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シリーズ「EVバリューチェーンのカーボンニュートラル化」(1)

EV社会のエネルギー有効活用ソリューションに貢献するマルチポートEVチャージャ

ハイライト

近年,急激な気候変動や環境意識の高まりなどを背景に,カーボンニュートラルの実現に向けたさまざまな取り組みが進んでおり,EVが担う役割が重要となりつつある。

移動手段としてのEVのみならず,EV普及に向けたインフラ整備や,緊急電源としてのEV活用,使用済みバッテリーの再利用などが期待される中,本シリーズでは,「EVバリューチェーンのカーボンニュートラル化」に焦点を当て,日立が有する幅広い技術・製品・ソリューションに関する新たな取り組みと今後の方向性を紹介する。

シリーズ第1回となる本稿では,EV社会におけるEV大量導入の課題対応やEVバッテリーの活用ソリューションに適用することを想定した,マルチポートEVチャージャについて紹介する。

マルチポート構成,大容量出力,V2X機能を特長とするマルチポートEVチャージャは,ニーズに合わせた段階的な設備導入,フレキシブルな出力容量変更,広範で高効率な運転,充放電マネジメント機能との組み合わせによるエネルギーマネジメントなど,さまざまな活用が想定される。

現在,複数の実証運用を実施しており,ソリューションに応じて必要となる機能を順次拡充し,関係各所と連携をとりながらEV急速充電インフラの普及を進めている。

目次

執筆者紹介

一瀬 雅哉Ichinose Masaya

  • 株式会社日立インダストリアルプロダクツ 電機システム事業部 パワーエレクトロニクス本部 パワーエレクトロニクス設計部 所属
  • 現在,マルチポートEVチャージャの技術・製品開発に従事
  • 電気学会会員

五来 一樹Gorai Kazuki

  • 株式会社日立インダストリアルプロダクツ 電機システム事業部 パワーエレクトロニクス本部 パワーエレクトロニクス設計部 所属
  • 現在,マルチポートEVチャージャの技術・製品開発に従事

宮田 博昭Miyata Hiroaki

  • 株式会社日立インダストリアルプロダクツ 電機システム事業部 所属
  • 現在,産業向けパワーエレクトロニクス製品の事業・技術・製品開発に従事
  • 電気学会会員

五味 玲Gomi Rei

  • 株式会社日立インダストリアルプロダクツ 経営戦略本部 事業戦略第一部 所属
  • 現在,マルチポートEVチャージャなどの新分野事業開発に従事

古川 公久Furukawa Kimihisa

  • 日立製作所 研究開発グループ グリーンインフライノベーションセンタ 産業インフラシステム研究部 所属
  • 現在,産業向けパワーエレクトロニクス製品向け技術の研究開発に従事
  • 電気学会会員

1. はじめに

カーボンニュートラルの実現に向けたさまざまな取り組みが進む中,EV(Electric Vehicle:電気自動車)が担う役割が重要となりつつある。本稿では,マルチポートEVチャージャ(急速充電器)と,これを活用した取り組みについて説明する。EVの導入割合の増加に伴う社会課題を解決するべく,EVのバッテリー充放電を活用した新たなソリューションが日立グループ内外の各所で検討されている一方,これらのソリューションを実現可能なEVチャージャはこれまで市場に存在しなかった。そこで,株式会社日立インダストリアルプロダクツは,検討されているソリューションやEV急速充電インフラに適したプロダクトを提供するべく,マルチポートEVチャージャを開発・製品化した。マルチポートEVチャージャの活用においてはさまざまなユースケースが想定されることから,現在,その一部について,実証運用を実施または準備している。また,必要となる機能の順次拡充を進めている。

2. マルチポートEVチャージャの概要

マルチポートEVチャージャは,1台のAC/DC(Alternating Current/Direct Current)コンバータ,最大20台の絶縁型DC/DCコンバータ,DC出力スイッチなどを内蔵したEVチャージャ本体と,最大20台の充電スタンドから構成される。通常のEV急速充電とともに,充放電マネジメント機能との組み合わせによるEV充放電も可能である(図1, 図2参照)。本章では,マルチポートEVチャージャの特長と,その中核要素である高効率DC/DC変換技術について説明する。

