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西武鉄道株式会社の新型特急車両001系の開発は,これまで運行していた10000系「ニューレッドアロー」を新型特急に置き換える必要が生じたことがきっかけとして始まった。池袋〜飯能駅を結ぶ同社の池袋線が開業100周年を迎えるタイミングにも重なり,次の100年を担う新たなフラッグシップトレインをめざすこととなった。

新たな方向に舵を切った西武鉄道は,世界的に著名な建築家である妹島和世氏をデザイン監修に迎え,車両の製造を担う日立を加えた三者の力を結集したプロジェクトの下,新型特急車両の開発に着手した。本稿では,同プロジェクトを通じて開発された新型特急車両「Laview」と,デザインの力を引き出したその特長について紹介する。

目次

執筆者紹介

植木 直治Ueki Naoji

植木 直治(Ueki Naoji)

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット 笠戸交通システム総括本部 車両システム設計本部 車両プロジェクト設計部 所属
  • 現在,公民鉄・モノレールの設計取りまとめ業務に従事

谷井 靖典Tanii Yasunori

谷井 靖典(Tanii Yasunori)

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット 笠戸交通システム総括本部 車両システム設計本部 車両プロジェクト設計部 所属
  • 現在,公民鉄・モノレールの設計業務に従事

井上 尚敏Inoue Naotoshi

井上 尚敏(Inoue Naotoshi)

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット 笠戸交通システム総括本部 車両システム設計本部 車両プロジェクト設計部 所属
  • 現在,公民鉄・モノレールの設計業務に従事

八木 秀憲Yagi Hidenori

八木 秀憲(Yagi Hidenori)

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット 営業統括本部 車両システム部 所属
  • 現在,新幹線車両のシステムエンジニアリングに従事

川口 裕太Kawaguchi Yuta

川口 裕太(Kawaguchi Yuta)

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン部 CSS4ユニット 所属
  • 現在,デジタルデザインの要素技術開発に従事

1. はじめに

近年,デザインを重視した鉄道車両が多く開発されている。西武鉄道株式会社の新型特急車両001系「Laview(ラビュー)」は,10000系「ニューレッドアロー」の後継として,球面状の前面,風景に溶け込むシルバー調のボディ,パノラマで景色を楽しめる大きな窓,リビングのような居心地の良さを追求した車内で「今までに見たことのない新しい車両」を実現するために開発された(図1参照)。ここでは,世界的に著名な建築家である妹島和世氏をデザイン監修に迎え,A-train※1)のコンセプトに基いて開発・デザインされた新型特急Laviewについて述べる。

図1|西武鉄道001系Laviewの車両外観 図1|西武鉄道001系Laviewの車両外観 日立はA-trainのコンセプトを基に,都市や自然と調和し,風景に溶け込む「今までに見たことのない新しい車両」としてLaviewを開発した。同車両は,2019年から営業運転を開始している。

※1)
日立の鉄道車両コンセプト。アルミ押し出し型材を中空箱型断面にしたダブルスキン構造を特長に持つ。

2. 001系の概要

2.1 デザインコンセプト

001系の開発が始まった2015年は,折しも池袋〜飯能駅を結ぶ西武鉄道池袋線が開業100周年を迎えるタイミングでもあった。そこで,形式名は「次の100年に向けた出発点である車両」であることを表現するために,100年を逆から表して「001」とした。この「00」には無限(∞)の可能性の意味が込められている。次の100年に向けて,今までに見たことのない新しい車両を実現するため,以下の三つの柱をデザインコンセプトとした。

  1. 都市や自然の中で柔らかく風景に溶け込む特急
  2. みんながくつろげるリビングのような特急
  3. 新しい価値を創造し,ただの移動手段ではなく,目的地となる特急

2.2 基本仕様

図2|Laviewの編成図 図2|Laviewの編成図 8両編成時におけるLaviewの編成図を示す。

車両の編成図を図2に,主要諸元を表1にそれぞれ示す。車両は1編成8両で構成され,将来,他社の路線への乗り入れが可能な車体幅,ドア位置ならびに機能・性能を有している。車両先頭部の外観および運転室,客室,多目的トイレの内観を図3に示す。

車体はアルミニウム合金製とし,押し出し形材によるダブルスキン構造とした。接合にはFSW[Friction Stir Welding:摩擦撹拌(かくはん)接合]を採用し,軽量・高強度で歪(ひず)みの少ない外観を実現している。さらに,都市や自然の中で柔らかく風景に溶け込むデザインを実現するために特殊な塗装を施した。

