自然災害や設備の老朽化への対応,過疎化・人口減少による収支状況の悪化など,今後,厳しい事業環境が予想される国内の水道事業では,水道法改正を機に民間との連携が加速し始めている。
水道分野において公民連携を進めてきた日立は,北海道函館市企業局から水道設備更新と運転・保全管理業務を一括受託し,2019年4月よりプロジェクトをスタートさせた。その特徴やねらい,今後の展開などについて,最前線で協業に取り組む市担当職員と日立の担当者に聞いた。
老朽化した施設の更新費用の増大や人口減に伴う料金収入の減少など,市町村が運営する水道事業を取り巻く事業環境は厳しさを増している。そうした状況を踏まえ,2018年12月に水道法が改正された。主な改正点は,スケールメリットを生かして効率的な事業運営を可能とする「広域連携の推進」,水道管の計画的な更新や耐震化を進める基礎となる「適切な資産管理の推進」,そして民間の技術力や経営ノウハウを活用する「多様な公民連携の推進」の3点である。公民連携については,2008年に改訂された国の『新水道ビジョン』でも重点的な実現方策の一つとして挙げられており,効率的かつ持続可能な事業運営の実現に向けて,民間事業者の創意工夫やノウハウを活用することに大きな期待が寄せられている。
公民連携の事業モデルには,部分委託や包括委託,PFI(Private Finance Initiative),コンセッションなどの形態があるが,水総合サービスプロバイダーとして多様な事業に取り組んできた日立は,北海道夕張市の水道事業におけるPFI事業,埼玉県戸田市の上下水道事業における包括委託をはじめ,さまざまな公民連携の事業に参画している。
そして今回,日立は北海道函館市との間で新たな公民連携の取り組みをスタートした。
函館市の水道事業は,1889(明治22)年,横浜に次いで日本で2番目に始まり,水需要の増加に伴って6回の拡張事業を実施してきた。2004(平成16)年には近隣4町村の合併によって九つの簡易水道を引き継ぎ,現在は13の浄水場を管理して約26万人(2018年3月時点)の市民に給水している(図1参照)。
他方,事業運営に関しては,1994年を最後に料金改定していないことからもうかがわれるように,現時点の収支状況は安定している。とはいえ,浄水場や管路といった施設の老朽化,技能・技術の継承などの課題に直面していることは全国の他の自治体と同様であり,今後は厳しい運営環境が予想される。
今回,そうした未来の課題を先取りする形で,函館市企業局は,基幹浄水場である赤川高区浄水場設備の更新に際し,公募型プロポーザルを実施することにした(図2参照)。
『函館市上下水道事業経営ビジョン2017-2026』では,「健全な事業運営の推進」という施策目標を掲げ,民間活力を活用したPPP(Public Private Partnership),PFIなどによる施設整備について検討するとしており,この「赤川高区浄水場プラント設備更新整備等事業」を全国に先駆けて公民連携の新たなモデルケースとしていく考えだ。同事業の内容は,赤川高区浄水場をはじめとする水道施設の機械電気計装設備の更新から,20年間にわたる運転・保全管理業務,浄水場管理敷地内の公園・水源林の管理にまで及ぶ(図3参照)。
企業局が前述のビジョンに基づいてコスト縮減の検討を進める一方で,施設整備費とランニングコストが「函館市PFI手法優先的検討規定」に該当していたため,DBO(Design Build Operate)方式を含めて検討したところ,より効果が高いDBO方式で事業を実施することになった。
浄水課の担当者として公募型プロポーザルの基本的な方向性を検討する段階から携わってきた西山勝隆氏(函館市企業局 上下水道部 浄水課 技師)が,その理由を語る。
「担当部署として,これまで赤川低区浄水場の遠隔化や緩速ろ過池の更新を直営で設計・監督してきましたが,複雑な制御を行っている赤川高区浄水場の更新では,さまざまなノウハウを持つ民間の技術力を期待するとともに,最終的には,工事で生じる職員の業務量を縮減することも考慮し,民間事業者がプロポーザルでの提案に基づいて設計から監督までを行うDBO方式としました。」
さらに,「公設民営」のDBO方式としたのには,コスト縮減や業務効率化といった目的のほか,施設の設置を公共側が担当することから,水の供給に企業局が責任を持つという意味合いもある。この公募型プロポーザルに対し,日立は,株式会社富岡電気工事,株式会社日立ハイテクフィールディングを加えた3社で臨むことにした。
西山 勝隆氏
函館市企業局 上下水道部 浄水課 技師
本田 和樹氏
函館市企業局 上下水道部 浄水課 技師
佐々木 寿真氏
函館市企業局 上下水道部 浄水課 技師
日立は,以前から函館市の水道事業に関して公民連携業務に取り組んでいた。当初から営業担当として携わってきた遠藤潤(日立製作所 北海道支社 インフラシステム営業部 部長付)は,公募への参加を決めた背景についてこう説明する。
「われわれ日立は,2012年に東部地区の簡易水道の運転管理を受託したことをはじめ,2016年には赤川高区および低区浄水場の運転管理を受託し,さらに赤川高区浄水場における小水力発電の取り組みにも参画してきました。これらの実績は,函館市が抱える課題の本質を正しく把握する良い機会となり,現場で蓄積してきた知見やノウハウを赤川高区浄水場設備の更新においても発揮することができると考えたのです。」
