鉄道の安全性・信頼性に寄与する最新開発事例
車両情報制御装置は,導入当初には車載各装置の故障情報の伝送を主要な機能としていたが,運転時の力行・ブレーキ指令のほか,乗客案内や空調などサービス機器への指令の取り込みなど,機能拡張を続けてきた。
日立は,大容量の伝送規格を先行的に取り入れ,さまざまな要求仕様に対応可能なATIとしてSynaptraシリーズを開発し,近年の国内外の車両納入案件に採用している。本稿では,車両情報制御装置の開発経緯と納入実績,現状の仕様・機能を整理したうえで,今後の発展の方向性についても述べる。
日立の車両情報制御装置は,1990年の本格導入時から年々機能・性能の向上が続いているが,近年のITの発展,普及に伴い,ますますその傾向が加速している。また,車上だけでなく,無線などを経由して地上装置と連携することによる機能拡張も進んでいる。
本稿では,これまでの発展の経緯,現状の仕様・機能を整理し,今後の発展の方向性について述べる。
車両情報制御装置で車両間の情報伝送を行う基幹伝送路の伝送速度は,要求機能の増大に伴って年々高速化しており,おおよそ5年ごとに10倍の割合で上昇している(図1参照)。
1990年から納入を始めたモニタ装置の基幹伝送速度は9.6キロビット/sであり,車載各装置の故障情報を運転台画面に表示するのが主要な機能であった。その後,艤(ぎ)装配線の低減や搭載機器の統合を目的に,力行・ブレーキ指令などの制御指令や,乗客案内,空調などのサービス機器への指令情報,故障検知項目の拡充,自動試験機能の取り込みなども進み,ATI(Autonomous Decentralized Train Integrated System:自律分散型列車統括装置)という名称を付加した。
ATIの基幹伝送速度は3.2メガビット/sであり,メタル線で車上の環境に耐えうるシステムとして当初は比較的高速の部類であったが,その後の要求機能の拡大,接続機器の増加により,必要とする伝送容量が次第に限界に近づいていった。一方で,イーサネット※)を適用した車上の伝送規格(現在のIEC61375)に関する議論も進められており,この技術を先行して取り入れ,100メガビット/sのイーサネット伝送を採用した車両情報制御装置を開発した。
2010年からのプロト版での実証試験開始後,国内外のさまざまな顧客・用途を考慮して一部装置構成を見直した製品版を開発し,2015年以降,製品として出荷を始めた。このシステムをSynaptra[Synapse(神経細胞接合部)とTrain(列車)を組み合わせた造語]と命名し,現在国内外の各案件に適用中である(図2,図3参照)。
現行のSynaptraは,同一ハードウェアで各種伝文(制御指令伝文,モニタ伝文,サービス伝文)に対応できる汎用版(Synaptra-T)である。基幹伝送を,冗長性を考慮した2系統とし,1系は制御指令伝文のみ,2系は制御指令伝文とモニタ伝文を混送する構成が基本である。これに対し,モニタ伝文のみ扱う基幹伝送1系のみの構成,サービス系(100メガビット/s)を加えた構成,さらに制御系とモニタ系を分離した構成も構築可能である。
さらに各案件の使用目的・環境によりきめ細かな対応をするため,Synaptraのシリーズ化開発を推進中であり,現行Synaptraに対してモニタに必要な機能はすべて搭載しながら,構成を簡素化してモニタ専用に特化したSynaptra-M(100メガビット/s)や,動画や伝送ログなどの大容量のサービス情報伝送に対応したSynaptra-S(1ギガビット/s,10ギガビット/s)をラインアップに加える。これらは,現行のSynaptra-Tとの組み合わせも可能であり,さまざまな要求仕様に柔軟に対応可能である。
近年納入したSynaptraの中で,代表的な案件を紹介する。
図4|英国IEP(Intercity Express Programme)Class 800/801車両地上側サーバから受信するデータベースに基づくデータドリブン機能を多数塔載している。また,車上側の故障情報・状態情報をリアルタイムで地上側に伝送し,運行支援や保守支援に活用している。
図5|英国ASR(Abellio ScotRail)Class 385車両特急車であるIEPと近郊車である本車両との要求機能や接続機器の差異をソフトウェアで吸収し,開発期間の短縮を図った。
図6|相模鉄道株式会社20000系車両将来の都心乗り入れ区間に必要な各種表示灯を表示器に集約して表示することを念頭に置いて設計し,シンプルな運転台を実現した。
図7|東武鉄道株式会社20400型車両既存装置の仕様を変更せずにインタフェース変換装置を介して接続することで,既存車輌へのSynaptraの展開が容易となった。
鉄道車両でも環境負荷低減の取り組みが重要となっている。これまでは各機器個別の軽量化や高効率化による省エネルギー化が図られてきたが,情報通信技術の発達により,車両情報制御装置と地上システム間の情報通信が容易となったことを活用し,システム連携での省エネルギー化の検討を進めている。例えば,運行管理,電力設備管理で調停した列車群の走行指令情報を各列車に配信し,車両情報制御装置でこれに基づくランカーブを生成して,省エネルギー運転を実行させるような機能が実現できる(図8参照)。
図8|鉄道システムのエネルギーマネジメント地上の各システムと車両を連携することで,路線全体での最適なエネルギーマネジメントを実現することができる。
従来は,主に法令や省令などの基準を満足しているか定期的に検査をし,基準を常に満たすように修繕を行うメンテナンス方法が主流であった。
しかし,車両情報制御装置や情報通信技術の進化により,日立は,車載機器の主要なデータを車上のサーバに蓄積し,地上サーバへ転送して記録する地車間連携システムをすでに稼働させている(図9参照)。
営業運転中の機器の稼働データを連続的に取得できるため,直近の稼働データを検査結果として採用することでメンテナンスコストの削減を図り,連続的な状態監視により性能劣化をいち早く捉えることで,故障による運行支障を未然に防ぐことが期待できる。蓄積したデータから,知見者がどのようなメンテナンス作業をすることが適切か把握しやすい機能や,ヒューマンマシンインタフェースの改善を今後も推進していく。また,経験則だけでなく,故障の分析・対処方法の情報を体系的に蓄積する知識構造化の技術開発やAI(Artificial Intelligence)技術の適用など,より一層の信頼性向上と安定運用をめざしている(図10参照)。
車両情報制御装置は,車両の機能実現の要であり,地上と接続した幅広い機能実現のポータルとして,今後その重要性がさらに高まっていくと思われる。引き続き,市場のニーズに対応したシステム開発,機能開発を継続し,鉄道会社の運行,保守業務や乗客へのサービス向上に寄与していきたい。