安定的な水資源活用に貢献する水環境ソリューション
淡水資源の偏在と気候変動の影響を受けて水不足の地域は拡大しつつある。また,水供給整備の進んだ地域でも高齢化によって施設運転を実施する技術者不足という課題が顕在化してきている。
日立グループは,情報処理技術と設備設計技術により,これらの課題に対応してきた。本稿では,従来,熟練作業が求められていた浄水プロセスにおける凝集剤注入量の調整を機械学習によってスキルフリー化し,適正な運用をサポートする技術と,海水から淡水を得る海水淡水化分野において,同規模設備でより多くの淡水を得られる回収率の高いシステムについて紹介する。
地理的な条件による淡水資源の偏在に加えて,近年の急激な気候変動により,将来的に水不足が進行する地域は多い。図1は地域による水不足の状態の変化を2010年と2050年(予測値)で比較したものである1)。アフリカ,中東を中心にアジア,南米,北米など将来的な水不足の進行が見込まれる地域は広く,地域の自然環境に応じて海水や下水処理水など,新規に水源を確保していく必要がある。一方で,日本国内においては人口構成の変化による技術者不足により,水道施設の運転に支障をきたすことが懸念されている2)。これらの課題に対し,日立グループでは,情報技術による施設運転のスキルフリー化,海水淡水化設備の設計技術向上により対応を行ってきた。本稿ではこれらの技術に関して紹介する。
国内水処理市場では,地方自治体の財政難・人口減少により,施設運営の民営化・広域化が進みつつあり,ICT(Information and Communication Technology)を活用した運転管理ノウハウの継承,教育ツールの拡充,業務のスキルフリー化が期待されている。
日立が維持管理業務を受託している浄水場では,これらの課題に対してAI(Artificial Intelligence)を活用した凝集剤使用量の適正化を提案し,取り組んでいる3)。従来の凝集剤注入量の決定は,過去の運転経験と現在の水質から相対的に注入量を調整する熟練作業となっている。一方,運転現場では,高齢化による熟練技術者不足が顕在化しつつある。今回,浄水場における凝集剤注入量の適正化を目的に,運転履歴データの機械学習による凝集剤注入量の試算方法を開発した。
図2に浄水場の処理フローを示す。原水は,河川から取水ポンプによって急速撹拌(かくはん)池へ送水され,原水中の濁質を吸着しフロック(凝集物)を形成するための凝集剤と撹拌混合される。その後,フロック形成池で約30分かけてフロックが形成される。フロックは,沈殿池で数時間かけて沈殿除去される。
凝集剤の注入量を増やすと処理水濁度が下がり,配水する処理水の品質が向上するが,凝集剤のコストが増す。運転オペレータは,処理水濁度が契約値を超えないよう,目標濁度を設定して凝集剤注入量を調整している。
原水に凝集剤を注入した効果は,数時間の沈殿除去後に現れる。したがって,凝集剤注入は,原水水質と処理水水質との相対比較を,現在の処理水量と過去の運転経験から判断する熟練作業となっている。さらに,今回対象とした浄水場は,原水が河川水のため原水水質の季節変動が激しく,運転難易度が高い。
本開発では,まず,クラスター分析によって運転履歴データの水質調整運転実績の傾向を分類できることを確認した。複数の運転項目から成る時系列運転履歴データから凝集剤注入状況を分析するため,多変量データを性質の類似したパターン群にグループ分けするクラスター分析を適用した。
図3にクラスター分析結果を示す。処理水量の増加に伴い,処理水濁度の標準偏差は収束し(0.31→0.24),処理水濁度は目標濁度1.8付近で収束している[図3(a)参照]。また,処理水量と電気伝導度の増加に伴い,重相関係数が強くなっている(0.62→0.84)[図3(b)参照]。これらのクラスターごとの傾向を現場にて確認した結果,処理水量が少ない場合,相対的に凝集剤注入量が少なくなるため,下限注入量以下の微調整ができず,濁度の偏差が大きくなっていた。一方,処理水量が多い場合,注入量に対する処理水濁度の変化が小さくなるため,調整が容易で目標濁度を維持しやすくなるという見解を得た。以上の検討から,クラスター分析によって水質調整運転実績の傾向を分類できることを確認した。
次に,運転履歴データをクラスター分析して得られた各クラスターを,浄水場の運転パターンとして捉え,クラスターごとに重回帰分析を適用し,目標濁度での運転維持を図る凝集剤注入量試算ツールを構築した。凝集剤注入量試算フローは次のとおりである。
まず,(1)運転履歴データから不正データを除去し,(2)凝集剤注入率・処理水滞留時間の算出・補正を行う。その後,(3)クラスター分析・重回帰分析により目標濁度を設定した凝集剤注入率を試算し,(4)所属クラスター平均値からのユークリッド距離を算出する。
