インバウンド市場が拡大する中で,交通事業者の訪日外国人旅行者向け交通情報サービスの充実が重要になってきている。
本稿では,訪日外国人旅行者の主要動線である空港・駅・宿泊先までの到着動線において必要なサービス要件を整理し,インバウンド旅客向け交通情報提供システムの構成概略を示す。
また,日立のシステム導入事例として,成田国際空港株式会社向けに構築した交通アクセス情報総合ナビゲーション・デジタルサイネージと,空港内の施設・店舗情報・フライト情報および地上交通情報を総合的に扱う双方向型デジタルサイネージ「infotouch」を紹介し,今後の展望について述べる。
日本政府は明日の日本を支える産業としてインバウンド市場に力を入れており,2020年訪日外国人旅行者数4,000万人,旅行消費額8兆円を目標として,アクションプラン「観光ビジョン実現プログラム2018」を策定し1),さまざまな施策を進めている。
2017年の訪日外国人旅行者数は2,869万人(前年比19.3%増加)であり,堅調な伸びを示している。
これらインバウンド市場の動向に対して,ストレスフリーで快適に旅行できる環境整備のため,ハードウェア面の整備のほか,多言語対応整備や公共交通・乗り継ぎ情報の提供などソフトウェア面での整備促進を図る「交通サービス旅行環境整備支援事業」などの対策が進められている。
鉄道事業者のインバウンド旅客向け交通サービス情報提供の環境整備への取り組みとしては,外国人向け案内窓口の充実や駅員向け多言語翻訳タブレットの導入による人的対応の強化,案内ディスプレイなどの多言語化やスマートフォンアプリの多言語化などICT(Information and Communication Technology)による多言語サービスの強化が進められている。
また,外国人旅客対応が充実している国際空港においても,これまでフライト情報を中心に情報サービスが行われてきたが,インバウンド旅客向けの新たな取り組みとして,国内移動,観光に対する情報提供の強化など空港外のサービス対応についても強化が図られてきている。
首都圏交通利用に関するアンケート調査(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社,2014年6月)2)によると,多くの訪日外国人観光客が電車の正確性,安全性に対して満足度が高いことが示されている一方で,目的地までのルート情報,乗り換え方法,出口の情報などが分かりにくいという声が上がっている。訪日外国人旅行者にとっては,JR,公民鉄各社などさまざまな交通機関により提供されるという日本の交通事情,また言葉の壁が,公共交通利用における分かりにくさの原因であると考えられる。そのため,さまざまな交通機関,外部サービスを横断的に捉えた一元的な情報提供が必要となってきている。
日立では,インバウンド旅客向けの交通情報提供システムの構想にあたって,インバウンド旅客の動線に沿ったカスタマージャーニーマップを作成し,サービス要件の策定を行った。
代表的な動線として訪日外国人旅行者の主要動線である空港・駅・宿泊先までの到着動線のカスタマージャーニーマップの一例(抜粋)を図1に示す。
カスタマージャーニーマップとは,主にマーケティング分野において,顧客が商品やサービスを知り,最終的に購買するまでのカスタマーの行動・思考・感情のプロセスを図示化したものである。今回は,近年増加している個人旅行で日本を訪れた外国人夫婦を想定する旅行者として仮定し,空港到着から目的地までの一連の動線の中で,空港・駅・宿泊先といった代表的な場所における行動・思考・感情のプロセスから案内に対するニーズとサービス要件を整理することとした。シーンとしては空港到着後に空港内を移動し,特急電車に乗った後主要駅で在来線に乗り換え,宿泊先へ移動する流れを設定し,その際の行動,タッチポイント,ニーズを一連のジャーニー上にマッピングすることで,インバウンド旅客向け交通情報提供システムのサービス要件として以下に整理した。
図1|インバウンド動線におけるカスタマージャーニーマップの例(一部抜粋)空港・駅・宿泊先といった訪日外国人の代表的な動線上で,案内に対する旅客のニーズとサービス要件を一連のジャーニー上にマッピングし整理した。
2章で示したサービス要件を考慮したインバウンド旅客向け交通情報提供システムの構成例を図2に示す。
双方向型のサイネージ端末やモバイル端末(スマートフォン)を操作デバイスとし,利用者はホテルなどの目的地情報を入力する。デバイス上にある検索処理API(Application Programming Interface)がネットワークを通じ,利用者の入力情報に応じて交通サービス情報基盤に管理されている交通情報,施設情報,屋内地図情報から必要な情報を検索し,複数事業者をまたがった乗り換えルート情報,所要時間,およびチケット売り場や乗り場までの駅構内のルート情報を提供する。
