近年,治水分野においては,気候変動の影響により激甚化する水害をはじめとした自然災害への対応が求められている。一方,労働人口の減少に伴って管理者の高齢化が進み,設備の運用・維持管理についても,これまで以上の効率化・高機能化が期待される。これに対し,株式会社日立インダストリアルプロダクツは,治水設備の運転支援装置を含めたさまざまなソリューションの展開を進めている。
本稿では,タブレットやスマートフォンといったモバイル機器を活用して,設備の運転状況の確認や点検作業を含めた情報管理の支援,運転管理者の業務効率・信頼性の向上に貢献する日立の取り組みを紹介する。
日本国内においては,近年の気候変動の影響により,降雨量の増大や洪水発生頻度の増加が懸念されており,各省庁や地方自治体が水害対策の充実・強化に向け,それぞれの地域特性に応じたさまざまな水害対策のプロジェクトを推進している。
一方,こうした自然災害のリスクに加えて,降雨時の排水を担うポンプ設備の管理者についても,労働人口の減少や過酷な労働環境などの要因により担い手が不足しており,設備運用の省人化や効率化が求められている。
日立はこうした課題に応えるべく,設備運用の高機能化を図るソリューリョンを展開している。具体的には,2023年4月より,設備の運転状態を可視化し,スマートフォンなどのモバイル機器を用いて遠隔監視業務を行えるサービス,および設備の点検業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)を通じて,点検記録をデータ管理できるサービスの提供を開始した。さらに,内閣府が掲げるSociety 5.0を実現するうえで注目される技術の一つでもあるAI(Artificial Intelligence)を活用した,新しいソリューションの開発も進めている。
本稿では,株式会社日立インダストリアルプロダクツが提供する遠隔監視システムおよび点検システムの概要について述べる。
ポンプ監視システムとは,主に河川で使用される排水ポンプ設備の状態を監視することを主目的として開発されたシステムである。従来は中央操作室でスタンドアロン型のPCにより設備を監視する方式が主流であったが,近年の労働力不足などに対応するため,監視員常駐から無人化へのシフト,複数設備を遠方から同時監視する方式の採用,ゲリラ豪雨などの急激な大雨対応時における現場移動中の遠隔監視など,運用の多様化が進んでいる。
従来,各排水ポンプ設備では,運転支援装置と呼ばれる監視システムの導入が進められていた。それらのシステムは,数百点に及ぶ信号項目により故障の詳細を把握することが可能で,ゲートの挙動を3D(Three Dimensions)アニメーションで表示できるなど,視認性にも優れた設計であったが,高価かつ製品寿命が短いといった理由により需要が低下している。一方,近年では業者から機器をレンタルして利用料を徴収するサブスクリプション方式でのシステム利用が広まりつつある。
日立インダストリアルプロダクツの「e-ポンプ」は,サブスクリプション方式の設備監視システムである。サブスクリプション方式のメリットとしては,(1)顧客の状況にかかわらずソフトウェアのバージョンアップを行えるため,セキュリティ対策が容易,(2)機器故障時に顧客の発注を待つことなく代品と交換することができ,監視のダウンタイムを短縮できる,(3)急速に進化するさまざまな無線通信方式への対応が可能,といった点が挙げられ,運用面での利点が大きい。
e-ポンプのシステム構成を図1に示す。設置費・通信費を抑制するため,現在はポンプ本体のみの監視に限定した構成としている。ポンプ本体は振動,温度,圧力センサーを備えており,センサーから入力された信号は通信装置に取り込まれ,キャリア回線を介してクラウドサーバへ配信される。振動センサーは異常の傾向や兆候を監視するためのものであり,FFT(Fast Fourier Transform)による周波数分析や故障部位特定の機能は有していない。これは,実際に振動値異常が検出された場合,FFTの結果のみで異常を判断することはできず,人手によって異物の詰まりや機器の破損,センサー不良などのさまざまな故障要因を検討し,異常発生当時の運転状況をヒアリングするなど十分な調査を行ったうえで,異常原因を究明する必要があるためである。
そのほか,e-ポンプの特徴は以下のとおりである。
e-ポンプでは,水位や燃料低下を示す信号を取り込むことも可能である。今後,顧客のニーズに応じて駆動設備や補機設備の信号を取り込むことも検討している。
ポンプは河川水を吸い込む位置に設置する関係上,地下に配置されることが多い。そのため通信装置も同様に地下に設置されることとなり,電波が届きにくい場合がある。このようなケースでは,地下1階程度の深さであれば携帯キャリア回線の中継器を地下に設置する方式を用いて対応する。さらに深い場所に設置する場合には,通信装置をデータ収集盤と通信盤に分割し,LAN(Local Area Network)ケーブルを地上に設置した通信盤と接続することで通信環境を確保する。
設備に取り付けるセンサーについては,後付け設置を基本としており,既設の設備を改造することなくマグネットなどで取り付けられるものを選定している。e-ポンプはサブスクリプション方式のサービスであるため,将来の撤去が容易に行えるよう考慮したものである。
