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COVER STORY:ISSUES

デジタルトランスフォーメーションを支える新しい知財

データ利活用に不可欠な知識と戦略

ハイライト

IoTやAIなど,データの利活用によって新たな知見の獲得や価値創出,高いレベルでの生産性向上を可能にする技術の発展により,第4次産業革命が始まろうとしている。それらの技術を基にしたデータ主導型ビジネスでは,ステークホルダーの中でいかにデータを有効活用できるかが成否のポイントとなることから,データの利活用と保護に関わる,これまでにない課題も生じている。

デジタルトランスフォーメーションに伴う課題に対応する新しい知財(知的財産)のあり方について,知財戦略の研究で知られる東京大学の渡部俊也教授と,日立製作所知的財産本部の戸田裕二本部長が意見を交わす。

目次

データを含めた広義の知財が重要に

戸田 日立はIT×社会インフラで新たな価値を提供し,お客様や社会が直面する課題を解決する社会イノベーション事業を推進しています。この取り組みは,「Society 5.0」を通じて「超スマート社会」の実現をめざす,日本政府の方針とも合致しています。Society 5.0は,AI(Artificial Intelligence)やIoT(Internet of Things)を活用した第4次産業革命であり,デジタルトランスフォーメーションの実現をめざすものであると言えますが,同様の動きが欧米でも進む中,政府は,日本が産業競争力を維持・強化していくにはノウハウや知識の知財化が重要であるとしています。

渡部先生は,知財に関する国の検討委員会などの座長を歴任されていますが,IoT時代とも呼ばれる新たな社会潮流の中では,どのような知財がカギになるとお考えでしょうか。

渡部 データも含めた広義の知財が重要になります。AIやIoTを用いるデータ主導型のビジネスでは,データ収集力が競争優位性につながりますから,事業者は企業や個人との契約によって,なるべく多くのデータを利用する権利を取得することをめざします。

データは,形態によっては編集著作物として保護されたり,営業秘密として保護されたりしますが,一般的なデータは,知的活動で生み出されたものを保有する権利という,これまでの知的財産権の保護対象には当たりません。しかし,利用契約によって事実上の知的財産権が発生するという点が重要です。

そのような新しい事象に対応するために,「データ知財」や「データオーナーシップ」といった言葉が使われるようになりましたが,意味は漠然としています。データ知財と言っても絶対的な権利ではないため,従来の所有権のような概念を当てはめるのは難しい問題です。例えば,センサーデータは設置した人のものなのか,データを発生させた人のものなのか。おそらくはっきりとした答えは出せないでしょう。

そのため,基本的には,利害関係者の間でデータをめぐる一定の権利義務関係を設定して対応することになります。その際には,合理的にデータの利活用が進む方向で考えることが重要となります。

知財部門の果たす役割が拡大

渡部 俊也
東京大学 大学執行役・副学長 教授
1984年東京工業大学無機材料工学専攻修士課程修了,1994年同大学無機材料工学専攻博士課程修了(工学博士)。民間企業の研究部門および事業部門を経て,1998年東京大学先端科学技術研究センター情報機能材料客員教授,2012年より現職。東京大学政策ビジョン研究センター教授・副センター長,日本知財学会会長・理事,知的財産教育研究・大学院協議会理事などを兼務。

戸田 日立も,お客様との協創を加速し,進化する社会イノベーション事業を通してIoT時代のイノベーションパートナーになるためには,知財が大きな役割を果たすと考えています。知財部門ではこれまで,特許権などの知的財産権を用いた参入障壁構築による「競争知財戦略」を推進してきました。現在はそれに加えて,協創パートナーとの間で,データやその分析結果から得られる知見も含む広義の知財を適切に取り扱うことでパートナーシップを促進する「協創知財戦略」に力を入れています。