運転室には他社の路線への乗り入れも想定した機器を配置し,運転士の視界に配慮して側面窓を設置している。客室は大きな窓のある明るく白い壁の室内に,暖かい黄色配色を基調としたシートを配列した。シートは今までの特急にはなかった,身体を柔らかく包み込むソファーのようなデザインとし,背丈のサイズに合わせて調節できる手動式可動枕と,肘掛け内に格納可能なインアームテーブルを設置した。照明はシンプルな曲面天井からの間接照明により,柔らかな光あふれるデザインとした。また,時間帯によって光の色を変え,リビングにいるようなくつろぎの空間を演出している。

サニタリーにはユニバーサルデザインに配慮した大型の多目的トイレに加え,着替えができるチェンジングボードや,扉の裏側に鏡(姿見)を配置した女性専用トイレを設置した。さらに,パウダールームを併設し,化粧のしやすい拡大鏡や姿見,ハンドドライヤー,コンセントも用意し,幅広いニーズに対応できるよう配慮した。

表1|車両の主要諸元 表1|車両の主要諸元 Laviewの主な仕様を示す。

図3|車両先頭部の外観および運転室,­客室,多目的トイレの内観 図3|車両先頭部の外観および運転室,­客室,多目的トイレの内観 (a)車両先頭部のデザインは,丸みを帯びた柔らかな印象とした。(b)運転台はT字形ワンハンドルマスコンとメータパネルに囲まれる形状としている。(c)客室は,乗客一人ひとりが自分の時間を過ごすことができる,柔らかな空間とした。(d)多目的トイレは,オストメイト対応型とし,さまざまな乗客にとって使いやすい広さを確保した。

3. デザインの具現化

3.1 先頭形状

妹島氏から提示された001系のイメージを図4に,先頭部分に関する検証内容を図5に示す。まず,前面のガラスについて,運転士の視界に配慮して必要な大きさを検討し,ガラスメーカーと製作可能な大きさや曲率を協議して試作を繰り返した。同時に曲面ガラスに追随できるワイパー,事故時における他車両との救援連結運転を想定した連結器構造,スカート形状の構成,貫通扉の開閉可能な形状といったあらゆる検討を行い,最終的に曲率半径1,500 mmの3分割のガラスとして,その他の各検証を実施した。その結果,このガラスの歪みが鉄道車両用安全ガラスとして透視歪み試験に規定されている許容値内であることを確認し,さらに,実際の視認性も確認した。実際の取り付け状態と同じ角度でガラスを治具に取り付け,昼夜を模擬した条件で検証した。一例として,ガラスの前方3 mの位置に信号を模擬した電灯を配置し,車外風景が歪んで見えないことを確認した。ワイパーは,曲面ガラスに適応して動作させる必要があるため,原寸大のガラスを用いて追随性と耐久性を検証した。また,拭き取り範囲についても顧客と調整を行い,拭き取り範囲の確認と耐久試験による検証を行った。運転室は前面が丸みを帯びているため機器を搭載するスペースに制約があるが,機器の配置を工夫し,デザインと機能の両立を図った。簡易モックアップによる事前確認を行った後,実物大のモックアップを製作し,顧客,デザイナーと共に運転士の視界,操作性,動線などの確認を行い,問題点を抽出して,改善点を設計に反映した。先頭構体は機械加工を用いて球面形状を表現した。全体を板金の曲げ加工品と,一部を機械加工した部材の組み合わせで製作する手法もあるが,全体的に丸みを帯びているため,製作性と品質を総合的に判断して全部位を機械加工の対象とした。

図4|001系のイメージ 図4|001系のイメージ 先頭形状は柔らかな印象とするために球面形状とし,車体カラーは都市や自然の中で風景に溶け込み,周りの風景がぼんやり映り込む素材感とした。

図5|先頭部分に関する検証内容 図5|先頭部分に関する検証内容 モックアップを用いた(a)〜(d)の検討・検証を通じて運転士の視界,操作性,動線などの問題点,改善点を抽出し,設計に反映した。(e)に示す先頭構体は全部位を機械加工とし,球面形状を表現した。

3.2 外板塗装

妹島氏から提示された外板仕上げイメージ画は,ぼんやりと風景が映り込む質感である。この要求を実現するため,塗装メーカーと共にさまざまな表面処理方法を検討した。その結果,品質や仕上がりの点から,自動車のアルミホイールや自動車内外装部品に採用されている塗料に改良を加えることで,金属調でかつぼんやりと風景が映り込む質感を実現した。ただし環境や施工方法による違いで最終的な仕上がりが安定しなかったため,小板,大板のサンプルで試行錯誤を繰り返し,塗装仕様を決定した(図6参照)。最終評価として実物大の試作車両に塗装を施し,屋内外での映り込みや質感を確認するとともに,洗浄ブラシによる耐久性試験などを実施して鉄道車両用の外板塗装として性能を満足することを確認し,採用した。