図1|マルチポートEVチャージャの外観図1|マルチポートEVチャージャの外観EV(Electric Vehicle)チャージャ本体には,AC/DC(Alternating Current/Direct Current)コンバータ, 絶縁型DC/DCコンバータ などを内蔵している。EV充電容量に応じて,最大20台の充電スタンドを接続することが可能である。

図2|マルチポートEVチャージャの構成図2|マルチポートEVチャージャの構成EVチャージャは,AC/DCコンバータ,DC/DCコンバータ,出力スイッチ,充電スタンドから構成される。充放電マネジメント機能との組み合わせによる,EV充放電も可能である。

2.1 マルチポートEVチャージャの特長

マルチポートEVチャージャは,マルチポート構成,大容量出力,EVのバッテリーからさまざまなものへ電力供給を行うV2X(Vehicle to X)機能の三つを大きな特長としている。

マルチポート構成として,1台のEVチャージャに対して個別運用が可能な絶縁型DC/DCコンバータを20台備えている。EV導入の初期段階では,DC/DCコンバータをすべて実装せず,ニーズに合わせて段階的に設備導入(台数増加)できる拡張性を有する。また,充電するEVに応じて,DC/DCコンバータの並列数を変更し,臨機応変に出力容量を変更することが可能である。

EVバッテリーの大容量化や,EV超急速充電の実現のため,充電器の大容量出力のニーズは高まっている。DC/DCコンバータの並列数を増やすことによって出力電流を増大させるとともに,現行のDC450 VクラスのEVから今後普及するDC850 VクラスのEVまでをカバーするよう,出力電圧の増大を図っており,マルチポートEVチャージャ1台で最大500 kWまでの直流電力を出力可能である。

V2X機能は,EVのバッテリーからEVチャージャを介して他のものに電力供給する機能である。AC/DCコンバータとDC/DCコンバータを双方向タイプのものにすることで,EVバッテリーの充電に加えて,EVバッテリーからの放電も実現している。EVから電力系統に対して放電する場合には,系統連系保護機能をはじめとした系統連系機能を備える必要があるが,これについては,再生可能エネルギー発電向けや蓄電池システム向けの系統連系インバータにおいて培ってきた技術を適用している。マルチポートEVチャージャは,V2X機能と,充放電マネジメント機能の連携によって,電力デマンドシフト,需要家設備の電力ピークカット,再生可能エネルギー発電に対する電力系統安定化など,エネルギーの有効利用を実現できる。充放電マネジメント機能については,マルチポートEVチャージャに内蔵した簡単な機能とともに,マルチポートEVチャージャの外部に設けた充放電マネジメント装置による,より多くの情報を使用した高度な機能も実現可能である。

2.2 高効率DC/DC変換技術

図3|DC/DCコンバータの変換効率図3|DC/DCコンバータの変換効率DC/DCコンバータは双方向電力変換が可能であると同時に,広い出力電流範囲・広い出力電圧範囲にわたって,高い電力変換効率を実現している。

EVの導入拡大は,EV充電のための電力消費量の大幅増加につながる。このため,EV急速充電インフラの高効率化は,電力ロス低減の観点で重要なポイントとなる。マルチポートEVチャージャの中核要素であるDC/DCコンバータは,SiC(Silicon Carbide)デバイスと低損失チョークコアを適用して構成したDual Active Bridge変換回路であり,双方向電力変換が可能であると同時に,高い変換効率を実現している。独自のソフトスイッチング制御技術によって,業界トップクラスの最高効率98.8%,DC200〜800 Vでの平均効率98.0%を達成しており,広い出力電圧範囲と広い出力電流範囲にわたって,高い電力変換効率を維持することが可能である(図3参照)。AC/DCコンバータを含めた,マルチポートEVチャージャの総合効率は95%以上である。

