日立評論

シンガポールにおける水資源管理の取り組み

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ハイライト

天然の水資源を持たないシンガポールは,再生水や海水淡水化といったさまざまな手法を駆使して水資源の管理に取り組んでいる。ここではシンガポールにおける水資源開発の歩みと共に,同国を拠点に東南アジア地域で水ソリューション事業を展開する日立アクアテック社の歴史を紹介し,この地域で果たしていく役割について展望する。

目次

執筆者紹介

Tang Chay Wee

  • Hitachi Aqua-Tech Engineering Pte Ltd所属
  • Senior Managing Director
  • 現在,アジア太平洋地域における水およびウォーターレジャー関連事業の拡販に従事

Soh Yee Ling

  • Hitachi Aqua-Tech Engineering Pte Ltd所属
  • Administration Manager
  • 現在,日立アクアテック社の総務・管理業務に従事

はじめに

マリーナ運河河口のダム施設「マリーナバラージ」

天然の水源を持たないシンガポールにおいては,水資源の管理が非常に重要である。こうした中,シンガポールは国内の貯水池の活用,国外からの輸入,NEWaterと呼ばれる高純度の再生水,そして海水淡水化という四つの手法を駆使して水資源管理の課題に積極的に取り組み,持続的な水の供給を実現している。2010年にはダム施設「マリーナバラージ」が国際水協会グローバルプロジェクト イノベーション・アワードのデザイン賞を受賞したほか,2014年にはNEWaterが国連「生命の水」最優秀賞を受賞,2019年には同国トゥアスの海水淡水化プラントがロンドンで行われたGlobal Water Summitで2019年の最優秀海水淡水化プラントに選ばれるなど,シンガポールは水資源の管理におけるリーダー的存在として知られつつある。

シンガポールを拠点として東南アジア地域の政府や企業に水ソリューションを提供する日立アクアテック社の発展は,常にこうした水資源開発の取り組みとともにあった。今後も東南アジア地域での水需要の増加に伴い,開発の拡大に貢献することが期待される。

本稿では,シンガポールにおける水資源開発の歩みと,それに伴う日立アクアテック社の発展の歴史を紹介し,将来的にこの地域で果たしていく役割について展望する。

持続的な水供給に向けた歩み

(1)国内の貯水池
天然の水資源が存在しないシンガポールの上水道を支えるのは,貯水池である。しかし,初期の貯水池は自然保護区域内にあり,周辺で大規模な開発を行うことができなかった。貯水池の建設には多額のコストが掛かるため,1972年に発行されたマスタープランに基づき,保護区域外からの取水や,水の再利用,淡水化など,新たな水源への転換が図られた。保護区域外からの取水には水質などの課題もあったが,水処理技術の向上に伴って実現可能性が高まった。保護区域外では,住宅建設や無公害産業に限り,貯水池周辺での開発が許可される。中でも最大の施設が,2008年,マリーナ運河河口に建設されたダム施設「マリーナバラージ」であり,貯水,満潮時の海水排水,洪水制御の機能のほか,ウォータースポーツなどのレクリエーション施設としても活用されている。
こうして現在,シンガポール国土の3分の2が集水域となっている。
(2)輸入水
貯水池の建設には多額のコストと広大な土地が必要であるため,シンガポール政府は当初,マレーシアからの輸入で水需要の増大に対応していた。シンガポールとマレーシアの間で水供給に関する四つの合意書が交わされ,そのうち二つが1965年のシンガポール独立後に発効した。1962年に締結されたジョホール川からの水供給合意書は現在も有効であり,シンガポールは99年間にわたり,ジョホール川から1日当たり2億5,000万ガロン(約113万m3)を取水してよいことになっている。この合意は2061年に終了する。しかし,政治情勢などによって水の輸入量が左右されることがないよう,シンガポールは合意が切れる2061年までに代わりの水源を確保すべく調査に力を入れている。
(3)逆浸透を利用した再生水「NEWater」
下水を処理して飲料水に変えるというアイデアに関しては,1970年代から研究が始まっていた。技術的には可能であるとの研究結果が出ていたものの,当時はまだ一般に広まっていなかったため,下水の処理には非常に高額な費用が掛かった。しかしその後,膜技術が飛躍的に向上し,処理コストが下がったことを受け,1998年にPUB(Public Utilities Board:公益事業庁)によって行われた予備研究を通じて,シンガポールは廃水をリサイクルする新技術を開発し,NEWaterと名づけた2)。NEWaterにはマイクロフィルター,逆浸透膜,紫外線殺菌などの技術が用いられており,飲料水として安全に利用できるだけでなく,工業用水としても広く活用されている。また,乾季には貯水池への配水も行われている。現在,シンガポールは5か所のNEWaterプラントで国内の水需要の40%を賄っており,2060年までに55%に拡大することを目標としている。
(4)海水淡水化
1970年代には,海水を水源として利用するというアイデアは,コストとエネルギー消費の観点から非現実的と考えられていた。しかし,技術の進歩により,逆浸透膜を用いて海水を浄化する新たな手法が利用できるようになった。2005年に国内初の海水淡水化プラントが完成し,淡水化が実現した。2020年までに,さらに三つの淡水化プラントが建設される予定である。シンガポールは海水淡水化を4番目の水源と位置付け,2060年までに国内水需要の30%を海水淡水化によって賄えるようにすることをめざしている。