クラウドサーバ側ではポンプ設備から取り込んだ情報を整理し,各種センサーの現在の数値やトレンドなどの情報を閲覧することができる。ポンプ運転停止の判断はセンサー信号の挙動により判断し,シンボルマークにて運転状態を表示する。
e-ポンプは,ポンプの運転開始および停止時にメールで通知を配信する。異常情報も同様であり,例えば機器が高温になり閾値を超えると異常信号と判断し,メールによりアラーム情報を配信する。
このアラームは,設備管理者はもとより,異常時の一次対応窓口である特約店やポンプメーカーである日立インダストリアルプロダクツにも配信される。配信データは,現時点ではメールアドレスを登録した全員に運転・故障といった内容種別にかかわらず送信する仕様であるが,受信者によっては一部の情報のみを受信したいというニーズもあり,配信される情報を選択できる機能の実装を検討中である。
監視画面はさまざまな設備構成に対応できるように配慮し,汎用的な構成としている。
ユーザーは設備選択画面で監視したい設備を選択することで,汎用の監視画面に遷移し,監視を行うことができる。
なお,本システムは治水分野以外のポンプにも適用できる。具体的には,農業用や揚水用のポンプにおいても監視するべき項目は同じであり,同様の汎用画面で監視可能である。
監視システムにおいては,ロガー機能も重要な機能の一つである。e-ポンプは,表計算ソフトウェアのフォーマットで計測値をダウンロードする機能を備えており,対象となる日付(期間)を任意に選択し,データを出力することができる。
データの取り込み周期は通信パケット費に比例するため,常時計測はせず,計測周期を可変としている。監視の目的はポンプの運転・停止のタイミングを把握することにあるため,運転開始後は1分単位の短い間隔で測定を行い,ポンプが全台停止した場合には測定も停止する。
e-ポンプはポンプ監視をメインとしたシステムであるが,設備の運用においてはポンプ監視の他にも,降雨による運転可否の判断,故障時の対応,管理者との連絡業務や設備点検などさまざまな作業があり,省力化の達成に向けてはそれらの関連業務のシステム化も求められる。次章では,設備点検の省力化を目的とした「e-ポンプメンテ」について述べる。
点検業務とは,確実なポンプ運転に向けて各設備の劣化状態を定期的に記録し,故障の早期発見に努める業務である。点検作業は,国土交通省が発行する点検指針や各自治体の点検一覧表に基づいて行う。具体的な作業の例を以下に示す。
このように,従来の点検業務は非常に煩雑で,毎月の点検においては多大な労力を必要としていた。これに対し,日立インダストリアルプロダクツの「e-ポンプメンテ」は,タブレット機器の活用によって現場でのデータ入力を可能にした。
e-ポンプメンテのシステム構成を図2に示す。同システムを利用する際には,まず点検フォーマットをサーバからタブレットへダウンロードしておく必要がある。この時点で,過去の点検記録も同時にダウンロードされる。
次に,作業員は各点検機器を確認し,点検結果をタブレットへ入力する。このとき,タブレットの画面上には過去の点検記録も表示されるため,過去のデータとの比較が容易であり,点検記録の信頼性の向上も期待できる。そうして完成した点検記録をデータとしてサーバへアップロードすれば,一連の業務が完了する。従来はデータを受け取る管理者も紙の点検記録を見比べる必要があったが,記録のデータ化により表計算ソフトウェア上で直接データを比較することが可能となり,異常の発見が容易となった。
また,e-ポンプメンテは点検記録の登録機能に加え,テレビ電話のような双方向コミュニケーションツールも備えている。これは,現場の作業員が遠隔地の管理者あるいはメーカー検査員と映像を共有することで,異常発生時の応急処置への遠隔支援,あるいは設備運転・操作に関する遠隔指導に効果を発揮するものである。
例えば,現場作業員が応急処置などの作業をしながら,ヘルメットに装着したヘッドマウントディスプレイを通じて現場の映像を遠隔地の関係者へ配信すると,遠隔地の関係者は共有された映像を確認し,AR(Augmented Reality)画面を介して映像上に文字を入力,あるいは記入することで直感的な指示を出すことが可能となる。遠隔地の関係者が見ている画面は,ヘッドマウントディスプレイによって現場作業員にも共有されるため,両者が同じ視界を確認しながらやりとりすることができる。
これにより,故障発生時に現場保存の観点から管理者の現場到着まで作業に着手できず対応が遅延した,メーカー検査員不在の状況では修理ができないため半日作業が遅延した,という,遠隔地の設備特有の課題を解決することが可能となる。
さらに「ARタグ」と呼ばれるマーカを各設備に貼付し,タグを撮影することでヘッドマウントディスプレイ上に画像や動画を表示できる。これにより機器の取扱説明動画を見ながら設備操作を行うことができ,特に業務に不慣れな作業者にとって,操作上の不安を解消するツールとして有用である。
本稿では,ポンプ遠隔監視システム「e-ポンプ」とポンプ点検システム「e-ポンプメンテ」の特徴について述べた。日立インダストリアルプロダクツは,今後もポンプ設備の遠隔監視や点検合理化の分野で提案活動を行い,安心・安全なポンプ設備運用のサポートと業務効率化・省人化を支援していく。