シリーズ「EVバリューチェーンのカーボンニュートラル化」(3)
近年,CO2排出量削減に向けた取り組みの一つとして,商用車EVなど電動車両の導入拡大が期待されている。しかしながら,EV導入による費用対効果や,EVによる安定的・効率的な業務の実現などに課題があり,導入が加速していない。これに対し日立ハイテクは,LiB(リチウムイオン電池)の物理モデルに基づいて電池の劣化状況を把握する技術などを用いた,LiBライフサイクルマネジメントソリューションを開発した。このソリューションを通じて,EV運用・メンテナンスの最適化による費用低減や,適切な残価価値での中古電池流通によるリユース・リサイクル促進など,バリューチェーン全体の課題解決に取り組んでいる。
本稿では,当該ソリューションの概要と今後の展望について述べる。
世界的なカーボンニュートラル社会の実現に向けた動きの中,CO2排出量削減の対策の一つとして,化石燃料を使わず電池とモータを動力源とする電動車両の導入拡大が期待されている。対象となる領域は,自動車,トラック,バス,建機,農機,船舶など幅広い産業にわたる。
一方で,電動車両であっても走行中以外の製造・廃棄などの過程ではCO2が排出される。また,LiB(Lithium-ion Battery:リチウムイオン電池)の製造には貴重な鉱物資源が使用される1)。そのため,電動化推進にはライフサイクル全体でのCO2排出量削減と,資源リサイクルの促進が求められており,関連する規制強化も進んでいる。2023年にEU(European Union)が施行した欧州バッテリー規則2)では,自動車用や産業用などEU域内で販売されるバッテリーを対象に,カーボンフットプリントの申告義務や,リサイクル済み原材料の最低使用割合などを規定している。また現状では,電動車両は内燃機関を持つ車両と比べて高額であることや,航続距離が短く充電にも時間が掛かるなど,電動化後のコスト増加やオペレーションの難しさといった課題もある。
このような背景から,電動化加速には,規制を順守しながら,事業継続可能なコストで,必要なオペレーションを実行することが求められる。
前述のとおり電動化の対象領域は幅広いため,ここではトラックやバスなどの商用車のEV(Electric Vehicle)化における課題とソリューションについて具体的に述べる。
商用車のEV化におけるバリューチェーンは,LiBを製造する企業,LiBを用いてEVを製造する企業,EVを導入するフリート企業,ファイナンスを提供する金融機関,EVを退役したLiBを二次利用する企業,廃棄LiBをリサイクルする企業などで構成される。
商用車のEV化促進においてまず重要となる課題は,運送事業者やバス運営事業者などのフリート企業におけるEV導入の費用対効果の向上である。EVの導入コストは一般に高額となるため,運用から廃棄にかけてのコスト低減と,導入による付加価値拡大で吸収することが求められる。このうちコスト低減への対応については,むだを省いた最適な運用・メンテナンスの実現,電池の劣化を抑えた運用によるLiBの寿命延長,信頼できる残価評価の実現によるEV退役時のLiB売却価格の向上などが挙げられる。付加価値拡大については,カーボンニュートラルに向けたCO2排出量削減の目標達成への寄与など,環境価値の拡大が考えられる。
一方,LiBの二次利用企業においては,二次利用の用途に合った特徴や品質の中古LiBを,必要な時期に必要な量確保することなどが課題となる。また,LiBリサイクル企業においては,自社のリサイクル手法に適合し,かつリサイクル価値の高い電池の確保などが課題である。
こうした課題の解決には,個々のプロセスのコスト低減や効率化ではなく,LiBのライフサイクル全体を俯瞰し,各ステークホルダーの課題を解決する包括的なソリューションが必要になる。例えば,EVの導入を計画する企業が,導入可否の意思決定のために費用対効果を評価する場合,車両価格だけでなく運用費用や中古売価なども考慮することになる。この場合,個々の課題に向けたEV導入の事業性評価,オペレーションの効率化,中古電池の取引支援などの各ソリューションが有機的につながったトータルソリューションが求められる。
EV普及におけるこうした課題に対し,株式会社日立ハイテクでは,LiBのライフサイクルにおける各ステークホルダーに対して価値を提供するべく,EVの導入から,フリートの運用・保守,バッテリーの売却・転用に至るバリューチェーンに対し,EV導入計画,運用・メンテナンス,二次利用・リサイクルを支えるソリューションを開発している(図1参照)。
EV導入においては,EV車両や充電設備の導入費用に加え,運用時の電気料金やメンテナンス費用などを含むトータルの費用対効果を可視化することで,導入の意思決定を支援する。例えば,電気料金はピーク時の電力使用量に影響を受けるため,ピーク電力を抑えた充電スケジュールの設計によりコスト低減できることを示す。また,国や地域により電力契約プランが異なることや,EV所有者の業務プロセスによって充電可能な時間帯に制約があることなどを踏まえて最適化を行い,費用対効果の算定に反映する。
