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COVER STORY:ACTIVITIES2

世界各地の社会課題に挑戦するオープンイノベーション

グローバルな価値創造へ向けて

ハイライト

日立は,「お客さま起点」の研究開発をグローバルに推進するため,2015年に研究開発体制を再編成した。その「顧客協創」の実行組織となるのが,海外に4拠点を構える社会イノベーション協創センタ(CSI)である。

世界各地の社会課題に応えるイノベーションの創出をめざすCSIの取り組みは,エネルギー,交通,ヘルスケア,アーバン,製造など,さまざまな分野において具体的な成果が出始めている。それぞれ固有の社会課題に対し,研究開発の強みを生かしながら,どのような顧客協創が進められているのか。各拠点のセンタ長を務める4人に聞く。

目次

「顧客の近くに」設置された研究開発拠点

今,モノづくり企業がこれまで当たり前のように行ってきた,開発・製品化・実証・流通といった一連のリニアモデルが通用しなくなっている。グローバルな競争環境を勝ち残るためには,デザイン思考を取り入れ,顧客やパートナーと共同で,市場ニーズに応えるサービスを迅速に提供する事業スタイルへの転換が求められているのだ。一方,社会課題に応えるイノベーション創出が企業セクターにも期待されているが,その社会課題は,世界各地で地域ごとに異なる。

こうした状況を踏まえ,日立は研究開発のあり方を変革した。具体的には,研究開発部門が新たな価値を生み出し,事業につなげるところまで踏み込むことを目的に,顧客の近くに研究者を配置するためのグローバル拠点を設けたのである。それが,CSI(Global Center for Social Innovation:社会イノベーション協創センタ)だ。2015年にCSIは東京のほか,北米,中国,欧州にそれぞれ設けられ,後にAPAC(Asia-Pacific)が加わって現在は海外4極体制となっている(図1参照)。

図1│海外4極体制の社会イノベーション協創センタ 地域ごとに異なる社会課題の解決に貢献するため,顧客の近くに研究者を配置するためのグローバル拠点を設けている。

先端の研究開発をリードする北米

海外4極のCSIは,どのような社会課題の解決にあたろうとしているのか。また,どのような成果が出始めているのか。George Saikalis(研究開発グループ 北米社会イノベーション協創センタ センタ長)は,日本とは課題がかなり違うことを指摘したうえで,次のように言う。

「交通や電力分野,製造業の米国回帰といった傾向が進行しています。米国では,シェアードエコノミーの進展が著しく,自動車はもはやシェアする時代です。シェアリングエコノミー企業が自動運転車の開発を後押ししており,現在,シリコンバレーやデトロイトでは自動運転技術の開発競争が過熱しています。私たちは今,米国の事業部門と一体となって自動運転車に必要なシステムの開発を進めているところです。重要なのは,自動運転のレベルより,むしろ信頼性のある自動運転システムの構築のほうだと考えており,そのためにAI(Artificial Intelligence)技術や予測技術などを盛り込んでいく予定です。」

日立は,ADAS(先進運転支援システム)と,それを支えるコントローラやステレオカメラなどのコンポーネントの開発を推し進めており,すでに実験車の構築を完了している。米国最大の家電見本市「CES 2017」では,スマートフォンを用いたリモートパーキングシステムの体験デモを実施した。また,米国ミシガン大学が中心となって進めている実験プロジェクト「Mcity※)」においても,市街地を想定した走行試験を開始するなど,自動運転システムの開発を進めている(図2参照)。

※)
Mcityは,Regents of the University of Michiganの商標である。

図2│「Mcity」における実験の様子

日立は,米国ミシガン大学アナーバー校のキャンパス内に位置する施設「Mcity(エムシティ)」で行われている自動運転車やコネクテッドカーの走行実験プロジェクトに参画している。先進運転支援システムを用いて走行試験を行うことで,自動運転技術の開発を加速させている。

電力分野では,自然エネルギーが急速に拡大しており,老朽化したインフラの問題とあいまって,新しいエネルギーグリッドの早急な構築が迫られている。こうした状況の中,災害に対するレジリエンシーの観点からも,米国ではマイクログリッドに注目が集まっている。日立は,ニューメキシコ州など米国内で行ったスマートグリッド実証事業の実績やノウハウを生かしていく考えだ。さらに現在,日立のIoTプラットフォーム「Lumada」を活用したエネルギーソリューションの開発を進めているほか,北米最大級のエネルギー関連イベント「DistribuTECH」に出展するなど,顧客協創の機会創出にも取り組んでいる。

