3種の動力源に対応するイタリア・Masaccio用駆動電気品
ハイライト
気候変動の深刻化に伴ってカーボンニュートラルの進展が急がれる中,鉄道は環境負荷の少ない移動手段として期待されている。こうした中,日立レールはイタリアの鉄道運営会社であるTrenitalia社との契約に基づき,マルチモード列車車両Masaccioを開発・納入した。
Masaccioは,架線,ディーゼルエンジン発電機,主回路蓄電池の三つの動力源に対応したヨーロッパで初となるTri-brid車両である。四つの動作モードを有しており,走行区間によって運転モードを切り替えることで燃料消費の抑制を図っている。
本稿では,Masaccioの特徴と主回路構成の概要,今後の展望について述べる。
1. はじめに
Masaccio(マサッチョ)は,イタリア国内の各地域を走行する平屋構造の鉄道車両である(図1参照)。日立製作所は,同国の鉄道運営会社であるTrenitalia社との契約に基づき,3両編成のHTR312形と4両編成のHTR412形の2種類の車両を納入しており,車両愛称名Blues(ブルース)として2022年12月から営業運転を開始している。なお,Trenitaliaには2階建構造の鉄道車両Caravaggio(カラバッジオ)も納入しており,4両編成のETR421形と5両編成のETR521形が車両愛称名Rock(ロック)として2019年6月から営業運転を開始している。MasaccioおよびCaravaggioの車両外観を図2にそれぞれ示す。両車両は,日立と日立の鉄道システム事業におけるグループ会社である日立レールの在イタリア部門で協同製作された車両である。
Masaccioは,架線,ディーゼルエンジン発電機,主回路蓄電池の3種の動力源に対応したヨーロッパで初となるTri-brid(トライブリッド)車両であり,4種類の動作モードを有する。電化区間では,DC(Direct Current)3,000 V架線を動力源に電車として走行する一方で,非電化区間ではディーゼルエンジン発電機または主回路蓄電池,あるいはその双方を動力源として走行することが可能である。
本稿では,Masaccioの車両特徴,車両に搭載されている駆動電気品,Tri-brid(トライブリッド)システムの概要について述べる。
2. 車両特徴
3両編成の主要諸元を表1に,3両編成の車両構成を図3にそれぞれ示す。
前章で述べたとおり,Masaccioは架線,ディーゼルエンジン発電機,主回路蓄電池の3種の動力源に対応したTri-brid車両であり,走行する路線に応じて動力源を切り替えて走行する。車両の動作モードは,DC3,000 V架線で走行するEMU(Electric Multiple Unit)モード,ディーゼルエンジン発電機で走行するDEMU(Diesel-electric Multiple Unit)モード,ディーゼルエンジン発電機と主回路蓄電池の両方を使って走行するHMU(Hybrid Multiple Unit)モード,主回路蓄電池で走行するBEMU(Battery Electric Multiple Unit)モードの計4種類である。
主回路は,電力変換装置,ディーゼルエンジン発電機,主回路蓄電池,高速遮断器,主電動機,パンタグラフなどで構成されている。これらの3種の動力源はいずれも電力変換装置内の共通のDCステージに接続されており,DC3,000 V架線はパンタグラフと高速遮断器を,ディーゼルエンジン発電機は三相AC(Alternating Current)をDCに変換するAC/DCコンバータを,主回路蓄電池はDCを適切なDCに変換するDC/DCコンバータを,それぞれ介して接続されている。このDCステージから,後段のインバータとAPS(Auxiliary Power Supply)をそれぞれ動作させている。
表1|3両編成の主要諸元 注:略語説明 2M1T(Two Motor Cars One Trailer Car),EMU(Electric Multiple Unit),DEMU(Diesel-electric Multiple Unit),HMU(Hybrid Multiple Unit) Masaccio 3両編成の仕様および性能を示す。
図3|3両編成の車両構成注:略語説明 AC(Alternating Current),APS(Auxiliary Power Supply),Bat(Battery:主回路蓄電池),BRe(Brake Resistor),DC(Direct Current),ENG(Engine:ディーゼルエンジン),Gen(Generator),HSCB(High Speed Circuit Breaker),INV(Inverter),M(Motor:主電動機)Masaccio(3両編成)の各号車に搭載されている駆動システムの機器を示す。
3. 各機器の概要