フリート運用・保守においては,遠隔で電池の劣化状況を把握する技術により,バッテリーの健康度であるSOH(State of Health)を継続的に推定し,これに基づいて運用・保守作業の内容やタイミングを判断することで効率化を実現する。例えば,電池の劣化状況が把握できない場合,突発的な障害を予見することが難しく,故障が発生してから後追いでメンテナンスを行うこととなり,対応が非効率的になりやすい。一方で,劣化状況を把握するためには重量の大きいバッテリーの積み下ろしを行い,満充放電により数時間掛けてSOHを測定する場合も多く,メンテナンス作業に多大な労力が掛かっている。これに対し,遠隔で電池の劣化状況を自動的かつ継続的に把握することで,障害発生前に先回りしてメンテナンスを行える可能性が高まり,非効率的な作業を減らすことによってメンテナンス工数を削減できる。さらには,メンテナンス時期の延期やメンテナンス内容の簡素化により工数を最適化したり,交換・廃棄の時期を後ろ倒しにしたりすることで電池寿命を有効活用できる。
二次利用・リサイクルにおいては,各電池のSOHの変化トレンドを把握して車載時の運用履歴データと共に管理・可視化することで,各種の二次利用方法やリサイクルのうち何が適切かを選択しやすくし,リユース事業者・リサイクル事業者による中古電池の購入判断を支援する。これにより,二次利用あるいはリサイクルにおけるEV退役電池の流通量拡大を促すことで,バッテリー規則などの規制を順守しながら持続的に成長できるバリューチェーンの環境整備につなげる。
図1|電池のライフサイクルマネジメント EVの電池劣化を遠隔で診断し,運用・メンテナンスを最適化することで,二次利用・リサイクルを促進する。
LiB SOH診断マネジメントは,LiBのSOHを遠隔で診断する技術と,SOHデータを顧客の価値に変換するアプリケーションを組み合わせたソリューション群であり,LiBライフサイクルマネジメントソリューションの中核である。
まず,LiBのSOHを遠隔で診断する技術とは,車両に搭載されているBMS(Battery Management System)が取得するデータや走行・運行に関するデータを活用し,診断アルゴリズムを用いてSOHの推定値などを算出するものである。具体的には,BMSで管理される電池パックやセルごとの各種センサーデータ,走行・運行に関するデータなどをテレマティクスユニット経由で収集し,次にLiBの物理モデルに基づいた時系列データ処理によってSOHなどを推定する(図2参照)。
SOHデータを顧客の価値に変換するアプリケーションとしては,例えば前述のような,SOH診断結果の推移とメンテナンス計画を連動させることで,必要な作業を必要なときに実施し,障害を避けつつ工数を低減するものが挙げられる。その他にも,SOH診断結果の蓄積により価値を生む例として,中古LiBの売買価格と連動させることで残価価値を可視化して初期投資を軽減する,廃車や電池交換計画と連動させることで優良なLiBをむだなく長く使って利用価値を高める,二次利用用途の判断と連動させることで収益性の高い利用用途を選択する,車両運行計画と連動させることでLiBの劣化を抑えた運行計画を設計可能にするといった取り組みがある。
図2|車両データを用いたSOH診断 テレマティクスシステム経由で取得したBMSデータなどを基に,物理モデルと時系列データ処理を組み合わせて,リチウムイオン電池の状態を診断する。
大手商用EVレンタル企業と共に,開発技術の有効性およびソリューションが創出する価値について実証を行った。新車および使用開始から数年が経過した車両まで数千台分のデータを日々収集し,SOHの遠隔診断を行い,算定したSOHに基づく提供価値の実現性について確認した。
実証の結果,開発技術が電池のパック単位・セル単位でLiBの劣化状態を高精度に推定可能であることを確認した。また,SOHの診断とマネジメントにより,さまざまな価値の提供が可能であることを確認できた。具体的には,電池セル単位の劣化把握による保守オペレーション効率化と電池寿命延伸,電池劣化トレンドと状況把握による二次利用促進・ライフタイムバリュー最大化,電池残価把握によるファイナンス容易化,電池メーカーに対するワランティークレーム業務の効率化などが挙げられる。
提供価値の大きさは,EV所有者の事業内容,業務プロセス,所有台数などの要因によって異なり,また,適切なソリューションの内容や提供形態も対象企業ごとに異なる。現在,本実証結果を踏まえ,さまざまな企業との協創を通じて,顧客企業ごとに提供価値を最大化するソリューションの提供方法に関するノウハウを蓄積している。
LiBライフサイクルにおける環境価値においては,製造やリサイクルプロセス自体のCO2削減も大きな割合を占める。例えば,CO2排出量の少ない電池リサイクルプロセスの確立や,リサイクル材料の割合を高めながら品質を維持する電池製造プロセスの確立などである。日立ハイテクはこの領域においても,自社の強みである計測機器と技術を生かした製造・検査装置や品質管理向けソリューションなどの提供により貢献している。
また,電動化によるCO2削減は,排出権やカーボンクレジットの認証・取引など,環境価値の定量化や流通にもつながる。日本では,J−クレジット制度の中で,省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーによるCO2などの排出削減量,および森林管理によるCO2などの吸収量を,国がクレジットとして認めている。本制度の下,EVの導入によるCO2排出量削減分をクレジット認定する方法論も登録されている3)。引き続き,主要各国の制度動向を踏まえながら具体化に取り組んでいく。
本稿では,商用車のEV化を例に,電池のライフサイクルにおける課題を解決するLiBライフサイクルマネジメントソリューションと,関連する取り組みについて紹介した。今後も,国内外のステークホルダーとのディスカッションを継続し,より深く課題を理解するとともに提供価値の高いソリューションの開発を推進する。