「こうしたインフラ維持への対応に加え,IoTソリューションの先進地域であるシリコンバレーに拠点を構えていることから,革新的なデジタルソリューションの具現化など,最先端の研究開発を担う役割もあると考えています。Lumadaを活用してつくったエネルギー分野でのソリューションコア(ソリューションのひな形)を,例えば工場の課題解決へ応用するなど,他分野への横展開も視野に入れて取り組んでいます。」(Saikalis)

CSI北米は,IoTや解析などを技術提供する形で研究と事業をつなげており,現在,Lumadaと連携し,Pentahoなどを活用したさまざまなソリューションを構築中だ。製造業の米国回帰に伴って要求される生産システムのさらなる高度化に応えるソリューションの開発も加速させている。

  • George Saikalis
  • 研究開発グループ北米社会イノベーション協創センタ センタ長

北米社会イノベーション協創センタ(CSI北米)

米国のカリフォルニア州サンタクララ,ミシガン州ファーミントンヒルズ,およびブラジルのサンパウロに拠点を置く。2016年には,「金融イノベーションラボ」(Financial Innovation Laboratory),IoTプラットフォームの研究強化を目的としたDigital Solution Platform Laboratory(DSPL)を開設した。ビッグデータアナリティクス基盤を構築し,エネルギー,通信,金融,ヘルスケアなどの分野でのソリューションの協創に取り組んでいる。

「質の成長」への転換期にある中国

「新常態」と呼ばれる安定成長の時期に入ったとされる中国では,2016年からスタートした「第13次5カ年計画」の下,政府主導でさまざまな施策が推し進められている。

「量から質の成長への転換期であり,今行われている施策も中国の社会課題に対応した,質の向上をめざすものです。先進国に比べてまだ成長の余地がある製造業の強化,さらに民生分野においては医療をはじめ,急速に進む都市化に伴う問題など,解決しなければならない課題は少なくありません。私たちはそれらをビジネスチャンスとも捉えており,ITソリューションを中心に各分野での質の向上に貢献したいと考えています。」

こう語るのは,陳楊秋(研究開発グループ 中国社会イノベーション協創センタ センタ長)である。

医療分野に対して,中国政府は「健康中国2030」に基づき,ヘルスケアサービスの質・量の改善を図っているところである。しかし,病院の問題一つをとっても,現状は大病院に患者が集中して受診が混雑する一方,プライマリケアを担うべき中小規模病院は,医療サービスの観点から,患者数が少ない。患者数が少ないと投資が進まず悪循環に陥る。こうした課題に対し,日立は,PET(Positron Emission Tomography)検査センタなどの病院運営支援ソリューションによって,病院の初期投資を軽減しながら,検査センタなど医療サービスの品質向上に取り組むなど,ヘルスケア分野での貢献をめざしている。

製造業の水準向上に向けて,「中国製造2025」という国策が実施されている。これは,イノベーションや循環型社会発展を重視した内容で,生産を効率化する「スマート製造」,環境への負荷を減らす「グリーン製造」などを戦略目標として掲げている。日立はこれまでに共同配送やミルクランなどの活用によって調達物流コストの低減をめざすスマート物流の取り組みを進めている。

また,製造分野では,日立は中国政府部門と連携して,2015年から技術交流会の開催(図3参照)や「スマート製造」,「グリーン製造」関係の連携合意書も締結している。

都市化に伴う諸課題を解決するため,日立は先進的なソリューションを開拓している。

「例えば,都市交通の混雑を解消したいという要望に対しては,カメラを活用してバス内の混雑度を見える化するソリューションの提供をしています。そのほか,都市の公共空間を管理するお客様にカメラ画像を用いたセキュリティソリューションの提案なども行っています。既存顧客への提案を通じて,社会イノベーション事業を拡大する一方,新しい顧客の開拓にも努めています。CSI中国は以上の各分野で関係事業部門と協力しながら,顧客協創を展開し,先進技術とソリューションの開発を進めています。」(陳)

図3│「中国製造2025」技術交流会中国政府工業情報化部傘下の中国電子商会とともに,行政・企業間の交流および協力の促進を目的に北京市で開催した。日立からは現地法人幹部らが出席し,「グリーン製造」,「スマート製造」の実現に貢献する技術やソリューション,事例などを紹介した。

