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ハイライト

近年,産業分野における効果的な設計,開発,実演手段として,デジタルシミュレーションが勢いを増している。日立中国研究院では,「デジタルシミュレーションによるフィールドシナリオ作成技術」を開発し,品質,効率,安全に寄与する産業用AIソリューションのさまざまなフェーズで適用することで,プロジェクトの進捗を促進している。本稿では,本技術の背景,技術的特長,応用範囲について述べるほか,「製品品質検査ソリューション」のシステム開発フェーズにおけるサンプルデータ生成,「倉庫オペレーション解析ソリューション」のPoCフェーズにおけるシナリオ作成,「工場セキュリティ改善ソリューション」の全フェーズの支援といった,中国におけるさまざまなプロジェクトでの実用的な三つのユースケースを紹介する。「工場セキュリティ改善ソリューション」はこれまでに約500万人民元に相当する契約を獲得し,中国全土の11工場に導入されている。

目次

執筆者紹介

Yulai Xie

  • Hitachi (China) , Ltd., Hitachi China Research Laboratory, Digital Technology Department 所属
  • 現在,デジタル技術を使用したソリューションの研究開発に従事
  • 博士(工学)

Yang Zhang

  • Hitachi (China) , Ltd., Hitachi China Research Laboratory, Digital Technology Department 所属
  • 現在,部門のチームリーダーとしてチームの統括に従事

Yiruo Dai

  • Hitachi (China) , Ltd., Hitachi China Research Laboratory, Digital Technology Department 所属
  • 現在,デジタル技術を使用したソリューションの研究開発に従事

Yuanchen Ma

  • Hitachi (China) ,Ltd., Hitachi China Research Laboratory, Digital Technology Department 所属
  • 現在,部門の長として部門の統括に従事

1. はじめに

近年,中国市場においては,カスタマイズされた産業ソリューションを通じて顧客の製品品質を向上させ,生産効率を高め,安全面のリスクを特定する手法として,データドリブンなAI(Artificial Intelligence)が注目されている。しかし,AIソリューションの開発においては,日立と顧客の双方が抱えるフィールド起点の課題が複数存在する。(1)フィールドデータ(特に,一部のネガティブなデータサンプル)が不足していること,(2)フィールド開発およびテストに高額な費用が掛かること,(3)(特にプロジェクトまたはソリューションの初期段階において)ソリューションの価値を実証する実用的なデモンストレーションツールが存在しないことである。

これに対し,中国における日立の産業用AIソリューション事業を支援するべく,日立中国研究院では「デジタルシミュレーションによるフィールドシナリオ作成技術」を開発した。この技術は中国国内において,品質,効率,安全に関連するプロジェクトを含む幅広い産業用AIソリューションの各フェーズに適用されている。

2. 方法論とユースケース

2.1 データのジレンマ

顧客向けにカスタマイズされたAIソリューションには,AIモデルのトレーニング,テスト,フィールド開発のための大量のフィールドデータが必要となる。そのため,プロジェクトによっては,フィールドデータとフィールド開発環境がそろわないと進められないものも存在する。一方で,AIソリューションプロバイダとしては,フィールドデータを入手し,フィールド環境にアクセスしなければ,ソリューションの有効性を効果的にアピールすることができない。しかし多くの場合,特にプロジェクトの初期段階においては,これらの条件を満たすことは困難であり,多数の潜在的なプロジェクトの進展を妨げる原因となっている。つまり,データがなければソリューションプロバイダはソリューションを開発することができず,ソリューションがなければ顧客はフィールドデータを提供することができないという「データのジレンマ」が存在するのである。

2.2 方法論

これに対し,日立はデジタルシミュレーションでフィールドデータとフィールドシナリオを作成することによって,「データのジレンマ」の解決をめざしている。日立のフィールドシナリオ作成技術は,3D(Three Dimensions)スキャン,AIGC(AI-generated Content:AI生成コンテンツ),デジタルツイン,デジタルシミュレーションなどの先進的なデジタル技術を統合することにより,リアルなフィールドデータの生成,適正なフィールド環境やプロセスシミュレーションの構築を可能にする。これによって,プロジェクトの初期または早期の段階でAIソリューションの効果を実証するためのAIモデルトレーニング用データ,開発およびテスト用のプロセスシミュレーション,効果的な視覚化ツールを提供することができる。

以下に,顧客向けにカスタマイズされたAIソリューションのさまざまなフェーズにおける本技術の有効性を実証する3つのユースケースを示す。

2.3 ユースケース

(1)製品品質検査ソリューション

不良品の特定は,製品品質を管理するうえで不可欠なステップであり,製品の品質不良を検出するためのAIアルゴリズムを搭載した外観検査システムが多く使用されている。しかし,AIモデルに十分なデータを収集するためには[特にネガティブ(不良)サンプルを収集するためには]多大なコストが掛かる。これに対し,システム開発フェーズにおけるAIアルゴリズムの有効性を高めるため,あるメーカーの「製品品質検査ソリューション」に3Dデジタルシミュレーション1)とAIGCを導入してリアルなデータサンプルを何度でも生成できるようにした。二つのオープンデータセットNEU-DET2)とMVTec3)を用いた生成データの視覚的リアリズムを図1に示す。