渡部 画期的な取り組みですね。データ利活用に関する権利義務関係の問題には,どの部署が対処するのかを決めていない企業も多くあります。しかし,そうしたことは営業部門などではよく分からないでしょうから,従来の知財の枠組みを越えていても,やはり知財部門が扱うべき仕事だと思います。知財関連の団体を通じた横のつながりなどもありますから,そうした場で知識や事例を共有しながら,企業の枠を越えてデータ知財という新しい問題への対応を一緒に考えていくことも,今後は必要になるでしょう。

戸田 ご指摘のとおりです。日立では,知財部門が中心となり,データ主導ビジネスに貢献する知財について,いち早く検討し始めました。そうした動きは,外から見ると「日立は一体何をしたいのか?」と疑問に思われていたようですが,最近になって,国内だけでなく欧米企業からも注目されるようになってきました。

通常,データを収集して分析し,そこから得られる知見に基づいて新たな価値やソリューションを創出するというプロセスには,さまざまなステークホルダーが関わります。社会イノベーション事業の成功には,このプロセスを促進することが重要であり,そのために,知財部門の中に新しく「社会イノベーション知財部」を立ち上げました。

その活動の分かりやすい例としては,お客様とデータを利活用するビジネスの契約をサポートすることがあります。これまでは,データの権利関係について契約書に書かれていても,その内容を営業部門がきちんと確認していない場合もありました。社会イノベーション知財部が間に入り,データ利活用やそこから生まれる新たなソリューションの横展開の自由度を確保できるような契約とすることで,事業の推進に貢献することをめざしています。

事業戦略と一体化した知財マネジメントを

戸田 お客様との協創によるデジタルビジネスでは,オープンなデータ連携環境の構築とともに,それを支えるAIやセキュリティ技術が必要となります。このことを知財マネジメントの観点から見ると,技術の知財に加えて,データ利用から生まれる知見などの広義の知財も対象としたオープン&クローズ戦略(a)が必要になると思われますが,渡部先生はどのようにお考えでしょうか。

渡部 データ知財に対しても,特許とブラックボックス化というプロダクトのオープン&クローズ戦略と同じような考え方が当てはめられるかもしれません。例えば,野球やサッカーなどのスポーツに関するさまざまなデータを収集,分析,提供するサービスがあります。試合から取得できるデータはオープンなものですが,その分析結果や得られた知見はブラックボックス化して保護することが可能です。この知見を用いてチーム向け,あるいはメディアやファン向けに,それぞれ加工した情報として提供するというビジネスモデルが成立していくと思います。

産業に関わるデータの場合,同じようにはいかないかもしれませんが,データの提供範囲や利用範囲を相手によって変える,データの加工手法をブラックボックス化する,あるいはライセンス化するなど,さまざまなモデルが考えられます。いずれにしても,事業戦略と一体化した,緻密な知財マネジメントが必要になります。それを成功させるには,実例を積み重ね,学びながら実践していくしかないと思います。

戸田 そうですね。日立の事業でも,お客様から頂いたデータを加工して価値をつけてお返しし,それが評価されれば,さらに多くのデータを頂け,加工するスキルやツールが向上していくという,ポジティブな循環が実現しつつあります。今後,そうしたモデルを確立していく中で,オープン&クローズの事例を集め,検討することが可能になっていくと期待されます。

渡部 データ提供者が,データを提供したほうが利益になると思える方向にインセンティブをかけるようなマネジメントがポイントになるでしょう。

(a)オープン&クローズ戦略
企業などが保有する特許権やノウハウなどの知的財産を,相手先に供与するもの(オープン)と守るもの(クローズ)に分け,組み合わせることで利益拡大をめざす戦略。オープン戦略には公開,ライセンス化,標準化など,クローズ戦略には秘匿または独占的実施などの手法がある。

積極的な情報発信で新しい知財のあり方も協創

戸田 裕二
日立製作所 理事/知的財産本部 本部長
1982年株式会社日立製作所入社,1989年弁理士登録,2004年株式会社日立技術情報サービス取締役社長,2015年4月日立製作所知的財産本部副本部長を経て,2017年4月より現職。
産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会委員,内閣府知的財産戦略推進事務局検証・評価・企画員会(新たな情報財検討委員会)委員,電子情報技術産業協会法務・知的財産権委員会委員長などに就任。