交通サービス情報基盤にない情報(屋外地図情報,天気情報など)はインターネットを介して外部コンテンツサービスから入手し,屋内ルート検索,交通経路検索,屋外ルート検索と連携することで現在地から目的地までのシームレスなナビゲーションを実現する。さらに運行情報などリアルタイムデータとの連携により,交通経路検索結果に運転見合わせや遅延情報を付加することも将来的に可能とする。
検索においては,文字入力のほか,音声発話入力にも多言語で対応する。
ユーザーの操作履歴・検索履歴は,交通サービス情報基盤上の案内履歴データベースに蓄積し,利用実態の把握や,交通事業者をまたがった案内情報の共有化に活用できる。
マスタデータ・辞書更新は,インターネットを介してリモートで実施が可能である。
さらに,他システム連携インタフェースを介して業務系他システムと連動し,例えば業務員用タブレットや案内ロボットと情報連携することも将来的に可能とする。
図2|インバウンド旅客向け交通情報提供システムの構成イメージ双方向型のサイネージ端末やモバイル端末(スマートフォン)を操作デバイスとし,デバイス上にある検索処理APIはネットワークを通じて,交通サービス情報基盤に管理されている交通情報,施設情報,屋内地図情報などから必要な情報を入手してデバイス上に表示する。
図3|交通アクセス情報総合ナビゲーション・デジタルサイネージの外観交通情報として電車の路線図,運行状況,発車時刻,バスの発車時刻,高速道路の道路状況を表示する。経路検索結果の印刷や,スマートフォンへの情報転送ができる。
図4|infotouchの外観当日発着のフライト情報,チェックインカウンター・搭乗ゲート・到着ロビーなどへのナビゲーション,空港内のショップ・レストラン・施設などへのナビゲーションや,空港から宿泊先までの公共交通機関を利用したルート情報の提供が行える。
前節で述べたインバウンド旅客向け交通情報提供システムの例として,日立が成田国際空港株式会社に納入した導入事例を2件紹介する。
本システムは,空港内のフライト情報システム,WEBサイト用コンテンツ管理システム,空港内高精度地図システム,交通アクセス情報システムと連動することで,当日発着のフライト情報,チェックインカウンター・搭乗ゲート・到着ロビーなどへのナビゲーション,空港内のショップ・レストラン・施設などへのナビゲーションや,空港から宿泊先までの公共交通機関を利用したルート情報の提供が行える。さらにテレビ電話機能を実装し,筐(きょう)体内に備え付けられた受話器とカメラによって,案内カウンターへ行かずとも空港スタッフとの会話を可能としている。
多言語対応としては9言語のテキスト入出力および印刷,音声では4言語のキーワード検索および簡単なフレーズ入力に対する意図推定による検索機能も実装している。このほか,搭乗券読み込みにより当日のフライト情報を検索し,ダイレクトに搭乗ゲートまでのルートを案内するなど空港ならではの機能も実装している(図5参照)。
現在,infotouchの利用者数は,一日平均約286名(2018年3月時点)であり,ピーク時間帯には1時間当たり15人程度である。到着直後の旅客が端末の空きを待つこともあるなど利用ニーズの高さがうかがえる。
また,利用される情報の種別は制限エリア第5サテライト内に設置された端末では約35%がフライト情報,約65%が空港内施設情報であり,一般エリア到着ロビーのビジターサービスセンター内の端末では約15%がフライト情報,約25%が地上交通情報,約60%が空港内店舗施設情報となっている。検索される施設はATM(Automated Teller Machine),無線LAN(Local Area Network)サービスカウンター,JAPAN RAIL PASS交換場所が多く,国内滞在中に必要なサービス情報の利用ニーズがうかがえる。
インバウンド旅客動線における日本の玄関である成田国際空港において,インバウンド旅客向けの情報提供システムを構築し,情報ニーズの知見を得ることができた。
今後は,インバウンド旅客動線の起点(空港)から経由点/終点(鉄道各駅)に対する交通情報提供システムの展開により,ユーザーにとってシームレスな案内を実現するとともに,外部連携サービスや交通系業務システムと連携したトータルな情報提供システムとして,交通事業者各社でのさらなる案内サービス強化に寄与することをめざす。