主回路を構成する(1)電力変換装置,(2)ディーゼルエンジン発電機,(3)主回路蓄電池の外観を図4に示す。それぞれの機器の概要は次のとおりである。
- 電力変換装置
ディーゼルエンジン発電機用AC/DCコンバータ,主回路蓄電池用DC/DCコンバータ,DC3 kV用インバータ[1C1M(One Control Unit One Motor)×2群],ブレーキチョッパ,APS,DCリアクトル,接触器,センサーがまとめて一つの箱に収納されており,DM1車・DM2車の屋根上に搭載されている。 - ディーゼルエンジン発電機
ディーゼルエンジン発電機は1台当たり最大出力736 kWであり,DM1車・DM2車の床下に搭載されている。 - 主回路蓄電池
主回路蓄電池は編成内に2箱搭載されており,1箱当たりの容量は66 kWh,公称電圧は718 Vである。主回路蓄電池モジュールにはリチウムイオン二次電池を使用している。また,冷却方式は水冷であり,主回路蓄電池の箱内に搭載されている温度管理システムからの情報を基に,別箱の水冷ユニットから供給される冷媒を用いて冷却している。主回路蓄電池はTP車の屋根上に搭載されている。
図4|主回路を構成する各装置の外観電力変換装置(左),ディーゼルエンジン発電機(中央),主回路蓄電池(右)の外観をそれぞれ示す。
4. Tri-bridシステムの概要
4.1 各動作モードでのエネルギーフロー
Tri-bridシステムにおける各動作モードでのエネルギーフローを図5に示す。また,各図の動作状態はそれぞれ以下のとおりである。
- EMUモード
DC3,000 V架線が動力源として接続されており,架線からの給電で走行する。架線からの給電もしくはブレーキ時の回生電力で主回路蓄電池が充電される。 - DEMUモード
ディーゼルエンジン発電機が動力源として接続されており,発電機で発電された電力で走行する。発電機からの電力もしくはブレーキ時の回生電力で主回路蓄電池が充電される。 - HMUモード
ディーゼルエンジン発電機と主回路蓄電池の両者が動力源として接続されており,それらの電力で走行する。発電機からの電力もしくはブレーキ時の回生電力で主回路蓄電池が充電される。 - BEMUモード
主回路蓄電池が動力源として接続されており,主回路蓄電池からの電力で走行する。ブレーキ時の回生電力で主回路蓄電池が充電される。
図5|各動作モードでのエネルギーフロー注:略語説明 BEMU(Battery Electric Multiple Unit)Masaccioの各動作モードにおけるエネルギーの流れ方を示す。
4.2 動力源の切り替え
車両が電化区間から非電化区間へ,または非電化区間から電化区間へ進入する場合や,車両が駅に近づいた場合に,架線,ディーゼルエンジン発電機,主回路蓄電池の間で動力源の切り替えが実施される。各動力源の供給ラインにある機器を適切に動作させることで,機器の安全性を確保しつつ,運行に大きな影響を与えることなく,速やかな動力源の切り替えを実現している。また本切り替え動作は,車両が停止している場合に限らず,車両が走行している場合でも可能である。
架線がない非電化区間ではディーゼルエンジン発電機と主回路蓄電池を動力源として使用するが,2章で述べたとおり両者は電力変換装置内の共通のDCステージに接続されている。両者にそれぞれ搭載された制御装置は,DCステージの電圧を一定に保つため,電源から供給される電圧が変動しても特定の目標電圧を維持することを目的としたAVR(Automatic Voltage Regulator:定電圧制御)を有している。本システムは,DCステージという一つの制御対象に二つの制御装置が干渉し合わないよう,動力源に応じてAVR制御を担当する制御装置を切り替える機能を備えており,車両全体を監視する車両情報制御装置からの指令によって切り替えを実行する。
4.3 ディーゼルエンジンの停止・始動機能
本システムには,主回路蓄電池を動力源とする時間をできるだけ長くすることを目的として,車両状態もしくは走行状況に応じてディーゼルエンジンを停止または始動する機能が実装されている。具体的には,以下のような状況で本機能が作動する。
- 駅の周辺
- 終着駅もしくは車両基地に停車しているとき
- 車両基地と走行路線の間を移動するとき
- 主回路蓄電池だけで走行するとき
駅周辺での本機能の動作の例を図6に示す。駅周辺や街中でディーゼルエンジンを停止させ主回路蓄電池のみで走行することで,騒音,燃料消費量およびCO2排出量の低減を実現している。
図6|駅周辺でのエンジン停止・始動車両が駅周辺を走行するときに働くディーゼルエンジンの停止・始動機能のタイミングを示す。
5. おわりに
本稿では,Masaccioの車両特徴と,車両に搭載されている駆動電気品,Tri-bridシステムの概要について述べた。
今後は車両に搭載するディーゼルエンジン発電機を主回路蓄電池に置き替えていくことにより,車両から排出されるCO2と車両で消費する燃料の低減を図り,カーボンニュートラルに貢献していく。