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COVER STORY:ACTIVITIES 2

エネルギーの最適利用を実現する持続可能なソリューションの協創

英国におけるEV普及拡大による気候変動対策

ハイライト

電力は世界中の何十億という人々の生活を豊かにしたが,一方でその活用は地球の気候に重大な影響を及ぼした。経済の発展と人口増加,急速なグローバル化により,現在,大気中の温室効果ガスの濃度は過去最高のレベルに達している。こうした中,温室効果ガスの排出量を大幅に削減し,気候変動に立ち向かうカギとなる戦略の一つとして,自動車の内燃機関の超低炭素およびゼロ炭素技術への移行が検討されている。

日立ヴァンタラをはじめとする日立グループは,英国におけるEV普及拡大を支援するコンソーシアム「Optimise Prime」を主導し,商用EVが英国の配電網に与える影響を調査する総額3,500万ポンドのプロジェクトに参画している。

目次

執筆者紹介

Nicole Thompson

  • 日立ヴァンタラ
  • Director of Social Innovation and Head of Co-Creation Partnerships

Brianne Yoshimoto

  • 日立ヴァンタラ
  • Senior Manager of Strategic Customer Programs

Ben Kinrade

  • 日立ヨーロッパ
  • Optimise Prime Project Management Office

エネルギー消費が気候に与える影響

図1│1850年から現在までの平均気温およびCO2排出量の推移図1│1850年から現在までの平均気温およびCO<sub>2</sub>排出量の推移

WMO(World Meteorological Organization:世界気象機関)などの分析により,2015年〜2019年の5年間および2010年〜2019年の10年間の平均気温が観測史上最高を記録したことが明らかとなった1)。10年ごとの平均気温は1980年代以降上昇を続けており,大気中のGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)が記録的なレベルに達していることから,今後もこの傾向は続くものと考えられる。CO2排出の原因となる活動の最たるものは,暮らしやビジネス,産業においてなくてはならない電力を生み出すための石炭,天然ガスおよび石油など,そして人やモノの輸送を賄うためのガソリンやディーゼルなどの,化石燃料の燃焼である(図1参照)。

今後,GHGを排出し続けることで地球温暖化が進行し,地球の気候系に持続的な変化が生じると,人類を含む生態系に広範かつ取り返しのつかない影響が及ぶ可能性が高い。これを回避するには,今後数十年間のGHGの排出量を大幅に削減することが不可欠である。CO2排出量を減らす最も効果的な方法の一つは,エネルギー資源の効率的活用による化石燃料消費量の削減である。

経済とグローバル化の急速な進展により,世界ではさまざまな課題が顕在化する一方,破壊的イノベーションも生み出されつつある。現在,エネルギー業界は環境規制および安全規制の遵守,エネルギー使用量・事業コスト・炭素排出量の削減,SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)への包括的な対応に取り組みながら変革を進めている。

英国の炭素削減目標および電化目標の達成支援

CO2排出量の削減とその他の有害汚染物質濃度の引き下げに向けた取り組みが世界中で動き出している。中でも再生可能エネルギーの導入を活発に進めているのがEU(European Union:欧州連合)であるが,送電設備の容量不足や不安定な送配電網などが課題となっている。

EUは,2020年までに一次エネルギーの20%を再生可能エネルギー源で賄うという目標を定めているが,これを実現するには,暖房や輸送に用いるエネルギーの大半を再生可能エネルギーによって賄わなければならない。しかし,大規模な再生可能エネルギー発電を既存の電力システムに統合するには,いくつかの課題がある。

一方,英国では,2050年までに炭素排出量を80%削減するという目標を掲げており,これを達成するためには2030年までに電力分野において検討されている脱炭素化対策をほぼ完了する必要があるとされている。同国の独立行政機関CCC(Committee on Climate Change:気候変動委員会)によれば,この目標を英国が2030年までに達成するには,今後,路上を走る新車の60%をEV(Electric Vehicle:電気自動車)にしなければならないとされているが2),住宅地や商業地として区画された地域の現在の配電網では,商用車両の充電など産業規模の電力需要には対応できないため,配電方式を大きく変える必要がある。

