将来の電力系統の再生可能エネルギーの発電量を最大化するアンシラリーリソースの最適計画と運用
ハイライト
ネットゼロ社会を実現するには,電源の脱炭素化とエネルギー需要の電化が不可欠である。従来の電力系統は,系統安定性の維持について火力発電所などの同期発電機に強く依存してきたが,電源の脱炭素化により,同期発電機はVIBRES(インバータ型変動性再生可能エネルギー源)に置き換わりつつある。電源のこのようなトランジションが将来の電力系統にさまざまな安定性の課題をもたらすことから,電力の需給バランスを維持しながら,多様なリソースによるアンシラリーサービスを管理・運用することがきわめて重要になっている。
日立の研究開発グループは,発電スケジュールを最適化すると同時に,アンシラリーリソースの計画・運用を通じて再生可能エネルギーの発電量を最大化するため,「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」の研究を進めている。「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」の概念は,分解法に基づいて大規模で複雑な問題を解決する階層的アーキテクチャで構成される。この度,同期調相機を最適に配置するための基礎評価により,「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」の有効性を確認した。本稿では,その概要について述べる。
本稿では,敷地境界の騒音を対象とした監視システムの構成・特長技術を紹介するとともに,設備監視に向けたシステム検討の結果を示す。また,今後の展望として,臭気や温度などの騒音以外の監視項目を複合的に活用したシステムについて述べる。
1. はじめに
ネットゼロ社会の実現は世界中で喫緊の課題となっている。ネットゼロを実現するには電源の脱炭素化とエネルギー需要の電化が不可欠であるため,電力系統は脱炭素化を推進するうえで重要な役割を果たす。そのため,主要7か国(G7)は2035年までに電力系統の大部分を脱炭素化することを掲げている1)。G7各国の2022年から2035年にかけての電力系統のトランジションを図1に示す。すべての国が2035年に向けて右上方向に向かっていくが,これは,再生可能エネルギーの比率が高まるにつれて国際連系線容量の拡大が必要になることを意味している。日本,英国,イタリアは島国あるいは半島国という地理的条件から他国の電力系統との国際連系線容量が比較的少ない。このため,VIBRES(Variable Inverter-based Renewable Energy Sources:インバータ型変動性再生可能エネルギー源)の比率が高まることで,その他の国々よりも早い段階で高度かつ困難な安定性の問題に直面する可能性がある。
電源のトランジションによって悪化する安定性の問題の例を,(1)需給調整,(2)慣性,(3)SCL(Short-circuit Level:短絡レベル),(4)無効電力の観点でそれぞれ図2に示す。
- 需給調整
電力系統においては,発電量の合計と電力需要の合計が常に一致していなければならない。VIBRESの比率が大きいと発電量の変動が大きくなるため,発電量と需要のギャップを埋めるためにアンシラリーサービス/リソースとしての調整力が必要になる。 - 慣性
発電機が回転し続けようとする性質のことを指す。系統の慣性は,互いに同期運転している複数の同期発電機の回転質量(主に発電機の回転子とタービン)によって形成される。一方,VIBRESにはこのような物理的な慣性は備わっていない。同期発電機のVIBRESへの置き換えが進み,系統の慣性が低下すると,系統周波数が外乱の影響を受けやすくなる。系統周波数を維持するためには,アンシラリーサービス/リソースとしての慣性が必要になる。 - SCL
故障電流の量に基づく系統強度の指標を指す。同期発電機はVIBRESに比べて非常に多くの故障電流を供給することができるため,同期発電機がVIBRESに置き換えられると系統のSCLは低下する。これは,系統電圧が外乱の影響を受けやすくなるということを意味し,低SCL条件下ではVIBRESの動作が不安定になる可能性がある。系統強度を維持するには,アンシラリーサービス/リソースとしての故障電流の供給能力必要になる。 - 無効電力
系統電圧を維持するために必要である。VIBRESによっては同期発電機よりも無効電力の容量が少ないものもある。系統に対する無効電力の供給が不十分だと,送電ロスの増加,力率の低下,電圧逸脱,電圧崩壊が発生する。系統電圧を維持し,系統運用の効率を向上するには,アンシラリーサービス/リソースとしての無効電力の供給能力が必要になる。
図1|G7各国における2022年から2035年にかけての電力系統のトランジションJP: Japan, IT: Italy, GB: Great Britain, CA: Canada, US: United States, GE: Germany, FR: France すべての国が2035年に向けて右上方向に向かっていく。再生可能エネルギーの比率が高まるにつれて国際連系線容量の拡大が必要になる。
