ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

安定的な水資源活用に貢献する水環境ソリューション

水環境分野の国際標準化活動への貢献

専門委員会ISO/TC 224とISO/TC 282の動向

ハイライト

水環境分野の国際標準化活動が活発に進められている。近年では製品の仕様や測定方法のみならず,利用者の視点に立った「サービス標準」作りや,社会課題を解決するための標準化も行われている。

その中で上下水道サービスの国際標準化専門委員会ISO/TC 224では,その設置から18年を経て10件余りの国際規格が発行され,現在も危機管理や水損失管理,企業統治などの規格作りが活発に進められている。また水の再利用に関わるISO/TC 282では,再生水の用途や品質,さまざまな水処理技術などを考慮した規格作りが進行中である。本稿ではこれら二つの委員会活動の現状と展望を,日本の貢献事例も含めて紹介する。

目次

執筆者紹介

舘 隆広Tachi Takahiro

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 水事業部 所属
  • ISO/TC 224(上下水道サービス国際標準化専門委員会)第7作業部会委員
  • 現在,国内外の水環境事業および研究開発統括業務に従事
  • 規格開発エキスパート(SE00346)
  • 環境システム計測制御学会会員
  • 触媒学会会員

中村 裕紀Nakamura Hiroki

  • 一般財団法人造水促進センター 技術部 所属
  • 現在,造水関連の技術評価方法,国際標準化規格の開発などに従事
  • 博士(工学)

1. はじめに

近年,水環境分野の国際標準化活動は活発に進められており,国際標準化団体の一つであるISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)では水道や下水道,水の再利用や汚泥処理などの専門委員会が国際規格作りを行っている。

本稿では上下水道事業に関わるISO/TC(Technical Committee:専門委員会)224と,水の再生に関わるISO/TC 282の二つの専門委員会を中心に,最新の動向と日本の貢献事例を紹介する。

2. 水環境分野の国際標準化動向

水環境分野の主なISO国際標準化専門委員会を,表1にまとめて示す1)。これまで製品の形状・材質や,測定方法などを定める「製品標準」作りが進められてきたが,近年では利用者の視点に立った「サービス標準」作りも進んでいる(図1参照)。このような環境の変化を踏まえ,日本国内においても標準化の対象にデータやサービスなどを加え,2019年7月から「日本工業規格(JIS:Japanese Industrial Standards)」が「日本産業規格(JIS)」に改められた2)

専門委員会ISO/TC 224の設置以降は,サービスの利用者を考慮した「サービス標準」作りが顕著である。例えばISO/TC 224では,上下水道サービスの定量的な評価指針が2007年に発行され,水の効率的な利用に関わる要求事項と指針(ISO 24526)の作成が進んでいる。またISO/TC 282では下水や産業排水などの再利用に関し,利用者に必要とされる再生水の用途や品質を踏まえた指針作りが進められている。

これらはいずれも製造者やサービス提供者のみならず,サービス利用者の視点での国際規格作りであり,社会課題の解決を志向した標準化活動とも考えられる。

表1|水環境に関わる主なISO専門委員会(2019年5月1日現在)1)水環境分野の国際標準化活動は,ISOの多くの委員会に関係している。ISO/TC 224が設置された2000年代以後は社会課題の解決や,サービスに関わる国際標準化活動が顕著となっている。

図1|水環境に関わる国際標準化対象分野の広がり従来から製品の形状・材質や測定方法などを定める「製品標準」作りが進められてきたが,現在は利用者の視点に立った「サービス標準」や,社会システム,組織マネジメントなどに国際標準化の対象が広がっている。

3. 「上下水道サービス」国際標準化活動ISO/TC 224

3.1 活動の経緯

表2|専門委員会ISO/TC 224の作業部会と,作成された国際規格(2019年5月1日現在)上下水道サービスに関しては,国際規格14件が発行され,なお多数の作業部会が活発に活動している。

専門委員会ISO/TC 224「飲料水および下水サービスに関する活動−サービス品質基準および業務指標」は,フランス共和国の提案により2001年に設置された。当初は上下水道事業を定量的に評価するための,業務指標(PI:Performance Indicator)を中心に国際規格作りが進められ,2007年には上下水道事業者と利用者のためのサービス評価指針(ISO 24510,24511,24512)が発行された3),4),5)。これらは各国が国内規格として業務指標を定めるための基本的な考え方であり,日本国内の指針も引用されている。2012年にはJIS規格(JIS Q 24510,24511,24512)として発行された。現在,これら三つのISO規格は10年ごとの改訂の時期を迎えており,日本も議論に参加している。

2008年以降は活動がアセットマネジメント(資産管理)や危機管理,雨水管理などの個別の課題に移行した。また2017年には,「飲料水供給,下水および雨水システムに関するサービス活動」に委員会の範囲が拡大された。

