特集「コネクテッドプロダクトによるデジタルサービス」(1)昇降機のコネクテッドプロダクト化による顧客への価値提供
ハイライト
IoTの浸透によりさまざまなプロダクトがデジタルでつながる中,プロダクトから取得したデータを活用して新たな価値を提供するサービス型ビジネスモデルが進展している。
本シリーズでは,「コネクテッドプロダクトによるデジタルサービス」に焦点を当て,日立が有する幅広い技術・製品・ソリューションに関する新たな取り組みと今後の方向性について述べる。
近年,昇降機は単なる移動手段からIoT技術を駆使した高度なサービスを提供するコネクテッドプロダクトへと進化している。日立は,遠隔知的診断システム「ヘリオス」により,昇降機の稼働状態をリアルタイムでモニタリングし,故障の早期発見により顧客に安全・安心を提供してきた。また最新機種においては,ビルオーナー・管理者向けサポートツール「BUILLINK」を通じて顧客の利便性を向上させる機能を拡充し,顧客のニーズに基づいた革新的なソリューションを提供している。
シリーズ第1回となる本稿では,顧客と日立をつなぐプラットフォームとしてのヘリオスと,これにより創生されるサービスについて述べる。
1. はじめに
エレベーター・エスカレーターなどの昇降機は,ビル内の安全な移動を支える重要なインフラであり,今やビル利用者にとっては欠かせない存在となっている。そのため,適切な保全により機能を維持・管理するとともに,エレベーターの点検や故障などによる不稼働時間のミニマム化が求められている。
こうした背景に鑑み,日立はエレベーターの各機器の電気的・機械的な変化を捉えて予防保全を行う遠隔知的診断システム「ヘリオス(HERIOS:Hitachi Elevator Remote and Intelligent Observation System)」を1994年に開発1)し,保全作業に導入した。また,継続的な機能改善により,技術者が定期的に点検を実施するという従来の「点」の保全から,ヘリオスが人の代わりに24時間365日常時点検する「線」の保全への転換を図っている2)。
ヘリオスによるこのような保全作業は,主として保全品質の向上を目的としたものであった。しかし,ヘリオスで収集するデータを活用することで,管理者の業務を支援することも可能になると考え,これらのデータを活用したソリューション「BUILLINK(ビルリンク)」の提供も2019年より開始した3)。このように,IoT(Internet of Things)の活用を通じて取得したデータに基づく多様なサービスを提供することで,昇降機はコネクテッドプロダクトとしての進化を続けている。
本稿では,エレベーターをコネクテッドプロダクトと捉え,顧客と日立をつなぐプラットフォームとしてのヘリオスと,これにより創生されるサービスについて述べる。
2. 日立の昇降機遠隔知的診断システム
2.1 昇降機遠隔知的診断システムの開発経緯
日立のヘリオスは,昇降機の安全性や快適性を確保するために開発された昇降機の遠隔知的診断システムであり,IoT技術の発展に伴い進化を続けている。
1994年,日立は昇降機の稼働状態を遠隔で監視・診断するシステムとしてヘリオスを導入した。このシステムの導入目的は,当初は保全作業の高品質化・高効率化であったが,徐々に安全性の向上やサービスの質の向上も視野に入れるようになった。
2.2 ヘリオスを活用したリモートメンテナンス
ヘリオスを活用したリモートメンテナンスシステムの全体構成を図1に示す。顧客のエレベーターから定期的に稼働データを収集し,これらのデータをオンラインでカスタマーセンターに送信する。収集した稼働データはカスタマーセンターで解析し,機器の故障の兆候や劣化状態を検知し,データに基づいた最適な保全作業が自動的に計画される。また,故障発生時にはリアルタイムでカスタマーセンターに通知が送信され,サービス拠点に出動指示を行うことで迅速な対応が可能となる。この技術により,特にエレベーターにおける閉じ込め故障など,緊急事態への対応がスピーディに行われている。
図1|「ヘリオス」を活用したリモートメンテナンスシステムの全体構成顧客のエレベーターを遠隔で点検・監視・診断し,稼働データを収集・解析することで,最適なメンテナンスの計画が可能となる。また,遠隔知的診断システム「スーパーヘリオス」により,さらなる品質向上と停止時間のミニマム化を実現する。
2.3 ヘリオスの進化
かご内の映像を遠隔で確認しながら利用者を救出することで,閉じ込め故障時の対応を大幅に向上させた「ヘリオスレスキューeye」や,異常行動や滞留を自動的に検知することでエレベーター内での利用者の安全確保に寄与する「ヘリオスウォッチャー」,さらに地震発生後の自動診断仮復旧システム「ヘリオスドライブ」など,ヘリオスには次々と新たな機能が追加された。こうした機能は,単なる保全業務を超えてあらゆるビルの利用者に安全と快適なサービスを提供している4)。
ヘリオスの機能をベースとしたより高度な遠隔知的診断システム「スーパーヘリオス」は,特にその革新性が際立つ製品である。スーパーヘリオスでは,IoTの活用により昇降機の状態を24時間365日リアルタイムで監視し,わずかな異常も検知する。例えば,エレベーターのドア開閉時における異常を0.1 mm単位で計測し,故障を未然に防ぐことができる。また,ドア開閉時のリトライ機能も改善されており,ドアの挟み込みなどによるエレベーター停止を回避することも可能である。このように,故障の兆候をいち早く検知することで,突発的な故障を抑制し,保全作業のさらなる品質向上と点検や故障などによる不稼働時間のミニマム化を実現している。
