ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

日立グループで進める産業分野向け現場拡張メタバース

執筆者

藤原 貴之 Fujiwara Takayuki

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ AIビジネス推進室所属

大橋 洋輝 Ohashi Hiroki

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 知能ビジョン研究部 所属

星川 結海 Hoshikawa Yukai

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 知能ビジョン研究部 所属

屋代 裕一 Yashiro Yuichi

  • 株式会社日立プラントコンストラクション エンジニアリング事業部 技術統括本部 研究開発部 所属

岡田 聡 Okada Satoshi

  • 日立GEニュークリア・エナジー株式会社 業務管理本部 業務管理センタ 原子力生産本部 福島・廃止措置エンジニアリングセンタ 所属

浜岡 光沙 Hamaoka Misa

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット モビリティイノベーション本部 所属

佐藤 直生 Sato Naoki

  • Microsoft Corporation, Industry Solutions Engineering 所属

執筆者の詳細を見る

藤原 貴之 Fujiwara Takayuki

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ AIビジネス推進室所属
  • 現在,産業応用メタバースのシステム開発およびAI技術のビジネス展開に従事
  • 博士(情報科学)
  • Microsoft Most Valuable Professional(Mixed Reality and Developer Technologies)

大橋 洋輝 Ohashi Hiroki

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 知能ビジョン研究部 所属
  • 現在,機械学習・コンピュータビジョン・メタバースの産業応用向け研究開発に従事
  • 情報処理学会会員,人工知能学会会員

星川 結海 Hoshikawa Yukai

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 知能ビジョン研究部 所属
  • 現在,産業応用メタバースのシステムおよびHuman Computer Interaction研究開発に従事

屋代 裕一 Yashiro Yuichi

  • 株式会社日立プラントコンストラクション エンジニアリング事業部 技術統括本部 研究開発部 所属
  • 現在,大規模発電プラント向けデジタル化施工技術の研究開発に従事
  • 博士(工学)

岡田 聡 Okada Satoshi

  • 日立GEニュークリア・エナジー株式会社 業務管理本部 業務管理センタ 原子力生産本部 福島・廃止措置エンジニアリングセンタ 所属
  • 現在,福島第一原子力発電所の廃止措置向け技術開発に従事
  • 日本ロボット学会会員,日本原子力学会会員,日本機械学会会員,電気学会会員,日本保全学会会員
  • 博士(情報科学)

浜岡 光沙 Hamaoka Misa

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット モビリティイノベーション本部 所属
  • 現在,鉄道分野において,メタバースなど新しい手法を用いた課題解決の検討に従事

佐藤 直生 Sato Naoki

  • Microsoft Corporation, Industry Solutions Engineering 所属
  • 現在,ソフトウェアエンジニアとして,Microsoft Azureをはじめとするシステム開発に従事

ハイライト

近年,日本では生産年齢人口比率の減少の加速が予測されている。社会インフラを適切に維持管理するには,少ない人数でも管理を可能にするための効率化が重要となる。日立は,現場を三次元的に再現して各種現場データを蓄積し,それらのデータが現場のどこにひも付いているかを関係者が直感的に確認することで業務を効率化できる,現場拡張メタバースの開発を進めている。

本稿では,特にプラントでの施工管理,および鉄道車両の設計から保守情報までの管理への適用検討状況を述べる。また,多分野への迅速な展開を見据えた,Microsoft Corporationとの協創活動についても報告する。

1. はじめに

日本では生産年齢人口比率の減少の加速が予測されている1)。このような状況で社会インフラを適切に維持管理するには,少ない人数でも管理を可能にするための効率化が重要となる。例えば,各種フロントラインワークの計画,事前訓練,現場作業などをデジタル技術によって効率化することが求められている。これらの実現をめざして,メタバースの産業応用が各社で進んでいる。日立は,これまでのAI(Artificial Intelligence)やXR(Extended Reality)の研究開発知見を基に,現場を三次元的に再現して各種現場データを蓄積し,関係者が直感的に関係性を確認することで業務の効率化を図る現場拡張メタバースの研究開発を進めている。また,本研究開発においては,研究開発部門だけでなく,プラント分野,鉄道分野の事業関係者とも連携している。

本稿では,現場拡張メタバースのプラントにおける施工管理や,鉄道車両の設計・保守情報の管理への適用検討状況を述べる。また,多分野への迅速な展開を見据えた,Microsoft Corporationとの協創活動についても報告する。

