日立評論

Society 5.0がめざすのは,人間中心の新しい社会

グローバルな社会課題解決に向けた日本の科学技術政策

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COVER STORY:TRENDS

Society 5.0がめざすのは,人間中心の新しい社会

グローバルな社会課題解決に向けた日本の科学技術政策

ハイライト

IoTやAI,ロボットといった革新技術に基づくイノベ―ションが経済社会に大きな変化をもたらす時代が到来している。

世界的なトレンドを先取りすべく,2016年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画で,その中核コンセプトとして掲げられたSociety 5.0。経済財政運営と改革の基本方針である「骨太方針2016」の戦略に位置付けられ,さらには日本の成長力を高めるためのイノベーション戦略の司令塔として2016年9月に発足した「未来投資会議」でも成長戦略の一つとなっている。

なぜ今,日本政府はSociety 5.0を掲げ,そして将来の国づくりに向けて,どのような社会像を描こうとしているのか。世界に先駆けた「超スマート社会」の実現をめざすSociety 5.0について,総合科学技術・イノベーション会議の原山優子議員に聞く。

目次

社会課題の解決に資するイノベーション創出のために

原山 優子
内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 議員
1996年ジュネーブ大学教育学博士課程修了,1997年同大学経済学博士課程修了後,同大学経済学部助教授,経済産業研究所研究員を経て,2002年東北大学大学院工学研究科に科学技術政策分野の教授として就任。2006年から2年間総合科学技術会議議員を務める。また2010年から2012年まで経済開発協力機構(OECD)に科学技術産業局次長として就任。2013年3月総合科学技術会議議員に再び就任,現在に至る。東北大学名誉教授。2011年フランス共和国より「レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ」受賞。

福山 原山先生はこれまで,経済開発協力機構(OECD)科学技術産業局次長をご経験されるなど,世界のトレンドをつぶさにご覧になってこられましたが,大変革時代とされる今日,第5期科学技術基本計画の策定に携わるにあたり,世界の潮流のどのような面に注目されたのでしょうか。

原山 やはり,社会が根本から変わるような劇的な変化と,それをもたらすイノベーションです。その火付け役の一つとなったのがOECDであり,2010年にはイノベーション戦略が策定され,成長戦略の核に据えられました。これは日本などの先進国に限った話ではなく,いまや新興国においても,科学技術とイノベーションを補完的に駆動させ,経済成長につなげる動きが加速しています。途上国においても,「質素,倹約的」を意味するフルーガル・イノベーション(frugal innovation)や,「包括的,巻き込み」を意味する「インクルーシブ・イノベーション(inclusive innovation)をボトムアップで推し進め,経済成長につなげる取り組みがトレンドになりつつあります。

さらに,2015年9月には,「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が国連で採択され,その中核として「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」が掲げられました。このSDGsの取り組みにおいても,イノベーションは課題解決の中心的な役割を担うものとして,大きな期待が寄せられています。

そうした中で,これまでになかった技術の組み合わせやシステムによって新たな技術やサービスが次々に生み出され,まさにイノベーションを原動力として世界は大きく変貌しています。しかし,生活の利便性が非常に高まる一方,社会の複雑性が増し,新たなデジタル社会がもたらすネガティブな側面が顕在化してきているのも事実です。また,日本の現状を見てみると,労働生産性の低迷や,今後,深刻化する労働人口の減少を背景に,産業競争力の徹底的な強化が喫緊の課題となっています。

こうした状況を踏まえて,第5期科学技術基本計画を策定するにあたっては,科学技術の進展と日本の成長を唱えるだけでなく,猛烈なスピードで日々刻々と変化していく世界に対応できるような,柔軟性を備えた計画をつくる必要があると考えました。不確実性の時代において,誰しも5年後の世界を正しく予想することなどできません。そこで,イノベーションの前提条件として,産業界やアカデミアを巻き込んで,社会の方向性を示すことにしました。

今日,既存の技術や知識に新しい要素を組み込み,これまで体験したことのないサービスをデザインしビジネス化する動きが顕著になっています。また,Uber※)の台頭が示すように,生産者と消費者という,従来型の二分法も崩れつつあります。これまで通りイノベーションは経済活動の原動力として機能していますが,その仕掛け方は多様化し,既存の産業構造すら覆してしまう勢いを持っています。その背後にあるのが「デジタル化された情報」です。今後,Internet of Things(IoT)やArtificial Intelligence(AI),ロボティクスといった情報を糧とする革新的技術は,従来にない新たな付加価値を生み出すものと予測されています。そうした中で,Society 5.0という概念を生み出し,それを日本から世界に向けて新たなイノベーションを創出するための指針として提唱したというわけです。

※)
Uberは,Uber Technologies, Inc.の商標である。

中心は技術ではなく,あくまでも「人」である

福山 満由美
日立製作所 研究開発グループ 技術戦略室 技術統括センタ長 兼 CIO
1987年日立製作所入社,社会インフラの信頼性技術の研究開発を経て,2014年日立研究所機械研究センタ長。2015年より現職。工学博士。
日本機械学会会員
日本学術会議会員