  • 陳 楊秋
  • 研究開発グループ 中国社会イノベーション協創センタ センタ長

中国社会イノベーション協創センタ(CSI中国)

北京,上海の拠点に加え,2016年には製造業集積地である珠江デルタ地域の中心都市・広州に拠点を新設した。中国の産業界,政府,大学と,産官学の連携を積極的に推進。電子決済やタクシー配車,自転車のシェアリングなどスマートフォンアプリを用いたサービスが急速に進展する中国において,デジタルソリューションの開発に取り組んでいる。

成熟社会の課題に直面する欧州

欧州の社会課題の多くは,社会そのものが成熟していることを抜きには語れない。糖尿病をはじめ,生活習慣病の増大も成熟社会ならではの課題だといえる。CSI欧州では,そうした成熟社会の課題を解決するため,特にエネルギーやヘルスケア分野のソリューションを協創することに注力している。

「環境意識も高い欧州は,それぞれの国や都市,企業がCO2の削減に意欲的に取り組んでいます。しかしその際,単にエネルギー効率を上げるだけでは済みません。古いシステムのよい部分は残しながら入れ替えるなど,なるべく投資を抑えてCO2を削減することが重要になってくるわけです。それを実現する技術は簡単ではありませんが,そこに入り込みながら成果を出していきたいと考えています。」

鳥居和功(研究開発グループ 欧州社会イノベーション協創センタ センタ長)のこうした指摘を踏まえると,技術そのものの開発に加え,効果や経済性など,多角的な検討が必要となることが理解できるだろう。日立はさまざまな実証事業をステップとして,エネルギー分野の課題解決に向けた取り組みを進めている。2014年4月からスタートした,英国グレーターマンチェスターにおけるスマートコミュニティ実証事業もそのうちの一つ。この事業は,ヒートポンプ技術とICT(Information and Communication Technology)によってガスから電気へのエネルギーシフトを推進し,低炭素化社会の実現に寄与する技術・システムを実証することを目的としたものだ。2017年3月には,ポーランドにおいて再生可能エネルギー導入拡大に向けたスマートグリッド実証事業が始まった。

ヘルスケア分野では,英国マンチェスター地域において,糖尿病予防の実証プロジェクトが進行中だ。英国の先進モデル病院といわれるSRFT(Salford Royal National Health Service Foundation Trust)と日立が共同で進めている取り組みで,従来実施していた電話での生活指導改善では対象人数や効果に限りがあるため,生活習慣改善プログラムにITを活用するのが特徴である。高齢化に伴って増大する医療費を削減するソリューションとして期待されている(図4参照)。

「ここ30年近く,国が関係するプロジェクトだけでなく,企業や大学,研究機関と共同で研究開発活動を進めてきた実績が今,大いに役立っています。欧州では,社会インフラの事業を任せてもらうには,まず仲間の一員として認められる必要があります。それが顧客協創の入口になるのです。」(鳥居)

さらに,鳥居は欧州の研究開発のありようを次のように指摘する。

「欧州は,歴史の長い多くの国で構成されているわけですから,皆が同じテクノロジーを使っていないと互換性がとれません。そのため,新しい技術の開発も共同して取り組み,グローバル標準にすることに熱心です。例えば自動運転実現のカギを握るV2X(車車間通信・路車間通信)技術の領域などでも,そうした活動に参画し,日立の得意とするIT×OT(Operational Technology)の技術をグローバル標準にすることで,事業や社会への貢献を図っていきたいと考えています。」

図4│英国マンチェスター地域での生活習慣病対策プログラムシステムプロトタイプの検証中の様子。日本の日立健康保険組合で実績のある生活指導やアドバイスのノウハウが生かされている。

  • 鳥居 和功
  • 研究開発グループ 欧州社会イノベーション協創センタ センタ長

欧州社会イノベーション協創センタ(CSI欧州)

英国のロンドンやケンブリッジをはじめ,フランスのソフィア・アンティポリス,ドイツのミュンヘン,デンマークのコペンハーゲンなど,欧州の広範囲に拠点を構えている。標準化に強い欧州で市場創生活動に参加し,主要企業とともに成熟社会の課題を解決するソリューションの実現に取り組んでいる。

多様な課題が併存するアジア

図5│シンガポールでの実証に用いられた漏水管理システムのイメージ日立独自のシミュレーション解析により,配水地域を複数の小エリアに仮想的に分割したうえで,漏水量の多い小エリアを推定する。水道事業者による漏水管理の効率化や,漏水の低減による水道事業者の収益拡大に貢献する。