DC150〜900 Vの広い出力電圧範囲も重要なポイントである。現在はDC450 VクラスのEVが主体であるが,DC850 VクラスのEVの普及に伴い,今後5年から10年の間は,DC450 VクラスのEVとDC850 VクラスのEVが市場に共存すると想定される。各電圧クラスに対応したEVチャージャを個別に準備することなく,一つの装置で高効率に双方をカバーできることは,大きな利点であるといえる。

3. マルチポートEVチャージャを活用した取り組み

図4|マルチポートEVチャージャを活用したシステム・ソリューションの例図4|マルチポートEVチャージャを活用したシステム・ソリューションの例注:略語説明 V2X(Vehicle to X),EMS(Energy Management System),OT(Operational Technology)経路充電設備, 事業所などの大規模EV駐車場, 目的地/拠点充電設備など,多様なユースケースが想定される。用途に合わせた充放電マネジメント機能との組み合わせで,エネルギー利用最適化も可能となる。

マルチポートEVチャージャは,多様なシステム・ソリューションへの応用が想定される。これまで継続的に設備導入が進められてきた,高速道路や道の駅などの経路充電向けEV急速充電インフラや,今後導入が見込まれる事業所などの大規模EV駐車場では,多くのEV急速充電インフラを,より低コストで,よりコンパクトに構築できる。また,EV充電ニーズに応じたフレキシブルな容量拡張や容量変更が可能となる。ビルやショッピングモール,事業所などの,目的地/拠点充電向けEV急速充電インフラでは,さまざまな情報を活用した充放電マネジメント機能と組み合わせることで,EVバッテリーの充放電による設備全体のエネルギー利用最適化などが可能となる(図4参照)。

EVやEV急速充電インフラの導入にあたっては,導入先の事業分野ごとに課題は異なり,また,今後,EV化社会におけるさまざまな新しいソリューションの登場が想定される。それぞれの業界における有用なシステム・ソリューションについては,そこで事業展開する日立グループ各社が検討を進めており,マルチポートEVチャージャは,その構築にあたって標準的に適用できるプロダクトとして製品化したものである。EV導入に際しての課題やソリューションに応じて,EVチャージャの運用方法や必要な機能は増えていくため,順次,機能や構成を追加していくことを計画している。

マルチポートEVチャージャの導入拡大にあたっては,実際の設備における運用とそのフィードバックも重要であり,現在,いくつかの実証運用を実施・計画中である。大容量の特長を活用したものとしては,本製品を適用した次世代超高出力充電規格の実証サイトを,日立の大みか事業所に構築して運用中である。また,土浦事業所においては,事業所の通勤用駐車場にEV急速充電インフラを整備して,通勤用自動車をEV化することで,通勤時のCO2排出量を削減する取り組み「Workplace E-Powering(WEP)」を2024年度前半から運用開始するべく,設備構築を進めている。WEPの導入にあたっては技術的課題のみならず,参加者に対する福利厚生を含めた制度設計などの課題も顕在化しており,WEP導入を検討中のユーザーには自社で蓄積されたノウハウも併せて提供していく予定である。EVのバッテリー充放電を活用した,事業所エネルギーマネジメントの実証についても準備中である。

4. おわりに

マルチポートEVチャージャは,設備投資を抑制してのEV急速充電インフラの拡充,ニーズに応じた多様な急速充電機会の提供,高効率化による消費電力の低減,充放電マネジメントによるエネルギー有効活用などによって,EV化社会に大きく貢献していくものである。事業所,ビル,公共施設,運輸・物流事業者といった,中〜大規模の拠点/目的地充電をはじめとして,今後EV化が進む各業界に,順次適用を拡大していく。社会実装に際しては,従来にない構成や特長に起因する課題も少なくないことから,EV充電規格制定団体,省庁,電力送配電・供給事業者,EV充電サービス事業者,EVメーカーなど,関係各所とも連携をとりながらEVおよびEV急速充電インフラの普及に努めていく。