戸田 IoT時代の知財マネジメントでは,営業やコンサルタント,エンジニアなども含め,協創プロセスに関わる全部門が知財戦略を共有して知財リスクを管理していく必要が生じるなど,戦略だけでなく,人材要件や体制にも変革が必要になっています。

渡部 経営戦略と先端技術,さらには著作権や不正競争防止法(b)などの法律が分かる,知財法務のような専門知識を持つ人材が求められてきますね。特許だけでなく,データ知財,協創でもたらされる関係資産といった,さまざまなリソースをビジネスモデルに当てはめて組み立てる能力,課題解決力も必要になります。それらを個人で兼ね備えた人材は少ないでしょうから,やはりチームとしてすべての機能を備えられるように,多様な人材を育成していくことが大切だと思います。

戸田 社会イノベーション知財部も,約50名がさまざまなチームを組んで仕事をしていますが,ある意味で社会実験のようなものと捉えて,新しい人材の育成方法も模索しています。知識は文献でも身につきますが,課題解決力については,結局はケースに学ぶしかありません。そのため,社内で詳細なケースをつくり,グループディスカッションしながら,ノウハウや知見を蓄積して最適な解決策を提示できる力を磨けるように工夫しています。

渡部 優れたアプローチだと思います。そうした部内でのスキルアップに加えて,知財部門の役割が変わりつつあり,新しい人材が必要であることや,他部門の人も知財的な感覚を持つ必要性を,社内に発信していくことも大切です。

ただ,企業単独での人材育成には限界もあるでしょう。東京大学政策ビジョン研究センターでは,2015年度から戦略タスクフォースリーダー養成プログラムを開講して,企業の知財部門だけでなく,経営企画や事業部門などの受講生を募り,IoT時代の事業戦略モデル構築,それを支える知財マネジメントなどの知識とスキルを学ぶプログラムを提供しています。このように,会社や業界の枠を越えた形での人材育成を拡充していくことも,産学で一緒に考えていくべき課題ですね。

戸田 政府や大学でもIoT時代の知財施策の検討や知財マネジメントの研究が盛んになされていますね。日立は産業界の一員として,先進的な知財マネジメントのユースケースを積み上げ,施策検討や研究の糧にしていただくことが,デジタルトランスフォーメーションの実現に向けた知財面での貢献だと考え,社外への情報発信も積極的に行っています。

渡部 特許の件数だけが競われていた時代から,契約も含めた知財戦略が求められる時代になり,知財部門の役割が広がってきた中で,御社の知財部門の先進的な取り組みは注目に値します。それを他社も学び,同じレベルの知識や姿勢で交渉できるようにしていくことは,日本全体の競争力向上にとって重要だと思います。

御社には,IoTやAIなどを活用した,社会に受け入れられるサービスを次々と提案していただくことを期待しています。そのためには,さまざまなビジネスエコシステムの中で機能する経営資源が必要であり,その経営資源の重要な部分を,広い意味での知財が占めています。ビジネスだけでなく,新しい知財のあり方もパートナーと協創していただくことを期待しています。

戸田 日立がその一端を担えれば幸いです。頂いたご意見から,IoT時代の知財の重要性を再認識いたしました。本日はどうもありがとうございました。

(b)不正競争防止法
事業者間の公正な市場競争を守る法律。他人の商品形態,商号などを模倣するといった商品を誤認させる行為,営業秘密やノウハウの盗用,コピープロテクト外しなど,不正な手段による商行為を取り締まる。特許法や実用新案法,著作権法などが個別の権利を設定して排他的に保護するものであるのに対し,不正競争防止法は,それらでは守り切れない広い範囲の知的財産権に対する侵害行為を防ぐものと位置づけられる。
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