図2│実証実験が行われている英国ロンドンの街並図2│実証実験が行われている英国ロンドンの街並

こうした中,日立ヴァンタラをはじめとして日立ヨーロッパ,日立キャピタル株式会社,英国の配電事業者UK Power NetworksおよびScottish & Southern Electricity Networks,ガス・電力大手で家庭用暖房機器などのメンテナンス対応のために多くのサービス車両を保有するCentrica,郵便大手Royal Mail,そして急成長中のライドシェア(相乗り)事業者Uberなど全8社が提携し,電気料金を抑えながらEVの普及と既存の配電網の有効活用をめざす取り組みをロンドンで進めている(図2参照)。

「Optimise Prime」と名づけられたこのプロジェクトでは,英国のOFGEM(Office of Gas and Electricity Markets)の支援の下3),今後3年をかけて実証試験に取り組む計画である。なお今回のOFGEMの支援は,NIC(Network Innovation Competition)によるプロジェクト選定プロセスを経て,低炭素社会の実現に向け,英国内のすべての送配電事業者に有益なイノベーションをもたらす実証プロジェクトの一つとして資金提供を受けるものである。

日立は,100年以上にわたり培ってきた豊富な経験と技術を基に,社会課題を解決し,顧客の社会価値,環境価値,経済価値を向上する取り組みをグローバルに推進している。本プロジェクトにおいて,日立ヨーロッパはプログラムの実施管理と各種アプリケーションの開発,日立キャピタルは車両およびリース分野に関する知見の提供を担当しており,日立ヴァンタラはIoT(Internet of Things)プラットフォーム,データ管理,分析に関する専門性を提供しつつ,プロジェクトをまとめている。

Optimise Primeでは,パートナー企業が所有する最大3,000台の商用EVの行動を記録し,データ処理や最適化といった技術がどのようにして課題解決に寄与するか,また,いかにしてコストを抑えながらEVの普及拡大と低炭素輸送を実現するかを実証する。その目的は,商用EVが配電網に与える影響を詳細に把握することであり,(1)商用EVによる配電網への影響を定量化・最小化する方法,(2)人・物の輸送にEVを用いる商用車両の運用事業者およびライドシェア事業者向けに提案可能なスマートソリューション,(3)EVによる輸送の実現にあたって必要なネットワーク,充電設備,ITなどのインフラに焦点を当てている。

炭素削減の取り組みが配電網に与える影響

現在,英国内のCO2排出量のうち27%を占めるのは陸上輸送である。1990年から2017年の間に英国全体の総炭素排出量は38%減少したが,輸送分野の排出削減率はそのうち0.7%にとどまった2)。オンラインショッピングの増加に伴う宅配サービスの需要増に加え,ライドシェアの需要増によって,この分野ではCO2排出量が大きく増加している。

EVへの移行はCO2の排出量削減に寄与する一方,配電網に大きな影響を与えるため,利用者の負担を抑えながらスムーズかつ早期にEVの普及拡大を実現するには,よりスマートなEV充電インフラを計画し,運用を開始しなければならない。これに対し,Optimise Primeは,パートナー企業が抱えるビジネス上の課題に着目した。

まず,配電事業者はEVの普及に向けた投資の必要性を認識してはいるものの,投資計画に必要なデータが不足している。調査によれば,今後EVの普及率が40〜70%に到達した場合,英国内の住宅や商業ビルに電力供給している送電線の32%で増強が必要になると見込まれている。配電事業者は安定的な電力供給を維持しながら,EVの普及拡大に向けて必要となるコストを予算に組み込み,管理しなければならない。

EVの普及は,自家用車に先駆けて商用車およびライドシェアの分野で進むと考えられるため,Optimise Primeでは実証範囲をこれらの事業者に絞った。こうした事業者は英国内の新車の58%を購入しており,定期的に買い換えを行ううえ,商用EVの平均走行距離は通常,自家用車を上回る。英国政府の調査では,商用小型車の年間平均走行距離は1万3,000マイル(1マイルは約1.6 km),自家用車は7,800マイルと推定されており,必要なエネルギーは自家用車より66%も多い。これによりピーク時の配電網の負荷は高まるが,ガソリンやディーゼル油よりも安価な電気を使用することで運用コストは大幅に削減できると考えられる。

一方,ガソリンなどを燃料に用いる従来の自動車からEVに移行することで,商用車事業者などはオペレーションの変更を迫られる。EVの充電には給油よりも大幅に長い時間がかかり,現在販売されているEVの場合,必要となる充電回数も多い。さらに,多数の車両に同時に充電するにはインフラ整備が必要である。これに伴い発生する,インフラ,エネルギー,運用プロセスに関するコストは,EVの総所有コストを算出する際に考慮に入れる必要がある。