福山 Society 5.0がめざすのは「超スマート社会」ということですが,その柱となるのはやはりデジタライゼーションなのでしょうか。

原山 デジタライゼーションは手段であり,あくまでも主役は私たち「人間」です。従来,技術を原動力とした革新が社会の発展を担ってきたのは確かですが,これからは,考え方を逆転させて,人間がいかに幸せや生きがいを感じられる社会を築くかに主眼を置いています。だからこそ,人間が生きる基盤である「Society=社会」という言葉を中心に据えたのです。

では,5.0とは何か――。歴史を長い目で見たときに,人類が自然と共生しながら狩猟や採集をしてきた狩猟採集社会をSociety 1.0,農耕を基盤に集団を形成し,組織を増大させて国家を築くようになった農耕社会をSociety 2.0,産業革命によって工業化を推し進め,大量生産を可能にした工業社会をSociety 3.0,さらに情報化により無形資産をネットワークで結び,多様な付加価値を生み出すようになった情報社会をSociety 4.0と定義することができると考えました。Society 5.0は,Society 4.0で築かれた情報社会を土台としながら,人間中心の豊かな社会をめざすものです(図1参照)。

第5期科学技術基本計画の概要においてSociety 5.0の説明として,「ICTを最大限に活用し,サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)が高度に融合した『超スマート社会』を未来の姿として共有し,その実現に向けた一連の取組」とありますが,これらの文言はあくまでも基本計画のスタート時点のものであり,「更に深化させつつ『Society 5.0』として強力に推進し」と記してあるように,国民の皆さんと一緒に育てていく概念と私は考えています。

むしろ注視していただきたいのは,超スマート社会の実現により,必要なモノ・サービスを必要な人に適宜,提供することで,社会のさまざまなニーズにきめ細やかに対応し,「あらゆる人がさまざまな制約を乗り越えて,活き活きと快適に暮らすことができる」点にあります。人々に豊かさをもたらすためには,多種多様なアプローチがあって当然ですし,Society 5.0はそれだけ幅広い概念だということです。

実はこの「育てていく」という概念化のプロセスには,今日イノベーションの概念として誰もが認知する「ナショナル・イノベーション・システム」の生成と相通ずるところがあります。これは,イノベーションを発生させる制度的な仕組みを,企業,大学,政府といった各アクターによるインタラクションのシステムとして捉えようとする考え方ですが,最初から確たる姿があったわけではなく,1990年代にOECDにおける科学技術政策の課題として登場し,イノベーション論と政策論の間を行き来しながら,時間をかけて概念としてつくり込まれていったものです。特に,イノベーションのリニア・モデルからは把握しきれない部分を,システムの視点から取り込んでいき,各アクターの相互作用からなるイノベーション・プロセスの全体像を構築する中で考えを深化させていきました。

同様に,Society 5.0も,人間を中心に据え,共有概念として幅を持たせることで深堀りしていきたい。さらに,これまでイノベーションに目に見える形で参加してこなかった多種多様なアクターも巻き込みたいと考えています。専門家だけでなく,特に日本で今後,活躍が期待されている女性や若者など,さまざまなアクターが参画し,たとえ失敗したとしても,またチャレンジし続けられるような,ゲームチェンジが可能な社会の基盤を築いていくことこそが大切だと考えます。つまり第5期科学技術基本計画では,ボトムアップのさまざまな発想を拾い上げられるようなスペースも埋め込み,夢のある世界観を示したつもりです。

福山 たとえ法制度的には門戸が開いていたとしても,すべての人にチャンスがある,というふうにはなかなか思えないような日本の状況があります。そこを多種多様なアクターとデジタライゼーションによって変えていく,ということですね。

原山 はい。改革において最も必要なのは,人のエンパワーメント(empowerment)だと思います。つまり,国家や組織を構成する一人ひとりが発展や改革に必要な力をつけて,活力を持って活動できるということ。主体性を持って,自らが改革の流れをつくっていくような人が増えることが重要でしょう。これまでの日本の社会では,そうした人たちが既存の枠組みにとらわれて,力を発揮しにくい側面があったように思います。これからは,主体性を持って社会を変えていきたいという気概を持った人たちが,存分に活躍できるような場を創出していかなければなりません。そうした取り組みが,Society 5.0の実現には不可欠だと思います。

しかし,そのような環境を国がお仕着せでつくっても,なかなかうまくいかないものです。ましてや居心地のいい箱であれば,またそこから出られなくなって,イノベーションなど起こり得ません。大変革の時代においては,変化に伴い,安定性を自ら壊しながら開拓していく勇気が必要です。人生100年と言われる時代だからこそ,社会のドラスティックな変化にも対応できるよう,若いうちから経験を積み重ね,自らを培っていくことが肝要だと思います。

