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ハイライト

環境に配慮した公共交通機関の需要が高まる中,都市部における地上鉄道交通システム(路面電車)の活用が注目されている。

Hitachi Rail S.p.A.では,車上搭載蓄電システムの活用により,架空電車線からの給電で運行する既存の路面電車をパンタグラフなしで走行可能にする新しいOBESSアプリケーションを開発した。これにより,既存の路面電車路線の一部で架線レスでの走行が可能となり,都市部の歴史地区などでも環境や景観に配慮しつつ路面電車を運行することができる。

本稿では,架線レス走行を可能とする蓄電池システムや車載BMS,既存の駆動システム・補助電源と新しい車上搭載蓄電システム間のインタフェースとなるDC-DCコンバータについて紹介する。

目次

執筆者紹介

Dario Romano

Dario Romano

  • Hitachi Rail S.p.A. ナポリ支部 デザインエンジニアリング部 所属
  • 現在,推進および制御のシステムエンジニアリングに従事

Francesco Paolo Grimaldi

Francesco Paolo Grimaldi

  • Hitachi Rail S.p.A. ナポリ支部 デザインエンジニアリング部 所属
  • 現在,新型トラムプラットフォームのプロジェクトエンジニアリングに従事

Francesco Danilo De Vita

Francesco Danilo De Vita

  • Hitachi Rail S.p.A. ナポリ支部 デザインエンジニアリング部 所属
  • 現在,牽引および補助制御の設計に従事

Marcello Della Corte

Marcello Della Corte

  • Hitachi Rail S.p.A. ナポリ支部 デザインエンジニアリング部 所属
  • 現在,牽引および補助コンバータの設計に従事

Vittorio Rota

Vittorio Rota

  • Hitachi Rail S.p.A. ナポリ支部 デザインエンジニアリング部 所属
  • 現在,列車システムのエンジニアリングに従事

Roberta Schiavo

Roberta Schiavo

  • Hitachi Rail S.p.A. ナポリ支部 デザインエンジニアリング部 所属
  • 現在,牽引および補助制御関連業務に従事

Vincenzo Improta

Vincenzo Improta

  • Hitachi Rail S.p.A. ナポリ支部 デザインエンジニアリング部 所属
  • 現在,牽引および補助コンバータ関連業務に従事

Beniamino Cascone

Beniamino Cascone

  • Hitachi Rail S.p.A. ナポリ支部 デザインエンジニアリング部 所属
  • 現在,牽引関連のエンジニアリングに従事
  • 博士(工学)

1. はじめに

公共交通機関の需要と,高エネルギー効率,低公害性,インフラコストの削減に対する要求が高まりつつある中,人や建物が密集した都市部の自治体では路面電車が注目されている。このような状況の中,美観と環境の観点から,電源供給のための架線を必要としない,架線レス車両が求められている。特に歴史ある旧市街など,環境的な制約が高い区域への導入に際しては,架線や支柱の存在が建設上の課題となり,コストを増やす原因にもなっている。

これに対する解決策として,Hitachi Rail S.p.A.は,架線レス車両を実現する車載蓄電池システムを提案する。高効率な車載蓄電池システムを開発することで,路線の大部分を架線なしで走行することが可能となり,大きな広場や旧市街など,文化的な価値を有する地域であっても,路線に沿って架線を張るための支柱を並べることなく電車を走行させることができる。架線のある従来の路面電車では,電車の運行に必要なインフラの存在が都市景観を損ねていたが,架線レス車両であれば景観への影響を回避することが可能になる。

Hitachi Rail S.p.A.が開発したスタンドアロン構成の車上搭載蓄電システム(OBESS:On-board Energy Storage Systems)は,電源供給を架線だけに依存する従来型の車両を,架線レス走行が可能なハイブリッド車両にアップグレードすることができる。既存の鉄道車両をアップグレードすることで,架線のない新路線に運行を拡張したり,美観を損なう架線と支柱を中心市街地から撤去したりすることが可能となる。

2. Hitachi Rail S.p.A.のOBESSの概要

車両に追加するOBESSには,総重量を過度に増やすことなく,搭載が容易で,車両型式認証に影響しないバッテリーが求められる。またOBESS自体が,異なる運用条件を考慮し,編成の空きスペースに艤(ぎ)装できるものでなければならない。

このような条件を考慮し,開発したOBESSの特徴を以下に示す。

  1. 高い安全性と信頼性を保証するリチウムイオン技術を利用したESU(Energy Storage Unit:蓄電ユニット)により,高出力と高エネルギー密度の最適なバランスを実現した。また,十分なシステム冷却機能を確保するため,専用のBTMS(Battery Thermal Management System)を導入した。
  2. 高電導度IGBTとSiCダイオードを組み合わせた,株式会社日立パワーデバイス製の高性能nHPD2(Next High Power Density Dual)ハイブリッドSiCモジュールを採用し,DC-DCコンバータに適用した。
  3. DC-DCコンバータの冷却にあたっては,冷却電力および騒音低減のため,発生損失に応じて冷却性能を制御する機能を搭載した。
  4. 充電・放電の制御を最適化することにより,電池寿命と省エネルギー効果を最大化した。
  5. 保全コストを最小化し,信頼性を高めるCBM(Condition Based Maintenance)を実現するモニタリングおよびデータレコーディング機能を実装した。
  6. 車両プロトコル[イーサネット※1),CAN(Controller Area Network)バス]に準拠した各種通信インタフェースを実装することで,既存の車両ネットワークへのシステム接続を可能とした。