さらにスーパーヘリオスでは,ビッグデータ解析を通じて保全作業の最適化が図られている。昇降機の稼働データはカスタマーセンターに集積され,これをビッグデータ解析することで,部品の劣化状態を予測する。例えば,メインロープの屈曲回数を正確にカウントし,最適なロープ交換周期や点検周期を設定することで,保全作業や部品交換の最適化を図っている。
2.4 スーパーヘリオスが提供する価値
スーパーヘリオスが提供する最大の価値は,安全性と効率性の両立にある。従来の保全方式では,フィールドエンジニアが現地で定期的に点検を行い,ヘリオスが行う遠隔での常時監視・計測および定期的な診断運転によって点検作業をサポートしていたが,点検と点検の間に故障が発生するリスクがあり,結果的に停止時間が長引くケースが発生していた。このリスクを最小限に抑えるために,スーパーヘリオスは点検の一部を遠隔で常時点検する「遠隔点検」を可能にした(図2参照)。これにより,点検や故障などによる不稼働時間が大幅に短縮され,利用者の利便性が向上している。また,フィールドエンジニアが現地でメンテナンスを行う際も,スーパーヘリオスのデータに基づいた精度の高い作業が可能となり,保全作業の品質が向上している。
図2|「従来保全」と「遠隔保全」従来保全では,フィールドエンジニアによる点検を主体とし,「ヘリオス」が点検作業をサポートしていたが,点検と点検の間で故障が発生する場合があった。「スーパーヘリオス」は,点検の一部を遠隔で常時点検することで,故障の予兆を捉え,突発的な故障を抑制し,停止時間のミニマム化を実現する。
3. データ活用によるソリューション
前章では,主に保全作業の品質・効率性向上のために,顧客のエレベーターと日立をつなぎデータを取得するヘリオスについて述べた。本章では,データの活用により顧客に新たな価値を提供するソリューション「BUILLINK」について述べる。
BUILLINKとは,ヘリオスによって取得したデータを活用し,パソコンやスマートフォンを通じてエレベーターの稼働状況や保全状況などの各種情報を提供する,ビルオーナー・管理者向けサポートツールである(図3参照)。本ソリューションは,ビル設備であるエレベーターの稼働状況の監視や,災害・故障時の復旧状況の確認,運行制御といったさまざまな管理業務を遠隔で行う機能を提供するものであり,特に複数の物件を管理する顧客の業務効率化と利便性向上が可能である。ビル管理業務の負担低減・効率化につながる代表的な三つの機能について以下に述べる。
- 稼働状況と現地出動時の復旧対応状況の把握
エレベーターの稼働・点検作業状況,地震発生による停止から復旧までの状況,故障などによる現地出動の対応状況を,離れた場所にいる管理者がほぼリアルタイムに把握できる。これにより,管理者の現地への移動や電話連絡などの負担を軽減する。 - エレベーターの制御設定と利用者への通知
台風やゲリラ豪雨などの自然災害においてエレベーターが水没することを防ぐため,気象情報に応じてエレベーターを最上階に退避させる,あるいは休止設定を行うことで,冠水による被害を抑止する。また,エレベーター利用者に向けて,液晶インジケーターに最大8パターンのオリジナルメッセージを遠隔表示できるため,貼紙掲示のための現地作業が不要となる。 - 作業報告書の閲覧と一元管理
定期点検作業やヘリオスによる監視診断の作業報告書を,デジタルで閲覧・保管することが可能であり,複数のビル管理者においては,報告書を一元管理することもできる。
これらの主な機能に加え,BUILLINKは「かご内クリーン運転」や「密集回避運転」といった機能も備えている。かご内クリーン運転とは,エレベーターが利用された後,自動で戸を開き,換気ファンを回して,かご内の空気を入れ替える機能である。また,密集回避運転とは,かご内の重量に応じて,人との間隔を空けるようにアナウンスを行う機能である。こうした機能拡充により,ビルオーナーと管理者にとって利用価値の高いツールの提供をめざしている。
4. おわりに
本稿では,エレベーターをコネクテッドプロダクトと捉え,顧客と日立をつなぐプラットフォームとしての「ヘリオス」と,データを活用したソリューション「BUILLINK」について述べた。IoT技術の進展によりあらゆる製品がインターネット上でつながりつつある中,収集したデータとAI(Artificial Intelligence)を活用した故障予知や効率的な保全作業計画の策定など,新たなソリューションが期待されている。そうしたソリューションの創生には,データ分析によって得られた知見に基づいて業務プロセスをデジタル化し,DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するなど,データをいかに活用するかが重要である。
日立は,今後も市場のニーズを的確に捉えながら,IoTを駆使し,顧客にとって価値のある製品・ソリューションを提供し続けていく。
参考文献など
- 1)
- 中村元美,外:昇降機の安全・安心を提供する遠隔監視システム,日立評論,90,9,742~745(2008.9)(PDF形式、211kバイト)
- 2)
- 山下浩二,外:IoT新サービスプラットフォームによる昇降機の遠隔保全と新保全サービス,日立評論,98,12,735-738(2016.12)(PDF形式、1,616kバイト)
- 3)
- 日立ニュースリリース,エレベーターなどのビル設備の稼働状況や保全状況を確認できるビルオーナー・管理者向けダッシュボード「BUILLINK」を提供開始 (2019.10)
- 4)
- 日立ニュースリリース,昇降機のメンテナンスサービスをフレキシブルに選べる「ビルケアパック」を提供開始 (2017.8)
- 5)
- 株式会社日立ビルシステム,日立リモートメンテナンス「スーパーヘリオス」
- 6)
- 株式会社日立ビルシステム,ビルオーナー・管理者さま向けサポートツール「BUILLINK(ビルリンク)」