当然,既存の価値観を問い直していくことも欠かせません。働くことの価値観も,従来のように一家の大黒柱が家族を養うために働くというより,一人ひとりが社会に貢献しているという実感とともに,生きがいをもって働くことにシフトしつつある。したがって,働き方についても,さまざまなフィールドやオプションがあり,その時々で自在に選択しながら,新しい世界を切りひらけるような新しい社会,まさにSociety 5.0が求められているのです。

図1│Society 5.0がめざす「超スマート社会」とは必要なもの・サービスを,必要な人に,必要な時に,必要なだけ提供し,社会のさまざまなニーズにきめ細かに対応でき,あらゆる人が質の高いサービスを受けられ,年齢,性別,地域,言語といったさまざまな違いを乗り越え,活き活きと快適に暮らすことのできる社会であり,狩猟社会,農耕社会,工業社会,情報社会に続くような新たな社会を生み出す変革を科学技術イノベーションが先導していく,という意味を込めている。

イノベーション・エコシステムとしてSociety 5.0がめざすもの

図2│5つの壁の突破Society 5.0では,非連続的かつ破壊的な変化が生じると考えられる新たな経済社会の実現に向けて5つの壁の突破が必要としている。

福山 第5期科学技術基本計画では,イノベーションシステムを担う企業や大学などが連携を強化し,組織の「壁」を打破して,オープンイノベーションを推進していくとあります(図2参照)。その具体的な取り組みとして,本格的な産学共同研究の推進,ベンチャーをはじめとするイノベーション・エコシステムの構築を謳われていますが,その考え方について教えてください。

原山 実は私自身,OECDでイノベーション戦略の策定に関わった際に,ナショナル・イノベーション・システムに対して,システムの部分を「エコシステム」に進化させてはどうか,とブレインストーミングで提案したことがありました。単に企業と大学などの異なる組織が計画に基づいて研究に取り組んで成果を出すというだけでは,従来の共同研究と変わりありませんね。イノベーションは想定外の場から生まれるもので,自然の生態系のように広く開かれた場において,さまざまなフィールドの人同士が交わることで得られた「気づき」が糧になると考えるからです。そのゆるやかな連携こそが,イノベーション・エコシステムのベースだと考えています。

したがって,これからは,フォーマルな産学連携に留まることなく,より高い自由度を持ちながら,互いにインスパイアされる関係をどれだけ構築できるかが,重要になってくるでしょう。そうした関係性を資産とみなす,いわゆるソーシャルキャピタルをいかに構築できるかが,イノベーション創造のカギとなります。

福山 日立も従来のニーズとシーズのマッチングの産学連携から発想を転換して,Society 5.0の実現に向けて,ビジョンを創生・発信し,そのビジョンに基づいて課題解決をしていこうと,東京大学や京都大学,北海道大学と共同でオープンイノベーションに取り組んでいますが,目に見える形にするまでにはまだまだ議論が必要です。

原山 計画性を持って,ロードマップを描いて取り組めば,要所要所でチェックもできて,進めやすいわけです。しかし,イノベーションにおいては残念ながらそのアプローチは有効に機能するとは言いきれません。芽が出るかどうかの確信がなかったとしても,リスクをとらないことには始まらない。当然,同じ組織の中から出てくるアイデアは同質のものとなりがちで,異なるアイデアの化学反応は期待できない。自ら進んで外部と関わってみることが必要となる。また,組織の壁を越えた取り組みは,国際競争を生き抜くための標準化にも欠かせません。さまざまなアプローチを取っていくしかないのです。そうした意味では,日立のオープンラボの取り組みには大変期待しています。

工業化,そして情報化を経て,これだけ世の中が便利になって,健康的な生活が送れるようになってきた現代だからこそ,いま一度,私たちは自らのライフスタイルを見直して,アクションを起こしていく必要があるでしょう。もちろん,科学技術の進展に伴うネガティブな側面はあります。格差が広がっているのも事実です。しかし,そうした社会課題に専門家や行政など,一部の人々だけが取り組むのではなく,女性も若者も高齢者も,皆が自らの問題として取り組んでいくべきときにきています。人材,資金,ネットワーク,そして多くの技術やノウハウを有する民間企業にはリーダーシップを発揮する社会的な責務があります。

誰もが土俵に上がって社会を変革していける時代になったからこそ,どのような社会を築いていきたいのか,そのために何をすべきか,いかに人材育成をしていくのか,幅広い層の方々とともに考えていければと思っています。Society 5.0実現への取り組みが,その契機となればと願っています(図3参照)。

図3│Society 5.0のプラットフォーム構築サービスや事業の「システム化」,システムの高度化,複数のシステム間の連携協調が必要であり,産学官・関係府省連携の下,共通的なプラットフォーム(超スマート社会サービスプラットフォーム)構築に必要となる取り組みを推進していく。

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