以上の四つの水源から,シンガポールは,多様かつ持続的な水の供給を実現した。現時点でこれらの水源から得られる水の量は,雨水収集・再生水が40%,淡水化した脱塩水が25%である。長期的には水の完全な自給をめざしており,PUBは2060年までに淡水化とNEWaterで国内需要の85%を満たすことを目標としている。シンガポールは,四つの水源による水供給効率を最大限に高めることで,天然の水源を持たないという弱点を克服した。ワシントンを拠点とするWRI(World Resources Institute:世界資源研究所)は2015年,世界で最も水が不足すると見られる国の一つとしてシンガポールを挙げているが,一連の成果はこの予測を大きく覆す進歩であると考えられる3)

日立アクアテック社の歩み

東南アジア地域に向けて水ソリューションを提供するHitachi Aqua-Tech Engineering Pte Ltd (以下,「日立アクアテック社」と記す。)の前身であるAqua-Tech Engineering & Supplies Pte Ltd(以下,「アクアテック社」と記す。)は,1977年創業の中小企業であった。小規模な新興企業であったため,資金,技術,人財,ブランド力といったハンデを補うべく,国外に活路を求め,米国カリガン社製品のシンガポール市場における独占販売権を取得した。

知名度が高く,定評もあるブランド名を生かして,アクアテック社はフィルトレーションシステムや軟水装置,純水装置,逆浸透システムなど,小規模工業向けの水処理システム事業で成長していった。しかし,輸入したシステムに問題が起これば,修理のために米国などに技術者の派遣を要請しなければならず,長い作業期間とコストが問題となっていた。そこで,アクアテック社は高い技術力を持ったエンジニアを雇い入れ,独自の水処理システムの製造・組立に乗り出した。

シンガポールにおける事業の発展は好調であったが,一方で好調な市場には国外の競合他社が参入してきたため,顧客がより知名度の高い企業を好むなど,アクアテック社にとっては依然として不利な面もあった。

国外での飛躍

図1|モルディブ共和国フルマーレ島に納入された海水淡水化設備

市場のさらなる成長が見込まれる中,同社が競合を生き残るには,海外への進出も視野に入れる必要があった。1980年代の中ごろ,アクアテック社は海水の逆浸透プラントの設計と納入のため,モルディブ共和国に招かれた。モルディブは,真の意味での競合他社が存在しない「ブルーオーシャン」であった。そこで,アクアテック社は海水逆浸透システムへの投資を拡大し,同国への進出に大きく舵を切った。廃水処理プラントの供給にビジネスを拡大したのである。