足掛かりとなった東部地区の運転管理では,定例のミーティングに日立担当者も参加するなど,公民の信頼関係を築いてきたが,そうした二人三脚が効果的に機能する場面も多々あったという(図4参照)。東部地区の水道施設の運転管理を担当する本田和樹氏(函館市企業局 上下水道部 浄水課 技師)がこれまでの協業関係を振り返る。
「委託前は,遠方に分散している9簡易水道事業の料金,給水工事検査,管路および浄水場の維持管理など,多くの業務を数少ない職員で担わざるを得ず,なかなか浄水場の運用に集中できませんでした。しかし,日立に運転管理などを委託したことで,災害時の対応も含めて供給体制が強化されたと考えています。一例として,戸井浄水場のポンプ故障や木直浄水場の導水管漏水などの際には運転管理を日立に託し,われわれが故障や漏水の対応に専念するなど,互いに役割分担して対応に当たることによって,滞りなく水を供給することができました。」
こうした実績が今回の提案においても反映されている。遠藤によれば,提案書には市の財政なども視野に入れ,長期的な視点に立った施策を書き込んだという。その後,選定審査委員会による審査を経て日立は優先交渉権者となり,富岡電気工事,日立ハイテクフィールディングの3社で特別目的会社 株式会社箱館アクアソリューションを設立し,函館市企業局と「赤川高区浄水場プラント設備更新整備等事業」の契約を締結するに至った(図5参照)。簡易水道の運転管理業務の受託に始まる函館市との公民連携について,現地でプロジェクト全体を取りまとめてきた柚木応介(日立製作所 水・環境ビジネスユニット 水事業部 サービス事業推進部 主任技師)は,日立としても大きな意義のある取り組みだと感じたという。
「今後20年間という長期にわたる今回のDBO事業では,函館市の事業環境の変化は避けられず,必ずや新たな課題が発生することでしょう。課題解決にあたっては,業務プロセスの再構築がカギとなります。お客様と議論しながらO&M(Operation and Maintenance)支援デジタルソリューションなどを活用して業務の効率化を図り,課題解決を実現することは,われわれ日立にとっても大きなチャレンジなのです。」
遠藤 潤
日立製作所 北海道支社 インフラシステム営業部 部長付
柚木 応介
日立製作所 水・環境ビジネスユニット 水事業部 サービス事業推進部 主任技師
長沼 聡
日立製作所 水・環境ビジネスユニット 水事業部 社会システム本部 東部システム技術第二部
そして2019年4月,いよいよプロジェクトが動き出した。2019年度に設備の設計が,その翌年度に工事が始まり,2年後から管理業務を開始するスケジュールとなっている。
本格的に運転・保全管理業務が始まった段階で,函館市企業局が日立に期待するのは,対応力,提案力,パートナー力の三つである。電気計装設備を担当する佐々木寿真氏(函館市企業局 上下水道部 浄水課 技師)は企業局を代表してこう語る。
「2018年9月の北海道胆振東部地震では,2日間にわたって停電が続きました。その際は,日立の協力もあって水の供給を維持することができましたが,今後も機械・電気計装設備が突発的に故障する可能性は少なくありません。そうした緊急時の対応力に加え,これまで目視点検中心だった機器の更新時期の検討などに関しても,最新技術に通じた日立だからこそ実現できる提案を今後,ぜひお願いしたいですね。ベテラン職員の技術継承に取り組む私たち若手職員とともに,さまざまな経験を通じてお互いの総合力を高めていければと思っています。」
こうした期待に対して,日立側はどう応えていくのか―。現在,電気関係を中心に機械設備も含めて建設業務を取りまとめている長沼聡(日立製作所 水・環境ビジネスユニット 水事業部 社会システム本部 東部システム技術第二部)が抱負を語る。
「今は企業局職員とともに実務を進める中で,具体的な課題を一つひとつ抽出しながら解決策を検討し始めたところなのですが,計装制御機器の設置や監視制御システムの操作性については改善すべき点が多くあるように感じています。企業局職員と日常のコミュニケーションを通じて既存のシステムより効率化を図れるような提案を積極的に行っていきたいですね。」
続いて,プロジェクトを率いてきた二人は次のように意気込む。
「今回,新たに函館市に拠点を設け,緊急時においても速やかに対応できる体制を整えてました。今後は,個々の製品やサービスを提供する立場を脱し,お客様の経営や現場の状況を踏まえて事業運営を一緒に考えられるパートナーとなるべく,函館市企業局との一体感を深めてまいります。」(遠藤)
「この事業は,函館市企業局が管理している浄水場を赤川高区浄水場で一元管理するにあたり,AI(Artificial Intelligence)やデータアナリティクスといった先端技術を活用するなど,技術と事業運営の両面で公民連携の函館モデルとして企業局とともに発展させていきたいと思います。そして,いずれは国が推進している広域連携を視野に入れた取り組みにつなげていければと考えています。」(柚木)
水道事業の公民連携が広がる中,DBO事業の事例はまだ希少であり,函館市の意欲的な取り組みが先進的なモデルケースとなる可能性は高い。日立は,函館市との公民連携を深化させ,課題解決のための提案を重ねていくとともに,函館モデルを起点として持続可能な水道事業運営への貢献を拡大していく。