図4中段に凝集剤注入率の試算結果を示す。実際に設定した実績注入率(実線)に対して,おおむね注入率を低減した試算値(点)を得た。また,図4下段に示すとおり,ユークリッド距離0.8を閾(しきい)値として試算結果にマスクをかければ,明らかに試算精度が低い(ア)〜(ウ)に対して発報・除去することができ,また,(エ)のように試算精度の低い場合には注意を促せる。すなわち,運転履歴データ不足などで試算精度の低い結果を定量評価し,試算結果の正確さを運転員に示すことができる。
今後,浄水場の運転履歴データを自動で取得するシステムを構築し,現場適用を重ねて,浄水場の運用支援に活用していく。
図4|凝集剤注入率の試算結果学習データ期間:2017年8月1日〜11月30日,評価データ期間:12月1日〜6日として,凝集剤注入率の試算を行った。クラスター分析を用いた凝集剤注入率試算方法に目標濁度を設定して試算した結果,実際に操作した実績注入率(実線)に対して,おおむね注入率を低減した試算値(点)を得た。
中東などの降水量の少ない地域や,河川など淡水の水源がない島嶼(しょ)国では,生活用水の水源として海水が使われてきた。従来は,蒸留設備により淡水を得る場合が多かったが,近年は蒸留のための燃料コストが不要で,設備もコンパクトといった理由から,RO(Reverse Osmosis:逆浸透)膜方式による淡水化システムが主流である。かつて大規模に整備された蒸留設備をRO膜方式にリプレースする動きも拡大している。
RO膜方式による海水淡水化システムでは,対象となる海水の浸透圧以上の圧力を高圧ポンプにより印加することで,淡水(透過水)と濃縮海水(ブライン)を得る。処理する海水の量と得られる淡水の量の比は回収率と呼ばれ,従来の海水淡水化ROシステム(以下,「従来法」と記す。)では40〜45%である。回収率が向上すると,同規模のROシステムでも,より多くの淡水を製造できるメリットがある。一方で,回収率を向上させるには,高圧ポンプの圧力を高める必要があるが,従来法ではシステム内のフラックス(単位膜面積・時間当たりのろ過量)に偏りが生じ,特に先頭のRO膜エレメントでフラックスの許容値を超過するという課題がある。許容値を超過すると,膜に大きな負荷を与えることとなり,有機物などによる膜ファウリング(膜表面の汚染)のリスクも増加する。
日立は,このような課題を解決する高回収率海水淡水化システム「E-RexWater」を開発した(図5参照)。ROシステムにおいては,複数のRO膜エレメントがベッセルと呼ばれる高圧容器に収められる。従来法では,単段のベッセルに収まっているRO膜エレメントを,「E-RexWater」では複数段に分割することで,各RO膜エレメントのフラックスの均一化を実現した。ERD(Energy Recovery Device)の抵抗により,先頭膜へのフラックスの偏りが抑制できるため,回収率を60%としたシステムが実現可能となる。複数段に分割することで,膜ファウリングが進行しやすい先頭膜への汚染物質供給が分散されるため,膜ファウリングリスクも低減できる(図6参照)。
図7|高回収率海水淡水化システムの導入例とメリット海水淡水化プラントを新設する場合,従来法を用いて処理水量100を得るためには,取水量300が必要であるが,高回収率海水淡水化システム「E-RexWater」を用いることで,取水量は200で済み,取水および前処理設備,薬品使用量を33%縮減できる。既設プラントを増強する場合,従来法に基づいて処理水量を増強するには取水量を増やし,前処理設備を増設する必要があるが,「E-RexWater」を適用すれば海水取水量を変えることなく,取水および前処理設備は既設のものをそのまま利用しながら,処理水量を100から150まで増強することができる。
日立は,淡水の水源が少ない地域やアジア地域において海水淡水化事業を推進している。今後は,内閣府の「最先端研究開発支援(FIRST)プログラム」の一つである「Mega-ton Water System Project(2010-2013年度)」で確立した技術を用いたNEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「省エネルギー型海水淡水化システムの実規模での性能実証事業」において,東レ株式会社およびSWCC(Saline Water Conversion Corporation:サウジアラビア海水淡水化公社)と共同でサウジアラビア王国にて造水量1万立方メートル/日の大規模実証を計画している。
気候変動および人口動態というコントロールが難しい要因により生じる,水不足,技術者不足という不可避的な課題に対し,日立グループでは効率のよい持続的な水供給ソリューションを提供する開発を進めている。今後も情報技術,プロダクト設計技術,設備運転技術を融合させたソリューションを提供し続け,健全な水環境を構築することに貢献していきたい。