2.プラント施工管理での適用

2.1 施工管理での合意形成における課題

プラントの施工においては,設計者,現場監督者,現場作業者,経営幹部など多数の関係者,ステークホルダーが集まり,工事状況を共有し,必要に応じた見直しについて議論する。しかし,あらゆる関係者が常に現場に出向いて確認することは容易ではない。そのため,それぞれのステークホルダー向けに報告資料をつくり,説明する時間が必要となる。このような合意形成を効率化することで,全工程においてより少ない時間で判断を行い,プロジェクトを推進することが可能となる2)

2.2 原子力プラントの実寸大モックアップの移設作業におけるPoC

2.1で述べた課題を解決するため,3D(Three Dimension)スキャンにより仮想空間の中に現場を再現して現場の作業データを迅速に収集する技術,蓄積されたデータを活用するAI技術,ブラウザベースによる簡易利用が可能な可視化技術を開発した。開発した技術を含むプロトタイプのコンセプトイメージを図1に示す。現場では,独自開発したスマートフォンアプリにより,作業者の位置を屋内外に関わらず測位し,位置にひも付く作業記録をメタバースに登録することができる。また,遠隔地からでもブラウザを用いて現場の施工状況や前述のアプリにより収集された現場データが簡単に確認可能である。

2023年7月から8月までの約2か月にかけて,原子力プラントのモックアップの移設工事において,日立製作所,日立GEニュークリア・エナジー株式会社,株式会社日立プラントコンストラクションの3社合同で本技術のプロトタイプシステムのPoC(Proof of Concept)を実施した。従来,工事の現場でしか実施されていなかった日々の夕礼を本技術のプロトタイプシステムを用いて開催し,遠隔地にいる関係者同士がVR(Virtual Reality)ゴーグルや高性能PCなどの特殊なデジタル機器を用いることなく,現場の情報を共有し,それに基づく合意形成を行えることが確認できた。これにより,タイムリーな図面の発行や現場の実態に合わせた計画立案が可能となり,異なる部署間での認識齟齬に起因する工事の手戻りや他作業の完了待ちの低減など,業務効率向上に有効であることが実証された。

図1|プラント向けメタバースのプロトタイプ利用イメージ 図1|プラント向けメタバースのプロトタイプ利用イメージ 注:略語説明 5W1H(When, Where, Who, What, Why, and How), AI (Artificial Intelligence)
※図中のモックアップ設備は,資源エネルギー庁の補助金により製作したものである。
プラント向けメタバースのプロトタイプ利用イメージを示す。現場から5W1H情報付きのデータを簡便に収集して,AI技術によってその意味を解釈し,現場内外の関係者で直感的に共有することで,円滑な合意形成を行う。

3.鉄道車両保守への適用

3.1 鉄道事業における情報共有の課題

鉄道業界において,車両,線路などのアセットは複数部門で管理されている。しかし,保管形式がさまざまであり,業務ごとに必要とする情報の観点が異なるといった理由から,部門ごとに保持している情報の共有や検索には時間が掛かるという課題がある。部門間の情報共有を効率化することにより,少ない時間での情報検索,内容理解が可能となり,業務の生産性向上が期待できる。

3.2 車両メタバースによる情報共有促進基盤

3.1で述べた課題を解決するため,鉄道車両を仮想空間に再現し,保守作業に関わるすべての情報をメタバースに登録可能にして,部署間を跨いだ情報共有をサポートする「車両メタバース」のプロトタイプを開発した。プロトタイプの利用イメージを図2に示す。車両部門(設計部署,現業部署),運転指令などのさまざまな部門やサプライヤが,クラウドを介して同一のメタバースにアクセスできる。同図中心部にあるように,VR(Virtual Reality)を用いてアバターとして入り込めるほか,PCやタブレット端末などで使用することも可能である。仮想空間には3DCAD(Computer-aided Design)データを基に再現された車両があり,口頭伝達された音声情報,設計図面,仕様変更書,点検報告書などの各種書類が場所にひも付いて登録されている。例えば図2(右)では,メタバースの車両間の自動ドアに点検時の注意事項に関する情報が登録されており,作業指示者や作業者はこの情報を基に,事前または作業中に必要な情報を容易に確認することが可能である。このような仕組みにより,設計図面を立体的に理解し,現場にひも付く情報を登録することで,ノウハウや気づき事項の共有が促進される。

このコンセプトを基に,東武鉄道株式会社の協力の下,同社の「スペーシアX※1)」を用いた車両メタバースのプロトタイプを開発し,2023年9月のHSIF(Hitachi Social Innovation Forum)や2023年10月のCEATEC(Combined Exhibition of Advanced Technologies)に出展した。これにより,数百名を超える来場者からの意見を得ることができ,部門間の情報共有促進,再現が難しい現場の訓練など,さまざまなニーズがあることを確認できた。