図1|車両の屋根上に設置されたOBESSとDC-DCの構成 図1|車両の屋根上に設置されたOBESSとDC-DCの構成 既存車両の空きスペースを利用して,車両の屋根上にOBESSシステム全体を設置している。車両重量の増加は比較的小さいため,追加重量によるホモロゲーションの必要はない。

ESUとBTMSから構成されるOBESSとDC-DCコンバータは,既存車両の部品レイアウトの変更を最小限に抑え,車両の屋根上に設置できるよう設計した。これらの装置はいずれもステンレス鋼製の筐(きょう)体に収められ,リベットで固定されるブラケットにより車体側部に締結する。車両との電気的インタフェースには,高電圧系,低電圧系ともにプラグインコネクタを使用することで,実装を容易にした。車両の屋根上に設置されたOBESSとDC-DCコンバータの構成を図1に示す。

OBESSと主電源ラインおよび駆動システムは電圧レベルが異なるため,昇降型DC-DCコンバータを介して接続した。双方向の昇降圧コンバータには高効率デバイスを適用し,高周波スイッチングにより出力電圧リプルの低減と,小型インダクタンスの適用を可能とした。

DC-DCコンバータにより,以下の制御を行う。

  1. 架線からESUへの充電
  2. 制動フェーズ中のESUの充電
  3. ESUのエネルギーを使用した駆動システムへの電源供給

図2|DCCUによるエネルギーフローの管理 図2|DCCUによるエネルギーフローの管理 このシステムでは,蓄電池システムに必要な電力と架線から取得できる電力を評価し,エネルギーフローを適切に管理することができる。

出力電圧および電流は,全動作モードを通じて,DC-DCコンバータを構成している単相コンバータのデューティー比により制御する。充電および放電モードでは,制御システムがESUのBMS(Battery Management System)と通信し,バッテリーのSoC(State of Charge:充電率)を考慮した充放電力および駆動システムの力行/回生を統括制御する。これにより,SoCの適切な範囲での動作,ブレーキレスによる回生エネルギー活用,バッテリーから駆動システムへの電力供給の最大化を実現している。

バッテリーを充電するモードでは,DC Link電圧をDC-DCコンバータにより降圧し,ESUを最適電流で充電する。

一方,電力供給モードでは,DC-DCコンバータにより昇圧し,駆動システムをはじめとする車上電気システムに適した安定電圧を供給する。

DCCU(DC-DC Converter Control Unit)は,イーサネット,MVB(Multifunction Vehicle Bus),またはCANバスといった既存の通信バスで車両ネットワークに接続する。

DCCUにはパワーマネジメント機能が実装されており,BMSの指示と電源から取得できる電力に従って,DC-DCコンバータの充電/放電の電力基準を決定する。各種動作モードにおいてDCCUが管理するエネルギーの流れを図2に示す。

架線あり区間での走行中は,架線の電力供給能力,駆動システムの消費電力,SoCを考慮したスマートESU充電機能により,バッテリーを充電することで,架線からの電力を車両の最大消費電力以下に制御している。

架線あり区間と架線なし区間を組み合わせた路線の走行チャートを図3に示す。架線あり区間のダイアグラムを拡大すると,架線からESUへの再充電が正常に行われていることが分かる(図4参照)。

図3|架線あり/なしを組み合わせた路線の走行ダイアグラム 図3|架線あり/なしを組み合わせた路線の走行ダイアグラム 架線あり/なしを組み合わせた路線での試験走行における速度とSoCを示す。

図4|架線使用区間におけるESU再充電時の走行ダイアグラム 図4|架線使用区間におけるESU再充電時の走行ダイアグラム 図3における架線使用区間の拡大図を示す。高負荷フェーズでは,要求された架線の電力が蓄電池システムの充電に使用される。

※1)
イーサネットは,富士ゼロックス株式会社の登録商標である。

2.1 蓄電ユニット

ESUを構成する蓄電セルの選定には次の点を考慮した。

  1. 十分な蓄電容量
  2. 高サイクル寿命
  3. 高い安全性と信頼性

これらの要件を満たすには,リチウムイオン電池が適しており,32セルから成る電池モジュールを開発した(8S4P:8 Series 4 Parallel)。蓄電池モジュールの外観を図5に,このモジュールの主要特性を表1に示す。