図6|塗装検証と塗装仕様 図6|塗装検証と塗装仕様 (a)に示す妹島和世氏の外板仕上げイメージ画に基づき,サンプルによる施工検証[(b),(c)]を行い,(d)に示す実物大サンプルでは艶の異なる4種類を施工し,TYPE3を採用することに決定した。

3.3 客室窓

乗客一人ひとりがくつろげるリビングのような空間とするため,大型窓ガラスを等間隔で連続して配置した。側窓の大型化に際しては,数値シミュレーションによる構体の強度評価を行い,さらに実物による構体荷重試験を通して強度上の問題がないことを検証し,側窓の大型化を実現した。

側窓ガラスは,遮音・赤外線カット機能をもつ樹脂製の中間膜を強化ガラスで挟み,さらに,空気層を挟んで低反射膜を付けた強化ガラスと貼り合わせ,強度,遮音,断熱性能に優れた構成とした。ガラス層の中間には窓と車体とのつながりを考え,グラデーションのドット模様を施した。このドット模様には,粉状のガラスの表面に金属コーティングを施した顔料を用いており,顔料を焼き付けて金属調の外板塗装になじませることで車体との一体感を表現した。またドットの大きさや色の濃淡,施工範囲については,乗客の視認性の低下,違和感などの懸念事項を考慮し,数種類のガラスサンプルで確認を行った。特に大きさについては限界まで小さくすることを追求し,寸法管理も厳しく規定した。最終的な仕上がりは,既存の車両に持ち込んだサンプルで走行時の見え方を検証し,決定した(図7参照)。

図7|客室窓の概要 図7|客室窓の概要 等間隔で連続的に配置した大型窓ガラスは,遮音・赤外線カット機能をもつ中間膜と,低反射膜付き強化ガラスにより,強度・遮音・断熱の点で優れている。グラデーションドットには,金属コーティング顔料を採用した。

3.4 インテリア

客室は,乗客がくつろぎの時間を過ごす柔らかな空間を実現することをめざして,シート,照明,カーテンなどのテキスタイルにこだわった。シートは適度に沈み込むクッション性を持たせ,全体に丸みを持たせることで,包み込まれるような独立感を実現するとともに,隣席の乗客が気にならないようにした。シート生地は黄色とし,さらにクリンプ(繊維の縮れ)させることで優しい肌触りに仕上げた。背もたれをリクライニングさせると肘掛けが共に傾くことも特長の一つである。機能面では肘掛けから丸いインアームテーブルを取り出せるようになっている。テーブル収納下部にはコンセントを配置し,スマートフォンなどを充電しながらテーブル上で操作できるようにした。そのほか,背面テーブル,カップホルダー,荷物ポケットも備えている。室内照明は,シンプルな曲面天井からの間接照明を採用しており,時間帯によって昼光色から電球色まで光の色を変えることができる。また,調光機能を搭載したLED(Light-emitting Diode)照明を採用することで,柔らかな光あふれる照明デザインとした。さらに,荷棚灯を設置することで,読書などのシーンにも適した照度を確保した。インテリアは実際の素材を使用したフルサイズのモックアップを製作して顧客,妹島氏と共に照明環境の違いによるテキスタイルの印象,客室の窓から見える眺望や外から見える室内の景観,扱いや居心地の良さなどについて総合的に確認し,改善を繰り返すことで具現化した(図8参照)。

図8|インテリアモックアップの概要 図8|インテリアモックアップの概要 原寸大の客室モックアップを製作し,シートモックアップによる座り心地とテーブルの利便性確認,カーテン,絨毯(じゅうたん)などのテキスタイル確認,室内からの眺望確認を行った。天井は調光調色機能付きLED間接照明を採用した。

4. おわりに

ここでは西武鉄道001系車両Laviewにおけるデザインの具現化の取り組みについて述べた。

Laviewはそのスタイリッシュで特徴的な外観デザインに加え,良質な雰囲気と充実した機能性,バリアフリーの促進を図った客室・設備といった特長,省保守性や信頼性の向上,環境負荷の低減などの取り組みが評価され,2020年6月,鉄道友の会が制定するブルーリボン賞3),※2)を受賞した。日立は,今後も鉄道の使命である安全・安心で安定した輸送が行えることを前提に新しい価値を創造し,単なる移動手段ではなく,目的地となる車両の開発に努めていく考えである。

※2)
鉄道車両の進歩発展に寄与することを目的として,年に一度,前年に日本国内で正式に営業運転を開始した新造および改造車両の中から選定される。
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