図2|電力系統の安定性の問題注:略語説明
SCL(Short-Circuit Level:短絡レベル),VIBRES(Variable Inverter-based Renewable Energy Sources:インバータ型変動性再生可能エネルギー源),PF(Power Factor:力率), R(Rated Speed:定格角速度),𝐽(慣性モーメント)VIBRESの普及に伴い,電力系統の不安定化が進んでいる。
2. 発電とアンシラリーリソースの複合最適化
将来の電力系統では,適切なアンシラリーサービス/リソースを用いて電力系統の安定性を管理しなければ,再生可能エネルギー発電量を最大化することはできない。そのため,日立は発電スケジュールとアンシラリーリソースの計画・運用を同時に最適化する「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」という新たなソリューションを開発中である。
2.1 基本概念
図3|「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」の概念「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」は,発電スケジュールとアンシラリーリソースの計画・運用を同時に最適化する,主に三つの計画レイヤーで構成される。
「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」の基本概念を図3に示す。本ソリューションは,VIBRESの発電パターン,系統データ,発電単価,リソース配置単価,電源容量,安定性要件などを入力データとし,その出力として次の情報を提供する。
- 配置すべきアンシラリーリソースの種類,量,場所
- アンシラリーリソースと発電機の運転状態
- アンシラリーリソースと発電機の出力配分計画
- 費用便益比較の結果
「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」は,リソース配置計画レイヤー,リソース運転状態計画レイヤー,リソース出力配分計画レイヤーの三つの計画レイヤーで主に構成される。これらのレイヤーは互いに異なる問題を反復的かつ相互に連携しながら計算する。
- リソース配置計画レイヤー
与えられた単価とVIBRES発電パターンに基づいて,リソース配置コストを最小化するアンシラリーリソースの最適な配置計画を計算する。この計算結果により,配置すべきアンシラリーリソースの種類,量,場所が求められる。 - リソース運転状態計画レイヤー
与えられた発電単価,VIBRES発電パターン,アンシラリーリソースの配置計画に基づいて,運転状態に関連するコストを最小化するように,発電機とアンシラリーリソースの最適な運転状態(ユニットコミットメント,保守計画など)を計算する。 - リソース出力配分計画レイヤー
与えられた発電単価,VIBRES発電パターン,発電機とアンシラリーリソースの運転状態,詳細な系統モデルに基づいて,運用コストを最小化する発電機とアンシラリーリソースの最適な出力配分を計算する。
上位レイヤーの計算結果は下位レイヤーの入力となる。一方,下位レイヤーの重要な条件を上位レイヤーに反映するために,下位レイヤーで得られたコストに対する制約の感度に基づいて算出される新たな制約が上位レイヤーの計算条件に追加される。
2.2 基礎評価
基礎評価として,「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」のプロトタイプを用いて同期調相機の最適な配置を計算した。このプロトタイプは,リソース配置計画レイヤーとリソース出力配分計画レイヤーで構成される。その目的は,求められるSCLおよび系統制約(電力潮流方程式および送電容量)を満たしながら,発電コストと同期調相機の配置コストを含む総コストを最小化することである。この評価では,同期調相機は故障電流と無効電力を供給するアンシラリーリソースとしてモデル化した。
評価結果を図4に示す。左側の図は,配置すべき同期調相機の場所を示している。右側のグラフはそれぞれ,VIBRESが配置された母線におけるSCL値,VIBRESの発電量,総コストを表す。これらの結果より,次のことが分かる。
- SCL値は,同期調相機の故障電流の供給能力によって増加した。
- VIBRESによる総発電量も,同期調相機の故障電流と無効電力の供給能力によって増加した。
- VIBRES発電量の増加によって総発電コストが減少したため,総コストが減少した。
以上の結果より,「発電とアンシラリーリソースの複合最適化」は,発電スケジュールとアンシラリーリソースの計画・運用を同時に最適化することによって費用対効果の高い計画を提供できることが分かる。
3. おわりに
電力系統の安定性を維持しながらVIBRESの連系を加速し,その発電量を最大化するには,アンシラリーサービス/リソースの適切な管理がきわめて重要である。
日立の研究開発グループでは,グリーンエネルギートランジションを実現するため,この複雑な問題を解決する技術の開発に引き続き取り組んでいく。