その結果,同社はモルディブ共和国で成功を収め,同国内における市場シェアはピーク時には約80%に達した(図1参照)。

日立グループの一員としての再出発

図2|日立アクアテック社の外観と従業員

2009年はアクアテック社にとって新たな変化と挑戦の年であった。同社が日立製作所に買収され,日立アクアテック社となったのである。国内の中小企業から多国籍企業へと転身したことにより,言語や職場文化の違い,仕事の進め方など,さまざまな課題に直面した。しかし一方で,両社は顧客中心の方針や,製品の品質と信頼性の重視,責任逃れをしない姿勢など,同じ価値観を共有していた。

従業員数は25名から現在の170名になり,日立グループの一員となって以来10年間,日立アクアテック社は高い収益性を維持し,売上高は1970年代の7倍になった。また,事務所と工場を合わせた面積は,当初は約1,200 m2であったが,現在は約3,000 m2に拡張されている(図2参照)。

より安定した成長に向けた多様化戦略

日立アクアテック社は,日立のMBR(Membrane Bio-reactor:膜分離活性汚泥法)技術を生かし,多様な水処理事業を展開している。MBRシステムでは,高度な処理技術によって高品質な再生水を低コストで生産できる。従来の下水処理システムよりも処理設備に必要な面積が小さいため,限られたスペースにも設置することができる。

2012年,日立アクアテック社は,高度な技術を要求されるため,世界でもまだ一握りの企業しか認可されていない石油・ガスのFPSO(Floating, Production, Storage and Offloading:浮体式生産貯蔵積出設備)市場への参入を決めた。

さらに2016年,日立アクアテック社は顧客へのワンストップソリューションの提供を目的として,同じく日立グループの一員であり,シンガポールにおいて商業・公共施設および住宅向けの水関連設備のエンジニアリングを手掛ける,Aqua Works & Engineering Pte Ltd.(以下,「アクアワークス社」と記す。)と合併した。これにより,日立アクアテック社では製品やサービスの取扱品目が増え,アクアワークス社ではビジネスエリアが拡大するという相乗効果が生まれた。2019年には,シンガポール・チャンギ空港の新たなシンボルとしてオープンした商業ビル「ジュエル」に,同社が手掛けた世界最大の屋内人口滝が完成している(図3参照)。

図3|シンガポール・チャンギ空港に隣接する商業施設「ジュエル」内の人口滝

新たなビジネス戦略

加速する国際競争を生き抜くため,日立アクアテック社ではさまざまな取り組みを行っている。例えば,社内のERP(Enterprise Resource Planning)システムを更新し,効率性と生産性の向上を図った。また,水処理工場のリアルタイム監視を行ったり,同社の在庫情報をクライアントに提供したりするための,予知保全ソフトウェアやオンラインモニタリングプラットフォームの開発にも取り組んでいる。

一方,シンガポールを含むアジアの雇用市場では,人財の確保が課題となっている。1980年以降に生まれた若い世代の多くが,一つの会社で数年働くと,キャリアの幅を広げるために転職の機会を探るようになるためである。

これに対し,日立アクアテック社では勤務地や勤務時間を自由に選べる制度を導入したり,レクリエーション施設を設けたりなど従業員離れを防ぐための対策を取っている。これにより,従業員が仕事とプライベートのバランスを取りながら働くことができるようになった。また,部署の会議はオフィスだけではなく,朝食や昼食の席でも行われている。

さらに市場の水準に合わせた従業員への報酬,従業員エンゲージメントの持続,意思決定を促すための権限移譲,次世代リーダーの発掘なども,人財確保のうえで不可欠な戦略となっている。

持続可能な社会をめざす日立の取り組み

表1|ASEAN各国のGDP(2019年1月時点)

水はあらゆる生命の基本である。アジア開発銀行の報告によれば,2050年までに世界の人口は約100億人に達し,世界全体の水需要は55%増加すると予測されており,アジア太平洋地域の人口の60%以上は都市で生活するようになるとされる。