表2にISO/TC 224の各作業部会と,作成済み・作成中の規格番号を示す(2019年5月1日現在)。日本はISO/TC 224上水道および下水道国内対策委員会の下,すべての作業部会に参加しており,公的機関だけでなく民間からも委員を派遣している。

3.2 活動の現状

(1)アセットマネジメントに関わる活動
上下水道をはじめとする社会インフラは,長い年月にわたって適切に維持・管理されなければならない。そのため社会インフラを資産として計画的かつ戦略的に維持・更新し,機能や性能を高めていくアセットマネジメント(資産管理)の考え方が広まり,2014年に国際規格ISO 55000,55001,55002が発行された。ISO 55001は社会インフラの資産管理体制の構築と,管理の実施,維持,改善のための要求事項を規定している。2019年3月末時点の日本国内でのISO 55001認証取得組織は,上下水道や河川,道路などの分野を中心に60を超えた6)
ISO/TC 224ではドイツ連邦共和国が議長を務める第6作業部会[WG(Working Group)6]で,ISO 55000シリーズを踏まえた,上下水道の資産管理指針(ISO 24516)が作成されている。具体的には水道の管路(Part 1)と施設(Part 2),下水道の管渠(きょ)(Part 3)と施設(Part 4)の指針が作成され,事例集も予定されている。日本は上下水道事業体や公的機関を中心に積極的に参画し,貢献している。
WG6ではその他に,イスラエルの提案による水道配水ネットワークの水損失調査指針(ISO 24528)の作成が進められている。日本の水道事業体には漏水管理の先進事例や経験があり,積極的に意見を提出している7)
(2)危機管理に関わる活動
上下水道サービスは自然災害や施設の不具合などさまざまな危機に見舞われる可能性がある。イスラエルの提案で設置された第7作業部会(WG7)では,上下水道事業体が突発的な危機に対処するための指針(ISO 24518)と事例集(ISO 24520)が作成された。具体的には事前の準備や,危機発生時の組織的な対応,その後の復旧から通常業務への復帰までの,各段階での管理の在り方がまとめられた。日本は東日本大震災などの経験を踏まえ,近隣事業体間の協力などの意見を規格に反映させた。
また第9作業部会(WG9)では,さまざまな測定値や報告を基に,異常を検知して対処するための事象検知プロセス指針(ISO 24522)が作成され,2019年に発行された。日本は河川上流での水質事故を検知し,水道原水の取水停止などの意思決定を支援するシステムや,豪雨を検知して下水道の浸水回避を支援するシステムなどの事例を提案した。
WG7ではさらに危機時の代替給水(ISO 24527)や,水道配水ネットワークの水質連続監視(ISO 24541),難民などの一時居留所での水サービス(ISO 24031)などの新たな提案が続いている7)
(3)その他の活動
日本は国土交通省や下水道事業体,関係国内団体が,雨水管理の規格を作成する第11作業部会(WG11)を主導している。計画・設計段階を主体とした,洪水対策などの指針(ISO 24536)と事例集の完成が近づいている。
また前章でも述べたとおり,第12作業部会(WG12)でシンガポール共和国の提案により,水を利用する事業所(組織)が節水を計画,実施するための,水の効率的管理システムの要求事項と指針(ISO 24526)の完成が近づいている。これは認証規格をめざす内容であり,注目される。
さらにフランス,中国,オーストラリア連邦の共同提案により,上下水道事業のコーポレート・ガバナンス(企業統治)の指針(ISO 24540)作りが,第14作業部会(WG14)で2018年から開始された。官民連携も含めた事業運営の在り方や評価に関わる内容であり,関係者の関心が高まっている。

3.3 今後の展望

ISO/TC 224は設置から18年が経過し,その間に発行された国際規格は10件を超えた。しかし危機管理,水損失管理,企業統治などの規格作りが今もなお活発に進められている。日本には産官学で連携して貢献していくことが,引き続き期待されている。

4. 「水の再利用」国際標準化活動ISO/TC 282

4.1 活動の経緯

専門委員会ISO/TC 282「水の再利用」は,イスラエルを議長,日本と中国を幹事国として2013年に設置された。日本では,国土交通省下水道部の流域管理官に国内審議団体が置かれ,主導的な立場で国内外の関係機関と協力し,水再利用の国際規格開発を進めている。

2014年に東京で開催された第1回TC 282会議を経て,イスラエルがまとめる第1分科委員会[SC(Sub-committee)1]「かんがい利用」,中国提案の第2分科委員会(SC2)「都市利用」,日本提案の第3分科委員会(SC3)「リスクと性能評価」が設置された。さらにSC3では,第1作業部会(WG1)「健康リスク」と第2作業部会(WG2)「性能評価」が設置された。WG1では(1)健康リスク評価など,および(2)水質階級分類,WG2では(3)処理技術の性能評価に関する「再生水処理技術ガイドライン」の開発が進められた。なお,(1)はISO 20426,(2)はISO 20469として,また(3)のうちPart 1の一般概念はISO 20468-1として,2018年に発行済みである8),9),10)