表1|蓄電池モジュールの主要特性 表1|蓄電池モジュールの主要特性 低床型路面電車車両Sirioに搭載される蓄電池モジュールの仕様を示す。

図5|蓄電池モジュールのプロトタイプの外観 図5|蓄電池モジュールのプロトタイプの外観 32個のリチウムイオンセル(8S4P)を接続した蓄電池モジュールの外観を示す。

路面電車に適した蓄電池システムとして,20個の電池モジュールを直列に接続したOBESSを開発した。試験前のプロトタイプの外観を図6に,主要特性を表2に示す。

表2|OBESSの主要特性 表2|OBESSの主要特性 Sirio型車両に搭載されるOBESSの仕様を示す。

図6|蓄電池システムのプロトタイプの外観 図6|蓄電池システムのプロトタイプの外観 20個のモジュールを接続したバッテリー構成を示す。

2.2 バッテリー管理システム

BMSには重要な安全機能とロジック,バッテリーコントローラとのインタフェース機能が実装されている。マスタ・スレーブアーキテクチャに焦点を合わせたBMSのブロック図を図7に示す。

主な安全機能は以下のとおりである。

  1. セルが安全動作領域(セルメーカー規定の電圧,電流,温度,または電荷制限など)を超えた場合にバッテリーをDCCUから遮断する。
  2. BMSがHV(High Voltage)バッテリーの接続の健全性を監視・モニタリングし,健全性が基準を下回った場合にバッテリーをDCCUから遮断する。
  3. バッテリー接続を有効にする前に,絶縁監視装置(IMD:Insulation Monitoring Device)を使用して絶縁抵抗をチェックする。
  4. CAN経由によるDCCUへの不慮のバッテリー遮断要求を回避し,電力低下をゼロにする。

また,その他の機能として以下のものがある。

  1. SoC,SoH(State of Health),SoP(State of Power)など,蓄電池の性能状態を監視してCANバス経由でDCCUおよびBTMSに通知する。
  2. DCCUから要求があった場合,プリチャージ回路を使用してバッテリーを接続(または切断)する。
  3. バッテリーの寿命を最大化するため,DCCUからの要求に応じて,セルの電力を均等に制御する。
  4. バッテリーの瞬時性能を最大化するため,BTMSと連携して温度調節を管理する。

図7|BMSブロックの構成 図7|BMSブロックの構成 電池制御システムのアーキテクチャは,標準的な絶縁マスタ・スレーブアーキテクチャであり,BTMS,BMS,DCCUの接続にはCANバスが使用される。

2.3 型式認証

この蓄電池システムは,工業化フェーズの後,駆動用のリチウムイオン電池を対象とする国際規格IEC 62928「鉄道車両−車上リチウムイオン電池」およびIEC 62864-1「鉄道車両−車上電力貯蔵システム:シリーズハイブリッドシステム」に準拠して設計した。

これらの二つの規格は,欧州での商用サービス許可を得るための車両型式認証の基準となっている。

2.4 フィレンツェ市内を走行する路面電車での検証

フィレンツェ市内中心部を通過するT1線のサンタ・マリア・ノヴェッラ駅からストロッツィ・ファラーチ駅まで,ヴァルフォンダ駅,フォルテッツァ駅を通過する約1.3 kmの区間において,蓄電池駆動のSirio型車両※2)の走行シミュレーションを行った。

OBESSを搭載したプロトタイプ車両は標準車両よりも重量が大きく,その加速度は0.8 m/s2と標準車両の加速度1.1 m/s2よりも低くなっているが,運行上問題がないレベルである。

2種類の車両の走行時のシミュレーションを図8に示す。二つの速度プロファイルは同じ傾きを示し,平均速度もほぼ一致している。走行試験の結果,特に速度制限のある旧市街においては,OBESS搭載車両を使用した場合でも総合的な輸送速度には影響がないことが示された。

図8|試験走行時の速度および放電曲線の比較 図8|試験走行時の速度および放電曲線の比較 標準車両とOBESS搭載車両における重量および加速度の違いを示す二つの曲線の比較を示す。テスト対象路線の輸送速度に大きな影響は見られなかった。

※2)
Hitachi Rail S.p.A.の低床型路面電車車両。

3. おわりに

今日,路面電車市場の拡大に伴い,架線設備に頼ることなく旧市街地を走行できる車両が求められている。

Hitachi Rail S.p.A.が開発した柔軟性の高いOBESSは車両の屋根上に設置でき,既存車両を架線のない路線で運用することが可能となる。現在,最初のプロトタイプの試験設備が製作され,ナポリ市内の拠点にあるテストベンチで検証が行われている。2020年夏には,このシステムを搭載した車両の輸送性能と安全性を実証するため,Sirio型車両を使用した実験がフィレンツェ市内で実施される予定である。今後は,実証結果に基づいた量産化設計と,商業的応用に向けた当該規格の型式認証取得作業を進める。

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