また,現在世界の22の巨大都市(メガシティ)のうち13都市がアジアにあるが,その数は2025年までに20都市に増えると予想されている。しかし現在,こうした地域に暮らす人々のうち約17億人は衛生設備を持たず,廃水の80%近くがほとんど,あるいはまったく何の処理もされずに川や湖,海に垂れ流されている。インドネシアでは廃水のうち処理が行われているのはわずか14%に過ぎず,フィリピンでは10%,インドでは9%,ベトナムでは4%と,廃水の処理率は極めて低いのが現状である5)

国連は2015年,貧困をなくし,不平等や格差に立ち向かい,気候変動に対処するという目標を掲げ,2030年までに達成すべき17のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を発表した。

日立は2017年,「サステナビリティ戦略会議」においてSDGsの17の目標すべてについて検討し,その中から日立の事業戦略を通じて直接的に達成に貢献すべき五つの目標と,日立の全事業部門にわたって企業活動全体で取り組むべき六つの目標を特定した。

日立は長年にわたって研究開発に多大なリソースを投資し,水処理の特許技術を開発してきた。これらの技術は特にフィリピン,タイ,ベトナム,インドネシアなどのASEAN(東南アジア諸国連合)各国で生かすことができる6)表1参照)。

経済が拡大する中で,工業化と都市化は通常,経済成長の推進力となる。しかし経済成長には,衛生的な飲料水や工業用水の需要増,水質汚染や大気汚染,地下水の過剰揚水,工業廃水や生活排水の流出といった負の側面もある。

こうした中,日立がこれまでに培ってきた独自技術や経験のうち,広く応用できると思われるものを以下に紹介する。

(1)省エネルギー水処理システム
日立の水処理システムには,配水コントロールシステム,水供給運用システムのほか,高回収率海水淡水化RO(Reverse Osmosis)システム「E-RexWater」,「RemixWater」などがある。
処理水回収率が最大60%となる「E-RexWater」は,前処理設備の容量が従来のシステムより約30%縮小されており導入しやすいほか,既存の従来型システムに組み込むことで生産能力を引き上げることも可能である。
「RemixWater」は,下水処理プロセスによる処理廃水を海水淡水化プロセスと統合することで,生産コストとエネルギー消費を抑えながら工業用の浄水または飲料水を生成するシステムである。
(2)ペガサス※)
ペガサスは,微生物を取り込んだペレットによって硝化を促進する高度な窒素除去システムであり,廃水に含まれる栄養物を効果的に除去することができる。また,その他の下水処理システムに比べて設置面積が小さいため,導入が容易である。
(3)漏水管理システム
漏水や無許可の取水などによって失われる水,すなわち無収水は,多くの開発途上国にとって深刻な問題であり,中には無収水率が30%以上に上る国もある7)。日立は,独自の漏水管理システムによって国内外の無収水低減に取り組んでいる。
(4)OT×IT
日立はAI(Artificial Intelligence)やビッグデータ分析などのIT関連のデジタル技術で50年にわたって多様な実績を上げているほか,OT(Operational Technology)の分野でも100年以上の実績を誇り,革新的なソリューションを生み出す製品を顧客やパートナー企業に提供している。
(5)再生可能エネルギーによる海水淡水化
開発途上国の中でも都市の郊外では水とエネルギーが常に不足しており,エネルギー需要も莫大である。日立は再生可能エネルギーで必要電力を賄う水処理プラントの建設においても豊富な実績を誇る。
※)
ペガサスは,地方共同法人日本下水道事業団および日立製作所の日本における登録商標である。

おわりに

日立は世界で900社近くのグループ企業と30万人以上の従業員を擁する,非常に多様性に富んだ企業である。開発途上国には途方もないポテンシャルがあり,適切な戦略を用いればブルーオーシャンを見いだすこともまだ十分に可能である。地元の企業と共同で小規模なプロジェクトを開発するところから始めて,その地域固有のビジネス文化を把握し,日立のブランド名を地域に浸透させることで,海外市場でより持続的な水処理事業を展開することが可能となるだろう。

日立アクアテック社は今後も,日立の優れた技術を基に革新的なソリューションを顧客に提供し,自社と顧客,社会の持続的な成長に貢献していく。

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