鉄道の安全性・信頼性に寄与する最新開発事例
交流き電システムでは,各変電所のき電区間はデッドセクションで分離されており,各交流き電区間で余剰となった車両からの回生電力は電力系統に返還される。
この交流き電区間内の余剰回生電力を他のき電区間で有効に利用するため,日立は,き電区分所に設置する電力融通装置(SP-RPC)を製品化し導入を進めている。在来線区に導入した事例では,初期の予想量を上回る電力量を融通している結果が長期観測データで確認できており,現在,新幹線システムへの導入を進めている。
通常,ある交流き電区間内の列車負荷で発生した回生電力はそのき電区間の負荷以外では使用できず,当該き電区間では電力系統に電力の返還を行っていても,別の交流き電区間では電力系統から電力の購入を行う必要がある。
その対策として,き電区分所(SP:Sectioning Post)設置型のRPC(Railway Power Conditioner)であるSP-RPCを設置し,ある交流き電区間の鉄道車両の回生ブレーキで発生した回生電力を他の交流き電区間の負荷に供給することで,全体として電力系統から購入する電力量を低減するシステムが提案されている。
特に,全車両が回生ブレーキ装備であり,またき電区間中の駅が少なく同時走行列車数も比較的少ない路線の場合,発生させた電力を他の列車で消費しづらい。このような交流き電路線に対してSP-RPCが有効であると論じられている1)。
交流き電の在来線き電区分所にSP-RPC初号機を納入して以来,約3年の稼働実績が得られてきている。本納入例の概要,効果について以下に説明する。
東日本旅客鉄道株式会社の常磐線牛久SPに22 kV交流き電用のSP-RPCを製作し,2015年に運用を開始した。RPCシステムとして,変電所に設置してスコット変圧器のM座,T座間の負荷不平衡を補償するシステムは以前から存在したが,交流き電区間の電力融通を目的としたSP-RPCを運用するのは,この常磐線牛久SP向けSP-RPCが世界初となった。
常磐線牛久SP向けシステム構成を図1に,SP-RPCの概略仕様を表1に,機器の外観例を図2に示す。
図1のように,SP-RPCは牛久SPに設置しており,単相22 kVの藤代SS(Substation:変電所)側き電系統と,土浦SS側き電系統に対して,BTB(Back To Back)方式の変換器をデッドセクションをまたいで接続している。
両SSには,三相受電点の消費・回生電力を演算する電力演算装置を設置している。各電力演算装置は牛久SPに設置しているSP-RPCの制御装置に対して三相受電点の電力を通信で送信する機能を持つ。
SP-RPCは,藤代・土浦両SSの三相受電点電力から,一方のSSで余剰となった回生電力をもう一方のSSのき電系統へ融通するように動作する。
システム容量の設定は短時間大電力が繰り返し発生する回生電力の特質から,定格容量を1.3 MWとし,5.3 MW 1分(10分間隔)の過負荷仕様を設けることで,変圧器,冷却装置の容量を低減している2)。
RPCがき電系統間を融通した電力量について,実測データの例として2015年4月19日〜2015年4月25日の1週間分のデータを表2に示す。このデータより,SP-RPCは平均で1日当たり約7.9 MWhの電力融通を行っていることが分かり,RPCによる回生電力の有効利用の効果が1日当たり約7.9 MWhあったことを確認できる。導入前に東日本旅客鉄道において,余剰電力を測定し融通電力量の試算を行った際には7.3 MWh/日と予想されていたため,計画当初の期待を満足する導入効果が得られている2)。
表2|1週間分のRPC融通電力量実測値東日本旅客鉄道でのSP-RPC動作実績を示す。平均して約7.9 MWh/日の電力量を融通している。
上述の交流き電における余剰回生電力の有効利用,SP-RPCの導入計画を進めるにあたり,交流き電用の電力シミュレータを開発した。交流き電には主に在来線などに使用されるBT(Booster Transformer)き電方式と,新幹線で使用されているAT(Auto Transformer)き電方式があるが,本電力シミュレータはどちらのき電方式にも適用できるものである。
以下に,ATき電方式を例にシミュレータの概要と実路線での実測電力との比較検証結果について説明する。なお,本件は九州旅客鉄道株式会社の協力を得て,2016年9月,九州新幹線における車両運行エネルギーの実態調査を行うために実施した,新鳥栖変電所と新玉東変電所における供給および余剰回生電力の調査結果を基に比較している。
SP-RPCシステムの導入においては,交流き電システムの駆動および回生電力をシミュレーションによって解析することで,現在の余剰電力を推定しておくことが重要である。解析には日立が独自開発した鉄道総合評価システムを使用している。本シミュレータは,実際の線路条件,き電条件,車両特性に加え,速度制限やダイヤグラムを入力することで,実際に車両が走行している状況下での電力を解析することができる(図3参照)。
以下は,九州旅客鉄道から提供を受けた,九州新幹線の新鳥栖変電所および新玉東変電所の供給電力量を用いて,シミュレーション結果との比較検証を行った例である。両変電所と隣接の区分開閉所までをシミュレーションモデル化して,変電所の供給電力を解析した。
図3|シミュレータの概要線路条件,運行条件を基に,車両側の力行,回生電力および変電所側の供給,回生電力をシミュレート可能であり,新規変電所建設時や省エネルギー施策の計画などに適用可能となっている。
実測データと同時期のダイヤに基づくシミュレーション結果の比較を行った。各変電所の供給電力量および余剰回生電力量の平均値とシミュレーション結果の比較を表3に示す。シミュレーション結果は,新鳥栖変電所の供給電力量の総和は4.2%,余剰回生電力量の総和は6.5%,新玉東変電所の供給電力量の総和は3.7%,余剰回生電力量の総和は6.2%の誤差であった。
列車の遅延や回送列車の走行タイミングなどの影響,乗車率など入力データに多少の誤差は発生しているが,おおむね一致した結果が得られており,SP-RPCの導入効果推定などの消費エネルギー低減検討にシミュレーション活用の見通しを得た3)。
表3|シミュレーションと実測の電力量の比較九州新幹線においての比較を示す。結果は誤差3.7〜6.5%の精度で供給電力量と余剰回生電力量を評価できることを確認した。
3章で述べた九州新幹線での供給電力実測やシミュレーション結果から,新みやまSPにSP-RPCを導入すべく詳細設計を進めている。新みやまSPは図4に示すように上述の新鳥栖変電所と新玉東変電所の中間に位置しており,両変電所の供給または余剰回生電力を監視しながら電力を融通することにより,表3に記載した余剰回生電力量および供給電力量を削減することを目的に導入するものである。
図4|九州新幹線へのSP-RPC導入計画変電所間に位置するき電区分所に配置され,両側の変電所の三相受電点電力から,一方の変電所で余剰となった回生電力を,もう一方の変電所のき電系統へ融通するように動作する。
本稿では,き電区分所に設置する電力融通装置の導入,融通電力量の効果およびシミュレーションの活用について紹介した。
今後もシミュレーションを活用して,き電区分所に設置する電力融通装置の導入を進め,回生電力の有効利用に貢献していく。
本稿で述べた常磐線牛久SPへのSP-RPC導入および測定データの提供には東日本旅客鉄道株式会社にご指導,ご協力を頂いた。また九州新幹線の測定データについては九州旅客鉄道株式会社にご協力を頂いた。深く感謝の意を表する次第である。