また,スマート充電技術はすでに商用化されているものの,エネルギーシステムの設計と接続容量の指定といった専門的な作業は商用車両の運用事業者側ではできないことも多い。エネルギーコストを最小化するには継続的な最適化が必要であり,EVの台数や走行距離,運用特性,他のエネルギー需要源,再生可能エネルギーの貯蔵,デマンドレスポンスに加え,拠点となる敷地の制約,配電網への接続費用,資産状況,投資利益率といった多数の不確定要素を考え合わせなければならない。

商用車両の運用事業者などには自社の拠点に適した最適な仕様を決定するノウハウがないため,系統連系要件に対して過剰な設計を行ってしまうことにより,結果的に配電網を十分に活用できないまま,不必要にインフラ費用だけが高くなるケースもあり得る。

エネルギー資源の有効活用に向けた技術とイノベーション

図3│Optimise Primeにおける実証実験の概要図3│Optimise Primeにおける実証実験の概要

図4│商用車およびハイヤー事業者3社による実証実験のプロセス図4│商用車およびハイヤー事業者3社による実証実験のプロセス

現時点では配電事業者の投資計画に資する情報が乏しいため,EVの商用利用による効果と配電網に与える影響を詳細に把握するには,分野横断的なアプローチが必要であった。まずはEVの普及拡大に伴う配電網への影響を定量的に評価し,充電および配電網容量を管理するための複雑なソリューション・戦略を新たに策定しなければならない。また大気汚染,気候変動,安定したエネルギー供給といった幅広い社会問題に対応し,拡張性のある持続可能なソリューションを策定するには業界の枠を越えた連携が求められる。

図3にOptimise Primeの実証実験の概要を示す。

Optimise Primeでは,EVの充電行動を監視し,車両と充電器から収集したデータに基づくデータセットを作成することで,将来的な商用EVの充電需要に対する知見の提供を検討している。この予測を配電網から収集したデータと組み合わせることで,対策が必要な過負荷やボトルネックなどの課題,充電インフラ拡充の必要性を特定しやすくなる。それらの定量的な情報に基づき,配電事業者はより正確な需要予測を立て,必要に応じて配電網補強への投資を計画できるようになる。

また本プロジェクトでは,データ分析と予測のほか,既存の配電網容量を有効活用し,充電行動を変化できるEV車両の特長を利用した,実用的な新たな手法を開発し,検証する。

EVの導入・運用を検討する商用車両の運用事業者などにとって重要になるのが,充電インフラである。Optimise Primeでは,現実的なコストで実現可能で,かつ効果的な充電インフラの整備を支援していく計画である。

さらにEVの主な充電方式である「自宅充電」および「車両基地または公共設備での充電」について確認し,どちらの充電方式においても,配電網と商用車両の運用事業者の双方に固有の課題があることが分かった。図4に実証のプロセスを示す。

今後,自宅充電については,家庭用の電力と商用車の充電に用いる電力料金の請求を別々にするソリューションの実証を行う。これにより,商用車両の運用事業者は電気料金に関する交渉が可能となり,支払いに伴う間接費も削減できる。また調整力に関する配電事業者からの要求に応えられるようになることで,商用車両の運用事業者は追加収入源を得ることができる。

車両基地または公共設備での充電では,専用ツールの開発を通じて,車両基地管理者には基地の接続要件の計画を,配電事業者にはより柔軟な配電網への接続の提案を可能にする。車両の運行計画,電力料金,調整力としての活用機会などを継続的に考慮に入れながら,充電最適化は進行する。

大規模かつ複数の事業者が参画するOptimise Primeの立ち上げにあたっては,多くの課題もあった。また,前例のない大規模な実証実験を行うため,さまざまな不確定要素を考慮しなければならなかった。日立ヴァンタラはパートナー企業をまとめるプロセスを先導し,すべてのパートナーの効果的な協業を可能にするガバナンスのフレームワークを作成し,提携契約を行った。そして8社の協創を通じ,商用車両の運用事業者およびライドシェア事業者の電化に関する課題を解決しつつ,配電網における将来的なニーズを満たすスコープを策定した。