2016年に,新たに中国・イスラエル共同提案の第4分科委員会(SC4)「工業利用」が設置されるとともに,2017年からは,イスラエルの提案により,バイオ医薬品用水(注射用水の前処理・製造)に関する規格開発が,TC 282直下の第3作業部会(WG3)として開始された。なお,日本国内ではSC4は一般財団法人造水促進センターが国内審議団体を務め,WG3は一般社団法人膜分離技術振興協会が取りまとめている。

表3にISO/TC 282の各作業部会と,作成済み・作成中の規格番号を示す(2019年5月1日現在)。イスラエルと中国がかんがい,都市,工業の各分野での再生水の利用方法に関する規格開発を主に進めているのに対して,日本はSC3で全再利用分野に横断的に適用できる,リスクと性能評価方法に関する規格開発を進めている。ちなみにSC4は,工業排水を処理・再生して工業用に再利用する場合を扱い,都市下水を処理・再生して工業に再利用する場合は,SC2「都市利用」の扱いとされている。

表3|専門委員会ISO/TC 282の作業部会と,作成された国際規格(2019年5月1日現在)水の再利用に関しては,国際規格12件が発行され,なお多数の作業部会が活発に活動している。

4.2 活動の現状

図2|ISO/TC 282/SC3/WG2 再生水処理技術ガイドライン(ISO 20468)の構成評価の考え方を示した一般概念(Part 1)と,これを補足し具体化する個別規格(Part 2〜Part 8)から成る。

(1)処理技術の性能評価に関わる活動
日本の提案によるSC3/WG2で,処理技術の性能評価に関する「再生水処理技術ガイドライン」の開発が進められている。本規格は,処理技術の性能を適切に評価するための指標や評価方法を中心に,評価の考え方を示した一般概念(Part 1)と,これを補足し具体化する個別規格(Part 2〜Part 8)から成り,包括的で実用的な処理技術の性能評価ガイドラインの構築が進められている。個別規格として,再生水システムの環境性能の評価(Part 2)と,システムを構成する代表的なプロセス(個別技術)である5技術の性能評価(Part 3〜Part 7),および技術の経済性評価(Part 8)の開発が進められている(図2参照)。なお,5技術とは,オゾン処理,紫外線消毒,膜ろ過,イオン交換,および促進酸化処理であり,促進酸化処理に関する規格(Part 7)は韓国の提案によるものである。
処理技術の性能評価の考え方として,Part 1では,再利用の目的に合った性能要件として,2種類(機能的,非機能的)の両方を重要とし,対応する評価指標・方法を提示している。機能的要件(functional requirement)は,基準を満たすことが要求される項目として,水量や水質,特に人の健康リスクを制御する観点から,病原微生物などの除去能力を重視している。ただし,非飲用を再利用の主な目的とすることもあり,具体的な評価方法としては,一般に用いられる再生水水質のモニタリング指標と基準設定を基本としている。一方,非機能的要件(non-functional requirement)は,ベンチマーキングなどを基に改善すべき項目として,環境性能や経済性を挙げている。環境性能の指標は,処理システムの温室効果ガス排出量を,経済性の指標はライフサイクルコスト(LCC:Life Cycle Cost)をベースとし,評価方法がそれぞれPart 2,Part 8に具体化されている。
(2)その他の活動
各国の提案による各SCの状況として,SC1「かんがい利用」では,生育する作物の安全性確保のための指針などをまとめた規格がすでに発行されている。SC2では,都市利用における集中型システムに関する規格の発行に続き,分散型オンサイトシステムとして,居住地域の規模や形態に応じた再生水システムの設計概念,SC4では,工業利用に特有な排水の分類,冷却水の利用などに関する規格の開発が進められている。

4.3 今後の展望

日本の提案による処理技術の性能評価規格により,これまで十分に配慮されてこなかった長期の安定性能や環境性能(省エネルギー性),LCCなどによる経済性が適切に評価されれば,質の高いインフラ輸出を通した持続可能な水利用への国際的な貢献に資することができると考える。なお,これらの活動は,国土交通省が設置している国内審議団体の委員会と連携しながら,経済産業省の「省エネルギー等に関する国際標準の獲得・普及促進事業」の一環として,造水促進センターと京都大学,関連協会・団体が協力して進めているものである。今後も,産官学の連携による規格開発の一層の推進が必要であり,さらなる協力が求められている。

5. おわりに

水環境分野の国際標準化動向は2015年に本誌で報告したが11),その後も活発な活動が続いている。日本は水に関わるさまざまな処理技術や維持管理の経験,災害対策などで多くの貢献が可能と考えられる。水環境に関わるグローバルな課題解決のため,産官学の連携による国際標準化活動への継続的な参画が,引き続き期待されている。

Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。