日立評論

IoTを活用するインフラ運用保守のソリューション

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日立評論

グローバルな顧客協創による社会イノベーションの創生

IoTを活用するインフラ運用保守のソリューション

ハイライト

従来,社会基盤を支えるインフラサービスには不偏的かつ高信頼なサービスが要求されてきた。しかし,都市化,少子化といった都市問題や,複雑性を増す社会経済に追従しながら,安定的なサービス提供を維持・向上していくことが困難になっている。そのためインフラの運営には,従来の信頼性の担保とともに,コストのさらなる削減のほか,自由化といった制度改革に伴う競争力の獲得が必要となる。

日立では,デジタル技術を活用したインフラ運営と運用・保守(O&M)を支援するソリューションを提案している。本稿ではこれらを概説するとともに,業務や経営効率を改善する方策として,経営判断と現場運用の評価指標を介して両者を連動させるソリューションコンセプトを紹介する。

目次

執筆者紹介

古屋 聡一Furuya Soichi

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ 顧客協創プロジェクト 所属
  • 現在,エネルギー情報システムとサービスの研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 電子情報通信学会会員
  • 情報処理学会会員

佐藤 弘起Sato Hiroki

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ 顧客協創プロジェクト 所属
  • 現在,エネルギー情報システムとサービスの研究開発に従事
  • 電子情報通信学会会員

福本 恭Fukumoto Takashi

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ 顧客協創プロジェクト 兼 IoT推進本部 IoTプロジェクト推進本部 情報制御イノベーション部 所属
  • 現在,エネルギー情報システムの研究に従事
  • 博士(工学)
  • 電気学会上級会員

1. はじめに

図1|ツールの基本コンセプト(経営と現場を連動させるKPIツール)変動する社会環境の変化に対応する事業活動を支援するKPI(Key Performance Indicator)ツールにより,経営の判断と現場の活動を連動させる。

経済発展や技術革新,文化繁栄のための社会基盤としてインフラは重要である。政府が重要インフラと定めるものには,情報通信,鉄道,電力,ガス,水道など13分野があり1),これら全体で社会の運営と発展を支えている。一方でそれらのインフラが支える社会環境は急速に変化している。都市化の進行や,環境問題の深刻化,サプライチェーンの複雑化に伴う経済活動の不確実性の高まりに加え,先進国では設備老朽化も進んでおり,従来の高信頼・低廉なインフラの運用を難しくしている。

そのような背景の下,公的なサービスでありつつも,必要に応じて規制緩和などによって競争原理を導入し,サービス提供者の競争を促したり,規制事業領域であってもさらなる良質・低廉なサービスを実現させる制度・施策が検討されている。

そのためインフラの運営には,信頼性の担保とコスト削減の両立のみならず,従来規制事業だった事業領域が競争市場となることでの事業優位性を新たに構築するなど,従来と異なった経営施策が求められる。

日立は,独自の顧客協創技法による顧客との協創を通じて,デジタル技術を活用することにより,インフラ事業者における設備の運用と保守(O&M:Operation and Maintenance)の高度化に関するソリューションの実現に取り組んでいる。

本稿では上述の状況を概説しながら,経営効率を改善する施策として,エネルギー事業者向けの経営判断と現場運用の重要業績評価指標,すなわちKPI(Key Performance Indicator)を介して両者を連動させるソリューションコンセプトを紹介する(図1参照)。

2. インフラ事業者が直面する社会変化

インフラ事業者は,社会構造の変化や,経済活動の不確実性の高まりといった社会の変化に直面している。

例えば,人口分布の変化については,都市化や少子化がある。都市化が進行すると,東京を含む地方では生活者人口の集中や過疎が進行し,人口ピラミッドの偏りなどの問題が生じる。人口増の地域ではインフラサービスの需要が拡大して設備増強が必要になる一方で,人口減の地域ではインフラの財務的負担がより大きくなり,サービス価格の公平性を脅かす。また少子高齢化問題は,労働人口の減少をもたらし,インフラ運営のための人手不足や熟練者スキル伝達の阻害要因にもなっている。

また,インフラサービスを提供するための部材やエネルギー源などの調達にあっては,グローバル経済の影響を受けやすくなる。予測不可能な地政学的紛争や異常気象のリスクに加え,それらに伴う原材料や燃料価格の変動は,サプライチェーンの複雑化に伴い,これまで以上に不確実性を増してきている。

こうした状況の中で,単純に追加コストをサービス料金に上乗せせず,経営としてこれらの変化への対応力を備えることが重要である。そして,その意思決定を支援するデジタル技術として,組織の内部および外部の大量のデータを収集・分析し,他システムと連携しながら効果的な対応を実施可能とするIoT(Internet of Things)を活用することが期待されてくる。