ソリューション実現のカギは,IoTプラットフォームの設計および開発にあった。パートナー企業各社のニーズに応えるには,このプラットフォームに現行の充電器,テレマティクス,車両データに加え,天候,休日,車両の運行計画といったデータを統合する必要があった。そこで,日立はプロジェクトにおける分析と予測を支援するべく,ビッグデータイノベーションラボにてこれらのデータを取り込み,クレンジングして保管し,アクセス制御機能によりデータの安全性を確保して機密情報保護・GDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)に対応しつつ,得られた知見を将来の研究に効果的に活用できるようにした。

本プロジェクトは個人のデータを利用し,また電力や宅配といった重要なインフラサービスを担うパートナー企業も関与するものであるため,情報保護は非常に重要であった。また,新たな技術の導入にあたっては,パートナー企業各社の日々の業務を妨げることのないよう慎重な計画が求められた。

このプラットフォームを通じて,エネルギー専門家がプロジェクトデータを調査することが可能となり,機械学習によって予測・分析モデルが作成される。また配電事業者のシステムと充電パターン,車両の行動のインタフェースとなる機能を付与することで,現在利用可能な調整力を確認することもできる。

図5│充電設備で充電中のEV図5│充電設備で充電中のEV

さらに,車両の種類,車両の運行計画,走行距離,拠点のエネルギー使用状況などの情報を車両基地管理者が拠点計画ツールに入力することで,当該拠点の充電コストを最小化する最適な充電計画を算出することができる。このツールにより,車両基地管理者は当該拠点の充電需要に応じて,充電の必要がないときには配電網容量を解放することが可能である。

また,このシステムでは車両需要,電力料金,天気予報,その他の関連データに基づき,EV一台一台に最適な充電プロファイルを計算する。これにより,車両基地向けスマートコントローラを通じ,車両基地内の複数の充電設備と太陽光やバッテリーなどのエネルギー資産を制御・最適化することが可能となる(図5参照)。

Optimise Primeがもたらす変革

Optimise Primeは2019年1月に開始し,3年から4年をかけて実施される計画である。現在,日立はソリューションアーキテクチャの設計,プロジェクトの核となるIoTプラットフォームの実装を担当している。Hitachi Enterprise Cloud,Hitachi Content PlatformそしてPentaho技術をベースとしたこのプラットフォームでは,データ分析と各種アプリケーションのデプロイが可能になる。また,日立はパートナー各社と緊密に協力し,EV普及拡大に向けた新たな手法の有効性を評価する実証実験を計画している。

EVのデータは2019年から収集を開始しており,今後2020年から2021年にかけて12か月間で最大3,000台規模の実証を行い,2023年2月には本プロジェクトの活動に関する最終報告書を提出する予定である。この報告書は,EVによるゼロエミッションへの移行をめざす組織や研究機関,行政がデータを利用できるようになる見込みである。

Optimise Primeがもたらすメリットは以下のとおりである。

  1. 前例のない実証実験により,商用EVの充電に関する大規模で産業横断的なデータセットを配電網や車両から得られる情報とともに収集・分析することで,商用EVが配電網に与える影響を精査する。
  2. 大規模な電化によって何が実現するのかを明らかにし,自宅および車両基地における充電ソリューションを通じて,他の商用車両の運用事業者の変革を後押しする。
  3. 接続プロファイルおよびプロセスの作成により商用車両の運用事業者などと配電事業者の連携方法を刷新し,配電事業者が個々の商用車両の運用事業者などに合わせた接続サービスを提供することを可能にする。

初期の試算では,Optimise Primeが提案する手法の有効性が証明され,英国全土で実装された場合,2030年までに2.7 MtのCO2が削減できると推定されている4)。これは,ジャンボジェット1機が世界を1,484周するのに相当する量である5)。また英国の送配電事業者,ひいてはすべての電気利用者において,総額2億700万ポンドの節約につながると見込まれている。

新たな環境政策から規制,気候変動の影響まで,さまざまなディスラプションに直面するエネルギー業界は,デジタル変革の只中にある。GHGの排出削減と温暖化の抑制,エネルギー資源の効率的な利用は,持続可能な開発を実現し,人々のより良い暮らし,社会的・経済的なウェルビーイング,そして効果的な環境管理に貢献する。

GHGの排出削減に向けた取り組みが各界で進められているが,単独で十分な効果を発揮するものはない。それらは体系的かつ分野横断的なアプローチで,環境に配慮したインフラとイノベーション,投資と組み合わせることによって,エネルギー利用の効率化を図り,気候変動からの回復力を高めるのである。

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