※1)
スペーシアは,東武鉄道株式会社の登録商標である。

図2|車両メタバースのプロトタイプ利用イメージ 図2|車両メタバースのプロトタイプ利用イメージ 注:略語説明 3D(Three Dimension) さまざまな部門の関係者がメタバース空間に参加し,作業内容や場所にひも付く情報を確認できる。

4.デリバリーを迅速化させるための協創活動

4.1 技術デリバリーにおける課題

前章までに説明した現場拡張メタバースを適用するには,現場の3Dデータ化や複数のITシステムを使いこなす必要がある。しかし,多くの社会インフラ分野では資金が潤沢とは限らず,既存のITシステムを大きく変更する新しい技術やシステムの導入は容易ではない。そのため,PoC後の現場導入が進まないことがある。したがって,現場環境の変更が少ない技術やシステムの導入が求められる。

4.2 Microsoft Teams/Azureをベースとした現場拡張メタバース

4.1で述べた課題を解決するため,企業での採用実績が多いMicrosoft Teams※2)(以降,「Teams」と記す。) をベースとした現場拡張メタバースシステムのプロトタイプを開発した。開発はMicrosoft Corporationおよび日本マイクロソフト株式会社の協力の下,3か月間のスクラム体制を構築し,共同で推進した。この開発体制を実現した背景には,顧客やパートナーの開発者と共同でソリューションの開発を行う同社のIndustry Solutions Engineering(ISE)チームと,協創を加速するCo-innovation/Co-engineeringという仕組みの存在がある。今回,Microsoft Corporationと日立はこのCo-engineeringの仕組みの下で共同開発することに合意し,Microsoft Azure※2)とTeamsを活用したメタバースシステムを開発した。

開発したプロトタイプの利用イメージを図3に示す。Teamsで作ったチャネルの中に3Dデータを表示するタブが追加されている。ブラウザベースのメタバースシステムおよびユーザー認証・認可機能はAzure上で構築しており,Teamsのチャネルにひも付けられている。これにより,チャネルの参加者以外はアクセスできない制御を実現している。また,現場データはAzure上のデータベースで管理しており,画面右下部にはSharePoint※2)と同様のUI(User Interface)で現場データを示している。さらに,3D空間内の特定の現場データへのリンクを生成し,Teamsのチャットで共有することで,情報伝達を高速化する機能を追加している。

このような仕組みにより,既にTeamsを導入している企業であれば,現状に対して大きな変更を伴うことなく導入が可能となるため,開発した技術の早期導入や日常業務でのシームレスな活用が期待できる。

※2)
Teams,Azure,SharePointは,Microsoft Corporationの米国およびその他の国における登録商標または商標である。

図3|Microsoft Teamsを用いた現場拡張メタバースのプロトタイプ図3|Microsoft Teamsを用いた現場拡張メタバースのプロトタイプ Teamsチャネルにメタバースシステムをひも付け,日々の業務からワンクリックでアクセス可能とした。共有したい現場データをクリックしてリンクを生成することで,Teamsのチャットを通じた情報共有を高速化する。

5.おわりに

本稿では,Microsoft Corporationと共同開発した現場拡張メタバースについて述べた。今後,プラント分野においては現場PoCの結果を基に,大規模なプロジェクトの安全かつ効率的な遂行や,技術伝承・人財育成など,原子力発電所におけるさまざまな作業に本技術を活用していく。また鉄道分野については,2023年度のプロトタイプと展示会来場者ヒアリング結果を基に,鉄道事業者の課題解決に寄与する車両メタバースの活用可能性について検討を進める。Microsoft Teams/Azureを用いたデリバリーについては,プラント・鉄道分野をはじめとしてさまざまな分野に展開できるよう,引き続き検証を続ける計画である。

謝辞

本稿で述べたプラントモックアップ設備は,資源エネルギー庁の補助事業である「令和3年度開始 廃炉・汚染水対策事業費補助金(原子炉格納容器内部詳細調査技術の開発)」の一環として開発したものである。また,鉄道車両メタバースのプロトタイプ開発においては,東武鉄道株式会社より同社の車両「スペーシアX」を使用する許可を頂いた。関係各位に深く感謝の意を表する次第である。

参考文献など

1)
経済産業省,2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について(2018.9)
2)
大橋洋輝,外:インダストリアルメタバース,火力原子力発電,74(10)(2023.10)