2016年4月に設立されたCSI APACは,スマートシティをはじめ,アジアの成長を取り込んだ顧客協創活動を推進するのが目的だ。原田泰志(研究開発グループ APAC社会イノベーション協創センタ センタ長)は,国・地域によって社会課題の質が大きく異なることを説明したうえで次のように言う。

「非常な勢いで都市化が進んでいるインドでは,社会インフラが十分に整備されているとはいえません。2012年に起こった大停電は6億人以上の国民に影響を与え,また,水道水の3割以上が末端の工場や家庭にまで届かないといわれています。こうした基本的な社会課題を私たちの技術によって解決したいと思っています。」

とはいえ,電力や水道,鉄道など,インドでの社会イノベーション事業の推進はまだ緒に就いたところである。現在は,交通分野においてカメラを活用した道路の段差状況を把握するソリューションによって交通事故のリスク低減を図る取り組みなどを通じ,「日立の技術を理解してもらいながら進めていきたい」と原田センタ長は抱負を語る。

一方,豊かな都市国家として知られるシンガポールでは,現在の水準をいかに維持していくか,さらにはいかに成長していくかが課題となっている。高度なセキュリティによって都市での犯罪を防止することもその一つ。エネルギー消費の削減,島国であるがゆえの安定的な水供給体制の構築も必要だ。

「とてもイノベーションにオープンな国で,政府はヘルスケアや交通,高齢化問題に対応する都市技術の実験場としてシンガポールを活用するように呼びかけています。この恵まれた環境を生かしていくつも実証実験を進めており,そんな成果を別の地域で展開することも始めています。」(原田)

東南アジアの配水地区で行った漏水管理ソリューションの実証もその一例である(図5参照)。このシステムは,水道管の亀裂などによって漏水問題に悩むアジア諸国の社会課題に対応するもの。漏水推定の効果が確認されたことで,同じ問題を抱える他国への展開が進行中だ。このような別の場所の成果,他極の成果を取り入れるグローバル連携も,さらに求められてくるだろう。

  • 原田 泰志
  • 研究開発グループ APAC社会イノベーション協創センタ センタ長

APAC社会イノベーション協創センタ(CSI APAC)

インド(バンガロール)とシンガポールに拠点を置く。インドではソフトウェア信頼性の基盤技術,データサイエンス応用によるITソリューション,同国の豊富なエンジニアリングリソースを生かした社会インフラ向けシステム制御技術などの開発を進める。シンガポールではビッグデータ解析や人工知能を適用した先進的なソリューションの開発に取り組んでいる。また,新たにオーストラリアに研究開発人員の配置を開始した。

Lumadaを基盤にオープンイノベーションを拡大

今後の展開や方向性を各CSIのセンタ長は,どのように考えているのか聞いた。

「ソリューションビジネスのプラットフォーム開発で貢献したいですね。北米でのビジネスを成長させるため,Lumadaを活用して,ソリューションコアの開発に確実にチャレンジしていきます。」(Saikalis)

「製造業やアーバン,ヘルスケアといった分野は変わりませんが,中国の特色のあるコアを現地の力でつくっていく。そしてその成果を中国発のLumadaとしてグローバルに展開できるようにしたいですね。」(陳)

「グローバル標準の活動への参加はもちろん,R&Dのアイデアや生み出す価値が起点となって新事業が立ち上がること。私たちの先輩が苦労して大きなビジネスに成長させた,英国の鉄道事業に次ぐ新しい事業をつくることをめざしています。」(鳥居)

「今は日本の技術をインドでも使えるようにしている段階ですが,将来的にはインドだからこそできることをつくるのが目標です。ソフトウェアや解析技術など,インドならではの特色のある分野を生み出し,それをプロモートしていきたいですね。」(原田)

それぞれのCSIが異なる状況の中で取り組みを進めていることにも大きな意味がある。ある極がつくった技術やソリューションがベースとなり,それを別の極に展開するグローバル連携を加速させるからだ。その点で,デジタル技術を活用した社会イノベーション事業を推進する日立にとって,IoTプラットフォーム「Lumada」が,応用展開のための基盤として大いに効果を発揮するに違いない。現在はもちろん,将来の社会課題の解決に向けて,海外4極のCSIはオープンイノベーションをこれからも牽引していく。

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