GXやDEIの減速など,社会そのものの変化が加速する中で,課題と捉えられるものも変化しつつありますが,社会課題の解決に向けては課題の自分事化,自助・共助,テクノロジーやデザインなどさまざまなアプローチで取り組むことが重要です。また,キャプテンシーや人間力の根幹を成すものとして,教育も非常に重要になってくると考えております。今後も引き続き,教育機関である大学と企業,自治体の協力を通じて,より大きな社会課題にチャレンジしていきたいと思います。」