3. IoTによる社会変化への対応と課題

3.1 IoTの普及と活用の可能性

これまで多くのインフラ事業者が情報システムを用いてO&Mを強化・効率化してきた。そのほとんどは制御システムを強化する手段として活用するものであり,センサーから生成された設備の状態や稼働に関するデータを集約し,分析・可視化することなどで効率を高めてきた。加えてBCP(Business Continuity Planning:事業継続計画)対策やマルチベンダー化に向け,これら設備・システム間で一定の互換性が技術規格の策定で確立されてきた2)

IoTのメリットはこうした機能の効果を,さらに飛躍的に伸ばすことにある。例えば従来の制御システムでは獲得しにくかった外部のデータを収集・分析することで,いくつかの課題への解決のアプローチを示すことができる。都市化に伴う需要の変化に対しては人工知能を活用した長期・短期の予測により,設備の増強やダウンサイジングを適切に判断できる。少子化に伴う労働人口の減少により,現場に蓄積されたO&M作業のノウハウの継承が困難になるといった問題には,拡張現実(AR:Augmented Reality)を活用して効率化することで解決できる。 あるいはノウハウそのものを機械化することにより,非経験者であっても高品質なインフラO&Mが期待できる。

また,地政学的紛争や異常気象に伴う事業の影響評価は,ガス卸売事業者,発電といったエネルギー分野の事業者に対し,需要や原料単価の変動予測は,競争力を高めるために重要であるほか,社外あるいは社内の他部門とのシステム間の連携で迅速・効果的な対応を実現するためにも活用される。

3.2 事業者が取り組むべき課題

こうして導入されるIoTから得られるメリットを実際の価値に還元するには,いくつかの課題が残る。従来のシステムやソリューションの導入と同様に,サービス事業者におけるビジネスプロセスの見直しを行い,サービスと業務を連携させることが必要である。それに加え,経営層の意思決定と現場施策を連動させることがこれまで以上に重要になる 。例えば,サービス事業者における経営層が,IoTの示唆するダイナミックな社会変動を把握し,これに対応すべく経営方針や各種社内リソースの再配分を行ったとして,肝心の現場がこれら経営層のダイナミックな動きに連動しなければ事業機会を獲得することが難しくなる。

動的な対応力を備えるにはIoTの導入だけでなく,一般に言われる経営と現場の連動をよりダイナミックに,かつ緊密に維持するその他のデジタル技術の活用も重要である。

日立はIoT基盤3)による社会イノベーションに向けて,顧客協創を効果的に進めるため,日立の顧客協創方法論であるNEXPERIENCE4)を適用しながら,顧客とのビジョンの共有や新コンセプトの創出,エコシステムの設計なども手がけている。これにより,日立のIoT基盤の強みである各種データ処理や人工知能技術,分析可視化技術からメリットを最大限に生かすことができる。この協創活動を通して,インフラ分野の顧客の経営と現場の連動を支えるソリューションの提供を支援している。

以降の章では,火力発電事業者へのIoTの適用を前提とした,経営と現場を連動させるKPIツールの適用提案について紹介する。

4. 経営と現場を連動させるKPIツールの活用構想

4.1 ツールのコンセプト

急変する社会環境へのインフラ事業者の対応力を支えるKPIツールの構想について説明する。

代表的なユースケースを以下のように想定している。

  1. 経営層がインターネット上のデジタルコンテンツや各種経済指標などから対応が必要なイベントを察知し,経営方針の具体指標であるKPIとその目標値を変更する。
  2. KPIの変更を,現場が対応可能な形で迅速に現場へ伝達する。
  3. その現場でとった対応の効果を経営に分かる数値としてフィードバックすることで,経営層は対応の効果を確認し,必要に応じてKPIを修正する。

このように,定量的に扱うことができるKPIを経営と現場など各部門間で相互に連動させて換算しながら,経営層の方針と現場の活動とを結びつけることがこのツールのコンセプトである。

4.2 火力発電事業者における例

火力発電事業では,事前に取り決めた発電計画量を実現すべく,燃料を外部から調達し,それを燃焼させ動力を得て,発電機を使って発電する。万が一,設備に不具合があって計画の稼働ができない場合には,代替の発電手段を使ったり,外部から発電量を調達したりして達成する。結果的に発電量が取り決めた量と異なれば,インバランス料金を支払う。

再生可能エネルギーの普及が進み,電力の一次エネルギーのポートフォリオが変化していく中でも,その低廉な発電単価と高い調整機能などから,今後も火力発電への期待は大きい。しかし,新興国での新設プラントの建設とは対照的に,先進国では既設設備が継続して運用されており,運用方法も変化しつつある。従来のような計画策定が比較的容易なベース電源としての利用から,需要ピークへの追従,再生可能エネルギーの調整電源としての役割が大きくなり,それに伴い事業者の経営も変化してきている。すなわち「価値あるときに,価値ある発電」を行う競争力が求められる分野となってきている。