図1|オープンデータセットでのデータ生成図1|オープンデータセットでのデータ生成図1(a)はNEU-DET,図1(b)はMVTecを示す。

(2)倉庫オペレーション解析ソリューション

日立は,センサー(スマートバンド)を使用して現場作業者の状態や行動を検出し,倉庫の作業手順最適化に役立てる「倉庫オペレーション効率化ソリューション」を,中国の大手物流会社に提案した。同ソリューションの有効性について顧客の理解を得るべく,簡易的な現地調査を実施後,倉庫の現場のシミュレーション図を作成し,ソリューションの価値について説明を実施した。図2(a)は,作業手順を設定して最適化されたものを見つけることができる,倉庫現場のシミュレーションである。また,このシミュレーションはその後に続く実際のPoC(Proof of Concept)フェーズでセンサーデータを収集する際にも利用できる。同図(b)は,AIモデルトレーニング用に仮想的に生成したセンシングデータに基づく作業者の動作のシミュレーション結果を示す。

図2|倉庫オペレーション解析ソリューションにおけるシナリオシミュレーションとデータ生成図2|倉庫オペレーション解析ソリューションにおけるシナリオシミュレーションとデータ生成(a)はシミュレーションを通じて生成した倉庫フィールドを,(b)はセンサーデータを示す。

(3)工場セキュリティ改善ソリューション

日立は,中国大手の醸造メーカーに対し,主に高所における作業者の違反行為(安全帯やハンガーなどの墜落制止用器具の非着用)を検知する,映像解析ベースの「工場セキュリティ改善ソリューション」を提供している。顧客からは当初,本ソリューションがセキュリティ規制の厳しい要件に対応し,特定の条件下で効果的に機能するかどうか懸念が示されていた。高所作業の大半は通常の環境下で行われるものの,雨や雪などで見通しが悪い中や,日没時の照度変化などの極端な条件下で行われる場合も稀にある[図3(a)参照]。こうした偏ったデータ分布はロングテール分布4)と呼ばれ,産業または自然界のコンテクストで広く見られる。

このような懸念を払拭するため,同図(b)雪,(c)雨,(d)日没時の多様なフィールド条件でシミュレーションを行い,それぞれの条件でAIシステムを検証した。このプロセスは,AIソリューションの効果を説明するためのみならず,システム開発フェーズにおいてAIアルゴリズムを改良するためのネガティブサンプルを生成するためにも有用である。

図3|工場セキュリティ改善ソリューションにおける過酷条件シナリオシミュレーション図3|工場セキュリティ改善ソリューションにおける過酷条件シナリオシミュレーション(a)はロングテール分布,(b)は雪,(c)は雨天,(d)は日没時の条件を示す。

3. おわりに

日立中国研究院では,中国において日立の産業用AIソリューションを推進する手段として「デジタルシミュレーションベースのフィールドシナリオ作成技術」を提案した。本技術は,データの収集,システムの開発およびテスト,価値の実証など,プロジェクトにおけるさまざまなフェーズを支援する。本技術を適用した「工場セキュリティ改善ソリューション」は,現在,中国全土で11の工場に展開しており,契約金額は約500万人民元に上る。

日立中国研究院では,今後も本技術の展開を通じて顧客のコスト削減に貢献するとともに,日立のビジネスを推進し,中国産業界の顧客に対し付加価値を提供していく。

参考文献など

1)
X. Wang et al.: Digital Simulation-based Data Generation for Quality Inspection, Proceedings of the 2023 15th International Conference on Computer Modeling and Simulation (ICCMS 2023), pp. 119-125(2023.6)
2)
Y. He et al.: An End-to-End Steel Surface Defect Detection Approach via Fusing Multiple Hierarchical Features, IEEE Transactions on Instrumentation and Measurement, 69 (4), pp. 1493-1504(2020.4)
3)
P. Bergmann et al.: MVTec AD ― A Comprehensive Real-World Dataset for Unsupervised Anomaly Detection, 2019 IEEE/CVF Conference on Computer Vision and Pattern Recognition (CVPR 2019), pp. 9584-9592(2019.6)
4)
Y. Yang et al.: Rethinking the Value of Labels for Improving Class-Imbalanced Learning, Proceedings of the 34th International Conference on Neural Information Processing Systems (NeurIPS 2020), pp. 19290-19301(2020.12)
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