調整電源としての役割の場合には,この「事前の取り決め」が,燃料や売電などの市場価格に依存したものとして策定される。これらに加えて,設備状態も勘案しなければならない。発電設備では,稼働を続けていると煤(すす)がたまる,気密性が劣化するなどの性能劣化や故障要因が高まるため,一定の保守を実施する必要があり,保守の実施時期の調整も絡んだ「事前の取り決め」を行う必要がある。

老朽化を迎える設備が増加する中,保守・修繕の時期を的確に判断しつつも,事業競争力のある発電計画を実現するためには,現場の状態を把握しつつ経営方針に迅速に対応した現場運用が必要となる。その手段として経営と現場のKPIが連動した事業運営を検討している。

4.3 火力発電事業者向けKPIツールの開発

KPIツールの開発は,次の2つをポイントに進めている。

1点目は,KPIツリーのモデル化である。KPIには経営KPIと現場KPIがあり,それぞれをモデル化したうえで,双方をひも付けることでKPIのモデルを開発する。

2点目は,施策に関するコストや効果の定量化と可視化である。現場での各種施策を実施した場合の必要な人的・財務的資源を定量化することに加えて,期待できる効果を定量化し,上述のKPIとして可視化する。

このKPIツールは,日立の発電を含む制御システム全般の運用ノウハウと電力分野のUI(User Interface)デザイン知識を生かして設計されており,業務遂行時に高い視野性・利便性を備えたものになっている。さらに,そのKPIの論理構造はデジタルモデル化して実装され,外部や現場からの各種データやそれらの予測値と連携することにより,効果的な業務改善を実現する。

4.4 KPIツールのユースケース例

前述の代表ユースケースを説明する(図2参照)。ここでは経営層ユーザー(以下,「経営者」と記す。)と現場ユーザー(現場管理者)の二者を対象とした。

経営者は「経営者向けポータル」画面を使って,メディア報道や各種経済指標,自社の各プラントの状態を監視する(図3参照)。その中で,対処すべき事案が検出された場合に,次のようなフローを実施する。経営者は,発生した事案に対し,経営KPIの再設定という形で対処する。画面としては「KPIツリービュー」画面で指標を選択し,目標値設定画面で値と範囲を決定する。経営者がこうして決定したKPIと目標値は,ツールにより現場KPIとその目標値として変換され,「管理者向けポータル」画面で確認できるようになる。

現場管理者は,再設定された現場KPIとその目標値を確認し,それらを実現する改善施策を計画する。そのためには時間的・財務的に制約のある改善施策を選択し,その実施計画を策定する必要がある。「プラン作成」,「ソリューション一覧」,「プラン詳細」の各画面を通じて,「どの施策をいつ実施すればどのような効果が期待できるか」を確認しながら計画を策定できる。そして現場はこれを実施する。

経営者は「KPIの評価」画面を使い,現場が実施した施策が経営KPIの改善につながっていることを確認できる。

現在,本ツールのプロトタイプを作成し,有識者による評価を行っている。また,顧客へも提案中であり,顧客協創を通じて当該ツールの効果の検証・実用化を進めている。

図2|火力発電事業者向けKPIツールの利用イメージを示す画面遷移例経営層(ユーザー1)と現場層(ユーザー2)との連動を図示するフローで実現する。これにより経営層が示したKPI目標に対して,現場はそのKPIを充足する施策を実施できる。その効果を経営層は評価する。

図3|経営者ポータルの画面デザイン例社内・社外の情報をコンパクトに可視化する。これにより,経営KPIの再設定が必要となるイベントを早急に検知し,経営判断へ迅速に反映できる。

5. おわりに

本稿では,社会を支えるインフラ各分野を対象にし,特に運用・保守における社会イノベーションの在り方について述べた。この取り組みでは,変化する外的環境や内的要因に対応した持続的かつ高信頼・低廉なサービスを提供することをねらいとしている。また,これを進めるにあたり,日立の特長技術を適用するのみならず,開発を顧客協創活動として進めていく。その適用例として,発電事業のケースについて紹介した。

安全・安心・快適な持続可能社会に貢献すべく,同コンセプトの下に,引き続き顧客協創を通してソリューションを提供していく。

参考文献など

1)
内閣サイバーセキュリティセンター:重要インフラの情報セキュリティ対策に係る第3次行動計画(改訂版),情報セキュリティ政策会議(2015.5)
2)
電気学会,外:電力システム管理共通情報モデル(CIM)及び変電所通信プロトコル標準普及事業報告書(2014.3)
3)
花岡誠之,外:社会イノベーション事業を広げるIoTプラットフォーム,日立評論,98,07-08,498〜502(2016.7)
4)
石川奉矛,外:顧客協創方法論「NEXPERIENCE」の体系化,日立評論,97,11,659〜664(2015.11)
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